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ダイバー  作者: パイシー
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第一節「発端」

横山よこやま 結城ゆうきの世界は、一言でまとめてしまうと退屈だった。特に苦労もなく、ただ淡々と暮らしてきた。だからこそ、『非日常』というものに憧れていた。今の暮らしにはない刺激的な出来事、今の自分では触ることすらできない物。結城はある時から、そういうものが好きだった。

『2048年4月9日木曜日、皆さんおはようございます』

 そして今日もこうして『いつも通り』テレビのニュースを見ながら、朝食を食べている。代わり映えのしない日常である。

「結城ー。制服、ここに置いとくわねー」

「はーい」

 朝食を食べ終え、軽く歯磨きを済ませ、母親の小雪こゆきが置いた制服に着替える。

「それじゃ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 母親特製の弁当をカバンの中に入れ、小雪に送られて家を出る。念願の高校生生活2日目、結城は昨日通った道を思い返しながら学校へ向かう。

 そして校門をくぐり、部活動の勧誘のチラシを適当に受け取りながら教室へ向かう。そして下駄箱を通り過ぎると、一枚の張り紙が結城の目に留まった。

『急募!生徒会雑用募集!』

 可愛らしいイラストと共に描かれた張り紙だった。生徒会役員の雑用を募集する趣旨の他に、簡単な手続きだけでも入会可能と書かれている。

「生徒会、か……」

 結城は少し考える。ただぼうっと過ごすよりかは、何かしらの部活に入ろうかとぼんやりと考えてはいた。しかし、あまり馴染みのない生徒会に入れると分かれば、自ずと選択肢は一つとなる。

「面白そうだし、行くか」

 こうして結城は放課後、刺激的な毎日が欲しいという憧れだけで生徒会室へ向かうことになった。



 そして放課後、結城は生徒会室の前にいた。校庭の方からは運動部の掛け声や勧誘が聞こえてくるのに、ここだけは妙に静まり返っていて不気味だった。

 ゆっくりと扉に手をかけて生徒会室への扉を開ける。その直後、異様な風景が飛び込んできた。

 生徒会室という名前を与えられているであろうその部屋は、畳張りの上にちゃぶ台が一個置いてあり、テレビや食器棚も完備している。今やテレビドラマの中でしかお目にかかれないような化石レベルの一室である。

 しかも、そこで丁寧にも正座でお茶を飲みながらぼうっとしているのは金髪緑眼の少女。明らかに日本人らしくない風貌なのに、湯のみでお茶を飲んでいる。

「ん?」

 少女はこちらに気づいたのか、湯のみを置いてこちらに目線を向けた。

「誰?入会希望?」

「まあ、そんなところですけど。えっと、他の人は?」

「いないよ。私だけ。みんな辞めちゃったんだよね。ついてけないーとかでさ。籍だけ置いてる感じ」

 少女は寝そべって部屋の端に置かれていたカバンへと手を伸ばし、紙を取り出してこちらに手渡した。

「はい入会届。これに名前とクラスを書いて」

 少女に促され、紙に『一年三組 横山 結城』と書いて少女に渡した。

「ふーん。結構普通の名前なんだね。これ私が一時的に預かっとくから、本当に入りたいって思ったら言ってね。私はユリカ・サーストン。ここの生徒会長。実際には先生と生徒の橋渡しぐらいしか仕事が無いんだけどね」

 ユリカ・サーストンと名乗った少女に促され、結城は少女とちゃぶ台を挟んで座る。

「まあ、生徒会は基本的に暇だから、ここは私室みたいな感じで使ってくれちゃって構わないよ」

 少女の生徒会についての説明はそのまま聞いていたが、結城の頭には入ってこず、正直ユリカの容姿に目がいってしまう。

 ユリカはそれに気付いたのか、綺麗な金髪を撫でる。

「ん? ああ、私のことが珍しいのね。私、イギリス人と日本人のクォーターなの。それでも金髪になるなんて珍しいけどね」

「そうなんですか。意外とゲームとかだとハーフとかクォーターキャラって金髪ですけど」

「現実は現実。ゲームなんかとは違うんだよね」

 ユリカはゆっくりと立ち上がり、脇にあった鞄からコンビニのサンドイッチを取り出して結城に投げ渡す。

「はいこれ。お昼まだでしょ?良かったらどうぞ。私少食だからあんまりこういうの嫌いなんだよね」

「は、はあ……」

 結城は完全にペースを握られていた。この部屋の異常さに紛れているのもあるが、ユリカの本質が見えない。結城を試しているのか、それとも本当に何も考えていないのか、結城には見当もつかない。

「でもお昼なら大丈夫ですよ。母さんがお弁当を作ってくれたんで」

 そう言って結城は弁当を取り出して広げる。フタを開けると、普通の唐揚げ弁当が入っていた。

「へえ、結構本格的だね。ちょっともらうね」

 ユリカは有無を言わさずに、唐揚げの一つをつまみ上げて口の中へと放り込む。

「ふむふむ。衣もさっくりしてるし、中身も十分火が通ってて柔らかい。味付けも濃いめだけど、後味もしつこくない。かなり本格的な唐揚げだね。美味しいよ」

「ありがとうございます。でも、いきなり人の唐揚げ取らないでくださいよ。楽しみにしてたんですから」

 結城は不満げにつぶやきながら唐揚げを食べる。いつ食べても安心できる、母親の味である。

「そんなにお母さんの味が好きなの?」

「ええ、まあ」

 ユリカは適当に相槌を打ちながら、結城の弁当袋を持ち上げてジロジロと観察を始めた。結城はもうユリカはこういう人なのだと割り切って、弁当に意識を集中する。

「ねえ、あなたってさ、マザコンって言われたことない?」

 いきなり飛び出したユリカの爆弾発言に、思わず口の中身を吐き出してしまいそうになる。慌てて結城は噛み、持参していた水筒を取り出して、中身を押し込むようにして流し込む。

「い、いきなり何を言い出すんですか!ビックリするじゃないですか!」

「否定しないってことはやっぱそうなんだ。ま、そうだよね。普通こんなお母さん特製のお弁当袋なんて、恥ずかしくて持ってこれないよね」

 ユリカは興味津々に結城の弁当袋を見渡す。結城の名前が赤でデザインされたそれは、既製品の足元にも及ばないレベルの拙さであり、ひと目で手作りと分かる一品である。

 結城は急いで弁当を食べ終えると、ユリカから弁当袋を取り上げて弁当をしまう。

「いいじゃないですか。自慢の母親なんですから」

「ふーん。そっか。お母さんが大切なんだね」

 ユリカは意外にも反撃してくると思ったが、特に抗議もせず、あっさりと引き下がった。ユリカはそれ以上何も言うこともなく、随分とあっさりとした反応だった。結城はユリカの母親について疑問に思い、口を開いた。

「サーストン先輩のお母さんって―――」

「ユリカ」

「はい?」

「ユリカって呼んでよ。あんまり名字で呼ばれるの好きじゃないし」

 結城がユリカの母親について尋ねようとした時、ユリカは結城の言葉を遮った。

「えっと、ユリカ先輩のお母さんって、どんな人なんですか?」

「私のママは世界的なヴァイオリニスト。世界中のあっちこっちで演奏してる。昔からあんまり会えないし、いい思い出もそんなにないんだよね」

 ユリカはただ吐き捨てるように答えた。ユリカが母親に思い入れを持っていないことは自明の理であり、先程の淡白な反応も頷ける。

 そうこうしているうちに、完全下校時刻を告げる放送が聞こえてきた。結城はあまり時間が経っていないように思ったが、時計の針は思った以上に早く進んでいた。

「今日はまだ授業開始前だから、ちょっと早いんだよね。どう?このまま帰っても暇なら、一緒にどこか行かない?まだ生徒会について話してないこともあるし」

 ユリカはカバンを背負って結城に問う。結城は特に断る理由もないので、ユリカと一緒に出かけることにした。

「そういや、ユリカ先輩はどこらへんに住んでるんですか?」

「私はこの辺のアパートに一人暮らしなんだよね。ママは昔っから仕事で世界中を飛び回ってるし」

 2人が向かっている先は、駅前にある小さなショッピングモールである。取り立てて何かがあるわけではないが、結城達地元の中高生の都合のいい暇つぶし先である。

 そして、ゲームコーナ ーに差し掛かった時、結城はいきなり足を滑らせて派手に転んだ。

「大丈夫?」

 ユリカに引き上げられ、結城は立ち上がって自分の足をすくったものを確認する。それはガチャガチャのカプセルであり、周囲を見渡すと、工場から出荷されているかのように次々に転がっていく。

「これに足を取られたみたいです」

 結城周囲を見渡すと、ガチャガチャコーナーが目に留まった。正確には、そこの前に陣取って延々とガチャガチャを回している女性になのだが。

「うーん……。全然出ないー……。なんでだろう……」

 女性はガチャガチャを回しては捨て、回しては捨てを繰り返しており、足元には新しい大量の空のカプセルが転がっている。

 結城がその女性に近寄り、ガチャガチャを確認すると、特撮ヒーローのアイテムのガチャガチャのようで、女性が狙っているのはまだ出ていないようだった。

 結城は恐る恐る女性に近づき、肩を叩く。女性は結城に気づいたようで振り返る。

「あの、カプセルがエラいことになってるんですけど」

「嘘……?」

 結城話を聞いて女性が振り返ると、事態の惨状に気づいたようで苦笑いを浮かべ始めた。そして、その女性に対し面識があるのか、ユリカは一気に顔を曇らせた。

「いやー。ごめんね。ひょっとして転んじゃった?」

「ええ、まあ」

 最初は気づかなかったが、その女性自体は非常に整った顔立ちをしていて、後ろで長い髪を留めているかんざしのような花の付いた髪飾りも相まって、一輪のきれいな花を思わせる。

「で、でも大丈夫ですよ。特に怪我もなかった事ですし」

 きれいな女性を前にして、思わす緊張してたどたどしい喋りになってしまったが、女性はそれを聞いて安心したようだった。

「うーん。でもなんかこのまま引き下がるのも悪いし……。あ、そうそう。ちょうどいいものがあったわ」

 何かを思い出した女性は、立ち上がって足元のカバンをあさり、何か大きな機械を取り出して結城に手渡した。それは、やけに分厚いスマートフォンのように見えたが、USBケーブルの差込口しか見えず、電源ボタンも、音量調整ボタンも見当たらない。

「なんです? これ」

「それはね、その名も『ダイブドライバー』! なんとね、機械とそれを繋ぐと―――」

 女性がそこまで言いかけた途端、突如としてガチャガチャの空きカプセルが女性降りかかり、女性がその中に埋もれてしまった。

「何やってるの?日和ひよりさん」

 カプセルの山を浴びせたのはユリカのようだった。その目線はかなり冷たいもので、明らかに目の前の女性を見下している。

「よっと……。別に私は気紛れでガチャガチャを回してただけよ。ユリカちゃんこそ何?彼氏とデート?」

 日和と呼ばれた女性はカプセルの山からはい出てきて、軽く服を払った。

「違うよ。この子はただの後輩。学校終わったからこっちに来たの」

「へえ。ユリカちゃんにも念願の後輩かー。私は大國おおくに 日和。親が忙しくて日本にいられないから、私が代わりにユリカちゃんの面倒をみてるの。じゃ、行きましょっか」

 そう言うと日和はいきなり結城の腕をつかみ、全速力で走り出した。結城はいきなりのことで全く何が起こっているのかわからず、気が付いたら駐車場のサイドカーの側車に乗せられていた。

「あの、行くってこれからどこに?」

「決まってるでしょ。ユリカちゃんの家よ。そのダイブドライバーのテストがてら、行きましょ」

 ヘルメットを日和から手渡され、結城は仕方なく被る。するとシートベルトもがっちりと絞められ、身動きがいきなりとれなくなった。

「さあ!飛ばすわよ!」

「え?でもまだ俺は何も―――」

 結城に有無を言わせずに走り出したサイドカーは、その大きな車体とは裏腹に、まるでジェットコースターに乗せられているかのような乗り心地だった。まるで高速具のようなシートベルトを着けていても、外に投げ出されそうになるほどの速度を出しているそれは、モンスターマシンどころかマシンのモンスターではないのかとさえ疑ってしまう。

 拷問のような時間の後、サイドカーは少し小さめのアパートの前で止まった。

「ふう。大丈夫?」 

 日和はあんな運転をしておきながら全く堪えていないようだった。日和はスピードメーターの所のスイッチを押してシートベルトを解除した。

「やっぱ人を乗せて運転するもんじゃないわね。うんうん」

 日和は一人で勝手に納得してぐったりとしている結城を持ち上げる。もはや木偶人形と大差ないまでに弱った結城は側車から降ろされ、しばらくすると起き上った。

「全く、なんて運転するんですか……」

「うーん。あんまり退屈させないように急いだんだけど、逆効果だったみたいね。よし、じゃあユリカちゃんの部屋に行くわよ。お楽しみのお部屋訪問タイムってことで」

 日和は結城の腕を引いて歩きだし、アパートの中へと入っていく。そして軽々と階段を上がり、『サーストン』と表札の掛かったアパートの一室の前で立ち止まった。そしてポケットから鍵を取り出すと扉を開けて中に入る。

「よし、じゃあお楽しみの突撃タイムね。女の子の部屋入るのってやっぱりドキドキする?」

「いいえ。むしろまだ気持ち悪いですよ」

 日和に降ろされて結城は何とか立ち上がる。少し時間がたったせいか、気分も少し回復して落ち着いてきた。

 そしてユリカの部屋は色々な写真やバイオリンが飾られていた。しかし、飾られている写真はユリカと母親だけで父親と映っている写真はほとんどない。しかも、父親の写真だけが異様に画質の悪いものであるところに目が行く。

「ユリカ先輩のお父さんって何かあったんですか?なんか妙に画質悪いのばっかりですけど」

「え? ああ、死んだのよ。ユリカちゃんが生まれて、一年ぐらいだったかしらね。確か、戦争に巻き込まれて死んだんじゃないっけ」

 何かを物色している日和は、何気ないような口調でそう説明した。15年前に起こった戦争。しかし、両国総力戦へと移る前に終結した、戦争とは認知されなかった戦争。それがユリカの父親の死につながっているという。

 結城ぐらいの世代ともなると、テレビでたまに特番をやっているの見かける程度のもので、どういったものかはぼんやりとしか覚えていない。結城の場合、母親が『そういうもの』を嫌い、基本的に見せてもらえないので余計に知識が不足しているのである。

「ま、本人は親とあんまり過ごした時間がないから、ちょっと寂しいぐらいで済んでると思うわ。だから、あなたが気に病む必要はないわよ」

 日和はそう言いつつ押入れを漁っていたが、結城はどうしても考えてしまう。ユリカ・サーストンという少女から、親という存在がどう映ったのだろうかと。

「あ、あったあった。これこれ。ちょっと気になるところがあるのよねー」

 日和が取り出したのは一つの目覚まし時計だった。それは、コウモリの意匠が見受けられ、今にも動き出しそうだった。

「これ、今年の誕生日プレゼントだったんだけど、ユリカちゃんは嫌だったみたいね」

 日和は更にユリカの部屋を漁り、どこにでも売っていそうなUSBケーブルを取り出した。そして結城の腕を取り、ダイブドライバーを腕にかざす。するとダイブドライバーからバンドが伸びてブレスレットのような形になった。

『ダイブドライバー 指紋 脈拍認証完了しました 起動準備完了』

 いきなりダイブドライバーの画面が表示され、『DIVER』と表示されている。

「あの、これは……?」

「それ、マスター認証が必要なの。しかも時間がかかるから、予め持っててもらったの。それでもやっと今終わったみたいだけど。で、今から実験。じゃ、行ってみよっか」

 日和は慣れた手つきでUSBケーブルをダイブドライバーにつなぎ、目覚まし時計の底を開けてもう片方を繋いだ。

「そうそう、このケーブル、普通に百均で売ってるようなのでも大丈夫だから」

「え?」

 日和に何が始まるのか聞こうとしたとき、結城は何故か森のなかで立ち往生していた。先程までユリカの部屋にいたはずなのに、見知らぬ森にほっぽりだされ、結城はどうすればいいか迷った。

『気分はどう?』

 腕につけられたダイブドライバーから日和の声が聞こえてきた。

「まあ、特には気持ち悪かったりはしないですけど……。ここはどこです?」

『へっへーん。スゴイでしょ。このダイブドライバーはね、あなたをデータの世界に送り込めるの。まあ電車の分岐ポイントみたいなものだと思えばいいわ。』

「は、はぁ……」

 いきなりデータの世界と言われてもよくわからなかったが、結城は恐る恐る周囲を歩き回り、木々や葉に触れてみる。それらは現実の木々と大差なく、風や香りがないことを除けば特におかしな点はない。

「あの、これ普通のものとあまり変わりがないような」

『まあ、あなたの感覚に依存するからね。今の世界は、あなたが考える『森』ってものが再現された世界なのよ。とりあえず、テストがてらあっちこっち歩いてみてちょうだい』

 結城は相槌を打ちながら、周囲の森を探索することにした。そして、森の内部を探索していた時だった。森の奥から何かの叫び声が聞こえ、黒い影が結城めがけて飛び込んできた。

 結城は反射的に体をそらして避けて、通り過ぎていった相手を見る。それは、暗がりだというのに詳細にその姿を見ることができ、人型のコウモリのような姿をしていた。

『そいつはバグ。今回データの世界にあなたを送り込んだのは、それを除去してもらいたかったのよ』

「はい?」

『ダイブドライバーこれを使えば簡単に倒せるわ。ゲームみたいなものと考えなさい。大丈夫。負けても痛いだけで何もないから』

 結城が何かを聞く前に、日和は一方的に通信を切ってしまった。コウモリ姿をしたバグは唸り声を上げながらこちらを睨んでいる。

「ゲームみたいなもの、か……」

 結城はダイブドライバーを見て、どう使えばいいのか考える。しかし、最初からそれが分かっているかのように自然に手は動いた。

 ダイブドライバーの液晶部分に手を当て、アプリのアイコンを出現させる。そして、それのうちの一つをタッチしてアプリを起動させた。

『アプリケーション ハンティング インストール』

 直後、ダイブドライバーを中心に網のようなものが発生して結城の体を包み込む。

 そして、次の瞬間結城の姿一変した。その姿は赤いマントを羽織った鈍色の鎧を身にまとった戦士だった。視界の端には現在の姿が映し出され、変身ヒーローらしい姿が映し出されていた。

『ハンティングアプリケーション アクティブ』

 結城の両腕には刃が仕込まれた手甲が装着され、腰には突撃銃が二丁備え付けられている。

 結城の変身を開幕の合図とするようにコウモリのバグは飛びかかってきた。結城は迷うことなく腰の銃を引き抜いてバグの羽を撃ちぬく。バグはそれでバランスを崩し、やむを得ず地面に着地する。

 どういうわけか、結城は少し高揚していた。自分の中が満たされていく快感。欲しかったものが目の前にある喜び。そういういったものが溢れてきて思わず口が緩む。

 結城はバグの懐に踏み込み、回し蹴りを放つ。バグは体勢を崩され、結城はもう一発蹴りを入れて怪物を蹴り飛ばす。

 その一撃で、結城は確信した。自分は今、心の底から『嬉しい』のだと。目の前の敵を圧倒し、その苦痛に歪んだ姿を見る事を喜んでいるのだと。相手が苦しめば苦しむほど、その高揚感は高まり、絶頂へと確実に近づいてくる。

 結城は口元を更に歪め、バグの関節を狙い撃つ。一撃で殺してしまわぬように、ゆっくりといたぶれるようにと。

 結城は『非日常』というものに憧れていた。日常では体験できないスリル、人間ではない敵、決して触れることができないような武器。それが今、全て目の前に揃っている。喜ばないという方が酷だ。

 結城は動けなくなったバグを踏みにじり、蹂躙するように銃弾を撃ち込む。しかし、バグ自体の耐久力はそうでもなかったのか、バグは2、3発程度撃ち込んだところでぐったりと動かなくなった。そしてそのまま、バグは光の粒子となって消滅してしまった。

「つまんねえな、もうちょっとタフなやつじゃないとだめだな」

 結城はそう吐き捨てて銃をしまう。バグが消滅したからなのか、結城の身を包んでいた鎧も、外套も消え、世界も少しずつホワイトアウトを始めている。

 結城はダイブドライバーの画面に表示された『EXIT』のボタンを押してデータの世界を後にした。

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