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町へ

 結局あれから更に一時間やりこんだが、ハーレムヒートのレベルは上がらなかった。やはり、レベルが上がってくると次に上がるまで、かなり時間がかかるようになるようだ。今日はここまでにして教会へ戻ることにするか。

 ハーレムヒートの事ばかり考えていたので気が付かなかったのだが、身体能力も僅かながら上昇しているようだ。墓地に向かう前に、走り幅跳び高跳び、100メートルぐらい走を測っておいたのだが、帰ってきてからやってみると全てが上回っていた。

 ほんのわずかな差だが、実際に成長しているという実感は病み付きになる。筋トレにハマっていたのも、腹筋の回数限界が徐々に増えていく達成感が癖になったようなもんだしな。

 チートを貰っていきなり強くなるのは楽なのだろうが、この感覚を味わえないのはある意味可哀想だ……別に強がっている訳じゃない。


「今日はお疲れ様でした。明日は今回得た魔結晶を売りに城下町へ行きましょう」


「お、町にいけるのか。それは楽しみだな」


 ここに来てから城は謁見の間と廊下、教会とその周辺だけしか見ていない。

 異世界の人に至っては、兵士たちは俺を極力避けようとするので、シンリンとリング、それにニコユル以外の誰とも顔を合わせない日の方が多いぐらいだ。

 明日はようやく異世界っぽさを堪能できるのか。魔結晶の売上金にもよるが、それなりの収入を得られるなら靴と……毛布が欲しいかな。

 ニコユルは毎晩、弾丸の中で寝るようになり毛布っぽいぼろ布を三枚独占できるようになったが、朝晩の冷え込みがきつくなってきたので正直かなり辛い。


 この世界にも四季があるらしく、今は晩秋らしい。これから日に日に冷え込みが厳しくなるらしいので、魔王討伐前に寒気に立ち向かう対策をしなければ。

 弾丸に俺も住めたら、そんな心配もなくなるのだが、それは不可能らしい。この世界は筒の勇者に苦行を与えるのが趣味なのか。


「明日かー。異世界の街並みってどんな感じなんだろう」


 いつもの狭くかび臭い寝床が、明日への期待で今日ばかりは全く気にならなかった。





「弐鋲様。あまりキョロキョロしないでください。気配を殺して駆け抜けますよ」


 何故俺は人の目に触れないように物陰に隠れながら、裏路地を駆け抜けているのだろうか。これは魔結晶売買という名の潜入任務か何かか。


「なあ、ニコユル」


「しっ、声を潜めて。誰かに聞かれたら、石を投げつけられますよ!」


 そう、俺はまだ舐めていた。この世界における筒の勇者の嫌われ具合を。

 朝からスキップでもしそうなぐらいに浮かれていた俺の熱は、ニコユルの姿を見た途端に一気に引いた。フードを目深に被り口元を布で覆い、顔の判別がつかないニコユルらしい人が黙って歩いて行く。

 門から出て行く際も、兵士たちが睨んでくるといういつもの挨拶をされただけで、ニコユルの姿には誰も言及しなかった。


 深く広い堀にかかった木造の橋を渡り、石畳みの大通りを歩くと思い込んでいた俺は、裏路地に引き込まれた。

 そして、それからずっと人目を避けて移動している。一度、みすぼらしい格好の少女と遭遇したのだが、少女は俺とニコユルをじっと見つめた後に、


「いやあああっ! 筒の勇者よおおおおっ!」


 と泣きながら叫び出し、そこら中の民家の窓や扉が開き、不快感に顔を歪めた住民が一斉に顔を出した。


「近寄るんじゃねえ、筒野郎!」


「イクチの巫女もいるわよ。あんた清めの酒を玄関に撒いておいて!」


「筒の勇者だ、石投げてやれ!」


「近寄るなバーカ!」


 散々な言われようだな。あ、くそ、本当に子供が石投げてきやがった。

 でも、何で俺の情報がこんなにも知れ渡っているんだ。国民の前に顔を出したのはこれが初めてなんだが。


「弐鋲様、構わないで駆け抜けますよ。国民には弐鋲様の似顔絵と特徴を書かれた紙が配布されていますので、出来るだけ姿を見られないようにしてください」


「もっと、早く教えて欲しかったのだけど」


「すみません。筒の勇者の立場を知ってもらうには、これが一番手っ取り早いと思いましたので。罰は後でいかようにも」


 そういうことか。城だけじゃなく、町にも居場所が無いのか筒の勇者は。これは、変装するなりした方が利口だな。

 その場から駆け足で走り去り、人気のない場所へ何とか滑り込んだ。


「立場は理解したけど、このままだと魔晶石を売ることも、ままならないだろ。ニコユルはその法衣を脱いだ方がいいんじゃないか。黒の法衣ってイクチ教徒の証みたいなものなのだろ?」


「え、いえ、その、そうなのですが……脱げません」


 なんで、頬を赤らめて視線を逸らす。別に変なこと言ってないよな。薄汚れた黒の法衣を脱いでその下に着込んでいる服装でいた方が絶対に安全……あっ、もしかして。


「その下に何も着ていなかったり?」


「……はい。下着だけです」


「ごめん」


 そういや、今まで黒の法衣姿しか見たことが無かった。魔晶石が売れたら、まず、ニコユルの服を買ってあげよう、うん。

 ニコユルは弾丸に入り、その際に俺の学生服の上も一緒に持って行ってもらった。中に着込んでいたワイシャツ一枚では肌寒いが、幸運なことに今日は日差しが温かく、この格好でも変ではないだろう。

 ワイシャツが小奇麗過ぎるので、そこら辺の土を擦り付け少し汚しておく。学生服のズボンは度重なる鍛錬と実戦で良い感じに劣化しているので、大丈夫だろう。


「ニコユルは中から指示をしてくれ」


(わかりました)


 銃口が防がれていると前が見えないので、ぼろ切れで銃を包み左手に握っている。これで辺りの様子も見える筈だ。

 頭にぼろ布を巻き、ニコユルから借りた眼鏡を装着する。この眼鏡、実は伊達眼鏡で度が入っていない。これなら似顔絵とはかなり違って見える、と思いたい。

 裏路地を抜け、緊張しながら大通りへ足を踏み入れると、そこには活気ある街並みが広がっていた。


 大型トラックが横並びで五台ぐらい通っても余裕がありそうな道幅。その脇には店がずらっと並んでいる。ここはレストラン街のようで食欲をそそる香りが、至る所から流れ出ている。

 一般庶民の食事も是非体験しておきたいところだ。収入を得たら、ニコユルと一緒に食べに行こう。

 行き交う人々は……素材の色そのままなのだろうか、素朴な格好をした町民らしき人が最も多い。陽に焼けた肉体労働者らしき人々は筋肉質で、結構大きな木箱を大八車のような物の荷台に載せて運んでいる人もちらほら見かける。


 派手な色合いの服を着込んでいるのは、上流階級の人間なのだろうか。仕立ての違いが一目でわかる。メイド服のような格好の女性と武器を帯びた護衛のような男もいるな。

 っと、あれは……もしかして。

 進行方向を横切った一行は、かなり異彩を放っていた。


 一人は火花ぐらいの体格で顔だけ剥き出しの全身鎧を纏っている。メイスと盾を背負っているようだ。

 隣に並んでいる細身の男性は青の法衣を着ている。腕には鎖が巻き付き、槍のように見えた物はよく見ると細い杭だ。つまり、哀しみと慈愛の神ニムヂの信徒ということか。

 二人から少し遅れて軽装で弓を持つ女性。そして、もう一人は子供ぐらいの身長でずんぐりむっくりしている。顔は厳ついオッサンだが頭と体のバランスがおかしい。背中には巨大な袋を背負っている。


「ニコユルあの一行って」


(冒険者の方々ですね。この世界は魔物が徘徊していますので、討伐依頼や魔結晶狙いで魔物を狩ることを生業にしている方々です。あとは、護衛の依頼も受けたりしているようですよ)


 冒険者か。ファンタジーのゲームやラノベでお馴染みのあれか。勇者業が嫌になったら冒険者という手もありだな。


(この道を真っ直ぐ進んで分岐路を左に向かいますと、物品の売買が盛んな一帯になります。丁度いいです、あの冒険者についていきましょう。我々の向かう先も冒険者ギルドなので)


「でも、そういうのって冒険者ギルドに加入してないと無理じゃないのか?」


(私は冒険者ギルドに加入していますので。五神の信徒で魔術を扱えるものは冒険者ギルドに加入して、己を鍛えるというのが常識なのですよ……もっとも、イクチ教徒だとわかると、誰もパーティーに誘ってくれませんが……)


 悲しそうな呟きが哀愁を誘うなぁ。 

 筒の勇者の悪行が原因なのは理解しているが、イクチ教徒は関係ないだろうに。そう簡単に割り切れない国民感情もわからないでもないが、もやっとする。


(弐鋲様はここまで酷い対応をされてきたというのに、あまり堪えていないように見えるのですが)


「んー、そうかな。まあ、妬まれたり八つ当たりされたり、嫌がらせをされるのは慣れっこだからかな」


 ここまでの強い感情ではないが、子供の頃から似たような視線を常に浴びてきた。俺の隣にはいつもシンリンとリングがいたからだ。シンリンもそうなのだが、実はリングもかなり容姿が整っている。テレビで美少女ともてはやされている芸能人にも圧勝できるレベルだ。

 その美貌を妬まれ同級生から嫌がらせを受けたり、自分の子供と見比べて劣等感を覚えた親に陰口をたたかれたりするのは日常茶飯事。強引なナンパや変態に追い回されたことだってある。


 そんな日々に嫌気がさし、リングは顔を前髪で隠し、俺とシンリン以外の他人と触れ合おうとはしなくなった。

 俺は二人の騎士とまではいかなかったが、自分なりに二人を全力で庇ってきたつもりだ。告白して振られた輩や、妬んだ連中に人気のない場所に連れ込まれ、殴る蹴るの暴行を受け、脅された回数なんて両手の指じゃ足りない。

 そんな日々が今の俺を作り上げた。今の境遇も苛立ちを覚えるし腹も立つが、我慢できない程じゃない。


「ニコユルは気にしないでいいよ。これぐらいなら余裕余裕」


(弐鋲様はお強いのですね……)


 鈍いだけだよ。そう返そうとしたが、この環境に強い苛立ちを覚えていそうな彼女に対して、相応しくない返答だと判断して呑み込んだ。

 冒険者一行から距離を取り、辺りの街並みを楽しみながら後を付ける。

 道が半分ほどの幅になり雰囲気もかなり変わってきた。さっきまでは呼び込みも盛んだったのだが、ここはそういった店が無いらしく、かなり静かだ。


(この一帯は武器防具を扱う店が多く、職人の工房もありますよ。あとは各ギルドも集まっていますね)


 ギルドというのは簡単に言えば同業者が寄り集まって作った組合だ。各ギルドには決まりごとがあり、加入した場合、強力な後ろ盾となり色々とスムーズに事を運べるようになる。職人は対応するギルド員にならなければ、物品の販売もできないらしい。


(冒険者ギルドは商人ギルドと提携していますので、魔結晶や魔物の部位、素材、その他もろもろの買い取りもやっています)


 魔物というのは倒すと消滅して魔素となり大気に溶けるのだが、消滅するまで時間があり、その間に必要な部位を切り落とすと、物体として残る。それを素材として薬や武具を作ることもあるそうで、物によっては高額で取引されるそうだ。

 ちなみに不死系は中位以上でなければ素材の需要が無いので、魔結晶しか売る物が無い。


「どれぐらいの売り上げになるのか」


(下位とはいえ、三十近く集めましたから、結構な値段になると思いますよ)


「それは、楽しみだな」


 売上金はニコユルと山分けして、まず靴を買おう。そして、日頃のお礼に服を買ってプレゼントさせてもらおう。彼女はお金を得ても、食料や貯金に回しそうだからな……。


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