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19、真昼と派玖斗の会食

「今日はご馳走さまでした。送って頂いてありがとうございます」

 家の前で黒塗りベンツから降りた真昼は、後部座席の窓に深々と頭を下げていた。


 清楚なピンクのワンピースに、ゆるく巻いた髪が背に流れ、高価過ぎないブランドのバッグを手に愛らしい笑顔で挨拶している。


 車の中から低い声が答えて、窓が静かに閉まった。

 そして去って行くベンツに、真昼が再び頭を下げて見送った。


 自室の窓から偶然その様子を見かけた摩夜は、チリと心が痛んだ。

 どうして窓の外を見ようと思ってしまったのかと深く後悔した。


 知りたくないのに、やっぱり気になってしまう。

 二人でどんな会話をしたのだろう。

 真昼はうまく誤魔化せただろうか。

 自分の事はバレなかっただろうか。


 バレて欲しくないはずなのに、心のどこかで自分の存在に気付いて欲しいという微かな願いがあるのも知っている。またいつもと同じように、選ばれない悲しみを味わうだけなのに、人間とは愚かな生き物なのだと思う。


 今度こそは……と、まだ望んでしまう愚かさがあるから、絶望せずに生きてゆけるのかもしれない。


「ただいまぁ」

 真昼の明るい声と共に玄関が開く音がした。


「おかえりなさい、真昼。お食事はどうだった?」

 母がご機嫌で出迎えている声も聞こえてきた。


 摩夜は、やっぱり気になって階段の手摺りまで出てきてしまっていた。


「すっごく高いフランス料理のコースをご馳走になったの。会員制のVIPしか行けないお店よ。もう緊張しちゃったわ。ワインなんて目が飛び出るほど高いのを平気で頼むんだもの。やっぱり鷹城グループの御曹司なんだなあってドキドキしたわ」


「当たり前よ。グループ総裁の御曹司なんて凄いわよ、真昼。それでどうだったの? 話は弾んだの?」


「うん。海外勤務の話とか。思ったより気さくな人だったわ」


「それで次の約束もしたの?」

「ええ。お母さんにもらった美術展のチケットを渡したわ。来週行く事になったの。ありがとうね」


「お父様に来た招待状だけど、ちょうど良かったわ。やっぱり家柄のいい人は、初デートは美術館とかが無難なのよ」


「そうね。最初は堅苦しくてあんまり気が進まなかったけど、やっぱりハイソな人って素敵ね。

もうすべてにおいてスマートというか、今までの彼氏が子供だったなあって思うわ」


「そうよ。結婚するならやっぱり家柄のいい人を選ばなきゃ。お母さんが言ってた意味が分かったでしょ?」


「もうお母さんったら、まだ一度食事しただけなのに結婚なんて気が早いわよ」


「あら、真昼なら大丈夫よ。きっと向こうも気に入って下さるわ」


「だったらいいなあ……」

 夢見るように言ってから、真昼は階段の上に立つ摩夜に気付いた。


「摩夜!! あなたのおかげよ! ありがとうね! あんな素敵な人に出会うチャンスをくれて」

 真昼は嬉しそうに階段を上って、摩夜の手を取った。


「べ、別に私はなにも……」


 摩夜が答えるより早く、母が続けた。

「そうよ。摩夜の事がなくても、いずれは受付のあなたに声をかけてたわよ。摩夜は関係ないわ」


 母には昨日の内に真昼が事のあらましを話していた。

 そして御曹司との会食に、朝から母の方が浮き足立っていたのだ。


「あの……私の事はバレなかった?」


「うん。摩夜に言われたように鷹匠はやめたって言ったら、それ以上は聞かれなかったわ。それよりもハクがどうしてるかって聞かれて困っちゃった。元気にしてるって適当に答えたけど……」


「そう……」

 やっぱり派玖斗は、ハクのついでに摩夜の事を覚えていただけのようだった。

 そうだとは思ったけれど、現実を知るのは少し寂しい。


「ねえ、摩夜。ハクの事もっと詳しく教えて。それから鷹の事も。派玖斗さんは鷹が好きみたいだから、話を合わせられるようにしたいの。鷹の勉強をしなきゃ。次会った時はきちんと答えられるようになりたいわ」


 真昼は御曹司から『派玖斗さん』と呼ぶようになっていた。

 それが真昼と派玖斗の距離の縮まりを物語っているようだった。


「良かったら今度の週末、一緒におじいちゃんの家に行ってみる?」

 真昼は週末はいつも前の彼氏とのデートに忙しくて、祖父の家にもずっと行ってなかった。


「そうね。それがいいわね。お母さん、いいでしょ?」

 母は真昼が家にいないのを寂しがる。

 それもあって、祖父の家には行ってなかったのだ。


「もちろんよ。しっかり鷹の勉強をして、鷹柳さんに気に入られるようにしなさい」

 母は鷹を飼う祖父の事も嫌っていたが、ここは譲歩したようだ。

 母がこれほど真昼の相手に乗り気になったのは初めてだった。

 まあ、鷹城グループの御曹司となれば、親は誰でも乗り気になるのかもしれない。


 でもきっと摩夜が派玖斗と食事に行くことになったとしても、これほど喜ばなかっただろう。

 いや、摩夜なら、むしろうまく行かないようにしたかもしれない。


 そんな気がした。


 ◆


「昨日のディナーはどうでしたか? 派玖斗さん」

 藤堂は本部長室で書類に目を通す派玖斗にコーヒーを出しながら尋ねた。


「ああ。うん。なんか以前のイメージとずいぶん変わってたな」

 派玖斗は書類から目を上げて、考え込むように顎に手を添えた。


「そうですね。ずいぶん垢抜けましたよね。あんなに美人だったかと私も首を傾げました。

 でも嬉しい誤算だったじゃないですか」


「でも鷹匠はやめたらしい。あんなにハクを大事にしてたのに……」


「いいじゃないですか。鷹を操る女性なんて結婚相手としてはどうかと思ってたんですよ」


「結婚相手? 別にそこまで考えてた訳じゃないぞ」


「ですが、実は昨日、行方真昼について調べさせて頂きました。

 それによると、彼女は鷹城のグループ会社、鷹城製菓の重役の娘らしいです。

 鷹城不動産の重役とも親戚関係らしく、縁談としては悪くないですよ」


「ふーん。そんなお嬢様だったとはな。ハクと一緒にいたあいつは、そんな恵まれた環境の女に見えなかったけどな。もっと孤独で、もっと頼る物もなく、たった一人で踏ん張って生きてるような……」


 良家のお嬢様と言われる女性には、これまでの人生で嫌というほど会ってきた。

 この数年は、さっさと身を固めろと言われて、海外勤務の赴任先にまで見合い相手を送り込まれた。仕方なく数人と付き合ったりしたが、少しもときめかなかった。

 むしろ後腐れのない外人女性の方が楽しい。

 だがそういう付き合いにも飽きて、つまらなくなった。


 派玖斗が逃げ腰になると、それまで上品ぶっていた女達はみんな豹変する。

 途端に捨てないでと泣き叫び、付き纏い、挙句に慰謝料を寄越せと言う。


 そんなごたごたで海外に飛ばされたのだが、海外でもやっぱり同じような問題を起こしてしまった。だが自分を擁護する訳ではないが、慰謝料まで寄越せと大騒ぎする女は、たいてい親が送り込んだ良家のお嬢様だ。

 決まって美人で物腰が上品で高学歴のソツのない女だった。

 ずっと女子校で育って、男性と付き合った事もないという深窓の令嬢だ。

 ガードが固く、自分を高額の商品のように思っている女ばかりだった。


 決して深入りしていない。

 何度かデートしただけなのに、まるでもう婚約が決まったかのように振る舞い、断ると傷物にされたかのように騒ぎ立てる。


 鷹城グループの御曹司は、自分という商品を一番高く売り込める最高の品出し先なのだ。

 最大のバックアップと期待を込めて送り込まれてくる女達の気合は、見ていて恐ろしいほどだった。その必死さが怖くて、さっぱり気持ちが向かない。


 メンツを立てるために何度か食事をして、手を繋ぐ事もなく断るのに、中には深い仲になったのに捨てられたのだと嘘までついて纏わりつく女もいた。


 恋愛で付き合った女達も同じだった。

 鷹城グループの御曹司だと知ると、なんとか好かれようと卑屈になる。

 いい女だとアピールするあざとさに嫌気がさしてきて結局逃げたくなる。


 自分の肩書きが女をそうさせてしまうのだろうが、派玖斗は女という生き物全般に失望していた。


 だが、そんな中で出会った鷹匠の真昼は新鮮だった。


 最初から自分の素性を知ろうともしないし、好かれようという気配もなかった。

 惚れるなと牽制しても、困ったように苦笑するだけだった。

 むしろ、鷹城グループの肩書きに勘違いしてキザな事を言った自分が恥ずかしくなった。


 最後だと言っても、自分の名前さえ名乗らず、あっさり別れようとする彼女に慌てた。

 負けたような気持ちで名前を聞いたが、連絡先は聞かなかった。

 すでにアドバンテージを取られたような気がして、自分からは連絡したくなかった。


 大谷農園の社長は、自分の携帯番号も知っている。

 そのうち聞き出して連絡があるんじゃないかと期待していた。


 だが彼女は、あっさり派玖斗との縁を切ってしまった。

 結構いい雰囲気になっていたと思ったのに、まったく追いかけて来なかった。


 痺れを切らして、一年前もう一度大谷農園に行ってみたが会えなかった。

その時偶然会った鷹匠の男に名刺を渡しておいたのに、それすらも連絡はなかった。


 気付くと、少しも自分を追いかけて来ない彼女が、いつの間にか心の真ん中にいたのだ。


 だから受付で見た時、本当に嬉しかった。

 見えない縁でつながっていたのだと確信した。


 だが……。


「つまらない女になっていた。確かに美人で可愛いんだろうけど、今まで腐るほど会ってきた女と同じになってた。がっかりだ」

 高まっていた気持ちが一気に萎えるのが分かった。


「なに言ってるんですか。ずっと会いたいと思ってた女性なんでしょ? 昨日は派玖斗さんの素性が分かって緊張してたんですよ。もういい加減この辺で身を固めて下さいよ。先日の会食で総裁にも強く頼まれてるんですから」


「はあ。もうこうなったら誰でも良くなってきたな」


「女なんて結局誰を選んでも同じなんですよ。だったら少しでも心が動いた女性に決めてしまえばいいんじゃないですか? 来週の約束もしてるんでしょう?」


「ああ。それもなんだかなあ……。ちゃっかり美術展のチケットを用意して次の約束を取り付ける周到さというか……。なんか以前のイメージと違うんだよなあ」


「向こうも秘かにずっと派玖斗さんを想ってたんじゃないですか? いじらしくて可愛いじゃないですか」

 藤堂は、なんとかこの出会いをまとめたいらしい。


「お前にはいじらしくて可愛く見えるのか?」


「はい。見えますよ。見た目もとっても感じのいい女性です」


「ふーん。やっぱり俺はどこかこじらせて、まともな判断力がなくなってるのかもな。

まあ、いいか。少し付き合ってみるよ。コーヒーもう一杯」


「……」


 派玖斗が空になったカップを差し出すと、藤堂は少し嫌な顔をした。


「はあっ。さっさとドラフトで女性秘書を入れて下さいね。こんな雑用までさせられたんじゃ、時間がいくらあっても足りません」


「あー、あの物欲しそうな秘書室の女達か。考えただけでもうんざりだな」


「でも誰か選んでもらわないと困ります」


「お前が適当に選んでくれよ」


「嫌ですよ。後でお前が選んだせいだって文句言われるに決まってますから」


「じゃあ……そうだな。一番評価の高い女でいいんじゃないのか?

 仕事ができる女ならまだマシだ」


「評価が高いのは……」

 藤堂は机の上の秘書室名簿をめくった。


「断トツで高い評価の女性がいますね。えっと……行方ゆきがた……摩夜まや?」


「行方?」


 派玖斗と藤堂は顔を見合わせた。



次話タイトルは「昴と真昼」です

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