一話 我が家を探検!
プニュプニュ、フニフニ。スライム大好きなので書いちゃいました。
スライム好きはよろしくね!
時折ぷるんと、弾力を感じさせる揺らぎを発する奇妙な物体。形はほぼ球体に近く、色は透き通る海の如く透明度の高い水色。そして内部中央には、拳程のサイズの赤い石の様な物が存在している。顔や手足は一切無く、まるでゼリーで出来た特大のクッションの様にも思える。
それは無機物ではなく、命ある生命体――『スライム』。
そしてそのスライムの横には、ハラハラドキドキを楽しむ子供のオモチャにも似た、小さなワニの物品が地に置かれている。
そこにはスライムと向き合う形で、膝を抱えて腰を降ろしている一人の女性の姿があった。ネイビー色のワンボタンジャケットにフレアスカートのレディースセットアップスーツを身に纏い、中にはピンク色のワイシャツと足元にはベージュ色のパンプス。長い黒髪は丁寧なケアのおかげか、柔らかさと艶がある。
一見どこにでもいるOLと思しき彼女の名は、『加我使 育莉』。24歳の未婚であり、彼氏はなし。身長160㎝の細身であるが、一応出るとこは出ているようだ。
「これがスライム……。実際に見ると、ゲームなんかとは違ってあまり可愛くはないかも」
想像と現実のギャップに少々戸惑いながらも、手の平で撫でる様に、時には軽く押し付けたりとリアルな感触を確かめる。
やはり見た目通り、弾力のあるゼリーやグミの感触だ――と、一人頷いては納得する。
あらかた感触を堪能すると、育莉はスッと立ち上がり、「さて、これからどうしたものかなぁ」と呟きながら周囲を見渡し始めた。
どうやら今いるのは洞窟らしき所のようだ。床は平坦で硬く冷たい土、四方を取り囲む壁や天井はゴツゴツとした岩で出来ている。広さ的にはそこそこ開放的であり、およそ20畳程といった所だろう。ただ空間が存在しているだけで物品等は何も無く、外へと通じる少し小さめの穴が開いている。扉が無い為に開けっ放しであり、日の光が少し差し込んでいて外には草が生えているのが見える。
一つ気になる物があるとすれば、出入り口とは反対側の壁に備え付けられた不自然な赤い扉だ。
銀色の丸い輪の形をした取っ手を掴み、手前に引けども横に引けども、はたまた奥に押しても全く動かない。その頑なまでの不動っぷりが、如何にもこの先には”何か”があると言わんばかりばかりのオーラを醸し出している。
「なんなのここ。変な扉は開かないし」
理解不能な現状の環境と、同じく理解不能な扉を前に、育莉は眉を顰める。
すると、まるでテレパシーの様に、直接脳内にて語り掛ける電子音声が流れ始めた。
『ここはマスターの拠点であり、その扉は”マスターキー”を使用する事で解放が可能です』
「え! 誰!?」
声だけによる突然の訪問者に、咄嗟の声が上がる。
『固有名称はありません。ワタシはサポートナビゲーター。初めまして、マスター育莉』
驚き固まっていた育莉だったが、サポートナビゲーターという”聞き覚えのあるフレーズ”により、その声の主を即座に察して足を運び始める。
予想の元へと辿り着き、腰を落として覗き込む先には、小さなワニのオモチャ。
「いきなりだったから驚いたけど……、話せるんだね」
『可能です。言語サポート及び、プログラムされた機能の適応範囲内である限り、マスターをサポートし続けます』
現状やこれからの目的、手法など、色々と不安要素はあるものの、とりあえずこうして言葉を交わせる補助係が付いているのだと思うと、心なしか安心感が生まれてきた。
となれば、まずは名前だろう。サポートナビゲーターなぞいちいち長ったらしくて呼びづらい。そう考えた育莉は、流れるままに名付け作業を開始する。
「じゃあ、これからはナビ子って呼ぶね。それと隣にいるスライムの君は……、スラ!」
『固有名称、”ナビ子”を登録。同時にスライムの名称、”スラ”を把握。今後はナビ子の呼称により応答致します』
どうやらすんなりと受け入れてもらえたようだ。スライムの方も名付けを理解したのか、一度体を大きくへこませては了承の合図としているご様子。
さて、ここが拠点とあらば、それすなわち家と言えるだろう。我が家でありながら、不明の場所があるとはこれ如何に。
「ナビ子、あの扉の奥には何があるの?」
『栽培部屋、一時保管部屋の二部屋が存在し、そして更に奥には”奇跡の卵”と称する祭壇があります』
聞きなれないフレーズにうーんと首を傾げる育莉だが、実際に自分の目で見た方が理解出来ると判断し、例のアイテムを要求する。
「とりあえずマスターキーが欲しいかな。実際に見ながら説明をしてもらえると分かりやすい」
『了解。無限倉庫からマスターキーを転送します』
ガバッと開かれたワニの口。その中には金色に輝く鍵がある。
「取ろうとした瞬間にガブッ! なんて事はしないよね!?」
その様な挙動を起こす子供のオモチャに見た目が酷似している事から、育莉の声が若干上ずる。しかし、ナビ子の『大丈夫、信用してください』の冷静な返事により、育莉は胸を撫で下ろして鍵を手にした。
再び例の扉へと対峙する育莉。その後ろにはスラが付き、体の上にナビ子を乗せている。
鍵穴へとマスターキーを差し込み、左へ回すとカチャリという音が鳴った。どうやら施錠が解除されたようだ。
両開きの扉の片方を手前に引くと、視界の先には数歩の距離の通路が続き、その先は大きな階段が上へと連なっているのが見える。手前の通路へと視線を戻せば、左右に小部屋があるのか木製の扉がある。
小部屋の扉には鍵がかかっておらず、そのまま押せば開く仕組みのようだ。とりあえず左の小部屋を選択してみる。
『栽培部屋。初期配備としてシイタケが設置してあります』
広さ的には8畳くらい。長方形型の空間で、少しジメっとした湿度を感じる。部屋の中央には朽木が倒れており、そこからシイタケが数本生えている。
「見た目はシイタケだけど、これ食べれるんだよね?」
『目の前のシイタケに関しては初期配備として確認していますので、確実に食用可能です。ご心配であれば、”スキャニング機能”をご使用下さい』
「スキャニング機能? それは何?」
『モーションセンサーアイを通して対象を捉える事で、対象の持つ情報をモニターに表示して視認する事が出来る機能です。ワタシの腹部をご確認下さい』
促されるままに育莉はスラへと近寄り、その体に乗せているナビ子を手に取っては逆さに構える。
「え! 私のスマホ!」
ひっくり返されたナビ子の腹部には、埋め込まれたスマホの画面が露わになっていた。角に残る繊細な傷跡により自分のスマホだと認識した育莉は、ナビ子と融合した目の前の所持品に驚愕を隠せない。
『マスターのバッグを始め、その中にあった所持品はワタシの機能拡張の為に統合されております。バッグは”無限倉庫”の機能となり、スマートフォンは時刻や方位磁石などの基本的な機能が適用されている他、アプリケーションや情報の全ては、ワタシにプログラムされたこの世界”パース”の基礎情報に加えて総保管されています』
「えーと、ちょっと待って」
片手で髪をかき上げた後、頬を両手で挟んでは頭を捻らせる。どうやら自分の所持品はナビ子と統合されて、その結果ナビ子の機能がより豊富になった――と、そういう事なのだろう。
しかし、だ。バッグの中には他にも色々と入っていた。財布、ハンカチ、ティッシュ、化粧品、etc……。それらは一体どこに消えた。
「バッグの中には色々入ってたはずだけど、それはどこに行ったの?」
『バッグ自体は無限倉庫機能となり消失しました。中に存在していた所有物は、無限倉庫内に保管してあるのでご安心下さい』
あぁそうなんだ。中身は無事なのね。でも、あのバッグ結構高かったの――と、肩を落とす育莉。
「はぁ……、無限倉庫っていうのは何かしら」
『容量、大きさを問わず物質を保管する事の出来る特殊亜空間です。保管した対象の時間経過を停止させる事が可能となっており、例えば食品であるとすると腐敗する事無く鮮度を保てます』
「猫型ロボットの四次元ポケット的な感じ?」
『その解釈で十分かと』
バッグが小さな金魚袋の様になったのなら話は別だが、冷蔵庫やクローゼットなんかも無かった現状からすれば、あのバッグがとんでも倉庫に早変わりしたのならまぁいいかと自分に言い聞かせる。
ある意味所持品となったナビ子の脇を支える様に、片手で掴んでは目の前のシイタケへと写メでも撮る感じで構えてみる。スキャニング機能の使い方なんて知らないけど、会話が出来るんだからアシストのプロのナビ子に任せよう。
「はい、スキャニングっと」
『スキャニングを実行』
すると、腹部に埋め込まれたスマホの画面越しにシイタケの姿が映し出された。どうやらナビ子の目がカメラの役割を果たしているようだ。それもかなり情報処理能力が高いのか、左右に振ってもブレずにちゃんと映し出している。
画面に映し出されているのは映像だけではなく、シイタケの横に簡易説明文として【シイタケ:採取可能。食用可能】と記述されている。これがスキャニングの効果という事だろう。
「へー。これを使えば何が食べれて食べられないかとか判断出来るし、結構便利かも」
スキャニング機能の有能さを実感しながらも、昼下がりのOLよろしく直立不動でスマホをいじくる。ナビ子と統合した影響なのだろうが、そもそもホーム画面自体が全く変わっていたのだ。アプリのアイコンは全て消え、真っ白な背景の左側に項目が羅列しているだけの簡素な画面表示に。
項目に関しては後から確認するとしよう。今は家の把握の途中だ。しかし、真っ白なままの背景ってのは少し寂しい気持ちもある。そう思った育莉はスラへと向けてナビ子を構え、一言口にする。
「写メ」
『カメラを起動』
カシャリ――。聞きなれたシャッター音が響くと、育莉は手慣れた手つきで画面を操作しては、「よし」と微笑みを浮かべる。
育利の手に持つナビ子の腹部、そこにある小さな画面には、のほほんと構えるスラの姿が待ち受け画面として映り込んでいたのだった。