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23、繋がる運命

「何をしている? 誰だ!」

 

 開口一番、派玖斗は勝手に自分の机を触っている摩夜に不快感を持ったようだった。


「あっ! 勝手に掃除をしてすみません!」

「私が掃除を頼んだんです」

 謝る摩夜の隣で藤堂が珍しく庇ってくれた。


「誰だと聞いてるんだ」

 派玖斗は怪しむように地味な女を見て、ずかずかと歩いてきた。

そして、自分の机を荒らされてないか確認して、どっかりと椅子に腰掛けた。


「派玖斗さんが、つい先程、ご自分で指名なさった第二秘書ですよ」

 藤堂が呆れたように答えた。


「第二秘書?」

 派玖斗は怪訝な顔で、真横に突っ立ったままの摩夜を睨んだ。


「は、はい。秘書室の行方摩夜です」

 摩夜は仕方なく黒縁メガネを押さえるようにして顔を隠しながら答えた。


「行方摩夜? 真昼の双子の姉妹じゃなかったのか?」

 全然似てないという顔で首を傾げている。


「あの……勘違いなさったようですが、私は確かに真昼とは双子ですが、あまり似てないと言いますか……全然似てないと言いますか……まったく似てません」

 俯いたまま、しどろもどろに答えた。


「確かに似てないな」

 冷たく答える派玖斗の言葉が心に刺さった。


(がっかりしている……)

 摩夜にはそれが拒絶の言葉に思えた。だから……。


「あの……そういう事ですので、私は辞退させて頂きます。まだ秘書室には他に秘書もいますので……」


「は? なにを言っている」

 言葉の途中で派玖斗に遮られた。


「あ、だから、もっと他に鷹柳本部長の好ましい秘書を指名して頂いたら……」


「お前は行方摩夜ではないのか?」


「い、いえ。私は確かに行方摩夜ですが、真昼とは全然似てなくて……」


「なにを勘違いしている。俺が真昼の双子だからお前を指名したと思っているのか?」

「ち、違うんですか?」


「ふざけるな! 俺がそんなくだらない理由で秘書を選ぶと思ったのか」

「で、では何故私を……?」


「お前が一番評価の高い秘書だったからだ。それは間違いないのだろう、藤堂?」

 問いかけられて、藤堂はいつの間にか秘書名簿を手に確認している。

 さすがに長年の付き合いで、次に何を聞かれるのか分かっていたようだ。


「はい。確かに断トツで高い評価をされています。特に事務処理能力、仕事への責任感、性格面における信頼性など満点評価が並んでいます」


「そういう事だ。俺は一番評価の高い秘書を選んだだけだ」

「じゃあ……間違って指名したんじゃ……」

「当たり前だろう! 俺がそんな間抜けだと思ってたのかっ!」

「い、いえ。す、すみません!」


「分かったら、さっさとコーヒーでも出せ! 秘書室ではそんな教育もされてないのか!」

「す、すみません! すぐに!」


 摩夜は慌てて部屋を出て、コーヒーを淹れてきた。


「ど、どうぞ」

 摩夜が戻ってきた時には、すでに派玖斗は仕事体勢に入っていた。

 忙しくメールをチェックして、決済の書類を確認している。

 テキパキと働く派玖斗が新鮮だった。


 いつもハクを追いかけ、少年のように走り回っていた派玖斗が、急に年相応の大人になったような不思議な感じだ。感慨深い思いで、つい見惚れてしまった。


「おい! 何をボーっと突っ立ってる!」

 しかし口から出てくる言葉は相変わらず辛辣だった。

「す、すみません!」


「今日は身の回りを整理して藤堂から仕事内容を確認しておけ。明日からは即戦力として働いてもらうからな」


「は、はい」


「それから先に言っておくが……」

 ふと派玖斗は書類から顔を上げて摩夜を真っ直ぐ見た。


「俺は仕事のできない人間は嫌いだ。男でも女でも関係ない。できないと思ったら即やめてもらう」


「は、はい」


「それから……」


「はい」


「俺は嘘つきが大嫌いなんだ。俺に嘘をつくなよ!」


「は、はい……分かりました……」


 すでに大きな嘘をついている摩夜は、蒼白な顔で頷いた。



 私物を取りに秘書室に戻ると、指名されなかっただろう数名の新人秘書がしくしくと泣きながら、お互いに慰め合っていた。

 不本意に地方の支店に転勤になる秘書達も、ひっそりと荷造りをしていた。


 そして摩夜の姿を見ると、最後の望みに縋るように駆け寄ってくる。


「行方さん! どうだった? やっぱり勘違いだったんでしょ?」

「指名のやり直しは? どうするって?」

「私はまだ指名されてないから大丈夫よ」


 泣き腫らした目で集まってくるあぶれた秘書達に何を言っていいのか分からない。

 できることなら代わってあげたい。

 自分なら最初から期待もしてなかったし、残留の覚悟はできていた。

 それに正直、自分のついた些細な嘘が大きく跳ね返ってきそうな予感がして恐ろしい。

 でも摩夜にもどうにもできなかった。


「そ、それが……評価の一番高い者を選んだということで……間違いではなかったらしく……」


「評価?」

「そんな。あなたが一番高い評価だったっていうの?」

「どうしてよ! 協調性もないし、地味でセンスの欠片もないくせに」

「どういう手を使ったのよ。正直に白状なさいよ!」


 掴みかからんばかりに口々に問い詰められた。


「もう、みんな諦めなさい。行方さんは正当に選ばれたのよ。仕事の能力で考えたなら、鷹柳本部長は決して間違った選択をした訳じゃないわ。この一年の仕事ぶりを見たなら、最も公平な判断でしょ?」


 澤部室長が、見かねて間に立ってくれた。


「でも室長……。私は選ばれなかった秘書としてここに残る勇気がありません」

「なに言ってるの。これから一年きちんとここでスキルを伸ばしたなら、来年またチャンスはあるわよ。今年だって残留組から六名も選出されたでしょ? みんな一年間、地道に努力を続けたからよ」


 どうやら今年のドラフトは残留組の指名が多かったらしい。

 六名という事は、今年の新人から十名近い残留組が出たらしい。

 間違いなく指名されるだろうと言われていた子も、何人かいる。

 シビアな世界だった。


「英会話を身につけて、海外勤務になった二人もいるし、人脈の広さを買われて地方支店長の秘書に指名された子もいるでしょ? そういう人の方が秘書として長く続いているのよ」


 本社役員はもっぱら顔で選ぶと言われているが、地方支店長や海外赴任組は、秘書のスキルで選ぶ者も多いのだ。それにきゃぴきゃぴの新人は地方勤務になるとすぐ辞める傾向があるので敬遠されがちだった。


「さあ、行方さん。あなたの荷物は段ボールに詰めておいたわ。これから本部長秘書として頑張りなさいね」

 

「はい。ありがとうございます」


「ほら、さっきは聞けなかったけど、ちゃんと挨拶して行きなさいよ」

 澤部室長と浅井副室長が笑顔で摩夜に命じた。


「は、はい。行方摩夜。鷹柳営業推進本部長の第二秘書に配属が決まりました。

 一年間ありがとうございました」


 摩夜は深々と二人に頭を下げて、段ボールの私物を持って秘書室を出た。



次話タイトルは「鷹柳本部長、第二秘書」です

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