13、祖父母の家に預けられた双子
私が真昼の服を着て、母を半狂乱にさせたのは小学六年の時だった。
それはまさに言葉通り、半狂乱だった。
帰ってきた真昼を抱き締めて離さず、ブツブツと独り言を言っては、時々悲鳴を上げて、私に手当たり次第に物を投げつけた。
私が自分を脅かす何か恐ろしい者だと思っているようだった。
深夜までそんな状態が続き、結局遅くに帰ってきた父が知り合いの病院に入院させることにした。そして私と真昼は祖父母の家に預けられることになったのだ。
「お母さん大丈夫かなあ……」
二人でバスに乗っている間も、真昼は母を心配してシクシク泣いていた。
でも私は少しほっとしていた。
しばらく母と顔を合わさずにいられることが嬉しくさえあった。
ずっとあまり心の通い合った母娘ではないと思っていたが、気付かないフリをしてようと思っていた。事実だと突きつけられるのは、小六の私には重過ぎた。
事実を受け入れるための時間が必要だった。
その頃はまだ祖母も生きていて、日常の心配はなかった。
祖母は、祖父ほどではないが淡々とした人で、親元を離れる二人に深く同情する事もなく、ベタベタとした愛情を注ぐ人でもなかった。
すべてにおいて淡々と世話をし、静かに話を聞いているような人だった。
私にはそんな祖母が心地よかった。
しょっちゅう預けられている私を贔屓するわけでもなく、珍しく来た真昼を贔屓するわけでもなかった。とても平等で公正な人だった。
そして、私と真昼は一ヶ月間だけ田舎の小学校に通うことになった。
実は私は以前にもその小学校に通ったことがある。
真昼がひどい肺炎になって二ヶ月入院した時にも通い、その後も不定期に預けられるたびクラス行事に参加させてもらっていた。
「私、みんなと仲良くなれるかなあ」
不安そうにする真昼に、私は初めて自分の方がリードしている優越感を感じていた。
「大丈夫よ。クラスは七人しかいないけど、みんな親切でいい子よ。私はよく知ってるから、紹介してあげるからね」
ちょっと得意な気分になっていた。
「ホントに? 摩夜、一緒にいてね」
嬉しそうにする真昼に、沈んでいた心が晴れるような気がした。
(私のせいでこんなことになったんだから、真昼を守ってあげなきゃ)
「あのね、昴っていうのが一番仲良しなんだけど、ちょっと口は悪いけどいいヤツだからね。おじいちゃんの鷹を見に毎日来るのよ」
「昴くん?」
「うん。意外に優しいヤツなのよ。紹介するからね」
「ありがとう。摩夜が一緒にいて良かった」
頼りにされて私は有頂天になっていた。
実はこの頃、私は昴が好きだった。
女子校に通う私は、男子と接する機会がなかった。
だから預けられるたびに会う昴に、ほんのり恋心を抱いていたのだ。
クラスに男子は四人いたが、昴は祖父の鷹が好きでよく遊びに来る。
別に私に会いに来たのではなく、祖父の鷹に会いに来るのだが、接点は多くなる。
手近な男の子に安易に心惹かれたのだ。
そして、まあ、昴はクラスでも(四人しかいないが)一番カッコよくてスポーツもよく出来た。無人島に四人しかいなければ……というあれだ。
そして女子校にいる時よりは明るく過ごしていた私は、それなりにみんなと仲良くしていた。
だってここでは真昼と比べられることもなく、私は私として存在出来たから。
でも……。
子供の世界は残酷だ……。
翌日、一時的な転校生として紹介された真昼は、あっという間に人気者になった。
「え? 摩夜ちゃんと双子? 全然似てない!」
「わあ、可愛いワンピースね。都会っ子ってやっぱりお洒落よね」
「髪型かわいい。どうやって編んでるの?」
三人しかいない女子は、一目で洗練された真昼の信奉者になった。
男子四人は、遠目に見ていたがウキウキしているのがバレバレだ。
隣の席の子は、教科書を見せてあげるだけでドギマギして挙動不審だ。
対して、私の隣の男子は(お前かよ)というがっかり感が滲み出ている。
私が紹介してあげるまでもなく、みんなは真昼の世話を焼きたがったし、あっという間に私以上に仲良くなってしまった。
何年もかけて少しずつ築いた友人関係も、真昼は一日で追い越してしまった。
その日の帰りには、女子三人は真昼と遊ぶ約束をしていた。
「良かったら摩夜ちゃんも一緒に遊ぼうよ」
みんなは気を遣って私にも声をかけてくれたが、心の狭い私はみんなに裏切られたようなショックで応じなかった。
「ご、ごめん。おじいちゃんと鷹を飛ばす約束をしてるから」
別に祖父との約束を断っても全然良かったのだが、行きたくなかったのだ。
「鷹ってハトを食べたりするんでしょ?」
「ウサギも食べるって聞いたわ。怖くないの?」
「いやだあ、私、ウサギ飼ってるのに……」
私の鷹好きは、この頃にはすでに確立していた。
「おじいちゃんの鷹はちゃんとしつけてるから、むやみにウサギを襲ったりしないわ。
エサだって冷凍のヒヨコだし……」
私が言うと、きゃあああ! という悲鳴があがった。
「いやだ、ヒヨコを食べるの? 残酷」
「私そういうの無理だわ」
「摩夜ちゃん可哀想だと思わないの?」
なぜだろう。
この間までは、こんな話題にもならず、普通に良好な友人関係ができていたはずなのに、真昼が隣に並ぶと、私が非難される方向に話が向いてしまう。
もちろん、真昼が誘導しているわけではない。
その証拠に、私とクラスメートの間に立ってオロオロしている。
そして、私を庇おうとしてくれる。
「摩夜だってヒヨコが可哀想だとは思ってるのよ。でもエサをあげなきゃ鷹が死んじゃうんだもの。みんな摩夜を悪く言わないで」
今にも泣きそうな真昼に、みんなは優しい目を向ける。
「やだ、真昼ちゃんが泣かないでよ」
「ごめんね、真昼ちゃんは双子なんだもんね。悪く言われたらショックよね」
「ホントに真昼ちゃんって優しい子よね」
私はきっと前世で、真昼に余程ひどいことをしたのだろうと思う。
だから、私の世界に真昼がやって来ると、私は悪役に転じるしかないのだ。
そういう星の巡り合わせってあるのだと思う。
他の人とは良好に過ごせるのに、なぜだかその人がいると悪い部分ばかりが出てしまって嫌な自分になってしまう。そんな人がいるのだ。
私の場合は、それが双子の姉という切っても切れない関係なだけで、きっと誰しもそんな相手がいるのだ。
だったら、抗うのをやめて、静かに真昼のいない世界を探そう。
それが世界の片隅の辺鄙でつまらない場所でも構わない。
私が比べられずに過ごせる場所を探そう。
◆
「昴、もう来てたの?」
学校から帰ると、近所に住む昴が祖父と一緒に鷹小屋の前にいた。
「おお。今日はリュウを飛ばすって聞いてたからさ」
リュウは最近祖父が買ったばかりの若鳥だった。
十年飼っていた先代のリュウが病気で落鳥(死ぬ事)して、半年ほど前に買ったのだ。
鷹の寿命は十年だとも三十年だとも七十年だとも言われているが、死ぬ時は本当にあっけなく死んでしまう。
「半年前に来たばかりの時は、まだ赤ちゃんだったのにね」
ちょうど冬休みで、鷹を新しく買ったと聞いた私は、休みの間中祖父の家に泊まって、リュウの世話を手伝っていた。その時、人懐っこいリュウにすっかり心奪われてしまったのだ。
鷹と一口に言っても、実はいろんな種類がいる。
日本人は、ワシもハヤブサもハリスホークもひとまとめに鷹と呼んだりするが、祖父が飼うのは主にオオタカだった。中でもリュウはシロオオタカと言って、名前の通り全体に白い。
リュウという名前だが、メスで、鷹にしては大らかな気性だった。
摩夜の後をついてまわるような人懐っこさが可愛かったが、半年たって会ったリュウは、成鳥になって、凛とした気高さを纏うようになっていた。
「リュウ、カッコいいよな。ああ~、俺も自分の鷹が欲しいなあ」
「私も! それに飼うならシロオオタカがいいわ」
「やっぱシロだよな」
「うん。ハクって名前にするの。それでね、一日中一緒にいるの」
「寝る時も一緒がいいよな」
私と昴は二人になると鷹の話が尽きなかった。
実際には鷹は猫や犬のようには飼えない習性だが、夢を語るのは楽しかった。
そして、ほんのり恋心を抱く私は、昴と放課後語り合う時間にときめいた。
祖父と一緒に広い空き地に行って、飛び立つリュウを二人で追いかけるのが楽しかった。
(私にはここがあればいい)
母に嫌われようと、学校で嫌われようと、みんなに真昼と比べられて残念そうに見られても、祖父と鷹と昴がいれば充分だった。
幸い昴は他の男子のように真昼の前で挙動不審になったりしなかった。
この時期の男子特有の素っ気無さで話しかける様子もなかった。
――昴は私と真昼を比べたりしない。
それだけが救いだった。
でも……。
やはり私は前世の行いがよほど悪かったらしい。
「おかえりなさい、摩夜、おじいちゃん」
リュウを連れて戻ってきた私達を出迎えたのは、先に帰っていた真昼だった。
「わああ、これがリュウ? 素敵ねえ。はじめまして、リュウ」
真昼は鷹小屋に戻されるリュウに愛らしい笑顔で挨拶した。
そして、その横に立つ男の子、昴に気付いた。
「あら、えっと……同じクラスにいたよね。あ、分かった! あなたが昴くんね? 摩夜から聞いてます」
真昼が話しかけると、昴は、真っ赤になって「うん」と答えた。
「しばらくの間だけど、私も仲良くしてね、昴くん」
「……うん、別にいいけど」
照れたように視線をそらす昴は、私の見たことのない昴だった。
そして気付いたのだ。
(ああ。昴って好きな女の子の前では、あんな感じになるのね……)
私の淡い恋心は、この日あっけなく砕け散ってしまった。
次話タイトルは「派玖斗との再会」です