33、営業推進部会議
※ここから仕事に深く入っていきますが、あまり重くなりすぎないように、そんなバカな展開も多いと思いますが、すべてフィクションですのでお許しください。
「今日の会議は摩夜が補佐についてくれるか?」
摩夜は朝のスケジュール確認の後、派玖斗に告げられた。
「え? なぜ私が?」
いつもは藤堂の役割だった。
「藤堂には同じ時間に行われる営業部の会議を傍聴してもらう。俺が傍聴したいと言ったら、ワザと同じ時間に行うことにしやがった。……ったく、同じ会社の協力し合うべき部署が敵同士みたいに仲が悪い。こんな事だから最近失策が多いんだ」
「そ、そうなんですか?」
摩夜は、自分の業務にしか関心がなかったので、会社の事業がうまくいってるのかどうかなんて、まったく知らなかった。
「ああ。うまくいかない事があれば、お互いにそっちの下調べが悪かったんだって責任を押し付けあって、頓挫したままになってる事業もある。支店単位では協力し合ってるのに、本社に来ると反発し合うみたいだな」
「で、ですが、私が補佐についても役に立つことなどありませんよ」
とてもじゃないが藤堂の代わりなんて出来そうにない。
「お前は会議の内容を、自分なりにメモしてくれればいい」
「自分なりに?」
「出来る範囲でいい。お前の視点で感じたことをメモするだけでもいい。大まかな議事録は営業推進部の事務が作っている。自分達寄りの無難な議事録をな。メモして欲しいのは、もっと広い視点から感じる問題点だ。この部長は嫌なヤツっぽいとかでもいい」
「わ、分かりました」
摩夜は不安なまま、とにかく会議に参加することになった。
そして会社の現実を知ることになった。
「……以上のデータから今後の長期の売上目標を資料のように定めさせて頂きました。繊維部門と高級フルーツ部門を縮小して、エネルギー部門の新規事業に力を入れていけば可能な数字ではないかと……」
営業推進部の会議室では、二十名ばかりの各部門長が長机をロの字の形にして座っていた。
摩夜は一番奥の本部長席の隣に並ぶことになった。
それぞれの席の前には名前のプレートがあるが、ほとんどが〇〇部門長の肩書きで、〇〇部門長補佐も何名かいた。女性は摩夜の他にはマーケティング部門長と、記録員と補佐が何名かいる。
最初、会議室に入った時は噂の本部長秘書に注目が集まったが、会議が進むと摩夜のことなど気にする者もいなくなった。
「いや、待て。繊維部門とフルーツ部門は長年我が社の主流だった部門だろう? せっかくいい市場を持ってるのに、簡単に切り捨てることはない。もっと新たな戦略を練って企画を提示するのが営業推進部の本来の役割だろう」
「そうはおっしゃいますが、長年の慣習でその役割は変遷しております。我々が企画を持ち込んだところで営業部が賛同してくれるとは思えません」
横列の一番手前に座る企画部の添木部長が鼻息荒く反論した。
見たところ一番偉そうで、年もいっている。たぶん派玖斗の倍ぐらいの年齢だ。
言葉遣いは丁寧でも、若い派玖斗を小バカにしたような態度が目に付いた。
「いい企画があれば、わざわざ反対しないだろう」
「万が一いい企画だと思ったら、まるで自分が思いついたような顔で横取りされるだけですよ」
「横取りしたいならさせればいい」
「な!」
「それで売上目標に達するならば、会社としてはいい事だ」
「な、なぜ我々が貧乏くじを引いてまでそんな事を……」
「それが企画部の仕事だからだ。そうでなければ企画部はなんの仕事をしてるんだ」
「そ、それは……」
営業部が企画した事業に必要な情報の下調べを推進部の各部門に振り分けて、戻ってきた情報を最終的にまとめて営業部に報告している。
営業推進部の中枢ではあるが、結局、営業部の消極的補佐だ。
自分たちから積極的に発信するものは何もない。
この中の誰にも、自分たちが会社を動かしているという気概を感じなかった。
手前に並ぶ年配の部門長ほど、派玖斗の発言に面倒そうな顔で小さくため息をついている。
出入口近くの比較的若い部門長たちの中には熱心に聞いている者もいるが、積極的に発言しようという様子はなかった。
「他の会社で営業推進部がどういう部署であるかは知りませんが、我が社におきましては長年今のような流れで営業の補佐的役割を果たし、うまくまわっておりました。今さらその流れを逆行するのは混乱をまねきます」
添木企画部長は、若造がよく知りもしないくせにという顔で、鼻息荒く反論した。
「うまくまわっていたと言うが、昨年は売上目標を大きく下回っているじゃないか。今年度も安易に赤字事業を縮小して、営業部のお気に入りの事業にばかり頼りすぎている。もし、この事業がコケたらどうするつもりだ?」
「そ、それは営業部が乗り気のプロジェクトで、我々は全力でその事業が成功するようにデータを集め根回しを進めております。だから……」
「だからコケても営業推進部の責任ではないと言うのか?」
「そ、そんなことは……」
添木企画部長は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「昨年度、繊維部門で立ち上げたプロジェクトも大コケだったようだが、それも営業部の責任か?」
派玖斗の問いかけに、繊維サポート部門長が不機嫌に口を挟んだ。
「営業部が持ち込んだプロジェクトです。我々はプロジェクトに必要なマーケティングデータとリスクヘッジをつぶさに調べ上げ、最大限のサポートをしました。コケたのは営業部の力不足だ。それなのに、彼らは推進部のデータ不足のせいだと言うんだ! 成功すれば自分たちのおかげ、失敗すれば推進部の責任! それが彼らのやり方です」
居並ぶ部門長達は、その通りだと言いたげに深く頷いている。
どの部門も同じような目に合ってるらしい。
摩夜はメモを取りながら、問題の根深さを感じていた。
肩身の狭い推進部の立場に同情した。
しかし、次の派玖斗の言葉に驚く。
「なにを勘違いしている。営業部の言う通りだろう。推進部の責任だ」
「なっ!」
一瞬にして、全員を敵に回したような空気になった。
摩夜は蒼白になって隣の派玖斗を見上げた。
「本部長は海外赴任の前は営業部にいらっしゃったようですね。ですから目線が営業部寄りなんでしょう。営業部の会議に出られた方が良かったのではありませんか?」
嫌みったらしく企画部長が言い放った。
「では聞くが、企画部長は営業目線で考えた事はないのか? さらに言うと会社全体の利益を追求する目線で考えたことはあるのか?」
「そ、それは……もちろんあらゆる角度から……」
それぐらい当たり前だろうという顔で憤っている。
「本当に考えているか? ならばなぜ、責任の押し付け合いなどするんだ? 責任の所在よりも問題なのは、来期でいかに挽回するかだろう?」
ふ……と、あちこちで苦笑がもれた。
「ははは。これはさすがに育ちのいい御曹司は真っ直ぐで気持ちがいい。しかし、我々のような庶民には、そんな綺麗事で乗り切れるほど世の中は甘くないのですよ」
「黙っていても出世街道を進まれる御曹司と違って、我々は一つのミスで失脚する。他人の責任まで引っかぶるお人よしは、出世など出来ないのですよ」
お前のようなお坊ちゃんに何が分かるという顔で口々に反論された。
摩夜は敵の中に一人で座っているような派玖斗にはらはらした。
こんな時、藤堂さんがいればうまく皆をねじ伏せたような気がする。
なにも出来ない自分を歯がゆく思いながら派玖斗を見ると、意外に落ち着いていた。
そしてみんなの言葉を素直に受け止めた。
「確かに、みんなの言う通り、俺は犯罪でも犯さない限り失脚などしないだろう」
あっさり肯定する派玖斗を全員が怪訝な顔で見つめた。
「先に言っておこう。俺は二年後には他の役職への異動が決まっている。さらにその次の異動先も内定している」
「……」
いきなり御曹司の輝かしい出世街道を突きつけられて、みんなは黙り込んだ。
「そ、そんな事だと思いました。だったら二年しかない任期で、推進部をかき乱さないで頂きたい。わざわざ余計なことをして反感を買う必要もないでしょう」
「逆だろう?」
「は?」
「今こそ部内をかき乱して、大変革をする時だろう?」
「な! なにを……」
「さっき言ったように、俺は少々のことでは失脚しない。あらゆる責任を俺に押し付ければいい。失敗したら責任を押し付けられるのではないかという不安は、俺がここにいる二年間は不要だ。すべての責任を俺がとる」
「……」
思いがけない申し出に、全員が呆然としている。
「まずはプロジェクトの失敗は推進部の責任だという意識を持って欲しい。だからデータを揃えるだけじゃなく、集めたデータからどんな戦略をとればいいのか、積極的に働きかけて欲しい。よい企画や戦略があるものは、部門を越えて役職を越えて、どんどん提案してくれ」
「そ、そんなことをしても、どうせ営業部で取り合ってもらえないでしょう」
「まだ分かってないようだな」
「?」
「お前たちは、なぜさっきから、こんな若造の好き放題の発言を大人しく聞いてるんだ?」
「そ、それは……」
「俺が鷹城グループの御曹司だからだろう? 納得できなくとも、腹が立とうとも、従うのは俺がいずれグループを率いる立場になるからだろう?」
「……」
「だったら、それを利用すればいい。営業部も俺の決裁がある限り、邪険にはできない。そうは思わないか?」
御曹司という立場を最大限利用する。
摩夜は、派玖斗のとんでもない提案に、感動していた。
(すごい……)
権力の使い方を知っている人だと思った。
そして最後に、もっとも有効な権力を使った。
「もう一つ、言っておこう。二年後、本部長の椅子を空ける時、後任の人選を一任されている。現在の役職も、年齢も部門も関係ない。俺がいいと思った者を、この推進部の中から選ぶつもりだ。夢のある者は、目立つことをしろ!」
次話タイトルは「似鳥との食事」です




