20、昴と真昼
「おじいちゃん、久しぶり! 長く来なくてごめんね!」
真昼は祖父の家に辿り着くと、先頭に立って玄関を開けて奥に呼びかけた。
真昼がいる時は、摩夜はいつものテンションをずいぶん下げて、つけたしのように「ただいま」と真昼の後に続く。
「……。今回は真昼も一緒か」
祖父は特に喜ぶでもなく、淡々と真昼を受け入れた。
あまり感情の見えない祖父だが、真昼がいると家の中がぱっと明るくなるような華やかさをたぶん喜んでいる。
「うん。鷹を見に来たの。鷹のことを教えて欲しいの」
真昼は玄関を上がると、すぐに祖父と腕を組んで可愛く頼み込んだ。
「鷹のことを? 真理子は反対しなかったのか?」
「うん。お母さんも大賛成よ。実はね……」
真昼は屈託なく祖父に事のあらましを正直に話した。
「鷹柳さんか……。彼が真昼を……」
祖父はすべて聞いてから、考え込むように呟いた。
「え? おじいちゃん、もしかして派玖斗さんが鷹城グループの御曹司だって知ってた?」
「ああ。大谷農園の社長から話は聞いていた。それに私も現役時代は鷹城グループの会社に勤めてたしな」
「え? そうなの?」
祖父の口からそんな話を聞くのは初めてだった。
摩夜と祖父は、二人とも口数が少なく、毎週末会っているというのに会話らしい会話がなかった。たまに話す事といえば鷹の話ばかりだったのだ。
「おじいちゃんは鷹城のどの会社にいたの?」
真昼は次々会話を広げて、知らなかった事実が次第に明らかになってくる。
「私は鷹城不動産だ。だから真理子も羽那子も鷹城グループの会社に勤めて、鷹城グループの相手と結婚した」
羽那子というのは母の妹だ。年子の妹、つまり摩夜達にとって叔母がいた。
「そうだったんだ」
真昼は何も知らなかったようだ。
母は真昼にも自分の結婚や過去を語っていないらしい。
「でもおじいちゃん、どうして派玖斗さんが鷹城グループの御曹司だって摩夜に教えてあげなかったの? 知ってたら、摩夜だっていろいろ思うことが違ったかもしれないわ」
真昼は当然の疑問のように尋ねた。
「そうなのか?」
祖父は真昼には答えず、摩夜に尋ねた。
「あ、ううん。別に知りたいとも思わなかったし……」
彼が御曹司だろうがなんだろうが、そんな事は関係なかった。
ただ、ハクに似た派玖斗に惹かれたのだ。
そしてもう二度と会わないだろう彼の肩書きなど、どうでも良かった。
「そっかあ。摩夜は派玖斗さんに別に好意を持たなかったのよね。双子でも私と摩夜って全部が正反対だもんね」
真昼は納得したようだ。
でも本当は違う。
きっと本質は同じなのだ。
男性の好みもきっと同じなのだろうと思う。
ただ、摩夜が最初から諦めて口に出さないだけなのだ。
「あ、じゃあ、派玖斗さんが名刺を置いていった時も、それで摩夜に渡さなかったの?」
そういえば、摩夜もその話を祖父に聞きたいと思っていたのだ。
「名刺? 何のことだ?」
しかし、祖父は首を傾げた。
「え? 一年前に渡したって言ってたのっておじいちゃんの事じゃないの?」
「一年前? いや、私は二年前しか会ってない」
祖父じゃなかった。
だとすれば……。
その時、まさにその張本人が玄関に現れた。
「じっちゃん、おじゃまー……」
昴は鷹のアリスを手に乗せたまま現れて、摩夜だけじゃなく真昼までいる事に目を丸くした。
そして、みるみる真っ赤になった。
「あ、あれ? 今回は真昼も来てたのか?」
真っ赤な顔を誤魔化すように、何気なく話しているが、緊張してるのがバレバレだった。
「うん。昴くん。今回は鷹を見に来たの。わあ、アリスちゃん、久しぶり」
真昼に声をかけられて、アリスはピーッっと一声鳴いた。
「た、鷹を? 真昼は苦手じゃなかったっけ?」
昴は鷹に顔を近づける真昼に照れた様子で問いかけた。
昴は初めて会った時から、真昼がいるとこんな調子だった。
明らかに摩夜に対する時と態度が違って、落ち着きがない。
もっとも、昴だけじゃなく、たいていの男の人はそうだった。
摩夜といる時と真昼といる時では、全然接し方が違うのだ。
「えへっ。それがね、ちょっと勉強する必要があるの」
イタズラっぽく笑う真昼に、昴はますます顔を赤くしている。
「そ、そっか。じゃあ今から飛ばしに行くから一緒に行く?」
「うん、行く行く! じゃあ着替えてくるから待っててね」
「う、うん」
ちょっと嬉しそうな昴が気の毒になった。
真昼は新たな彼氏のために鷹を知りたいだけなのに、喜んで協力する片思いの昴。
でも、ちょっと間抜けで可笑しい。
「な、なに笑ってんだよ、摩夜! おまえも行くんだろ? 早く着替えて来いよ!」
「ふふ、ごめんごめん。急いで着替えてくるから」
真昼に対するのと全然態度が違う昴だが、もう気にならなくなった。
遠い日の失恋は、今では懐かしい思い出だ。
◆
「ハク、一週間ぶりね。会いたかったわ」
いつも鷹を飛ばす広い空き地に来て、摩夜はすぐにハクに頬ずりをした。
『ベタベタするな! 人が見てるだろ!』
という顔で、ハクは前を向いたまま摩夜の頬ずりを受けている。
「ハク。こんにちは。真昼よ、覚えてる?」
真昼がハクの前に来て挨拶をした。
しかし、ハクは『フンッ!』という態度でそっぽを向いてしまった。
「もう、ハク。私と双子の真昼なんだから、ちょっとは仲良くしてよ」
摩夜が言っても、さらに『フンッ!』と顔を背ける。
ハクは誰にでも素っ気無いが、真昼には更に冷たいような気がする。
「ショック~。二回目だからちょっとは仲良くなれるかと思ったのに。わあ、でもよく見ると、目の周りが黄色いのね。それに眉毛みたいに白いラインが入ってるんだ」
「ふふ。ハクは眉渕が細いから目付きが鋭く見えて男前なのよ」
摩夜はハクの話をする時だけは、饒舌で笑顔がこぼれる。
「エサは何をあげてるの? エサなら食べてくれるかな?」
「エサは外では干し肉だけど、たいていはヒヨコやウズラの冷凍を小さく切って食べさせるの」
「ええっ? 冷凍のヒヨコ? わあ、無理! そんなの絶対出来ない」
真昼は恐ろしそうに、ぶるっと体を震わせた。
「はは。真昼には無理だよ。ハサミで頭をぶった切るんだから」
「きゃあああ! 無理、無理!」
昴が言うと、真昼は聞きたくないという風に両耳を塞いだ。
そうだ。
この真昼が鷹匠をやってたなんて、やっぱり無理がある嘘だ。
きっと近いうちにバレるだろう。
どのタイミングで正直に言うかが問題だ。
「真昼。リュウなら手に乗せられると思うが、やってみるか?」
祖父が真昼を呼んで、乗せ方を教えてもらいに行ってしまった。
そして摩夜のそばには昴が残った。
だから、こっそり聞いてみた。
「昴、派玖斗さんに一年前に会ったの?」
他に派玖斗が名刺を渡した相手が見当たらない。昴しかいなかった。
昴はギクリと肩を揺らしてから、摩夜を見た。
「な、なんでそれを?」
「派玖斗さんに会ったわ」
摩夜が答えると、昴はショックを受けたような顔になった。
「会った? なんであいつと?」
「同じ会社だったの。この間海外赴任から帰国したみたい」
「同じ会社? でもあいつの名刺は横文字の会社名が……」
「海外の出向先の名刺だったのかもね」
摩夜は飛びたがるハクを、腕を振って勢いよく飛び立たせた。
「どうして教えてくれなかったの?」
昴とは毎週のように、こうして会っている。
話そうと思えば、いつでも話せたはずだ。
昴はバツが悪そうに、黙ってアリスを飛ばした。
そして吐き出すように呟いた。
「お前の方こそ、なんで真昼の名前を名乗ったんだよ」
そう言われて、はっと気付いた。
(そうか。派玖斗さんは真昼に渡してくれと名刺を渡したんだった)
「もしかして真昼の名前を出されたから? だから渡したくなかったの?」
「ちげえよ! わざわざ偽名を使うぐらいだから、お前が会いたくないんだと思っただけだよ。
だってハクを殺処分にしようとしたヤツだろ?」
昴の頬がちょっと紅潮している。
いろいろ理由付けしているが、きっと何かの間違いで真昼にちょっかいをかけられたくなかったんだと思った。
でもそれなら……。
せっかく真昼から引き離したつもりだったのに、昴にとっては最悪の状況で真昼に引き合わせてしまった。そう思うと、昴の気持ちが切なくて、気の毒になった。
「ごめんね、昴。派玖斗さんは結局、真昼と出会ってしまったの。派玖斗さんは今、真昼を二年前の鷹匠だと思ってるの」
「真昼を?」
昴は驚いたように摩夜を見つめた。
「そうよ。だから真昼は鷹の事を勉強するために今日ここに来たのよ」
昴が事実を知ってショックを受けるのではないかと思ったが、隠しておくのも気の毒に思えた。だから正直に話した。
「……」
しかし、昴はしばらく無言のまま、アリスが戻ってきたのを左手で受けた。
そして摩夜に尋ねた。
「お前はそれでいいのか?」
意外にもさほど傷ついていないようだった。
「私? うん。私が真昼にそうしてくれって頼んだんだもの」
「そうか……」
昴がなぜか少し微笑んだように見えた。
「ごめんね、昴。真昼と派玖斗さんをくっつけるようなことをして」
私が続けて言うと、昴は「は?」と非難の声を上げて急に不機嫌になった。
そしてポツリと呟く声は、戻ってきたハクを受け止める摩夜には聞こえなかった。
「お前は昔から全然分かってないよな……」
次話タイトルは「秘書室ドラフト会議」です




