プロローグ
雲一つないどこまでも青く澄み渡る大空を、見上げたかった。
白い波が打ち付ける海岸で青く光り輝く海を、眺めたかった。
心を揺らす心地の良い風、時折降っては全てを洗い流す雨、大地を照らし続ける太陽と月────
全て、妄想。儚く脆い、ただの戯言。
いつ始まりいつ終わるのか、何を目的に争うのか。それすら忘れた世界は、今日今この瞬間もその身を削りながら大戦を繰り広げていた。
炎と煙で赤く黒く染まった、希望など一切感じられない空と呼ばれるソレ。
蒸発し哀れな岩石の集合体を露わにしている、未来を打ち砕く元海のソレ。
肌を焦がす悪魔のような風、常に降り注ぎ人体を蝕む雨、光を遮断され意味を失った太陽と月────
全て、現実。辛く痛い、それは事実。
世界は見る形を失い、人間は本来の役目を奪われ、この世界に生きる全ての生物が争うが為だけに存在する、殺戮兵器と成り下がっていた。
この世界は希望を失った。
この世界は未来を失った。
人も同じくして、ただ生き延びる為に争うだけの道具になった。
絶望。喪失。悲愴。憤怒。復讐。報復。消失。
もはや人に、光など宿っていなかった。
だが、それこそ妄想であり、戯言である。
世界は希望を失った。
──希望を抱く事さえ忘れた?否。
世界は未来を失った。
──未来を創る事さえ不可能?否。
希望を抱き、希望を与えんとする者。
未来を創り、未来を切り開かんとする者。
世界が諦めたとしても、人は決して諦める事はない。なぜなら。
──人は諦めない事だけが取り柄だからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「──よって、ここに二人が結ばれる事を祝福する。汝らは、如何なる時も助け合い、如何なる時も愛し合い、如何なる時も支え合い、そしていずれは──」
白く染まった礼拝堂。失われた筈の自然がその全体を覆い、赤く染まった外とは対照的に明るく染まった建物の中では、結婚式が行われていた。
それを見届ける者は多くない。それと同時に、少なくもない。
二人は確かに、今この瞬間夫婦として認められている。
今に神が現れその神々しい姿を誇示したとしても、この雰囲気は崩れる事のない絶対的なものである事を、その場の者全員が深く感じていた。
神秘的な空気に包まれている最中、神父の声が礼拝堂内にゆっくりと響いた。
「世界を救うと、誓いますか?」
「絶対に誓ってみせる‼︎」
「無理よ絶対無理よぉぉぉぉ‼︎」
──かくして、このような絶望に染まった未来を失った世界にも。
元気と活気に溢れた新婚夫婦は存在するようで幸甚だ。いや、絶句すると表現した方が的確だろうか。
如何あれ、まだ世界は終わってはいない。確信して抱く事の出来る、唯一の希望だ。