実戦
二話連続投稿二話目です
「鍛錬はもう充分でしょう。今日から実戦に移ろうと思っています」
「そうか、本番か」
色々思うところはあるが、異世界で生きていくなら魔物との戦いは避けて通れない。一応、勇者という肩書でここにいるのだから、実戦は経験しておいて損は無い。敵を倒せば、ハーレムヒートと身体能力が向上するのであれば、経験値溜めないとな。
実際に、この国の為に魔王討伐をするかどうかは別として。
「この先に転移陣が設置されています。転移陣というのは……ええと、弐鋲様の世界で言うところのワープポイントでしたか。もう一つの転移陣が置かれている場所へ瞬時に移動できます。初心者の修行場として幾つかの転移ポイントが記録されていますので、そのうちの一つに向かう予定です」
そう説明しながらニコユルが先導してくれている。どうやら、鍛錬所の奥に転移陣があるようで、この国を取り囲む城壁の傍に配置されているようだ。
そこは石をレンガのように積み上げたシンプルな正方形の建物で、扉があるだけで窓一つない。扉が薄汚れた銀色でノブもなければ、鍵穴も存在していない。
「弐鋲様、勇者証を扉にかざしてください」
勇者証というのはハーレムヒートや俺の能力を確認した黒いカードの事だ。これは勇者だけに発行されるカードだそうで、身分証明書代わりにもなっている。
一般にも似たような身分証が浸透しているそうだが、勇者のは魔術と技術の粋を集めた逸品らしい。
「了解。えっと、何処だったかな。あったあった」
大事なものだと教えられていたので、制服の内ポケットに入れていたのだった。
黒いカードを扉に触れさすと、音も立てずに扉が内側に開く。
「弐鋲様、僭越ながら勇者証は戦闘中だけでも私が預かっておきましょうか? 弾丸の中に置いておけば、盗まれる心配もないでしょうし」
「あー、そうだね。倉庫代わりにも使えるのか。じゃあ、お願いするよ」
制服の内ポケットじゃ、戦闘中の損傷や落とす心配があるからな。その申し出はありがたく受け取らせてもらおう。
「はい、大切にお預かりします。では、この転移陣の上に乗ってください。操作は私がやりますので」
「ええと、どんな場所に向かうか教えてもらえるかい」
「失礼しました、まだ言っていませんでしたね。まだ弾丸は私の聖属性しかありませんので、不死の魔物がいる場所へ向かおうと思っています」
「そうか、不死に対して聖属性は絶大な効力を発揮するって話だったからな」
ニコユルに教えてもらったことの一つに、属性の法則というものがあった。ゲームならお馴染みの設定だが、火は水に弱いとかいうあれだ。
「はい、そうです。私は光属性魔術の光弾、癒しの光、防御光が扱えますので、いざとなれば弾丸を解除して共に戦います」
光属性の魔術は必ず光がつくようで、わかりやすい。ニコユルは戦闘訓練を受けているらしいので、あてにさせてもらうよ。
魔物退治に向かう前に装備の確認をしておくか。
防具は学生服の上下とスニーカー。武器は神の拳銃ハーレムヒート、棒、食事用のナイフ……以上!
しょっぼいなぁ。靴はそろそろ底が抜けそうだし、買い替えたいところだが先立つ物が無い。だけど、今回の実戦で魔物を倒すことにより、魔物が落とす魔結晶を売ることが許されているそうだ。
魔結晶というのは魔物が落とす魔力の塊らしく、魔道具の燃料になるらしい。日本で言うこところの電化製品を動かす電池のようなモノらしい。
「いっぱい、倒して稼ぎましょうね!」
「あ、うん、そうだな」
ニコユルの目の色が変わっている。貧困にあえぐ生活を続けてきた弊害なのだろうが、金や食事に関することになると、やる気が全然違う。
どうやら最近、二人の差し入れを口にしたことにより、世の中は金と力さえあればこんなに美味しい物が食べられるのかと、価値観が覆ったようだ。ちょっと、将来が心配になる。
彼女が操作する転移陣が発動して、俺たちは光に包まれた。
光が消えると風景がガラッと変わっていた。さっきまでは石で囲まれた空間だったのだが、今は開放感あふれる屋外だ。
空は暗雲に覆われ、遠くで稲光が落ちている。雨は降っていないが、いつ振り出してもおかしくはない空模様だ。
辺りは枯れ木がぽつぽつと点在し、朽ち果てた墓石や地面に突き刺さった木片がずらっと並んでいる。あ、これ墓場だ。
「ここは報われない骸の墓地と呼ばれる場所です。大罪を犯した者や身寄りのない者が葬られる墓地だったのですが、いつしか不死の魔物が徘徊する場所となったそうです。常に暗雲が立ち込めている特異な場所です。出てくる魔物は腐敗人と死玉、あとは稀に骨骸が現れるぐらいです」
全て下位の魔物だ。この世界には一応魔物のランク付けがあり、一般市民や新人の兵士でも一対一なら倒せる魔物が下位。腕に覚えのある者でなんとか倒せる相手が中位。国のトップランカーでなければ単独撃破が不可能な魔物が上位。
そして、国が軍隊を率いて討伐に向かわないといけない魔物は最上位と呼ばれているらしい。更に上の神位があり魔王はそこに入る。
「じゃあ、まずは弾丸に入ってもらっていいかい」
「はい、わかりました。外の様子が見えませんので、何か有ったら声を掛けてくださいね」
「その時は頼むよ」
ニコユルが消え、シリンダーに弾が入っているのを確認する。撃鉄は上げておくか。一応早撃ちの練習はしたが、何があるかわからないしな。
(落ち着けば倒せる相手です。単体でいる敵を狙って行きましょう)
「わかったよ。作戦は安全第一だな」
辺りを見回して目を凝らす。目の良さだけは自慢できるからな、これぐらい明るさが確保できるなら問題は無い。
本来はこんな朽ちた場所に人はいないのだろうが、目の端で人影が動いた。あれは、腐敗人――ぶっちゃけゾンビだ。上着は着ていないな、ズボンはボロボロで穴だらけ。体は肉が削げ落ち、至る所から骨が見えている。眼球は腐って落ちたのか、二つの空虚な穴が存在しているだけだ。
歯だけは綺麗に残っている。確か歯って人間の体の中で一番固い骨だという話を何処かで聞いた気がする。
動きは鈍いな。歩いているというより足を引きずっていると表現した方がしっくりくるな。そういや、腐敗人はどうやって敵を認識しているのだろうか。良くあるゾンビ作品だと音や熱が定番だが。
周囲に他の魔物がいないことを確認した上で、左手に握っている棒で近くの墓石を叩いてみた。かんっ、と予想外に大きな音が静寂に包まれていた墓地に響く。
おっ、こっちに振り返ったな。両手を伸ばしたまま、スローモーションのような緩慢な動作でこっちに向かってきている。
お、おう、映像とは迫力が違うな。これで全力疾走されたら、シンリンやリングだったら腰を抜かすぞ。
さーて、問題はここからだ。相手のメイン攻撃方法は噛みつき。気を付けないといけないのは、腐っているくせに怪力だということだ。捕まえてからの噛みつきというのが、基本攻撃らしい。
さて、上手くやれるか。大きく深呼吸をすると悪臭が口内に飛び込んできた。
「ごほごほっ、うえええぇ」
くそ、腐臭を思いっきり吸い込んでしまった。喉元まで朝食がせり上がってきたぞ。
はああぁ……気を取り直して、俺も距離を縮めるか。
相手は早歩き程度の速度なので慌てる必要はない。十歩進むと、お互いの手が届きそうなぐらい近づく。手にした長い棒を相手の口に突っ込み、上半身を仰け反らせる。
そして、屈みこみ相手の胸に銃口を押し当てる。射程は1メートルで命中しないとわかっているなら、こうやってゼロ距離射撃をするしか手はない!
引き金を引くと、弾丸が発射された確かな振動が手に伝わる。
びちゃっと水溜りに足を突っ込んだような音がしたかと思うと、腐敗人の腹に風穴が空いている。拳が通りそうなぐらいの大きさだ。大人のパンチ力程度の威力でこうなるわけがない。属性の相性というのは思っていた以上に重要なようだ。
腐敗人は崩れ落ち、そのまま大地に溶けていった。その場には薄汚れたガラス玉のようなモノが落ちている。これが魔結晶だよな。拾ってポケットに入れておく。
よっし、いい感じで倒せた。怪我もなく理想的な倒し方だ。
「ニコユル、腐敗人を一体倒した」
(おめでとうございます! 魔結晶は拾いましたかっ)
「黒いガラス玉のようなモノだよな。ちゃんと拾ったよ。この調子で何とかやってみる」
(はい、お気を付けください。五体ぐらい倒せば、ハーレムヒートの能力を上げられる筈ですので、頑張ってくださいね)
五体か。この調子なら何とかなりそうだが、俺のレベルアップとやらは何体ぐらい倒せばいいのだろうか。体に変化はないようだから、同じく五体ぐらいが目安なのかな。
それじゃあ、単体で彷徨っているのを各個撃破していこう。
あれから、腐敗人を二体倒せた。複数を相手にするときついかもしれないが、単体なら何の問題もない。この調子でいきたいところだけど……あのぼんやり青白い光の弾みたいなのは死玉か。
力の弱い幽霊のようなモノらしい。ふよふよと浮いていて、生者を見るとすり寄ってくる習性がある。体当たりされるとゴムボールをぶつけられた程度の衝撃と、気分が悪くなるそうだ。
それだけなので、それ程脅威ではないのだが、普通の武器では一切傷つけられない。弱点は火属性と聖属性。属性武器というのはかなり高価なモノらしく、魔術師がいない場合は一時的に聖属性が付与される聖水をぶっかけて倒すそうだ。
俺に向いた敵であるのは確かだな。
腐敗人よりかは素早いが、余裕で対応できる速さだ。真っ直ぐこっちに向かってくるので、撃鉄を起こした銃を突きつけて、銃口に触れた瞬間に引き金を引いた。
あっさり霧散した。この戦い方だと武器が強いのではないかと誤解しそうだが、拳銃なのに接近戦をしている現状を忘れてはいけない。拳銃のメリットは遠距離攻撃であって接近戦をする武器ではない。
魔結晶はちゃんと拾っておかないとな。ニコユルに怒られそうだし。
これで四体か。上手くいけば後一体で武器の強化が可能となるのか。どんなシステムなのだろうか、期待が高まるが……こういう場面で油断してやられるというのが定番中の定番。気は抜かないでおこう。
っと、記念すべき五体目はあの骨にするか。この魔物は骸骨ではなつ骨骸らしい。ややこしいが、外見はただの骸骨だ。
余計な肉が削ぎ落ちて軽量化されているので動きが軽快だな。ただ、力がないので武器を手にしていない個体なら雑魚らしい。気を付けるポイントは頭蓋骨を壊さない限り再生する。その一点だけだ。
都合のいいことに武器無しの骸骨――骨骸だ。殴られてもか弱い女性か子供に殴られる程度らしい。一気に距離を詰めて、骨ばった拳を躱してこめかみに銃口を突きつけ、撃ち抜いた。
これまたあっさりと倒せたな。さすが、初心者育成場と呼んでいるだけのことはある。こういった下位の魔物だけが発生する、戦いやすい狩場は国が幾つか占領しているそうだ。新米兵士や騎士、勇者の育成に利用する為に。
他の組織から横暴だと苦情があるそうだが、国は一蹴している。
そりゃ、こんなおいしい狩場を独占されたら苦情の一つも言いたくなるよな。
「ニコユル。五体目を倒したから、一度出て来てカード見せて欲しい」
(わかりました、直ぐに出ますので)
さーて、念願の強化だ。どんな感じになるのか楽しみ過ぎて、落ち着かない。
全体的に能力が上がるのが一番だが、どうなることやら。