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37、営業推進部再編

『営業推進部各位


 本日より本部長宛にダイレクトに意見できるメールボックスを設ける。

 メールボックスのアドレスは下部バーを参照のこと。

 一人何通でもどんな内容でも構わない。

 良い企画があれば、会議で取り上げ、プロジェクトチームを立ち上げる可能性もある。

 個人でも複数グループでもいい。

 我こそと思う者はどんどん意見を提出して欲しい。


                 営業推進本部長 鷹柳派玖斗』


 朝一番で営業推進部に一斉に送られたメールで、部内は騒然としていた。

 そして、すぐに添木企画部長が鼻息荒く、本部長室に駆け込んできた。


 予想していた派玖斗は、すぐに部屋に通すように摩夜に伝えた。


「勝手な事をされては困りますな、本部長。個人がそれぞれに勝手なことを言い始めたら、部内の統率がとれなくなります。業務に支障が出てしまいます」


 部屋に案内するなり、ソファーに座る前に苦情を言う。


「業務は通常通りやってもらっていい。だが、それぞれにやってみたい企画や、改善点を心に秘めているなら、せっかくだから吐き出して欲しいと思ってるだけです」

 派玖斗はソファをすすめながら答えた。


「それが部内を混乱させるというのです。せめて、それぞれの部門長や課長を通してもらわないと、とんでもない企画を通されても困ります」


「部門長や課長を通すと、そこで握りつぶされてしまうんじゃないんですか?」

「な!」

 添木部長は憮然と派玖斗を睨みつけた。


「一番末端の社員が何を考えているのか、ダイレクトに知りたい。別に全部の提案を会議にかける訳ではない。俺が個人的にやってみたい提案だけを取り上げる。そんなに多い数にはならないはずです。一つも残らないかもしれない。それなら問題ないでしょう」


「ですが……」


「それとも、若い世代が台頭してくるのが怖いですか?」

「……」


「言いなりにならない社員が出てくるのが不安ですか?」

「そ、そんなことを言ってるんじゃない! 私は本部長の勇み足を心配してるんです。いくら御曹司だからと言って、それだけで人が言いなりになるほど会社は甘いもんじゃない。あなたは若いから、会社の現実が見えてないんだ」


「だったら尚更、現実を見るためにも投書箱が必要です。俺のやり方に不満のある者の意見も出てくるでしょう。それらを真摯に受け止めるつもりです」


「し、知りませんよ。きっと誹謗中傷ばかりですよ。私達部長クラスが若い世代の不満から本部長を守る楯になってたのだと、思い知ることでしょう」


「心配は無用です。誹謗中傷には慣れている。年寄りに守られて裸の王様になるつもりはない」

「……」


 コーヒーを運んできた摩夜を押しのけ「失礼する」と言って添木企画部長は出て行った。


「あ、あんな事を言って大丈夫なんですか? 添木企画部長は、実質、推進部の大ボスだと言われてる人だと聞きましたよ」

 摩夜は思わず派玖斗に尋ねた。


 先日の似鳥の情報から添木企画部長を怒らせたら推進部で生きていけないと聞いていた。

 いくら御曹司とはいえ、年齢の差は人脈の差でもある。

 腹黒い世界を渡り歩いてきた部長連中は、底知れぬ権力を持っている。

 摩夜は、それらに真っ直ぐ立ち向かおうとする派玖斗が心配だった。


「分かってる。そして俺と藤堂は、添木部長こそが推進部のガンだと思っている」

「推進部のガン?」


「その辺の情報を内部告発されるのが怖いんじゃないかと思ってるんだ」

「じゃあ……」

「果たしてどんなメールが送られてくるか……。投書箱のメールは摩夜もチェックしてくれ。三人で気になった投書をそれぞれピックアップしてみよう。今日から忙しくなるぞ」


 派玖斗の言った通り、昼過ぎから投書箱にメールが次々届くようになった。

 しかしその内容は……。


『正直、鷹柳本部長のワンマンに失望しました』

『本部長が着任されてから推進部が混乱しています』

『あまりスタンドプレーをしない方がいいと思います』


 どれもこれも派玖斗のやり方に対する非難ばかりだった。

 ほとんどが無記名で、社内のパソコンではなく、個人のスマホなどから送っている。


 どのメールも誹謗中傷ばかりで気が滅入る。

 派玖斗の悪口を見るたびひやりと心臓が冷えて、だんだんメールを開くのも怖くなってきた。

 摩夜は、派玖斗と藤堂もさぞかし落ち込んでるだろうと、気分転換のコーヒーを淹れて部屋をノックした。


 しかし、部屋に入ってみると、二人はパソコン画面を見ながら意外に平然としていた。


「お疲れかと思ってコーヒーを淹れて参りました」

 摩夜がコーヒーを差し出すと、二人とも快く受け取ってくれた。

 そして摩夜は提案してみた。


「あの……投書箱のメールは、私が最初に不要なものを振り分けましょうか」

 そうすれば派玖斗が嫌なメールを見ずにすむ。


 しかし派玖斗と藤堂は顔を見合わせてから、気付いたように頷き合った。


「いや、むしろ逆にしよう。お前にはショックな内容だったな。気付かなくて悪かった。俺と藤堂が不要なものを削除するから、摩夜は残ったメールだけをチェックしてくれ」


「い、いえ。私は大丈夫です。私よりも本部長が……」


「俺の心配なら無用だ。最初からこれぐらいの非難は想定済みだ。それに、このメールはたぶん添木部長が部下数人に指示して送っているんだろう」

「え? じゃあ、このメールは……」


「もちろん中には本当に不満を持って送ったメールもあるかもしれないが、初期のメールはあまり気にする必要はない。本当に真面目なヤツが悩んだ末に送るメールは、こんなすぐには届かない。だから今は軽く受け流しておけばいい」


「そ、そうなんですね。良かった」

 ほっとする摩夜を見て、藤堂が砂糖たっぷりのコーヒーを飲みながら釘をさす。


「分かってると思いますが、添木部長に対する我々の見解や、投書箱のメールの内容などは、他言しないで下さいよ。これはここにいる三人だけのトップシークレットですから」


「は、はい。もちろんです」


「人事部の似鳥くんにも口を滑らさないようにお願いします」

「え?」

 摩夜は、はっと派玖斗を見てから真っ赤になった。


「おい藤堂、なんでお前はそうデリカシーがないんだ」

 派玖斗が困ったように注意する。

「こういう事はハッキリ言っておかないと分からない人もいるんです。特に恋愛モードになった女性はペラペラと余計なことをしゃべったりするんですよ」


「れ、恋愛モードになどなってませんので、大丈夫です。似鳥くんには本部長のことは話さないようにします」


「いや、むしろ似鳥くんと付き合ってみて、彼の真意を探るという手もありますね」

「藤堂っ!!」

 藤堂が冗談めかして言った言葉に、派玖斗が怒鳴った。


「嘘ですよ。ちょっと言ってみただけですよ」

「冗談でもそういうくだらない事を言うな。摩夜みたいな真面目な女は、に受けることだってあるんだ」

「はいはい」


 摩夜の頭の中では、実際、藤堂の言葉がリピートされていた。

(藤堂さんが女性なら、派玖斗さんのために似鳥くんの恋人になって重要な情報を聞き出すぐらいのことはやりそうだ)


 もしそれが派玖斗のためになるなら……。

 ふとそんな考えが頭をよぎった。



次話タイトルは「うごめく企み」です

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