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ダイバー  作者: パイシー
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第四節 残骸

 日和は、念のために送り込んでおいた京子からの連絡を受けて、コンサートホールに来ていた。

 電気も復旧し、中から銃殺された死体が発見された。更にはユリカの姿がどこにも見当たらないという。念のために監視カメラを確認しても、ユリカの姿はどこにも映っていないのだ。

 日和は裏口から入り、京子の待つメインコンピュータルームへ向かう。そして、中に入ると、京子の傍らにぐったりとして動かなくなった結城が横たわっている。バグが削除された場合、ダイブドライバーは一度データ世界から強制的に脱出されるように設定されているのに、である。

「日和、結城は脈拍は辛うじてあるけど、意識がない状態」

「わかったわ」

 日和は持ってきた機材を組み立て、結城の体に装着していく。人工呼吸器ににも似たそれは、次々と結城の状態を映し出していく。

「これは、やられたかもしれないわね」

 結城の状態を見て、日和が発した一言はそれだった。

「結城は今、植物状態なのよ。魂だけが引っこ抜かれた感じ。詳しい検査はうちに持って帰らないとできないけど。京子、手伝ってくれる」

 日和はダイブドライバーからケーブルを引き抜き、手早く片づけを終えて結城の体を京子と二人で持ち上げる。そしてメインコンピュータルームを出て、裏口へ向かう。本当なら担架が欲しいところだが、生憎とそんなものは持っていない。

 特に問題もなく、日和達は乗ってきたサイドカーに結城を載せ、通常よりきつくシートベルトを着けてヘルメットを被せる。

「日和」

 ふと背後から声をかけられ、振り返る。そこには、少し不安そうな表情のナタリアが立っていた。

「その子、どうしたの?ステージの方で人が死んでたみたいだし、まさか、その子も……」

 ナタリアも『戦争』に深く関わっていた人間である。しかし、戦後、とある事情により彼女は人の『死』に非常に敏感である。彼女は自分の周囲ともなればとりわけ敏感になる。

「ううん、大丈夫よ。まだこの子は死んでない。面倒なことにはなってるけど、大丈夫、私に治せる範囲よ」

「そう、あなたが言うなら、信じるわ」

「ふふっ。世紀の大天才、大國日和に任せておきなさい」

 日和は不敵な笑みを浮かべてヘルメットを被り、サイドカーのエンジンを入れて走り出す。幸い、ここから自宅兼研究所は近い。結城の体がいつまでもつか分からない以上、目的地が近いことに越したことはない。

 研究所に着くと、日和は結城の体を持ち上げて地下の研究室へと急ぐ。サイドカーの定員の都合上、京子は仕方なく置いてきてしまった為に時間はかかったが何とか地下の研究室にたどり着けた。

 日和は壁のスイッチを操作し、コールドスリープ用のカプセルを壁の中から取り出す。その中に結城を寝かせ、生命維持装置を装着させる。そして携帯を取り出して専用のアプリを呼び出して、ダイブドライバーのロック解除命令を送る。

 ダイブドライバーを結城の体から取り外し、カプセルの蓋を閉めてスイッチを入れる。これで、結城の体が死ぬことはない。

「次は、こっちか」

 日和は外したダイブドライバーをメンテナンス用の機械に繋げて、研究室のコンピュータを起動させる。準備が完了すると、結城の体の現在の状態の解析と、ダイブドライバーのメンテナスを同時にこなす。

「何よこれ……」

 ダイブドライバーをチェックし、同時に結城の体を現在の状態を示す情報がすべて入ってきた。結城の体に異常はない。無傷といっても差し支えない。しかし、ダイブドライバーが、未知のウイルスに感染した痕跡を残していた。日和が開発し、少しだけ使用した後に頓挫させた、人格データの圧縮保存技術と、ほぼ同じ処理が行われているのだ。当然、結城に渡したダイブドライバーにそんなプログラムは入れていない。

「なるほど……。人格データがこれで抜き取られたのね。だから、体だけが取り残されてるってわけか」

 日和が考えた人格データの圧縮保存の方法は極めて単純である。まず、対象となる人間の記憶の『核』となる部分を引き抜く。それらは、大切に思っている人間、忘れられない思い出等、その人間を構成するうえで欠かせない部分がその対象となる。

 『核』を引き抜かれた人間は、そこが『穴』となって人格が崩壊し始める。完全に人格が崩壊する前に、零れ落ちてきた人格データをすべて回収し、つなぎ合わせれば作業は完了。後は特殊プログラムで圧縮するだけで、元の人格データを永遠に保管できる。元の体が死んでも、京子のようなアンドロイドの体を用意するだけで容易に生き返ることができる、夢のような技術である。

 欠点は、一度他の体に移し替えたら二度と引き出すことができないという点。日和が当初予想していた結果とは大きく異なったため、結局は外部へ発表することはなかった技術。しかしその詳細が書かれた論文や実験記録は、日和のコンピュータ内部に封印されたままである。

 この時点で、日和は今回の事件の真相に見当をつけ、解決への最短ルートを導き出す。カギを握るのは、ユリカをいかに早く発見できるか、ということただ一点である。



 一週間後、結城救出作戦を考えだした日和は、結城の自宅を訪れていた。京子の話によれば、ここに日和の求める人物がいるはずである。

 日和は一度深呼吸をしてインターホンを鳴らす。

「はーい」

 中から聞き慣れた声が聞こえてきた。少し声変わりこそすれ、懐かしい、あの声である。

 そして、日和が会いたかった人物、小雪がドアを開けて出てきた。その顔はかなりやつれていて、髪や服も乱れている。

「お久しぶり、小雪ちゃん」

 日和の来訪を受け、小雪はぎこちない笑顔を作って軽く会釈をした。

「ええっと、お久しぶりです。立ち話もなんですし、中へどうぞ」

「ええ、お邪魔するわ」

 小雪に続き、家の中へ入る。家の中は昼間だと言うのに暗く、所々ゴミが溜まったような臭いがする。そして通されたリビングは辺り一帯のものに当たり散らしたような様子さえあり、テレビに至っては画面が割れて見られるような状態ではない。

「ちょっと、待っててくださいね。お茶、淹れますから」

 小雪は少しおぼつかない足取りで、台所へ向かうも、途中で倒れそうになって日和に支えられる。

「お茶は後ででいいわ。とりあえず話をしましょ」

「はい、すいません……」

 日和は小雪の肩を担ぎ、辛うじて無傷だったソファに座らせた。それでも周囲にはビールの空き缶が転がっているのだが。

「じゃあ、単刀直入に言うわ。結城君の居場所の目星が着いたの」

 その一言を聞いた小雪の目の色が一変した。虚ろだった目にも光が宿った。

「あの!結城は今、今どこにいるんですか!?」

 小雪は日和にしがみつき、結城の居場所を聞き出そうとする。日和はそれを払いゆっくりとその先を話す。

「その前に、一言言っておくとね、今回の事件、黒幕は私なの。私が渡したダイブドライバーってのを、ユリカちゃんにハッキングされて、結城君の人格データを引っこ抜かれちゃったの……アハハ」

 話の途中から目に見えて気が立ってきた小雪に対し、日和は場を少し誤魔化そうしたが、あまり効果はないようにみえる。今にも襲い掛かってきそうである。

「で、でも!ユリカちゃんがいる場所は分かったの!京子に探らせて、なんとか見つけたのよ!だから、一緒に助けに行きましょ?」

「……」

 小雪は何も言わずに立ち上がり、無言のまま外へと出ていった。

 日和は肩の荷が下りたような気分になって、一息をついた。出会った時からそうだったが、怒った時の小雪は恐ろしい。最も、今回小雪のところを訪れたのも、小雪を焚き付けるのが目的だったのだが。

「さてと、行きますか」

 日和はどこかへと電話をかけながら、小雪の後を追う事にした。



 小雪とともに研究所へ戻ると、研究所の前に一台の車が止まっていて、その前でナタリアが待っていた。

「おまたせ」

「15年ぶりね。こうして集まるのは」

「そんなことより、早く行きましょう。時間が惜しいです」

 小雪はさっさとサイドカーから降りて、研究所の中へと入っていった。

「私達も行きましょうか」

「ええ」

 ナタリアと日和も後を追うように中に入る。そして、地下の研究室に入ると、うなだれている京子が視界に入ってきた。

 日和は急いで京子を抱きかかえ、様子を見る。目立った外傷はなく、京子はすぐに意識を取り戻し、ゆっくりと、部屋の奥を指す。

 部屋の奥には、かつての戦争で活躍した全10機の特殊兵装が強化ガラスのケースに封印されている。平和になった今となっては、無用の長物だが記念品としてこうして飾ってあるのだ。

 しかし、そこの、3号機が封印されているケースが開けられていて、中の起動装置であるベルトが無くなっている。

「ユリカ……が、出てきて、持ってった……」

 京子はろれつがうまく回らない口で、何とか真実を伝えようとした。日和は京子を引きずって、コンピュータの前で寝かせると首筋の差込口にケーブルを挿す。そしてコンピュータを操作して一つのウインドウが表示され、平然としている京子が表示される。

『日和、ありがとう。ユリカにやられて、私のボディも動かなかったから』

「いいの。今回の作戦にはあなたが必要不可欠だから、絶対に失うわけにはいかないの」

 日和はゆっくりと振り返り、今の部屋の状態を確認する。現在、3号機がユリカに強奪されたことを除けば、特に異常はない。残り9機も無事であるし、壁の中のカプセルに収納している結城の体が奪われた形跡もない。

「じゃあメンバーも揃ったことだし、救出作戦を始めましょうか」

 結城を救う為の作戦が、今ここに開始した。

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