鍛錬
二話連続投稿一話目
「それじゃあ、弾を撃ち出してみるから。念の為に身構えておいて。外は見えてないよね?」
(わかりました。部屋の壁しか見えないです)
鍛錬所は長細く100メートル以上は奥行きがある。ハーレムヒートは射程1メートルしかないので撃っても問題ないだろう。
「撃つよ」
一応断っておいてから引き金を引いた。
パンという軽い銃声が鳴り、銃口から弾が飛び出し、ほんの少し進んで消えた。シリンダーを覗き込むと弾丸が一発埋まっていた。ちゃんと戻ってきている。
予想はしていたが弾速遅いなぁ。余裕をもって目で追えた。これ当てるのは苦心の技だぞ。
(弐鋲さん、撃ちましたか)
「もう撃ち終えているよ。射出されても振動すらないのか」
(快適そのものです)
弾の中の人を気遣わずに戦えるのはいいが、この拳銃使い道がないんだよな。成長するらしいが、どうやって成長させたらいいんだ……もう少し調べておくか。
今度は教会に転がっていた板の切れ端を壁に立てかけ、弾丸を撃ち込んでみることにした。距離は1メートル未満。出来るだけ板の中心目掛けて、射撃する。
弾丸はまるで意志を持つ生き物のように、板を避けるようにその脇を通り過ぎていく。
わかっていたことだが、当たる気がしない。もう一度撃ち込むが、今度は板の上を掠めていった。
「これは酷い」
狙った場所に撃ち込むのは、すっぱり諦めよう。
「なあ、物は相談なのだが、もうこの銃使わずに剣を装備して戦ったらダメかな?」
(ダメですよ! この銃で敵を倒さないと、成長しないのですから)
他の武器で倒したとしても、ハーレムヒートは全く成長できないのか。厄介過ぎるぞ、この武器。
「じゃあ、まずは他の武器で戦い何体か魔物を倒して、俺の身体能力を上げてから銃を使うってのはどうだろう」
(それは、まあ……でも、イクチの巫女としては他の武器は使って欲しくないです)
巫女としての使命感なのだろうが、そう言われても、この拳銃で敵を倒すことが困難なのはわかりきっている。ってああ、それ以前の問題かもしれないぞ。
「もしかして、予備の武器がない?」
(あの、その、そういう訳じゃないのですよ。ただ、ハーレムヒートを使って欲しいだけで、予備武器も資金もないから、そんなことを口にしているのでは……ええと)
「無理を言ってすまなかった」
筒の勇者の嫌われ具合だと、武器を借りることもできないだろうな。一応後で試しておくか。シンリンとリングに頼むのもありなのだが、嫌われ者の筒の勇者と接しているだけで立場が悪くなりそうだしな。ご飯だけでもありがたい。これ以上甘えるのは控えておこう。
(それでは肉体の鍛錬を始めましょうか。弐鋲様の身のこなしや体力も見ておきたいので)
「わかった、まずはランニングでもするか」
ハーレムヒートをニコユルお手製の銃ホルダーという名の、黒いぼろ布の集合体に収納しておく。腰から下げる形になるので動きの邪魔にはならない。
制服のズボンに突っ込んでもいいのだが、申し訳なさそうに差し出されたこれを、使わない訳にはいかないだろう。
鍛錬場の中をぐるぐると走り続ける。ただ走っているだけでは暇なので、この世界の魔物について教えてもらうことにした。
(この世界で人に敵対する生物として上げられるのは、凶暴な野生動物、魔獣、魔物、魔徒でしょうか)
「はっはっ、野生動物とっ、魔獣のっ、違いって、何」
(動物が魔素の影響を受けて変質し凶暴化したのが魔獣です。魔徒は魔王が引きつれている人間とほぼ同じ外見でありながら、膨大な魔力を有する生物です。魔物はその他の該当しない生物や、全てをひっくるめて魔物と呼ぶ人もいます)
「魔力っ、かっ、やっぱりっ、この、世界ではっ、魔術とか、魔力って、普通っ、なのかい」
(魔力は誰しもが有しています。ですが、それを魔術として行使するには生まれ持った才能と鍛錬が必要となります。10人に1人程度だと言われています)
誰もが気軽に使えるわけじゃないのか。後で光魔法を見せてもらおう。
この国の通貨も教えてもらったのだが、日本と似通った金銭感覚だった。流石に円ではなく、エルンというそうだ。これもは召喚した日本人から得た知識を参考に制定したものらしい。
政治についても語っていたが聞き流しておいた。勇者の地位が高くて村長や町長が頭を下げるレベルなので、基本的には王や宮廷魔術師であるログナライ爺さん以外の命令は、無視しても罪にならないそうだ。
ただし、筒の勇者は天下の嫌われ者だから例外扱いされそうだが。
(あのーところで、かれこれ二時間以上走り続けているのですが、大丈夫ですか?)
「あー、そんなにも、走ってっ、いたの、かっ」
息は少し弾んでいるが、限界という程じゃない。速度も駆け足程度だから、あと一時間ぐらいなら走れそうだが。
(こう言っては失礼ですが、あまり運動神経が良さそうには見えないのに、よく走り続けられますね)
まあ、ちょいぽちゃに見えるから、そう思われてもしょうがないか。
実は趣味がランニングと筋トレで、週三回は筋トレの後に二時間ほど走っているからな。たまに気が向くと半日ぐらいウォーキングすることもあるし。
「持久力、はっ、結構、自信がっ、あるんだよっ」
(それにしては、あの、その、怒らないでくださいね。少し太り気味のような)
「それ以上にっ、食べる、から、ねっ」
まあ、それ以外にも筋肉を育てる為には大量にカロリーを摂取して、一度太ってから絞った方が良いと雑誌に載っていたから、それを実践しているだけなんだが。
(なるほど。なら、今日からは少し体重を絞りませんか。弾になる人を勧誘する場合も、やはり、そのー、見た目が左右される場合もありますので……)
もっともな意見だな。こっちは筒の勇者というだけで不利な状況なのだから、好感度を上げる為には努力を惜しんでは駄目か。
痩せたらイケメン……は無理だが、人並みにはなれるだろう。鍛錬ついでにダイエットも考慮しておこう。
(でも、痩せるのは、そんなに難しくありませんよ。魂叫は体力とエネルギーを大量消費しますので、一日数回寝る前に使っておけば、一ヶ月も経たないうちに痩せられると思います)
なら、睡眠前の日課に穴を使うのを忘れずに入れておこう。
それからというもの、毎日朝から晩まで鍛錬と勉強を続け、就寝前に穴を発動してあれやこれやしている間に、二週間が過ぎた。
神の武器を手に入れた勇者は身体能力が向上するらしく、勇者たちは日本にいた頃より、力も増え、動きも機敏になっている。
まあ……俺を除いてだが。何故か、どういう訳か、筒の勇者だけはその機能が適用されないらしく、身体能力は前と殆ど変わっていない。
どれくらい差があるかと言えば、以前ならリングもシンリンも腕相撲で楽勝だったのに、今は同レベルになっている。というか、負け越すことが多い。
火花なんて身体強化の効果が他の勇者と比べても大きいらしく、あれはもう人から一歩踏み外している。昨日、鍛錬している姿を見た時は、この目を疑ったもんな。
逆立ちしている足の上に巫女を乗せたまま、俺と同じ速度でランニングをしていた。
神から与えられる恩恵は神によって違うらしく、怒りと戦いの神ゴクダは筋力増強。哀しみと慈愛の神ニムヂは気。喜びと豊穣の神ハエシケは回復力。楽しみと遊戯の神ガリケは視力。となっている。
これは信者にも僅かながら適応されるらしく、ゴクダは戦士や肉体労働者。ニムヂは斥候や医者。ハエシケは農家や旅人。ガリケは狩人に好まれているそうだ。
でだ、うちの趣味と住居の神イクチ様の効能は集中力らしい。昔は学者や職人や商人に人気があったそうだが、今は信者を見つけること自体が難しい。
人前でイクチの信者と名乗った日には、村八分どころか住処を追い出されたという前例が幾つもあったと、ニコユルが悲しそうに語っていた。
この世界の情勢と筒の勇者とイクチ様の不遇っぷりは、知識と実体験で十二分に思い知らされた。
まず、城の誰もが俺とニコユルに挨拶をしない。どころが目を合わせようともしない。
他の五神勇者は王や爺さんに何度も呼ばれ、戦闘訓練は有能な騎士がコーチにつき、勉学は専門の魔術師や文官が懇切丁寧にサポートしてくれているが、俺たちは絶賛放置プレイ中だ。
食事も提供されず、城の食堂に食べに行くと、あからさまに嫌な顔をされて、カチカチのパンと野菜と肉の欠片が入ったスープが貰える。一度利用してからは、近寄りさえしていない。
なので、俺たちの食事はどうしているかというと、朝はリング、夜はシンリンからの差し入れで賄っていた。
「しっかし、あまりに酷い待遇の差だよね」
「いつもすまないねぇ、シンリン」
「それは言わない約束だよ、おっかさん」
晩飯をバケットに詰めて持ってきてくれたシンリンに定番のボケをかましておいた。即座に対応してくれるのが幼馴染だよな。
「でも、大丈夫なのか。俺たちのご飯を作らされている料理人から嫌な顔されるだろ」
「それは、ボクたちの夜食と言って作ってもらっているから、平気だよ」
こういう気の回し方ができる男なんだよなシンリンは。気遣い上手で、家事全般も得意。高校卒業したらルームシェアリングしないかと、男女から懇願されるぐらいだからな。シンリンは丁重に断っているが、理由は「身の危険を感じる」からだそうだ。
ショタ好きの女性と可愛ければ男でも大丈夫という層から、熱い支持を受けているので、杞憂と言い切れないところがある。
「調子の方はどうだ。鎌だったか、それも使いこなせているのか」
「うん、癖のある武器だからどうなることかと、心配していたけど何とかなりそうだよ。騎士の人にも下位の魔物なら一対一でも問題ないってお墨付き貰ったし」
頼もしい限りだ。今までは厄介事に巻き込まれることが何かと多かった、二人の幼馴染のボディーガードのような防波堤の役割をしてきた俺だが、シンリンは何とかやっていけそうだな。
「ビョウの方こそどうなのさ。その拳銃って……あれから進展した?」
「んや、あの時のままだな」
三日前、一度手合せしてみようと鍛錬場でシンリンと戦ってみたのだ。
今思い返しても酷い戦いだった。弾は1メートルしか飛ばず、速度も遅い。発射を見てから余裕をもって避けられてしまう。
向こうは巨大な大鎌の重さを感じないらしく軽々と振り回し、こっちは飛び道具だというのにリーチで負けるという悲惨さ。
相手は恩恵の回復力の効果により、無尽蔵の体力を手に入れているので、疲れることなく全力を出し続けることが可能で、持久戦に持ち込んだところで俺が消耗するだけ。
結果? そんなもの言うまでもない。完敗だ。
「あれだよ、あんまり無理しないようにね。ほら、いざとなったらボクたちと一緒に行動すればいいんだし」
「ああ、シンリンさんに後光がぁぁ」
「もう、やめてよ。でも、本当に無茶したら駄目だからね。昔っから、人の為に無茶することあったし」
「心配するなって。引き際は心得ているさ」
「だといいけど。あ、それと……ちょっと痩せた?」
「おう、これだけ毎日運動していたら、嫌でも痩せるぞ」
「そっかー。前のぽっちゃりしたのも嫌いじゃなかったけど、うんうん、今の方がカッコイイと思うよ」
可愛らしい美少女のような外見でこんな事を言われたら、何も知らない男ならノックアウトされかねないが、残念ながらシンリンは男だ。まあ、小学生になるまで、シンリンのことを女の子だと思っていたが。
ちなみに俺たちが会話をしている最中、ニコユルは何をしているかというと黙々と料理を平らげている。あった頃はガリガリだった体も、最近は二人のおかげで栄養が行き渡っているようで、体が少しふっくらしてきている。
それでも、普通の女性と比べたら痩せ形なのだが。
「っと、そろそろ戻らないとオハイさんが騒ぎだしそうだ。じゃあ、戻るね」
「おう、いつもありがとうな。お前も襲われないように気を付けろよ!」
「やめてよ。しゃれにならないから」
あんな綺麗なお姉さんに襲われるなら、男としては本望だろうに。あいつは昔っから恋愛に全く興味が無いんだよな。エロ本の一つも家になかったし。
まあ、まだ恋愛はシンリンには無理か……。
シンリンが立ち去ると食事を終えたニコユルがおもむろに立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。そして目の前にちょこんと座る。
「それでは、そろそろ就寝いたしましょうか。では、弐鋲様お休みなさいませ」
そう言って頭を深々と下げ、手をすっと伸ばすと――ハーレムヒートに触れた。その瞬間姿が掻き消え、彼女は弾丸の中へと移動したようだ。
あれから、彼女は毎晩「弾丸の中に慣れないといけませんので」ともっともらしいことを口にして、弾丸の中で眠っている。
俺は押入れの引き戸を開けて上の段に登り、ぼろ布を肩まで被り一人寂しく眠った。