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29、ランチミーティング

「摩夜、昼飯行くぞ!」


 翌日の昼休みに派玖斗に声をかけられた時、摩夜はすぐに前夜の母の言葉を思いだした。

 真昼を不安にさせるような事をするなと暗に仄めかしていた。

 それはつまり、もう二度と派玖斗と二人でランチに行ったりするなという意味だろう。

 だから……。


「いえ。私は電話番をしていますので、藤堂さんとお二人でどうぞ」

「またそんなことを言ってるのか。週に一回ぐらいは藤堂が電話番をしてお前と昼飯に行こうと思ってるんだ。食事の席だから気軽に話せることもあるだろう」

「いえ。世間が面白がってどのような噂を流すとも知れません。やはり二人でランチに行くのはどうかと思います」

「人の目を気にしてるのか? 俺は何を言われようが気にしないぞ」

「私は気にします」

「……」


 派玖斗は驚いたような顔で黙り込んだ。


「俺と二人でランチに行って、誤解されたくない相手がいるという事か?」

「……そうかもしれません」



 結局、派玖斗は藤堂と二人で先週の中華の店に来ていた。


「お前の読みは甘かったな」

「はい?」

 藤堂は先週食べ損なった絶品中華コースを堪能しながら尋ね返した。


「恋人がいるみたいだぞ」

「誰の話です?」

「摩夜だよ。お前は恋愛経験ゼロとか言ってたけどな」

 不機嫌にエビチリをつつきながら派玖斗は答えた。


「は? 恋人がいるんですか? それは意外でした。でも良かったじゃないですか」

「なにが?」

「バカな勘違いをして真昼さんとの仲を裂かれても困りますしね。恋人がいれば、変な嫉妬をされる事もありません」

「それはそうかもしれんが……」


「なにを不満そうな顔をしてるんですか? 摩夜さんに恋人がいたら嫌なんですか?」

「いや、別に嫌とかではないが、てっきりいないと思ってたから……。彼女がどんな男と付き合うのか見てみたいと思ってな」

「なんの興味ですか? 余計な探究心で真昼さんに誤解されないようにして下さいよ。来週もデートに誘ったんでしょ?」


「ああ。お前があんまりうるさく言うから、もらったコンサートのチケットを渡したよ」

「ええ、ええ。それでいいのです。向こうから誘われたなら、今度は誘い返すのがエチケットですよ。そうやって少しずつ親交を深めていけばいいのです」


「えらく乗り気だな。そんなに真昼が気に入ったのか?」

「もちろんですよ。美人だし、家柄もいい。社内の評判も悪くないですよ。あれだけ目立って美人なら、悪評の一つや二つ流されても不思議はないのに、気配りのできる優しい人柄だと、みんな口を揃えて言ってます」


「まあ、先日の美術館デートも感じのいい女性ではあったな」

「じゃあ良かったじゃないですか。もう彼女に決めていいんじゃないですか?」

「だが……二年前のインパクトというか……面白さに欠けるんだよな。あまりに普通に好感度が高くて、感じが良すぎて……。むしろインパクトというなら摩夜の方がずっと興味がそそられる」


「は? 冗談でもよして下さい。あの二人を並べたら、百人の男が迷いなく百人とも真昼さんに行きますよ」

「まあ、そうなんだろうけどさ……。それは否定しないけど……。なんだろうな。もっと知りたいと思うのは摩夜の方なんだよな」


「それはぶっとんだ変わり者だからでしょう。私は総裁から派玖斗さんの妻選びを一任されてるんですから。変な女性を選ぶなら、私が全力で阻止します」


「知りたいって言っただけだろ? なんですぐ結婚だ、妻だって話になるんだ。俺は別にこのまま独身でもいいんだぞ」


「鷹城グループの御曹司ともなれば後継者問題もシビアです。家庭を持ち、息子もいる人間が有利に決まっているでしょう。独身で子孫に受け継がれない人間は、後継者からはじかれます。派玖斗さんには兄弟も従兄弟も大勢いるという事をお忘れなく。とって代わろうという人間は山ほど周りにいるのです」


「じゃあハーレムでも築いて、男子を大勢産ませればいいのか」


「一人に決められないならそれもいいでしょう。現に、派玖斗さんにも腹違いの兄が一人いらっしゃいますしね」

「……」


 派玖斗の父には隠し子が何人かいた。

 いや、隠し子というわりに、大して隠してもない。

 地位も名誉も財力もある男には、一夫一婦制の法律など意味の無いものだった。


 中でも優秀な腹違いの兄は、父に気に入られて第三秘書になっている。

 第三秘書ではあるが、最近どんどん発言権を増しているらしい。


 一才上のその異母兄もまだ独身だった。

 もし先に兄が結婚して優秀な男児に恵まれたなら、鷹城の総裁はあちらに流れていくかもしれない。そんな微妙な情勢だった。

 父は正直、兄と派玖斗を選べないようだった。

 だが祖父は正妻の息子である派玖斗が気に入っていた。


 だから祖父も藤堂もやたらに結婚を急がせる。

 きちんと家庭を築き、跡継ぎが産まれたなら、祖父が総裁に君臨している間なら、間違いなく派玖斗が後継に選ばれる。

 祖父が健在の今が、一番争いなく後継者問題が解決するのだ。


「分かったよ。ちゃんと前向きに考えればいいんだろ? お前の言う通り、この二年の間一番心惹かれたのは真昼だからな。二年前の気持ちを思い出して、結婚を考えてみるよ」



「派玖斗さん! こっちです!」

 真昼はクラシックコンサートの会場のロビーで、ソファーから立ち上がり手を上げた。

 ピンクのハイウエストのワンピースを着て、パールのネックレスをつけた上品なスタイルだ。


「ああ、ごめん。待たせたか?」

 派玖斗はフォーマルな黒のスーツにビジネスバッグを持って現れた。

「仕事が長引いたんだ。すまなかった」

 土曜日だというのに、派玖斗はコンサートの時間ぎりぎりまで仕事をしていたらしい。

 真昼はてっきり一日デートだと思っていたので、夕方のコンサート会場での待ち合わせに少しがっかりしたが、仕事ならば仕方がない。

 むしろそんな忙しい中でも、自分との時間を作ってくれた事を喜んだ。


「いいえ。まだ開演には間に合います。気にしないで下さい」

「ああ。走ろう」

 大股で急ごうとする派玖斗に真昼が小走りでついて行こうとして、すぐに「きゃっ!」と小さな悲鳴を上げた。

 ヒールで走ろうとしてつまずいたらしい。


「大丈夫か?」

 派玖斗の差し出す手に、緊張した面持ちで真昼は手をのせた。

 ぐいっと掴み上げられて、真昼はドキドキと赤面する。


 傍目にも初々しいお似合いのカップルだった。



「……というわけだ。どう思う?」

 派玖斗は本部長室のソファーで昼食を食べながら、藤堂に尋ねた。


「は? 今の話で終わりですか? そこからがデートでしょう? 続きを話して下さい」

 藤堂はうなぎ弁当を頬張りながら冷たく派玖斗に言い放った。


「いや、後はコンサートが始まって、気付いたら眠ってた」

「は? 寝たんですか? デートで? 自分が誘っておきながら?」

「しょうがないだろう。お前がクラシックなんて眠くなるようなチケットを渡すからだ」

「私のせいですか? デートだったら太ももをつねってでも起きてるもんでしょう」

「なんの拷問だ。連日の睡眠不足で疲れてたんだ。だがおかげでいい睡眠がとれた。爽快な目覚めだったぞ」

「クラシックは胎教にも使われるぐらいリラックス効果が高いですからね……ってそうじゃないでしょう! デートで寝ないで下さいっ!!」

「寝たもんはしょうがない。それに真昼も別に怒ってなかったぞ」


「あの……」

 言い合う二人を前に、摩夜はおずおずと声をかけた。


「私はやっぱり受付ブースで食べてもいいですか?」

 摩夜の前にも、うなぎ弁当が置かれているが、まだ箸をつけていなかった。


「あんなところで食べても落ち着かないだろう。せっかくのうなぎ弁当を味わえないぞ」

「いえ……ここにいる方がゆっくり味わえないので……。私が聞いてはいけない話のような気が……」


 かたくなにランチを断る摩夜に、諦めたと思った派玖斗は、週に一回は本部長室で三人でランチミーティングをしようと言い出した。

 一回目の今日は高級うなぎ弁当だった。

 そしてどんなミーティングかと言うと、業務とはなんの関係もない話ばかりだ。

 派玖斗のそっけないデート報告に、摩夜はつい真昼の感情をつけて想像してしまう。


「心配するな。お前が聞いていられないようなことはまだ何もしてない。真昼とは、コンサートの後、軽く食事をして家まで送っただけだ。やましいことは何もしてないぞ」

「い、いえ、だからそういう報告はいりませんので」


 藤堂は呆れたように、黙々とうなぎ弁当に集中することにしたようだ。


「なんでだ。妹としては姉のことが心配だろうが」

「真昼は真面目で見た目よりもしっかりしてますので心配なんてしてません」

「ふーん、じゃあお前はどうなんだ?」

「私?」

「お前は恋人とうまくいってるのか?」

「な、な、なんの話ですか? だいたいこれはランチミーティングじゃなかったんですか?」

「ランチミーティングだ。三人が一心同体でやっていくためにお互いを知り合おうという重要な会合だ」

「だ、だからってなんで個人的な恋愛の話まで……」

「恋愛の話が嫌なら友達の話でも家族の話でもいいぞ」

「それは……」

 摩夜には話せることが何もなかった。


「お前はハクを知ってるのか?」

 唐突に尋ねられ、摩夜はドキリとした。

 まさか気付かれてしまったのかと派玖斗をうかがい見る。


「真昼と双子なら祖父の家で飼っている鷹のことは聞いてるんだろう?」

 どうやら気付いている訳ではないようだ。

 摩夜はほっと胸を撫で下ろした。


「は、はい。見たことはあります。わ、私の手には乗ってくれませんが」

 摩夜はハクに関しては真昼になったつもりで話を合わせた。


「へえ、やっぱり双子でもダメなんだな。ハクは真昼の手にしか乗らなかったからな」


「い、今は祖父の手には乗ります。真昼も滅多に会いに行けないですから」

「鷹匠をやめたみたいだな。あんなにハクを大事にしてたのに。そのことについて何か聞いてないか?」

「何かって?」

「いや、真昼が以前とずいぶん変わったのもそれと関係あるのかと思ってな」

「変わった……?」


 やはり変だとは思っているらしい。


「お前たち双子は、何でそんなに両極端なんだ? どっちにも違和感を感じるのは気のせいか? 以前の真昼のイメージは、ちょうど摩夜と真昼の中間のような雰囲気なんだけどな。

 真昼ほどポジティヴでもなければ、摩夜ほどネガティヴでもない。真昼ほど華やかでもなければ、摩夜ほど地味でもない。真昼ほど柔らかくもなければ、摩夜ほど堅くもない」


 ハクの前にいる自分はそんなイメージなのかと不思議だった。


「まあいい。ほら、さっさとうなぎ弁当食えよ。昼休憩が終わるぞ。ちょうど藤堂が食べ終わったから、次はこいつの恋愛話を聞こう」

 派玖斗に話を向けられて、藤堂は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。


「私はしませんよ! 面白い話なんて何もないですから!」




次話タイトルは「動きだす運命」です

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