第4話『生きるという勇気』
「はぁ…なぜこうなった…」
そう嘆く翔太の右手には、その手を遠慮がちに掴んでいるレティシアの綺麗な手があった。
今2人は高くそびえ立つworld policeの支部を出て翔太の家へと向かっていた。
何故この様なことになったのかを簡単に説明しよう。
「翔太の家に居候をさせよう」などという突拍子もない華連の案にモウ反対した俺ではあったが言葉巧みに丸め込まれ、さらに俺がまだ中二病オーラが抜けていなかった頃の写真など様々な俺氏の黒歴史を暴露しようとしたため、しょうがな~く 本当にしょうがなく了承をした。
そして、重苦しい空気が流れる中、無情にも俺は家の前に来てしまっていた。
そーっとドアに鍵を差し込む。カチャリという音がし、そ~っと扉を開ける……と家の奥から誰かがこちらへ向かって走ってくる。
「お兄~ちゃん!」
ドアを勢いよく開けると飛び出してくる夏実。ドアの前にいた俺の顔にドアが激突する。視界が暗くなり何も見えなくなる。
その勢いのままレティシアに抱きつく夏実。
「お兄~ちゃん
1日たっても帰ってこないから心配してたんだよ~
……ってあれ?」
自分が抱きついた相手が兄はおろか男でも無いことに気付く。
「あの~私、あなたのお兄様ではありませんー」
半泣きになって手をほどこうとするとするレティシア。
「え? じゃあお兄ちゃんはどこ?」
震える手で指を指す。
その方向を見て口を金魚のようにパクパクさせる夏実。
「なんでお兄ちゃん、ドアとキスしてんの?」
「いや、お前のせーじゃい!」
「ふぅ~ん、まあどーでもいいや」
いやスルーすんなや。
「ところで、お兄ちゃん
元気そうなのは良かったけど何でこんな遅くなったの?」
「ああ、その事については家の中で話す
あとそこにいるレティシアについてもな」
「え?お兄ちゃんの彼女じゃ…」
「違います!」
………………………………………………………………
俺は家に入ってから昨日の夜、起こった事そしてレティシアの素性を簡単に説明した。すると夏実は大体の事は理解できたようで
「ふぅーん、なるほどね」
と納得してくれた。
「つまり、その…レティシアちゃんは住むところがないからこの家に居候したいということ?」
「はい、そうです
ご迷惑でしたら遠慮なさらずおっしゃってください」
「いやいやそんなこと無いって
私としては女の子が増えてとっても嬉しいよ!」
夏実はまだ震えているレティシアの手をしっかりとぎゅっと握る。
そのやり取りを見ていた翔太からため息がもれる。
俺はこの5年間、夏実と母さんと暮らしてきた。しかし、そこでは耐えきれない苦難があった。それは一緒に暮らしている家族が異性という事。そのことによって俺がどれだけ苦労をしてきたか…
ある時には男だという事でパシリにさせられたり、またある時は見たいテレビがあるのに見たくもないアイドルの番組を見させられたりと様々な損害を被ってきた。
ただ今までは母さんは仕事で家にいない日もあったし、年が離れていたからそこまでの深刻化はしなかった。
しかーし、しかーし、しかーーし!今回は訳が違う。
夏実とレティシアは年齢的に考えるとほぼ同じである。そんな2人が一つ屋根の下にいれば仲が良くなるのは必然!
そして2人が俺に対して敵対心を持ったりしたら……
要するにそれは給食の時間、自分の席の前、右、左が女子がいて孤立してしまうという事態と同じぐらい恐ろしい状況になってしまうー!
という訳で俺はレティシアを家に入れたくはなかったのだが仕方がない。
「ちょっと~お兄ちゃん
何黙りこんでるの?」
ずっと黙って険しい顔をしている翔太を夏実がまじまじと見つめる。
「いや、何でもない ちょっと考え事してただけだ」
「ふ~ん まぁいいや
それより、レティシアちゃん ってこの名前呼びにくいからレティちゃん でもいい?」
「はい、いいですよ」
「じゃあレティちゃん、洋服とか持ってるの?」
「いえ、これ一着しかありません」
レティシアが、着ている地味な白い洋服を少し引っ張る。
「そうなんだ~ じゃあ今から買いに行かない?」
立て掛けてある時計を見る夏実。
「今11時ぐらいだから十分に時間はあるね!」
「夏実、行くって言ってもどこ行くんだ?」
「最近できたショッピングモールがあったじゃない、遊園地と隣接してるトコ」
スマホを取り出し調べ始める夏実。
見つかった地図と画像を拡張スクリーンを使って空中に映し出す。
「ここ、行こ!ね、ね、ね」
「分かった分かった、レティシアはそれでいいか?」
興奮する夏実を押さえながらレティシアに視線を送る。
「はい、こちらの世界のお洋服着てみたいです!」
「オーケー じゃあ決まりだな
ええっとここには…よしリニモ(リニアモーターカー)で行こう」
「じゃあ準備してくる~」
急いで階段を上がっていく夏実。上で何やらごそごそと音がする。と、息つく暇も無く夏実が二階から降りてくる。今までのパジャマとは違う綺麗な外用の服に着替えて。
「はやっ!」
「ふっ こんなのちょろいちょろい」
「ほんじゃあいくか!」
「おおー!」 「お、おー?」
………………………………………………………………
「ふ~ 着いたー」
俺達は最近、ショッピングモールがオープンしたというシンジュク駅にいた。ここに来るまでのリニモからの風景に目を輝かせていたレティシアは人の多さに驚いたのか少しくらくらとしている。
その手を引きショッピングモールの方向へ走り出す夏実。その後を俺も追いかける。
少し走っていくと大きな駐車場に大きな2つの建物というお馴染みの構図の場所が見えてくる。
「来た~ショッピングモールー!」
「はい、はいそんな宣言いいから早く入ろうぜ」
自動ドアをくぐり、中へと入る。
映画、様々なグッズ売り場、おもちゃ売り場、本屋、そしてお目当ての洋服屋、色々な店が一つの建物の中に集約されている。
「ここがショッピングモール……
何だか楽しそうな所ですね!」
辺りを見回し、少しはしゃぐレティシア。
始めて見るのなら当然の反応なのかもしれない。
「二人とも洋服買いにいくよ!」
そう意気込み洋服屋に入っていく夏実。その後を2人も追う。
「わあ、凄いですね!
綺麗な洋服がいっぱいあります!」
店の中に入ったレティシアから驚きと喜びの声が漏れる。
俺は今まで怖い思いをしてきて暗い感情を抱いていた彼女がただただ喜んでくれて嬉しかった。その点で言えば夏実の判断も間違ってはいなかったのだろうと思う。
「よし、じゃあ試着ターイム!」
そう言って色々な洋服を持ちレティシアを試着室の中へ連れ込む夏実。「お兄ちゃん覗いちゃダメだからね!」と余計な言葉を残して……
しばらく、その辺をうろついているとカーテンの開く音がした。
そちらの方へ視線を向ける。
試着室の中から出てきたレティシアは前着ていた物とは全く違う服装だった。
「か、かわいい」思わずそんな声が思わずでるような服装だった。薄目の赤い上着の下に白を基調とした花の模様のあるドレスを着て、頭には(どこから取ってきたのか分からない)麦わら帽子をかぶっていた。
「ど…どうですか?」
麦わら帽子のつばで顔を隠しながら、もじもじとするレティシア。
「うん、いいと思うぞ!
スッゲ~似合ってると思う」
パァッと顔を明るくするレティシア。
「本当ですか! ありがとうございます」
「私のコーディネートのお陰なんだからねー」
腰に手を当てて相変わらず自慢をしてくる夏実。
「はいはい、そうですねー」
ここはテキトーにごまかしておこう…
「ほらほらレティちゃん
まだまだ終わらないよ、ホレ次行ってみよー」
そう促し色々な服を取り、レティシアを再び試着室へ戻す。そして着替えたら俺に見せる。
その後も同じ様なことを繰り返す夏実とレティシア。
色々な服を着れて嬉しそうなレティシア。
白、茶色、緑のワンピース
七分袖の服と首飾り
一風変わってスーツ
ブラウス
モコモコで気持ちが良さそうな上着
そして水着までも
彼女が着ると全ての服が輝いて見えた。どれもお世辞ではなく本当に似合っており、逆に返す言葉がなくなるほどだった。
「いや~疲れたー
洋服を選ぶのも大変だね」
夏実が額に付いた汗をぬぐう。
「ありがとうございます、私の服選びを手伝ってくださって」
「さて、お兄ちゃん
どれがよかったかな?」
「う~んそうだな…」悩みながらも俺はもっとも似合っていると思った3つを選んだ。
「オーケー
じゃあ、お兄ちゃんお会計よろしくー」
そう言って店の外に行ってしまう夏実とレティシア。
最後の面倒な部分だけ押し付けやがって、と思う。
まあだが、そのぐらいはしてやろうとレジに服をおく。
「3点合計でこちらになります」
出てきた金額は思っていた以上だった。
財布を開いて「はぁ」と思わずため息が出る。金欠である。
仕方がないので最近作ったクレジットカードを出す。
「ご利用ありがとうございました!」
店員の明るい声とは裏腹に翔太の心は沈んでいた。
店を出ると近くのベンチで夏実とレティシアがアイスクリームを食べていた。
「おーい、買ってきたぞ」
「ありがとー ほら、お兄ちゃんの分も買っておいたから食べていいよ」
「ああ、サンキュー」
アイスクリームを受け取り、服を夏実に渡す。
「それで、これからどうする?」
ベンチに腰掛けながらアイスクリームを食べるのに夢中の二人に問いかける。
「ん? そうだな~ この近くにある遊園地に行かない?」
「いやいや、待て
今、俺は未曾有の金欠だ。遊園地に入るだけの金はな~い」
「いや、大丈夫だよ
ええっと~どこにあったかな?」
そう言ってバッグの中をあさる夏実。その中から3枚の紙を取り出す。
「お母さんが仕事で貰ってきてくれたチケットがちょうど3枚あるから大丈夫だよ」
都合良すぎじゃねと突っ込みたくなるのをこらえる。何にせよタダで行けるならそれに越したことはない。
「じゃ、行こうか」
食べ終わったアイスクリームの紙をゴミ箱に放り込み、そう言う。
「んん…わがぁった」
残りのコーンを口に詰め込む夏実。そしてすでに食べ終わっているレティシアの手を掴む。
………………………………………………………………
遊園地とショッピングモールは案外近くに位置していた。ショッピングモールの案内板に従って歩いて行けば15分ほどで着いた。
遊園地の入り口には多くの人がいた。やはりここは人気なようだ。
俺達も母さんが貰ったチケットを使って園内に入ることが出来た。内心、妹の取り出した物なので偽物かもしれないと思っていたがいらぬ心配だったらしい。
「まず、どれに行こうかな~」
夏実は入り口でもらった案内図を見ていた。どうやら3つのエリアがあり、それぞれで楽しめるアトラクションがあるらしい。
「やっぱり定番のお化け屋敷から行かないか?」
「いいね~ レティちゃんは?」
「お二人が行きたいところならどこでも…」
手をもじもじさせながら、そう言うレティシア。
「あったーここじゃない?」
しばらく歩いていくと少しばかり人が並んでいるボロ屋敷があった。(まあどう見てもこれがお化け屋敷なのだが…)
「ああ、そうだな」
「何だか、怖そうな建物ですね…」
「次の方どうぞ、中へお入り下さーい!」
俺たちの番がやって来た。
少し緊張しながらそっと足を屋敷の中へ入る。あまり説明は見ていなかったが、恐らくありがちな怨霊のパターンだろう。壁に色々な文字がかかれたお札がびっしりと貼られている。
「うう…暗くて怖いですぅ」
怯えた表情のレティシア。その手で翔太の腕を握る。
思わず頬が赤くなるが、首を振りその気持ちを吹き飛ばす。
と突然、岩の裏から「うえーん、うえーん」と泣く声が聞こえてくる。
「ん? 誰だ迷子か?」
そう思い覗いてみるとうずくまっている小さな子供がいた。
「どうしたの~?」
夏実が声をかける。
「あのね…あのね 友達がいないの」
か細い声でそう答える小さな子供。
「ああ、友達とはぐれちゃったんだ
じゃあ私たちと一緒に出口まで行こ!」
「う…ん」
ゆっくりとこちらを向いた子供。
全員が息をのむ。
彼には……顔がなかった。
「あ…いた…トモダチ」
気味の悪い声で三人の後ろを指差した。
ガチガチの首を後ろに向けると、そこには…
服を着たゾンビがいた。
「ぎゃあああああ!」
三人の悲鳴が響き渡る。
………………………………………………………………
「はぁはぁ」
とてつもなく息切れが激しい。恐らくこれはお化け屋敷のなかを猛ダッシュしたためだけでなく、驚いた時のバクバクも含まれているのだろう。
「いや、怖かった~
死ぬかと思ったぜ」
「流石は遊園地
まあまあいい線いってたんじゃなーい」
夏実は得意げに、そうは言っているものの、お化け屋敷のなかで一番驚いて2人を置いて先に逃げたことには触れないでおいてあげよう。
それが優しさだ……
「怖かったです…
一人で寝るのが嫌になってしまいそうなぐらい…」
「大丈夫、そん時は私とお兄ちゃんが一緒に寝てあげるから」
なぜ、その中に俺も入っている!?
「さて、次はどこ行こうか~」
「いっそのこと夏実が全部決めればいいんじゃないのか?」
「それもそうだね
よーし2人とも、私についてきなさーい!!」
それから夏実が決めるがままに多くのアトラクションをした。こういう時の決断力はさすがだ。
メリーゴーランド、空中ブランコ、VR体験、シューティングゲーム、無重力体験
どれもとても楽しかった。
だが、何よりもレティシアの笑顔が嬉しかった。彼女はずっと恐怖に怯えて孤独にさらされて生きてきた。そこで失った喜びや楽しみを少しでも感じてほしかった。
「時間的にはこれが最後かな、ジェットコースター!」
この遊園地は電力を多く必要とするため日によっては4時までで閉まってしまうらしい。そのため今の時刻の3時からいったら恐らくこれが最後なのであろう。
「ジェットコースターって何ですか?」
レティシアが首をかしげる。
「ああ、簡単にいうと乗り物に乗って凄い速さで落ちたり回転したりするアトラクションかな」
「もう、お兄ちゃん、説明下手だな~
ところで、レティちゃん 魔術サイドの世界にはこういう所は無かったの?」
「う~ん、似たような所はありました
例えば………………………………………」
そうやって雑談をしているといつの間にか順番が回ってきていた。
「座席にお座り下さい!
ロックをかけます」
席に座ると上から青い粉のような物が降りてきて体を固定された。
「ドキドキしますね!」
レティシアがこちらに顔を向けてくる。
「ああ、そうだな!」
「では、いってらっしゃーい!」
スタッフの声と共にコースターは発進し一瞬で坂のテッペンに達する。
「え、はっや!」
ゆっくりと登っていくのをドキドキしながら楽しむのもジェットコースターと楽しみだと思うのだが…
「くるよ、みんな!」
夏実がそう言うと下り坂で傾いたまま一旦止まるジェットコースター。あれ?と思った瞬間、一気に降下する。凄い風が吹き付けてくる。
昨日同じ様に空を飛んだものの、その時とは違うスリリングさがある。
洞窟の中に一旦入るジェットコースター。そこから抜けると回転の地獄が待っていた。グルングルン かき回され目が回る。そこをようやく抜けるとまた上り坂があった。
今度はゆっくりと登っていく。と、恐ろしいことに気付く。
レールがない。プッツリとレールが上り坂のテッペンで切れているのだ。
2人もそれに気がついたようで
「ヤバくない?」
と不安げな表情を見せる。
どうしようかと思っているうちにジェットコースターはテッペンに到達していた。そしてそのまま進む。すると、魔法の道が現れる…ことはなく、ただただまっすぐに池に落ちていった。
あ、死んだと思い目を開ける。目の前には水やその中に泳ぐ魚、そして横には2人の姿があった。
恐らく威力軽減装置により威力を殺してこのトンネルの中へとジェットコースターを導いたのだろう。
そして少しジェットコースターが水中トンネルを走ると最初の乗り降り場に着いた。
「ホントに死んだと思った~」
ジェットコースターから降りた夏実がため息をつきながらそう言う。
あれは、本当に心臓に悪い。
「ああ、確かにな
何かのミスで抜け落ちてるのかと思ったぜ」
「とりま、そこの店でなんか食べよー」
夏実がアトラクションの近くにあるカフェを指差す。
「ああ、そうだな
買ってきてくれ~」
「もう、面倒くさいなー」
不満をいいながらもカフェに入っていく夏実。
「じゃあ、俺達はちょっと待ってるか、レティシア」
「はい」
とレティシアが何か不安な表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」と聞く前に足元がぐらつく。
地震か? そう思い辺りを見回すといつの間にか隣にいたはずのレティシアがいなくなっていた。
「おーい、レティシア~」
レティシアを呼ぶ声は周りの悲鳴やざわめきでかき消される。
これは尋常揺れじゃない、そう本能が告げていた。地面が激しく上下に揺れる。アスファルトは一つの波のように揺れ、人々は柱などに掴まっていてやっと立っていられる状況であった。
地震じゃない!これだけの事ができるのは……『異能力』
そう今までの、といっても3年ほどの経験がそう言っていた。
誰がこんなことをしている?
分からない、異能力者といってもなにか印があるわけでも特徴があるわけでもない。異能力者だと分かるのは異能力を使った時のみだ。
と、揺れている地面に目を向ける。すると何やら一つの塊が動くように地面が盛り上がってくる。
あれが異能力者か?
その塊を急いで追う。
こいつどこへ向かっている?
その塊は何にも興味を示すこと無く、真っ直ぐに出入り口の方向へと動いていった。
そして、その出入り口の近くにはさっき、いなくなったレティシアが呆然と立っていた。
狙いはレティシアか! 今朝言っていた彼女を狙う奴らの一人ってことか?
今までなにも反応しなかった塊が突然レティシアの前で止まる。
そして黒い影が バコン という派手な音をたてて地面から飛び出す。
「炎鉄拳!」
考えるより先に体が動いた。
アスファルトの破片や塊と拳から放たれた大量の炎が激突する。
ドカッーンという言う音と共に土埃が辺りに撒き散らされる。
「おい、レティシア!
早く逃げるぞ!狙いはお前だ」
後ろでうずくまっているレティシアの手を強く引く。が、その場から全く動こうとしないレティシア。
「どうした!?早く逃げないと」
「いいんです!……早く…翔太さんは逃げてください」
手をほどくと、その小さな体からは想像もつかない力で翔太を突き飛ばすレティシア。
翔太の体は10メートルほど後ろに飛ばされ、しりもちをつく。
「何すんだ!なぜ、逃げない?」
喉を振り絞るように声を出す。
あんなに楽しそうだったのに……
翔太の頭に彼女が見せた無邪気な笑顔が浮かぶ。
「もう嫌なんです!
私と関わった人は不幸になる…分かってたんです!
私を守ってくれた皆と同じ様に翔太さんも殺されてしまう!
こんな楽しい思い始めてしました…
だから、もうこれ以上…傷付いてほしくないんです!」
翔太に負けないほどの大声で言い放った悲痛な叫びは辺りの空気を震わせる。
「何をいって…」
その翔太の言葉をさえぎり、どこか悲しい笑顔を浮かべるレティシア。
「もういいんです
私が死ねば、誰も傷つきませんから…」
その頬を涙が伝っていた。
「さて、さて、もう茶番は終わりでいいですか?
レティシア王女、お気持ちを決められたようですね」
土埃の中から声がする。
敬語を使ってはいるがその中に込められている冷酷さに背筋が凍る。
土埃が収まりようやく黒い影の姿が見えてくる。
黒いフードで全身を覆い、唯一付けている紋章には2匹のドラゴンが火を吐いている様子が描かれている。
あの紋章…まさか!
world policeが設立された大きな原因である、2つの異能力組織の1つ。その名をフェアレーター。
密輸、カジノ、人身売買、そして殺人、あらゆる裏世界に精通するという恐ろしい組織。
「お前、フェアレーターの者か?」
そう質問した翔太に満足げに頷く黒いフードの男。
「その通り!ま、自己紹介などは必要ないでしょう
私はそこの王女を頂きに来ただけですから」
不敵な笑みを浮かべその手をレティシアに振り落とす。一気に周りの瓦礫が彼女の方向へ飛んで行く。
「ふざけんなぁぁ!
ファイアーブレス!」
寸でのところで、一気に間合いを積め、両手から炎を一斉に噴出する。再び爆発音が辺りに響く。
翔太の背後からレティシアの声が聞こえる。
「何ですか…何で助けるんですか
そんなの自己満足です!私は生きているのが…つらいんです!
今日会ったばかりのあなたに何ができるんですか!」
そう叫んだ言葉にはこれまでの彼女の痛みや辛さがにじみ出ていた。痛々しいほどに……
そうか、翔太は気付いた。
誰かにレティシアは似ている、そう思っていた。
今その疑問が解けた。レティシアは6年前、師匠のもとで出会った、あの銀髪の少女に似ているのだ。今もなお、覚えている。彼女が見せた笑顔も、涙も、守れなかった痛みも…
「はっはは! 本人がいいと言っているのですから、それを止める理由は無いんじゃないんですか?」
嘲笑うかのようにこちらを見る男。
「理由はある!
俺はレティシアに生きていていてほしい!」
腰を落とし臨戦体勢に入る。
「全く、往生際が悪い!」
黒いフードの男の手が銀色に光り、ドロドロと溶け始める。
まるで、鉄のように…
「やっぱり、異能力者か!」
「ええ、私の異能力は『鋼鉄』
異形型だけでなく、周りの金属に多少の影響を及ぼすことができる!
さあ、この力の前に沈め!」
黒いフードの男が右の拳を突き出した途端、その手から溶けた鉄が一斉に翔太とその後ろにいるレティシアに振りかかる。
「なめんじゃんねぇ!」
翔太も負けじと炎を出す。
大量の鉄と炎がぶつかる。
手に振動が伝わってくる。物凄い力だ。だが、このまま耐えれば…
と再びレティシアが翔太の後ろで叫ぶ。
「もう、いいって言ったじゃないですか!
私を助けようとすることはただの自己満足……」
「だからなんだ!」
レティシアの声を翔太の声が遮る。
確かにそうだ、俺は偽善をただ掲げて、助けて満足しているだけかもしれない。でも…
「俺は確かに自己満足に浸っているだけかもしれない
でも、だからってなんだ!
俺は今日会ったばかりだが、お前の笑顔をたくさん見た!
その笑顔は偽物じゃねぇだろ!
この先もっと、楽しい事があるかもしれない、もっとお前には色々なことを知ってほしいんだ!
それに諦めるってことは 逃げ だぞ
お前を守ろうと最後まで戦った仲間に胸を張れるぐらいの生き方をしろよ!
足掻いて足掻いて足掻きまくれ!
俺に迷惑をかける?上等だ!
その背中に背負ってる物が重すぎて立てないんだったら俺も一緒に背負ってやる!
だから……生きろ!」
その言葉には何一つ偽りは無かった。
彼女はまだなにも知ら無いのに、なにも知れなかったかった。
「生きろ」その言葉は師匠とあの銀髪の少女に教わった言葉だ。
もうあの2人はいない…でも、その言葉だけは胸の奥にずっと残って、今でも頭に染み付いている。その言葉をレティシアに伝えたかった。それだけだった…
「素晴らしい演説をありがとうございます…
でも、まあ…ここであなた方は死にますがね!」
更に手にかかる重みが増える。恐らくこれもまだ本気ではないのだろう。余裕の微笑みがフードを被っていても伝わってくる。
「ははははは!!
どうした、そんなものかぁ!」
男の使っていない左手が銀色の光をまとい、手の原型が崩れる。
溶け出した大量の鉄は変形し、鋭く尖った凶器と化す。
太陽の光が当たり、その恐ろしさが際立つ。
「終わりだ」
静かにそう言い放った男は右手で翔太の炎を受けながら、走り出す。一気に5メートルほどの間合いを詰める。
翔太の懐で男の左手がギラリと光る。
この場面で翔太が避けることは不可能だった。両手は大量の鉄の塊を押さえるのに使っていた上に、もし翔太が避けたとしても後ろでうずくまっているレティシアが危険になる。
この配置はどう考えても翔太が不利、その事がこの男には分かっていたのだ。最初から…
流石は悪の組織フェアレーターの一員だ。
完敗だよ…一人だったらな!
「プシュン」一発の特殊な銃声が響く。
男の右肩に穴が開く。その穴からは血ではなく、鉄がむき出しになっていた。
「な!くっ やはり貴様らか!world police」
男が動揺しているのを見逃さず「突入!」という声と共に15人ほどの戦闘員が出入口を突き破り、男を囲う。
「翔太、死にかけとは鍛錬が足りないんじゃないか?」
バカにしたようにエリークの一人であるダクトルとそのパートナー泉谷 薫 が翔太の後ろから現れる。
「はあ、すいません…」
「ちっ!邪魔が入ったか
まあいい、またの機会をお楽しみに王女様!」
高らかにそう宣言した男の周りを瓦礫が取り囲む。
瓦礫は一つの渦のように男の周りを回る。
渦がなくなった頃にはもう男の姿はどこにもなかった。
「逃げられたか…」
ダクトルが悔しそうに呟く。
「撤収だー撤収!」
泉谷の命令で全員が出入口から出ていく。長居をしても意味はないと悟ったのだろう。
すると今まで翔太の後ろで黙っていたレティシアが翔太の服を引っ張る。
「あ…の…ごめん…なさい」
声が震えている。
「何が?」
「私の問題に巻き込んじゃったことも、翔太さんが自己満足…とか言っちゃったことも、全部全部…ごめんなさい
私が生まれてきて…」
泣いていた。どこまでも悲しく罪悪感にとらわれて。
その頭にぽんと、優しく手を当てる。
「それ以上言うな…お前が生まれてきてくれて良かった、そう思っている人はいっぱいいるぜ
それに、もっとそう思ってくれる人が増えるかもしれない
ある小説にこんな言葉があった、『君が生まれたときは君が泣いてみんなが笑った、だから君が死ぬときは君が笑ってみんなが泣くそんな人生を送ろう』と、だから、生きたくない何て言わないでくれ…」
もう一度レティシアの綺麗な目を見つめ直す。
「俺はお前に生きていてほしいんだ」
その言葉が翔太の全ての思いだった。それがレティシアにきちんと届いたかは分からない。
でも微かに微笑んでくれた、そんな気がする。
「はい」小さく頷いたレティシアはいきなり抱きついてくる。戸惑いながらも、その小さな体を壊してしまわないように優しく、手を添えた。
しばらくそうしていると
「お兄ちゃん~レティちゃ~ん」と俺たちを呼ぶ声が遠くから聞こえてきた。
レティシアは慌てて抱きついていた手を離す。
今更、顔をあげなくたって誰が来たかは分かる。
「夏実、world policeへの連絡ありがとな~」
夏実にはここにくる前に何か異変があって、俺への連絡がつかなくなったら、world policeへの連絡をするよう頼んでいた。
まあ本当に来るとは思っていなかったが…
「どうする?もうちょっとここにいる?」
「いやいいよ、戦って疲れたし…宿題残ってるし…
な!レティシア!」
レティシアに視線を投げかける。
少しきょとんとした顔をしていたが不意に「くすっ」と笑い、
「はい、いいですよ 翔太く・ん」
レティシアは少し頬を赤らめた。その笑顔は太陽に照らされ眩しく見えた。
長文になってしまい申し訳ありません。この話で一区切りつけようと思ったらいつの間にか長くなっていました。1週間に1話投稿を心がけますので今後ともよろしくお願いいたします。