表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/81

11、鷹柳 派玖斗

鷹柳たかやなぎ派玖斗はくと?」


 私はもう一度名前を聞き直した。

 名前に鷹が入っているなんて、まさにハクの人間版のようだと思った。


「おお。二十七才。二年留学してたから、入社三年目の期待のルーキーだ」


 ハクを一度飛ばした後、まだ潜んでいるカラスがいないか、二人で話しながら見回っていた。

 若鳥で、鷹狩りデビューしたてのハクと、ますます重なった。


「入社三年目なのに秘書までついてるんですか?」

 そんな会社あるんだろうかと思った。


「ああ、藤堂は秘書というか教育係だな。親父の秘書だったんだが、俺が問題児だってんで勝手につけやがった」


 どうやら自営業の跡取り息子なのだろうと納得する。


「ふふ。問題児なんですか?」

 そのとがった雰囲気がハクのようだった。

 ハクも鷹の中では、あつかづらい問題児だ。


「やりたいと思ったらすぐ実行しないと落ち着かないんだ。人の一生の時間なんて限られてるんだ。躊躇ためらってるヒマがあったら進むのみだろう」


 まだ少年のような夢に溢れて、いきいきと語る派玖斗が眩しかった。

 彼はまだ自分がこの世界の主人公だと思って生きている。


 摩夜が幼稚園の頃に気付いた非情な現実に、この人はまだ気付いていない。

 それは未熟で幼くもあるが、摩夜には光り輝いて見えた。


 そして、この人は本当にこの世界の主人公かもしれないと信じてみたくもなった。


 きっと摩夜が鷹のハクに恋しているのも、この無謀なほどの自意識の高さなのだろうと思う。

 派玖斗の語る話は、どれもハクの気持ちを代弁しているように感じた。

 

「あ!」


 派玖斗が叫ぶのと同時にハクがきゅっと摩夜の左手を強く握った。


「あそこにカラスがいるぞ。木に隠れてるつもりなんだな」

 カラスに気付くタイミングまで同じなのが可笑しかった。


「行くか」


 派玖斗の言葉通り、ハクが獲物を捕らえる意欲を摩夜に足先で伝える。


 ここからの一連の動きは、鷹と鷹匠との呼吸が合わないと鷹が失速する。

 しかし、うまく合えば鷹は自分で飛ぶよりずっと加速をつけて気持ちよく飛ぶ事が出来る。


 摩夜は左手を大きく後ろに反動をつけて……。


 バッ! と前に振り抜いた。


 バサササッッ!!


 ハクは投げるように放り出された体を一回の羽ばたきでバランスをとり、そのまますいーっと前方に流して飛ぶ。


 そしてカラスの潜む木の手前で一気に垂直に上り飛ぶ。

 これがハクの得意技で、誰もが惚れ惚れするような飛びっぷりだった。


 突如下から現れた鷹に、カラスは目が飛び出すほど驚いて、一目散に飛び去る。


 そのカラスをさらに旋回して追い立ててから、すっかり誰もいなくなった空を気持ち良さそうにすいーっ、すいーっと飛び回っている。


 広い空は今、ハクの独壇場だった。

 空に綺麗に描くなめらかな曲線が芸術のように美しい。


 やがて気が済んだように一気に下降して、すいっと摩夜の手に戻ってきた。


「ハク。あなたってなんて素敵なの? 今日もカッコ良かったわ。大好き!」


 摩夜は頬ずりしながら、エサの肉片を差し出した。

 ハクは肉片を啄ばみながら『当然だ!』という顔ですましている。


 派玖斗も隣で惚れ惚れとハクを見つめていた。


「お前、ホントにカッコいいな。くそっ、なんか負けてる気がするぞ」


 鷹に対抗意識を燃やす派玖斗が可笑しかった。


「ああ~! 俺も飛ばしてみたい! なんかできる気がする。タイミングは分かった」


 確かに、ハクと派玖斗さんは息が合うだろうと思った。


 でも……。


 ハクは言葉が分かっているのか、『誰が乗るかっ!』と言いたげにそっぽを向いてしまった。


「こいつ、今、拒否りやがったな! なんか悪態つかれたのが分かったぞ」


 お互いにムッとしているハクと派玖斗さんが可笑しい。


「ハクは私以外は乗らないけど、リュウなら乗ってくれるかも……」


「リュウ?」


「うん。祖父の鷹なの。リュウは男の子みたいな名前だけど、メスで性格も鷹の割には穏やかで順応性があるから、手に乗るぐらいなら大丈夫よ」


「よし! その鷹を乗せてくれ。どこにいる?」


「今日は留守番で置いてきたの。またこっちに来る時にでも……」


「じゃあ来週だ。来週も来る」


 本当にせっかちで思ったら即行動の人だった。


「分かったわ。祖父に頼んでおくから……」

「お前も来いよ」


「え?」


「女と話すのは面倒で好きじゃないんだが、お前はなんか気に入った。また会いたい」

「えっ!」


 そんなことを言われたのは初めてで、思わず顔が真っ赤になってしまった。


「おっ? 赤くなってんのか? 意外にウブだな。だが俺に惚れるなよ。自慢じゃないが、俺は女から見るととても不誠実な男らしいからな。お前は俺みたいな男の餌食になる女じゃない」


 軽く牽制されてしまった。

 でも、その牽制の言葉さえも温かく感じた。

 摩夜への拒絶ではなく、思いやりのように思えた。


 うん、分かってる。

 あなたが私に女としての興味などなにも抱いてないというのは……。


 だって気付いてた?


 あなたはハクの話は熱心に聞くけれど、まだ私の名前さえ聞いてないのよ?


 でも……。

 

 でもね……。


 片思いぐらいいいでしょ?


 ハクに似たあなたを、そっと勝手に想っているぐらい許してね。


 なにも望まないから……。


 なにも期待したりなんかしないから……。


 ほんの少しの間だけ……


 あなたを好きでいさせて下さい。




次話タイトルは「御曹司、出社」です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ