強化
「勇者証、お返ししますね」
弾丸から出てきたニコユルに手渡されたカードを手に取り、ハーレムヒート能力開示と心中で呟く。
ハーレムヒート レベル2
射程 1
弾速 1
命中 1
威力 1
弾丸 1(聖属性)
居住性 1
ポイント2
レベルが一つ上がって、ポイントという項目が増えているな。
たぶんこのポイントを割り振るのだろうけど、憶測でやると痛い目に合う。ニコユルに教えてもらおう。
「ポイントが増えていますよね。上げたい能力に指を当ててみてください」
「これって、どれを上げた方がいいとかあるのかな」
「それは弐鋲様の思うがままに。最新の記述が三十年前でそれもいい加減なので、強化方法の情報が殆どありませんから」
申し訳なさそうに身を縮ませている。
そうか、二十年前の筒の勇者は軟禁からの脱走。十年前は早々に処刑されたからか。
しかし、そうなると、射程、弾速、命中、威力、弾丸、居住性から二つしか選べないのか。
射程を上げても当たらないから却下。弾速は上がると便利かもしれない保留。命中はどの程度上がるかによるから保留。威力は大切だよな候補にしておこう。弾丸はポイントではどうしようもない。居住性は……余裕ができてからだな。
となると、威力か。その後、命中を試してもいいか。
虚空に浮かぶ威力に触れると、新たな文字が追加された。
――威力を2に強化します はい いいえ――
威力を強化したらどうなるとかいう説明が入る親切設計はされていないか、やっぱ。これって使ってみないとわからないのか。まあ、やってみよう。
はい を押すと。威力が2に変化した。よくよく考えると、威力が上がっても調べようがないな。今のところ、ここのアンデットには一撃だから。
もう一つはどれにするか。ニコユルの意見も参考にしてみようかな。
「ニコユル。個人的にはどれを上げたら良さそうだと思う」
「私ですか……そうですね、やはり命中でしょうか。まずは思ったところに飛ばないと話になりませんので」
「だよな。俺もそう思っていたんだよ。それにしようか」
――命中を2に強化します はい いいえ――
これって2ってどういうことなのだろうか。今までの命中率が1%ぐらいだったから2%に上がるということか? だとしたら命中率が二倍だ。うわああぃ、百発百中にたどり着くのはいつの話になるんだ……。
とはいえ、上げないことには一生辿り着かない訳で。それに2%と決まったわけじゃないしな。よっし、上げよう。
最終的にハーレムヒートの性能はこうなった。
ハーレムヒート レベル2
射程 1
弾速 1
命中 2
威力 2
弾丸 1(聖属性)
居住性 1
ポイント0
着実に強くはなっている。この調子でガンガン強化していこう。まずは、狙ったところに当てられるようにして、そこから飛距離も伸ばしていきたい。
「では、また弾丸に戻りますね」
「何かあったら呼ぶよ。それまで、のんびりしていていいからね」
戦場で安全に休憩が出来るというのは大きいよな。
弾丸に戻ったのを確かめてから、近くの木まで近寄り撃ってみる。弾丸は地面にめり込んで、シリンダーに帰ってきた。更に二発、三発、四発、全て外れ。
強化された気が全くしないが、ま、まあ、数値上は上がっているのだ。もう少し上げたら、きっと実感できることだろう。
っと、新たに死玉と少し離れた場所に腐敗人がいるな。これならやれるか。死玉に接近して撃破、続いて腐敗人を撃ち抜く。胸元に空いた風穴が少し大きくなった気はするが、確信は無い。
今日は、無理をしない程度にやるだけやってみよう。
二時間が経ち十匹を倒した。安全を最優先にしていたので効率は悪いが、無傷でここまでやれているのだから上出来だろう。
そろそろ、次のレベルになっているかな。
「ニコユル、レベルが上がっているか確かめたいから、出てきてくれるかな」
弾丸の中にいるニコユルに呼びかけたのだが返事が無い。
「ニコユル? おーい、ニコユルさーん。聞こえてるかあああぁ」
声量を上げてみたが反応は無しか。何かあったのか……それとも、声が届かなくなる不具合のようなモノが発生したとか。
これってやばくないか。連絡が取れないのも問題だが、弾丸から出られなくなったとしたら、俺では転移陣を作動できないから、ここで暮らす羽目になるのか?
いやいやいや。これは暢気に構えている場合じゃないぞ。もう一度、大声で呼びかけてみよう。
「にいいいこおおおゆううううるうううう!」
(ひ、ひゃいっ! え、もう朝……あ、え、いや、ちがう! は、はい、何でしょうか)
寝ていたな。完全に寝起きで慌てている人の反応だった。
「ニコユル、もしかして寝ていたのかな?」
(な、何をおっしゃっているのですか。ま、まさか、弐鋲様が戦っている最中に、巫女である私が爆睡するなんて、ありえませんわ、おほほほほ)
動揺しすぎてキャラが変わっているぞ。まあ、非常事態じゃなくて、ほっとしたよ。
「別に怒ってないから。そこって何もない殺風景な部屋なんだよな。それに室内は適温。そりゃ眠くもなるよ」
(も、申し訳ございません。お話しかけるのも戦闘の邪魔になるかと思いまして)
「いいよ、いいよ。じゃあ、一度出て来てもらっていいかな。レベルが上がってないか確かめたいから」
(わかりました!)
恐縮して俯いているニコユルの口元に、涎の跡があることは言わないでおこう。
黒のカードを受け取って能力を確認すると、レベルが3に上がっていた。あれ、ポイントが3に増えている。1レベル上がるごとに2ポイント貰えるシステムじゃないのか。レベル3だから3ポイント貰えるのなら、これってレベルが上がれば、大量のポイントを割り振れるんじゃないか?
大器晩成なのかハーレムヒートは。これは戦闘に対する意欲が増すな。
っと、考察は後だ。まずはポイントを振らないと。
まずは命中を3にしておこう。で、残り2ポイントか。今度は弾速を上げておこう。密着しているのに撃ってから少し間があるのが気になるからな。
弾速2となったか。残り1ポイントは……ちょっと居住性も調べて見るか。特殊な上がり方かもしれないからな。
――居住性を2に強化します はい いいえ――
他の能力と同じか。一回上げてみるのもありかもしれない。いずれ、他の人を弾丸ハウスに勧誘する時、居心地が良い方に越したことはないしな。
あと、居住性の変化に興味もあるというのが本音だ。はいを選ぶと、
――以下の項目から選択してください
椅子1 机1 ベッド1 ソファー1 テレビ1 洗濯機1 乾燥機1 食器棚1 等々――
あっ、そう言えば。ニコユルが居住性を上げたら家具が増えるとか何とか言っていたか。隣の数字はポイントを1消費するってことだよな。レベル上げと家具のポイントが別なら足りないことになるが、選択できるということは大丈夫なのだろう。
となると、何を選ぶべきか。いつも、弾丸の中で寝ているニコユルのことを考えるならベッド一択なのだが、テレビが非常に気になる。
そもそも、この異世界で家電が選べるという違和感が半端ない。たぶん、俺の知識を元にして選ばれた物なのだろうが、異世界でテレビって何が映るんだ。
「ニコユル。弾の中って暇なんだよな?」
「え、いえ、そんなことは……」
手を胸の前で振っているが、それは肯定しているようなものだ。よっし、俺も興味あるから試してみよう。
テレビを選ぶと、部屋の屋根を取り払って見下ろすような画面が表示された。これってもしかして弾丸の中なのか。えっとテレビが部屋の外にある状態だから、これを自由に配置しろって事か。
テレビに指を当てて、部屋の隅へと移動させる。そして、そっと指を離すとテレビがそこに設置された。このシステムはやばいな。MMOやスマホゲーで自分の部屋の内装を無駄に凝るタイプの人間はハマりそうだ。
よっし、もう一度ハーレムヒートの能力をチェックしておこうか。
ハーレムヒート レベル3
射程 1
弾速 2
命中 3
威力 2
弾丸 1(聖属性)
居住性 2(テレビ)
ポイント0
こうなるのか。テレビ番組がどうなるのか興味あるからな。ニコユルに戻って実況してもらうとしようか。
「ニコユル、弾丸に戻ってくれるかい」
「はい、強化は終わったのですね。では戻ります。くれぐれもお気をつけください」
驚く声が聞きたいのでテレビを追加したことは黙っておいた。
あっ、もしかしてこのテレビって、俺の記憶を元に今まで見たことのあるテレビ番組や動画を再生する機能があるとしたら……い、いや、まさか、そんな性能はあり得ないよな、うんうん。
(ええええっ! 弐鋲様、弐鋲様! 部屋に変なガラス板が置いてあります!)
脳内に絶叫が響いてきた。いいリアクションするな、ニコユルは。
殺風景な部屋にいきなり謎の物体があれば取り乱すのも無理はないか。
「落ち着いて。それは居住性を上げたら家具を置けるようになったから、設置した家電だよ」
(そ、そうなのですか。恥ずかしいところをお見せしました……貴重なポイントを使っていただき、ありがとうございます。それで、このカデンのテレビとやらは、どのような物なのでしょうか)
声に怯えの色が残っているな。中の様子は見えないけど、遠巻きに警戒しているっぽい。
「家電というのは電気で動く家具のようなものだよ。ほら、前に話したことがあるだろ?」
(ああっ、一回押すだけで勝手に洗濯をしてくれる物やゴミを吸い取る物とかですね。なるほど、このテレビもそういった魔道具のような物なのですね)
「そんな感じ。テレビは遠くの景色や芝居やコンサートの映像と音を表示してくれる、便利な物だよ。ええと、テレビの近くに細長い棒状の物が落ちてないかな」
テレビがあるならリモコンも存在していると思うが。
(はい、ありました!)
「じゃあ、その棒の上の方に赤くて出っ張っている物があるかな」
(えっと、ありますあります。他には音量と十字マーク、横線マークもあります。後は何もないです)
電源はあるみたいだけど、チャンネルは存在しないのか。あとは音量の強弱ぐらいしかないテレビって、日本だったらただの不良品だな。
「その赤い出っ張りを押してくれるかい」
(は、はい、お、押しますよ!)
そんなに緊張しなくてもいいのに。
暫く待っているのだが声が全くしない。まだ、躊躇っているのだろうか。
(おおおおっ、弐鋲様! ガラス板に何か映っています! 茶色くて暗い感じです!)
茶色くて暗いって何だ。そんな面白みもないような映像だけのテレビって、ポイントを消費した価値があるのか。
んー、わけがわからなさ過ぎて頭が痒い。
(おおっ、今度は真黒な空が! 映像が激しく揺れています!)
変化があったのか。真黒な空ってことはここと似たような映像……ん? あれ、それってもしかして。
思い当たったことがあったので、手にしているハーレムヒートを上下に振ってみた。
(お墓が消えたり現れたりしています!)
銃口を俺の顔へと向けて見る。
(わっ、弐鋲様の顔がガラス板にっ!)
そういうことか。銃口から見える景色がテレビに映し出されている仕組みらしい。彼女の娯楽という点では役に立たないかもしれないが、実用性はあるな。これで、外の様子が見えるので情報の伝達がスムーズになる。
遊びやゲームじゃないと頭では理解しているが、少し楽しくなってきた。