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12、御曹司、出社

「ねえ、聞いた? 昨日帰国したんだって」

「うそっ! じゃあ今日から出社?」


 秘書室は今日も朝から騒がしかった。

 もう間もなくドラフト会議でそれぞれ個人秘書として配属されるだろう今の時期、どうしても人手が余っていた。


 間違いなく誰かのお声がかかるに違いない美女達は、今さら秘書室の雑務など覚えても仕方がない。どうせ、もうやらないに決まってるのだから……。


 自然にドラフト会議の後も居残るだろう摩夜に、日々の雑務が任されることが多かった。


凜香りんかちゃんはいいよね、少なくとも専務の指名は入るから」

「えー、でも専務って七十過ぎたハゲおやじじゃない。保険代わりに愛想よくはしてるけど、やっぱり本命は御曹司よね」


「御曹司は誰を指名するかしら?」

聖羅せいらちゃんもぶりっ子で人気あるのよね」

「あの子って男性社員にこび売りすぎよね。人間性に問題ありだわ」

「思った。女子に対する時と全然態度違うわよね」

「でも男ってああいう子にコロッと騙されるでしょ?」

「あんな子にだけは負けたくないわ」


 なんだかドロドロとした会話があちこちで聞かれるようになってきた。


「みんな戦々恐々としてますね、澤部室長」

「今の時期は仕方ないわ。浅井副室長」

「一人だけ関係ないって顔の子もいますけどね」

 二人は自分のデスクで電話の応対に忙しい摩夜を見た。


「なんだかいじらしくて最高点をつけました」

「あら、私も同じだわ。秘書としての仕事は完璧だもの」


 ドラフト会議の参考として、室長と副室長が新人の評価をする。


「でも私達の評価なんて誰も見ないのよね。セクハラ、パワハラと騒ぎ立てる時代になったというのに、やっぱり顔で決めるんだもの」


「まあ、明らかに顔で選んでると思っても、うまが合いそうだと思ったって言われたらそれまでだものね。ここの基準だけは変わらないわ」


 この時期には、ドラフト会議に参加する役員達が秘書室に顔を出して物色する。

 そして新人秘書達は、誰か一人でも指名を受けられるようにご機嫌とりに忙しい。


「あっ! 河村専務! どうされたんですか?」

「何かご用でしたら、この私が……」

「どうぞコーヒーでも飲んでいって下さい」

「肩を揉みましょうか? 私、こう見えて得意なんです」


 接待される役員も気分がいいので、ちょいちょいやって来る。


「摩夜ちゃんも、誰か一人でもアピールしておいたら?」


 こういうお節介を言うのは、やっぱり似鳥くんだ。


「いえ、私はこの秘書室に骨をうずめる覚悟が出来ていますので……」

「えー、すでに戦線離脱? 少しは努力してみなよ」


「いえ、私が多くを望むと……周りが不幸になりますから……」

「周りが不幸?」


「身の程を知らずに多くを望むと……しっぺ返しにあいます。私は……ここで地道に働いてお給料がもらえれば充分なんです」


 あと……ハクさえいれば……。


「えー、そうなの? せっかく摩夜ちゃんに最高点をつけておいてあげたのに」


「最高点?」


「うん。もう採点済みだからバラすと、人事部の新人の俺も採点者の一人なんだ」


「そ、そんなことしても真昼まひるに紹介したりしませんよ」


「やだなあ。俺がそんな腹黒い男だと思った? 別に真昼ちゃんに紹介して欲しいとも思ってないし」


「でもこの間、真昼の好きな人を聞いてたじゃないですか」


「ああ。あれは先輩に聞いてくれって頼まれてさ。俺はどっちかって言うと、真昼ちゃんより摩夜ちゃんの方に興味あるからね」


「なっ!!」


 しまった。

 また赤くなってしまった。


 こういうのに慣れてないので、ホントにすぐ赤くなってしまう。


「はは。そういうとこ、可愛いなって思うんだよね」

 似鳥は、赤面する摩夜に気付いて可笑しそうに笑った。


「か、か、か、からかわないで下さいっ!!」


 摩夜は慌てて俯いて仕事に戻った。


「ああ、でも最高点なんかつけて個人秘書に選ばれると会いにくくなるよね。しまったな。少し減点しておけば良かった」


「心配しなくても誰も選んだりしませんよ」


「うーん、まあ、大体の予想は出来てるんだけどね。大穴はやっぱり御曹司かな? 二年間いなかったから、どういう好みなのかさっぱり分からない。噂によると気の強い長身美女が好きらしいけど」


「その情報は私より他の皆さんに伝えてあげてはどうですか?」


「いやいや、すごい修羅場になるでしょ。摩夜ちゃんにしか言わないよ」

「私にも言わなくて結構です」


「もう、冷たいなあ。そこがいいんだけどさ。でもさ、正直言うと、御曹司にだけは摩夜ちゃんを指名して欲しくないんだよね」


「? 杞憂だと思いますが、どうしてですか?」


「二年前の噂だけどさ、結構女遊びがひどかったらしくてさ。まあイケメン御曹司なんて女子が放っておかないから仕方ないんだろうけどさ。突然の海外出向も、ほとぼりが冷めるまで苦労して頭冷やせって事だったらしい」


「私には無関係の話ですね」


「ははっ。そうだとは思うけどさ、万一御曹司が手を出したりしたら、摩夜ちゃんってウブだから簡単に騙されそうだもんね」


「大丈夫です。好きな人ならいますから」

「えっ? マジで? 彼氏いるの?」


「いえ、片思いです。もう会うこともないでしょうが……」

「なにそれ? もう会わない人をずっと思ってるってこと?」


「はい。私にはそれぐらいがちょうどいいんです」

「なんだよそれ。まさか片思いのまま一生独身で通すとか?」


「彼が……どこかで元気に暮らしてるなら、それで充分です」

「マジかあ。今どきそんな一途な片思いってあるのか? なんか羨ましいなあ、そいつが」


「どこが羨ましいんですか。こんな私にしつこくいつまでも想われてるなんて知ったら恐怖ですよ。だから一生この気持ちを伝えるつもりなんかありません」


「ふーん……」

 似鳥はまだ何か言いたそうにしていたが、秘書室の入り口を見てハッと顔色を変えた。


「御曹司だ……」


「え?」

 似鳥の呟きに、摩夜も入り口から入ってくる人物を見た。


 そして……。


「!!!」


 あれは……。


 まさか……。



次話タイトルは「祖父母の家に預けられた双子」です

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