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35、偶然のはちあわせ

 似鳥と居酒屋を出たのは、九時ぐらいだった。


「駅まで送って行くよ。なんだったら家まで送っていくけど」

 高級店が入るテナントビルを通り過ぎながら、似鳥が言った。


「いえ、似鳥くんは電車の路線も違うし、家も反対方向じゃないですか」

「そうなんだよな。摩夜ちゃんの近くに引っ越そうかな」

「そういうこと言うから、似鳥くんは嘘くさく思われるんです」

「はは、結構、全部本気なんだけどな」


 似鳥は、本当にどこまで信用していいのか分からないところがある。

 いや、真昼だったらそうなんだろうと思うけれど、相手が自分だと思うと、摩夜にはどうにも怪しく思えてしまう。自分の何をそんなに買ってくれているのか分からない。


「似鳥くんは、私のどこを……」

 言いかけたところで、目の前のビルから出てきた人物に言葉を失った。


「真昼……」

 発色のきいたオレンジのワンピースに見覚えがあった。

 先日、派玖斗とのデート用にと、母とデパートで買ってきた服だ。


「あれ? 摩夜も今日は外食だったの?」

 真昼は明るい声で告げてから、摩夜の隣の似鳥に視線を向けた。


「え? 似鳥くん? うそ、二人、付き合ってたの?」

 真昼も同期だから似鳥のことはよく知っている。

 というか、似鳥は気さくで誰にでも話しかけるので、同期のほぼ全員とつながりがある。

 真昼も受付で多くの人と話す機会が多いから、二人は同期の中でも有名人だ。

 ただ、この三人で顔を合わせたことはなかった。


「あ、ううん。そういうわけじゃなくて……」

 摩夜が否定しようとしたところでビルの中から派玖斗が出てきた。


「今、車を回してもらうように連絡したから少しだけここで待って……あれ?」

 派玖斗も摩夜と似鳥に気付いて目を丸くした。


 真昼が新調した服を着ているから、もしかしてとは思ったが……。

 派玖斗とデートだったのだ。


 真昼は、ぱっと派玖斗に駆け寄ると、慣れた風に腕を組んだ。

「派玖斗さんも驚いたでしょ? まさか二人が付き合ってたなんて知らなかったわ」


「付き合う?」

 派玖斗は、もう一度驚いたように摩夜と似鳥を交互に見た。


「い、いえ。だから付き合ってるわけでは……」

「いま必死で口説き落としてる段階です! まだ僕の片思いです!」

 摩夜の否定の言葉を遮って、似鳥が派玖斗に宣言した。


「ちょ……なに言ってるんですか! 似鳥くん」

 摩夜は一人で動揺していた。


「え? だってホントのことじゃん? 摩夜ちゃんの上司の本部長には知っておいてもらった方が今後デートに誘いやすいしさ」

「な、な、な、なにを……」

 摩夜は動揺し過ぎて、訳もなく顔が真っ赤になってしまった。

 はたから見ると、摩夜も似鳥が好きなようにしか見えない。


「ふーん、摩夜の彼氏っていうのはお前のことだったのか……」

 派玖斗は、複雑な表情で似鳥の言葉の方を受け止めた。


「わあ、摩夜ったら全然教えてくれないから知らなかったけど、似鳥くんかあ。そういえば似鳥くんってよく私に摩夜のこと聞きにきてたもんね。良かったね、摩夜」


「だ、だからまだ付き合ってるわけでは……」

「摩夜っていっつも悪い男の人に騙されてる感じだったから心配だったのよ。似鳥くんなら安心だわ。今度こそ幸せになってね」

「え?」


 真昼の言葉に、派玖斗と似鳥が微妙な表情になった。

 そして何より摩夜が一番驚いた。


「悪い男の人?」

 派玖斗と似鳥が引っかかった言葉を、思わず摩夜が聞き返した。

 

 自分の不遇な半生を思い返してみても、思い当たらない。

 誰のことを言っているのか……。

 そもそも騙される前にいつも失恋していて、付き合ったこともないのだ。

 悪い男に騙されようにも、その段階にすらたどり着いたことがない。

 それは真昼もよく知ってるはずだった。


「あ、ご、ごめんなさい。勘違いだったわ。なんでもないわ」

 真昼は慌てたように口を押さえて申し訳なさそうな顔になった。


 そうだろうとは思ったが、派玖斗と似鳥はかえって誤解したかもしれない。

 真昼に悪気はなかったのだろうが、なんだか気まずい雰囲気になってしまった。


「あ、じゃあ僕は摩夜ちゃんを駅まで送りますから……」

 似鳥が気まずさを断ち切るように言って、摩夜を連れて立ち去ろうとした。

 その摩夜を派玖斗が呼び止める。


「摩夜、今から真昼を家まで送るんだ。お前もどうせ同じ家なんだから一緒に車に乗っていけ」

 当然のような口ぶりだ。


「で、でも……」

 派玖斗の腕を抱き締めるように掴む真昼が、少し傷ついた表情になっている。


「お邪魔になりますから、どうか私のことは気にしないで下さい」


「電車で帰るんだろう? お前の家は駅から結構遠かっただろう。危険な道もある。ついでなんだから遠慮せずに乗っていけ」


「いえ、いつものことですから、大丈夫です」

「しかし……」


 まだ食い下がろうとする派玖斗に、似鳥が言葉をはさんだ。

「本部長、摩夜ちゃんは僕が送って行きますから。せっかく二人になれる時間を奪わないで下さいよ」

「……」


 一瞬、派玖斗がむっとしたような気がした。

 ハクが時々、昴に見せる表情のように見えたが、すぐに元に戻った。


「そうだな。悪かった。じゃあ車も来たみたいだし、摩夜、似鳥に襲われないようにな」

「だ、大丈夫ですからっ!!」


 真っ赤になる摩夜に、派玖斗は笑いながら手を上げて真昼と共に車に乗って行ってしまった。

 その車に頭を下げて見送ってから、摩夜はほうっとため息をついた。


「……というわけだから、家まで口説きながら送って行くよ」

 脱力する摩夜の後ろから似鳥が言った。


「いえ、駅まででいいです。この時間だと人通りも多くて全然危なくないんです」

「でも本部長に家まで送るって約束したしさ」

「私が断ったって言っておきます」

「そんなに僕に家を知られるのが嫌?」

 似鳥は傷ついたような顔でなかなか引き下がってくれなかった。


「似鳥くんこそ、どうしてそんなに私に関わろうとするんですか? 真昼がさっき言ってたことが気になってたんです」

「ああ。僕も引っかかってた。あれ、嘘だよね」

「え? やっぱりそうなんですか?」

「こっちが聞いてるんだけど」

 似鳥は怪訝な表情で首を傾げた。


「え? だから真昼に私の事を聞いてたって言ってたのは嘘なんでしょ?」

「は?」

「え?」


 似鳥はしばらく唖然としていたが、やがて「そっちかあ……」と呟いて呆れたように笑い出した。


「似鳥くんは何のことだと思ってたんですか?」

「悪い男の人に騙されてきたってやつ」

「ああ」

 言われてみて思い出した。


「私も誰のことを言ってるのか思い出せないんですが……」

「一晩考えても誰も出てこないんじゃない? 摩夜ちゃん、男と付き合ったことないでしょ?」

「な、な、なぜそんなことが……」

「いや、分かるよ。摩夜ちゃんが悪い男に騙された過去があったら逆にビックリするよ」

「真昼と後ろ姿で間違われて暴言を吐かれたことは多々ありますが……」

 

 ブスの方と間違えた。

 振り返るなよメガネ猿。

 後ろ姿が似てるって詐欺だろ、お前。


 いろんな言葉で罵倒された。

 悪い男すら寄り付かなかったのだ。


「でも、おかげでハッキリ分かったよ」

 駅の改札まで送ってくれた似鳥は、別れ際に告げた。


「やっぱり僕の直感は間違ってなかった。僕は真昼ちゃんより摩夜ちゃんが好きだから」



次話タイトルは「勘違い」です

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