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10、小学校時代

 小学生になっても、真昼はまだ小さかった。

 身長はクラスでも一番前で、少しトロい所もあった。


 でもそれは癒されるトロさで、相変わらずみんな世話を焼きたがった。

 

 幼稚園からエスカレーター式の女子校だったので、ほぼ同じ顔ぶれのため、幼稚園の時についたイメージは小学校に持ち越され、中学、高校、大学まで尾を引いた。


 私は、真昼の体調が悪くなるたび学校を休んで祖父母の田舎に行くせいもあって、どんどん孤立を深めていっていた。


 二人組を作りたがる女子にとって、しょっちゅう休む相手は安心出来ない。

 相手が休んだら一人ぼっちになってしまうから。

 しかも夏休みのような長い休みに全然いないのも大きかった。


 そうは言っても、病気で休みがちな真昼も同じ条件ではある。

 でも真昼は、体が弱いということでクラスの庇護の下にいた。


「みなさん、真昼ちゃんは退院したばっかりで疲れやすいので、手伝える事があったら手伝ってあげましょう。みんなで守ってあげましょうね」


「先生。私が責任持って真昼ちゃんの面倒をみます」


 退院明けの真昼は、いつもクラスの親分的女子の庇護で守られた。

 それに比べて、田舎に預けられていた私は一人ぼっちになっていても見向きもされなかった。


「ねえ、摩夜ちゃんって真昼ちゃんと双子なんでしょ? 全然似てないし、お揃いの服も着ないのね」

 たまにクラスメートが話しかけてくる。


「同じサイズじゃないから……」

 私は真昼と真逆で、クラスでも大きい方だった。


「あはは、そうよね。真昼ちゃんの服を摩夜ちゃんが着るとピチピチで可愛くないよね」


 可愛くないは余計だが、確かにその通りだった。

 学校の制服さえも、大きさや着こなしで全然違って見えた。


 母は、女の子にフリルたっぷりの服を着せるのが夢だったらしい。

 そして小さな真昼はどれを着てもよく似合った。


 それに比べて、大きい私は比べてしまうからか、どれを着ても似合わなかった。

 比べられるのが嫌で、私はだんだんフリルの服を嫌がるようになった。


 だから母は、真昼の服は吟味に吟味を重ねて、可愛い服を探してくるのに、私にはワゴンに山盛りになった安いセール品ばかりを買うようになった。


 その中でも、徐々に暗い色合いの服ばかりを着るようになる。

 だから母は、暗い服が好きなのかと、また暗い服を買ってくる。


 そうして、私と真昼は全然違う服装をするようになっていった。


 でも……。


 本当は……。


 ――真昼のような可愛い服を着てみたかった――


 嫌がったのは嫌いだからじゃない。

 真昼に比べて似合わないからだ。


 似合うのなら、私も華やかで可愛い服が着たかった。


 やがて小学校も高学年になってくると、ようやく真昼も健康になってきて、身長も同じぐらいになってきた。


 やはり一卵性の双子だけあって、徐々に背格好は似るようになってきた。


 でも決定的に違う周りの環境からか、外見は全然違って見えた。


 真昼は長い髪をお嬢様風に後ろリボンで留めて、ピンクや赤の柔らかいフォルムのワンピースを着ている。


 私は、Tシャツかトレーナーにジーパン姿が一般的だった。

 しかも黒やグレーの暗い色を着ていた。


 本当はピンクや赤も着てみたかったが、みんなの中にイメージが出来上がってしまっている。

 それをくつがえして着る勇気がなかった。

 それに母も、もはや黒とグレーしか買わなくなっていた。


 真昼と同じ長さの髪は、後ろで1つ結びにして、前髪もぴっちりとピンで留める。

 今と違うのは黒縁メガネがあるかないかだけだった。



 ある日、私は面白いことを思いついた。


 真昼はこの頃には、仲のいい子が出来て、毎日のように遊びに出掛けていた。

 私は真昼の留守をいいことに、こっそり部屋に忍び入った。


 私と同じ造りのはずの部屋は、真昼らしく可愛い小物で溢れている。

 本や漫画が並ぶ殺風景な私の部屋とは大違いだった。


「真昼の部屋はいつ見ても可愛いなあ……」

 こんな部屋で真昼のように可愛く過ごせたらなあ……。

 一日でもいいから……。


 私はそっと真昼のクローゼットを開けた。


 中には赤やピンクの華やかなワンピースが並んでいる。


 神様、一日だけ……。


 真昼になれる魔法をかけて下さい……。


 そっと真昼のワンピースに着替えてみる。

 それから、後ろで縛った髪を真昼のように後ろリボンで留めて……。


 そして……。


 鏡の前に立った姿は、真昼そのものだった。


 当然だ。

 双子なのだから……。


「私もちゃんとしたら、真昼みたいになれるんだ……」


 遠い憧れの存在だった真昼に、自分もなれる……。

 希望が見えた気がした。


 そして、あまりに嬉しくて……。

 少しばかり調子に乗ってしまった。


(このままお母さんの前に行ったら、気付かないかな?)


 私は、そっと部屋を出て、階下のリビングに下りていった。

 母はキッチンで夕ご飯の準備をしている。


 そして私を見つけると……。


「あら、真昼。いつの間にお友達の所から帰ってたの?」

 ふわりと優しく微笑んでくれた。


 その笑顔を見た途端、涙が溢れそうになった。

 こんなに優しい母の顔を見たのは何年ぶりだろうか……。


 いや、見たことはある。毎日見ている。

 でもそれは、私に向けられたものではなく……。


 真昼に向けられたもの。


(ああ……。真昼には、こんなに優しく笑うんだ……)


 そう気付いた時、胸が締め付けられるような気がした。


 もしかしてそうじゃないかと思っていたけれど……。


――お母さんは私より真昼の方が好きなんだ――


 どっしりと、その現実が目の前に迫って見えた。


「そうそう。美味しいプリンを頂いたのよ。食べる? 一つしかないから摩夜には内緒よ。

 真昼は栄養をたくさん取って健康にならなくちゃダメだからね」


「……」


 私はこんな風にを言われたことがない。

 きっと、時々こうして私に内緒で真昼にだけあげてたんだ。


 悲しい現実ばかりが目の前に積もっていく。


「さあ、摩夜に見つかる前に早く食べちゃいなさい」


 母はダイニングテーブルにプリンとスプーンを用意した。


 私は今さら本当のことも言えず、大人しく椅子に座ってスプーンを手に取った。

 そして、高そうなプリンを一(さじ)口に運ぶ。

 それは悲しいほど何の味もしなかった。


「美味しい? どうしたの? 今日は少し元気がないみたいだけど」


「……」

 私は無言のまま首を振った。


 お母さんが優しい。

 とても愛されてる言葉。


 でも、それはすべて真昼に向けられたもの……。


 そう思うと涙が溢れた。


「どうしたの? 何かあったの? もしかして、また摩夜になにか意地悪されたの?」


「!!」

 はっと顔を上げた。


 違う。意地悪なんて……。

 ああ、でもそう思われても仕方のない事ばかりしてきた。


 ポロポロと涙を流す私を、母は包み込むように抱き締めた。

 その腕はたまらなく温かいのに……。


 ずっとこの温かさに飢えていたのだと気付いたのに……。


 それは私に向けられたものではない……。


 こんなに温かいのに、凍りつくように心が冷える。


「可哀想に。どうして摩夜はあんな子になっちゃったのかしら……」


 母の呟きにたまらず両手で顔を覆った。


「違う……」


「え?」


「違うの、お母さん……」


 母は、その固い口調に違和感を感じて、はっと抱き締めている腕を放した。


「まさか……」

 母の顔がみるみる恐怖に染まっていく。


 そして……。


「いやああああああっっっ!!!!」


 まるで化け物を見たような顔で悲鳴を上げた。

 その悲鳴に驚いて立ち上がる。


「ご、ごめんなさい、お母さん。ちょっとしたイタズラのつもりで……」


 近寄ろうとする私から逃げるように母は後ずさった。


「こ、来ないで! 来ないでっっ!!」


「え?」


「今度は何をしたの? まさか真昼を……真昼を……」


「ち、違う、真昼はまだ友達の家から帰ってないわ」


「いやあああっ! 寄らないで! 真昼まで食べるつもりなのねっ!」


「食べる?」


「真昼を殺してとって変わるつもりなのっ!! この人殺しっ! 人殺しいいっっ!!」


「人殺し……?」


 違うの。


 違うの、お母さん。


 私はただ……。


 ほんの一瞬でいいから、真昼の見ている温かくて輝いた世界を見てみたかったの。


 ほんのひととき、世界中から愛される時間を味わってみたかったの。


 私にはあまりに遠く、縁のないその輝かしい世界を……。


 そして凍えた心を束の間だけでも温めて欲しかったの。


 多くを望んでしまって……




 ごめんなさい……。



 母はショックで精神のバランスを崩し、一ヶ月入院することになった。

 そして私と真昼は二人で祖父母の家に預けられることになったのだった。




次話タイトルは「鷹柳派玖斗」です

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