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28、昴の想い

「え? あいつの秘書になった?」

 翌日、祖父の家の庭で顔を合わせたすばるは、摩夜まやの話を聞いて目を丸くした。


「な、なんでそんな事になったんだよ? だってあいつは真昼の方を二年前に会った鷹匠だと思ってるんだろ?」


「うん、そうよ。今日も真昼と美術館デートなの」


「な、なんでそれなのにお前まで……。あの野郎……、真昼だけじゃ物足りなくて摩夜まで」

 昴が不機嫌に憤慨した。


「もう、なにを勘違いしてるのよ。秘書だって言ったでしょ? たまたま評価の高い秘書を選んだら真昼の双子の姉妹だったってだけよ」


「そ、それにしたって、なんで恋人の双子の妹を秘書にするんだよ。絶対なにか下心があるだろ。だからあいつは最初から気に食わなかったんだよ」

 まだ納得のいかない昴に、摩夜はため息をついた。


「昴、真昼のことを心配する気持ちは分かるけど、もう諦めなさいよ。真昼は会社でもすごくモテて、狙ってる人がいっぱいいたのよ。でも派玖斗さんが現れてみんな諦めたの。真昼もお母さんもとても乗り気だし、たぶん結婚すると思うわ。昴も今は辛いだろうけど祝福してあげてよ」


 摩夜が説得するように言うと、昴は呆れたように「は?」と叫んだ。


「お前は! まだそんなこと思ってんのか? いいかげんにしろよ!」

「え?」


 いきなり怒り出した昴に、摩夜は首を傾げた。


「あのな! 一体俺と何年一緒にいるんだよ。いい加減気がつけよ!」

「気がついてるから言ってるんでしょ? 昴は真昼のことが……」

「ちげーよっ!」

「え?」


「確かに俺は鷹が好きだけど、だからっていい年して毎週毎週じいちゃんとこに来るかよ! 鷹が好きなだけならアリスを飛ばしてりゃあいいんだからさ。なんで毎週じいちゃんのとこに顔を出してると思ってんだよ!」


「え? アリスとリュウを遊ばせるためじゃないの?」

「アホか! メス同士だしツガイになる訳でもないのに何で毎週会わせる必要があるんだよ」


「え? じゃあハクとツガイにするつもりだったの? で、でもハクは……」

 ハクにお嫁さんが出来るのは、摩夜としてはショックだ。

 派玖斗が結婚するよりショックだ。


「お、お前、鈍感もいいかげんにしろよ! 誰があんな気難きむずかしいオスにアリスをやるかよ! ハクはお前以外には人間にも鷹にも興味ないだろうが!」


「じゃあなんで……」


「あーくそっ! ここまではっきり言わないと分かんないのかよ。

 あのなっ! 俺はお前の事が……」


 しかし、その昴の言葉を遮って、空を飛んでいたハクがすいっと二人を分断するように飛び込んできて、摩夜の手に止まった。


「ハク。もう少し飛んでるのかと思ったら、もう戻ってきたの? お腹がすいたの? ちょっと待ってね」

 摩夜がエサ入れを探っているのを見てから、ハクは昴にツンと冷たい視線を向けた。


 そのすべてを見抜くようなハクの視線に昴がたじろぐ。


「それで……えっと、何の話をしてたんだっけ?」

 摩夜はハクにエサをやりながら昴に尋ねた。

 エサをついばみながらも、ハクは昴を睨み続けている。


『俺様の前でこいつに何を言うつもりだ』という顔をしている。

 この時ばかりは昴にも、ハクの心の声が聞こえるような気がした。


「くそっ! もういいよ。今は言いたくない!」

「なんか怒ってる、昴? あ、ハク、まだ食べるの? 珍しいね、ハクがエサを催促するなんて」


 摩夜の気をそらすようにハクがエサを催促して手を突っついた。

 その珍しさに顔をほころばせてハクの要求に応えている。

 完全に恋する乙女のような顔でハクを愛おしそうに見つめる摩夜に昴はため息をついた。


「結局いっつもハクに邪魔されるんだよな」

「え? なにが?」

 呑気に尋ねる摩夜に、昴はもう一度ため息をついた。

 それを見て、ハクが満足気に微笑んだ気がした。



 日曜日にハクに別れを告げて家に戻ると、母と真昼が上機嫌で出迎えてくれた。


「おかえりい! 摩夜、ねえ、聞いて聞いて!」

 真昼がすでにモコモコのパジャマに着替えて腕を組んできた。

 真昼の馴れ馴れしさはいつも自然で、人が苦手な摩夜でもすんなり受け入れてしまう。


「ご飯まだでしょ? 温めてあげるわ」

 珍しく母が冷めた夕ご飯をレンジで温め直してくれた。


 祖父の家から戻るのは、いつも日曜の夜十時過ぎだ。

 めいっぱいハクとの時間を惜しんで帰ってくるから、それ以上早くには帰れない。

 だから夕ご飯の準備はいいと言っても、母はなぜかいつも用意している。


 他の平日はいらないと言えば用意してないのに、祖父の家から帰った日だけは、どれほどいらないと言っても必ず用意してあるのだ。

 だから摩夜は諦めて、日曜は帰ってから食べるようにしている。

 でも、早く寝る母がこの時間まで起きているのは珍しかった。

 余程嬉しい事があったらしい。


 そしてこの二人が喜ぶ事といえば……。


「あのね、派玖斗さんに来週のコンサートに誘われたの!」


 嬉しそうに話す真昼に、摩夜はチクリと心が痛むのが申し訳なかった。

 祝福するつもりではいるが、やはりまだ心のどこかで羨ましいのだ。

 心から祝福出来ない。

 自分が成り代わりたいなんて思ってないけど、まだ心は痛む。

 心から喜ぶには、もう少し時間が必要だった。


「ホントはね、この間二人でランチに行った摩夜が羨ましかったの。秘書になって毎日派玖斗さんのそばにいる摩夜に嫉妬しちゃってたの。でも、次のデートに誘われて、ちょっと自信が出たわ。ごめんね、摩夜。嫉妬なんかして」


 真昼がそんなことを思っていたなんて意外だった。

 真昼にも嫉妬なんて黒い感情があるとは思わなかった。

 双子だからか、同じような懺悔の気持ちを抱いていたのだと思うと不思議だ。

 でもそんな黒い感情さえもあっさり白状してしまうオープンなところが、自分とは違う真昼の清らかさなのだと思った。自分の僅かな非も認めて謝れる素直さが、やっぱり眩しい。


「ううん。あれはプライベートなものじゃないから、真昼が不安になることなんて何もなかったのよ。私こそ不安にさせてごめんね」


「良かったあ。もしかして摩夜も派玖斗さんを好きになっちゃったらどうしようかと思ったの。それに派玖斗さんもいつもそばにいる摩夜の方が良くなるかもしれないし……って考えたらすごく不安になっちゃったの」


「バカね、派玖斗さんが摩夜を好きになるはずがないじゃないの」

 母が当然のように横から口を挟んだ。


「そんなの分からないわ。だって双子なのよ。同じ顔なんだもの」

 真昼は口を尖らせて、母に反論した。

 その言葉が母の感情を刺激しないだろうかと、摩夜は黒縁メガネをくいっと上げて全然似てない事をアピールする。それは摩夜の自己防衛のクセだった。


「摩夜、この縁談にはお父様も大いに期待されているのよ。くれぐれも二人の仲を裂くようなマネはしないでね。自分の立場をわきまえた行動をしなさいね」

 母は優しい口調とは裏腹に、冷たい目で摩夜に釘をさした。


「はい。気をつけます」


次話タイトルは「ランチミーティング」です

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