筒の勇者
連続投稿三話目です。
えっ、筒って何? というか神様が趣味と住居の神って、今までの神と違い過ぎませんかねえ! 母さんが読むような雑誌で似たような題材、見たことあるんですけどっ! 俺だけあからさまに変じゃないか!?
心の中では暴動が起きそうなぐらいに取り乱しているが、平静を装い恭しく武器を受け取った。
「おっ、これは」
文句を口にしなくて良かった。これこそまさに嬉しい誤算というやつか。渡された神の武器は何処からどう見ても拳銃だった。
それも回転式の拳銃でシリンダーには六発弾が込められるようだ。黒を基調としていて全体に黄色い線が無数に走っている。グリップが鋭く尖っていて叩きつければ相手に刺すことも可能かもしれないな。
悪くない……いや、正直なところ、かなり嬉しい。銃に関しては詳しくないが、神が与えた武器なのだから威力は保証付きだろう。弾丸は後で渡してくれるのかな。ああ、早く試し打ちがしてみたい。
「けっ、筒の勇者かよ」
ん? 今、拳銃を渡してくれた兵士が舌打ちしなかったか。
んん? しかめ面でこっち睨んでいるよな。あれ、よく見ると貴族っぽいのと他の兵士もこっち睨んでないか。侮蔑を隠そうともせずに、汚物でも見るような視線が注がれているんですけど。
そういや、ログナライ爺さんも俺の時だけテンションが低かったというか、やる気が感じられなかった気がする。
ど、どういうことだ。何か嫌われるようなことをした覚えはないが。
「では、各勇者と共に過ごし、支援する巫女を前に」
俺たちの前に一人ずつ少女が歩み寄ってきた。役割はそのまま五神の勇者のサポート役か。
火花の前には真っ赤な髪を後ろで縛った、吊り目気味の見るからに気が強そうな女性。赤い法衣のような服を着ているな。丈が短いのでフード付きのパーカーのように見える。
「オレはゴクダの巫女、レッカだ! 宜しくな槌の勇者様!」
「良くわからんが、よろしく頼む!」
何と言うか体育会系同士で良いコンビになりそうだ。
リングの前に進み出たのは青い髪の少女で、垂れ目で目元に泣き黒子があるのが印象的だ。法衣も青く、さっきの巫女と違い全身を覆っている。
「ニムヂの巫女、キ、キ、キリサと申しますっ。よ、よろしくお願いいたしましまます」
「キキキリサ……」
「ち、違います、キリサですぅ」
しどろもどろで、落ち着きのないタイプか。リングと組ませたら会話が進まないような。
シンリンは目の前に立つ女性を見上げている。元々160ちょいで男にしては小柄だが、巫女らしき女性は170を確実に越えている。
茶色のショートカットで赤く肉厚の唇をしている。かなりの巨乳で緑の法衣の前を閉じずに開け放っているのだが、その下に着込んでいるのは胸元が大きく開いたタンクトップと、ミニスカートのようだ。
「喜びと豊穣の神ハエシケの巫女、オハイですぅ。鎌の勇者様って可愛いわねぇー、うーん、いい役引いたわぁ」
「よ、よろしくお願いします」
シンリン、助けを求める視線を送るんじゃありません。そんな羨ましい状況で何故怯える。
「楽しみと遊戯の神ガリケに仕える巫女、ユギウでーす! 弩の勇者様、よ、ろ、し、く、ねっ。きゃはっ」
金髪ツインテのロリだ。おまけに法衣が黄色いゴスロリ風ときている。まさか、異世界でこんな狙い過ぎのキャラと出会えるとは。見た目は中学手前の小学生にしか見えないが……俺の観察眼が実年齢をかなり誤魔化していると告げている。
何となくだが、俺たちより年上じゃないだろうか。
「ユギウちゃんって言うんだ。よろしくねっ」
楽天さんは違和感がないようだ。ユギウと名乗った少女と元気よく握手をしている。
四人の巫女は全て美女、もしくは可愛い見た目をしていた。と、くれば、俺を担当する巫女もかなり期待できるだろう。
そんな期待感はおくびにも出さず、遅れて俺の前に進み出てきた巫女に目を向ける。
黒いな……真黒なフード付きの法衣を着ているのだが、昔話に出てくる魔女のような格好だ。フードを目深に被っているので顔が少しも見えない。
「はあぁ……趣味と住居の神 イクチの巫女、ニコユルです」
何故、ため息を吐いた。このニコユルと名乗った巫女、今までの巫女と違って、やる気がこれっぽっちも感じられない。
煩わしそうにフードを外した巫女の顔が明らかになった。
整った容姿だとは思うが、野暮ったい黒縁の眼鏡と、眉根を寄せた顔が全てを台無しにしている。
髪は真っ白で一本の三つ編みとしてまとめているが、手入れを一切していないのか髪に艶が一切ない。
最も気になる点は、痩せ細った体だ。痩せ形なんて生易しいレベルじゃない。余分な肉が顔にも一切存在せず、頬がこけている。
少し肉が付いただけで印象がガラッと変わりそうな女性だな。しかし、何で、この巫女は俺を値踏みする様に見ているんだ。
つま先から頭のてっぺんへ視線を這わすと、黙って俯き、
「はあああぁぁぁ、大丈夫かしら」
また大きなため息を吐いている。何だろう、イラッとするぞ。他の巫女のように勇者を敬う気持ちは皆無のようだが、それは周りの冷たい視線と関係しているのだろうか。
「では、勇者殿。詳しい話は巫女から聞くように。急なことで戸惑っていることであろう。今日はゆっくり休むように。王よ構いませんか」
「うむ」
王様っというのは、うむを言うだけの簡単なお仕事のようだ。
その場で解散となり、俺たちは担当の巫女に従いついて行くこととなった。行先は全員同じのようで四人の巫女が横並びで歩いている。
え、俺の巫女はどうしているかって? かなり後方をうつむき加減で歩いているよ。
城の兵士たちは前に並ぶ巫女と勇者には皆が礼儀正しく、頭を下げているというのに、俺たちを目にすると、今にも唾を吐きかけそうなぐらいの嫌悪で顔を歪めている。
「ニコユルさん。周囲の視線がきつい気がするけど」
黙っていようかとも思ったが、流石にここまで悪意ある視線をぶつけられ続けられると、心が折れそうだ。
「詳しい話は後程」
そっけない返事だな。何だ、この世界の住民で俺の味方は一人もいないのか?
拳銃というかなり有利な武器を手に入れたというのに、この反応は……何か裏があるのだろうか。
脳内で色々考察をしている間に、どうやら屋外に出たようだ。
背後にはそびえ立つ巨大な王城がある。5階立てのマンションぐらいの高さはありそうだ。城というよりは無骨な要塞といった感じがするが、魔王と戦うような世界だ。見栄えよりも実用性を重視しているのだろう。
「勇者の皆様は我々の教会で暫く過ごしていただくことになります。身の回りの世話はアタシたちがやりますからぁ、安心してくださいねぇ」
この色っぽい話し方をするのは、ハエシケの巫女であるオハイさんか。くそぅ、シンリンが羨まし過ぎる。色気満載の彼女に比べて、うちの巫女さんは色気どころか覇気もない。服装や髪形にこだわっている節もなく、それどころか黒色だから目立たなかったが、法衣が薄汚れているぞ。
今いる場所は城の脇に建設された神々を崇める教会兼、巫女たちの宿舎らしい。神々ごとによって別の宗派となっているらしく、教会も五神分、五つ存在している。
右から真っ赤で石造りの見るからに頑強な雑居ビルのような建物は、怒りと戦いの神ゴクダの教会だということだ。槌の勇者である火花はレッカさんと共に教会へと消えて行った。
隣の青い屋根と庭の噴水が印象的な建物は、哀しみと慈愛の神ニムヂの教会だそうだ。どうやら、神々にテーマカラーがあるようだな。ここは青か。
次は木製で周囲に木々が生い茂っている緑の屋根。ああ、喜びと豊穣の神ハエシケの教会か。
あの黄色というか金に近い配色で煌びやかに飾り付けられている建物は、楽しみと遊戯の神ガリケだよな。
こうくると、やはり期待してしまうのが人情というものだろう。俺の神様はツッコミどころが満載だが、仮にも趣味と住居の神なのだ、それは立派な建物が用意されている筈だ。
「弐鋲様、そんなところで突っ立っていないで、こちらへ」
ぱっとしない黒縁眼鏡が何か言っているが気のせいだろう。
「寒いので、いい加減入りますよ」
制服の袖を引っ張って、廃墟に連れ込もうとしているのも気のせいだ。
あれを教会と認めるわけにはいかない。これだけ立派な教会が並んでいるというのに、少し離れた場所にポツンと寂しげに建つ、闇を濃縮してあばら家を生成したかのようなナニか。
窓割れていませんかね……扉斜め向いていませんかね……他の教会に比べて五分の一以下の立地面積なのは何故ですかね……。
イクチの巫女ニコユルに引っ張られながら、待遇の悪さに苦笑いを浮かべるしかできない。
心配そうに俺を見守るシンリンとリングに俺は手を振っておいた。
「何もありませんので、茹でた雑草と塩と白湯でもどうぞ」
「あ、ああ……」
今俺は雑草の茹でた物を挟んで、イクチの巫女ニコユルと正座をして向かい合っている。
風が吹きすさぶ室内にはゴザのようなモノが敷いてあった。壁は薄汚れていてシミがそこら中にある。室内は思ったより綺麗……というよりは物がない。壁際に寂しげに佇んでいる、女神っぽい銅像はイクチと呼ばれる神を模った者なのだろうか。
何と言うか素朴な感じがする美人な神様なのだが、幸薄そうな顔をしている。目の下に隈があるように見えるのはきっと気のせいだ。仮にも神様だというのに何故服がツギハギだらけのワンピースなんだ。
「あれって、イクチ……様の像ですか?」
「はい。一見貧乏人のようなみすぼらしい格好をしていますが、あれはいつも趣味に没頭しすぎて、服装に無頓着なだけなのですよ。あっ、巫女に敬語は不要ですよ。自然な感じでお願いします」
「わかりまし、わかったよ」
親父の知り合いにもいたな。趣味に金をつぎ込み過ぎて、他の事が疎かになっている人。
「イクチ様は住居の神だよね」
「もちろん。住みやすさや快適さ、そしてインテリアにも秀でた神です」
それはインテリアコーディネーターではないだろうか。もしくは風水とかやっている占い師の仕事なのでは。
「それにしては、この有様は一体……それに、筒の勇者って嫌われてない?」
「お気づきになられましたか。さすがは勇者様です」
嫌味にしか聞こえない。あれだけ露骨な対応されたら誰だって察するだろ。
「これを聞いてしまったら後悔されるかもしれませんよ? それでもかまいませんか」
眼鏡の奥の瞳に怪しい光が宿った。
余程重要な人に聞かされられないような話なのだろうか。もし、後悔するような内容だったとしても、何も知らないで振り回されるよりマシだ。
「教えてくれ」
「勇者召喚は十年に一度執り行うことになっているのですが、四十年前に呼び出した筒の勇者がとんでもないことを仕出かしたのです」
十年に一度の間隔でこんなことやってんのか、この国は。
「とんでもないこととは?」
「魔王側に寝返ったのですよ。力を付けて他の勇者と共に魔王に挑んだまでは良かったのですが、そこで魔王の誘惑に負けて、他の勇者を裏切りました」
ああ、そういうことか。裏切り者の勇者がいたせいで筒の勇者は忌み嫌われているという――
「更に三十年前に召喚された筒の勇者は、一人だけ待遇が悪いことに反発して、山賊や傭兵たちと手を組み、近隣の村や町を襲ったのです」
お、おう。今と同じ境遇なら腹が立つのもわかるが、それで徒党を組んで町や村を襲うのは、どう考えても間違っている。こいつに同情はできないな。
「更に更に二十年前の筒の勇者は、初めから軟禁状態だったのですが兵士を殺して脱走して、魔王軍の配下となりました」
筒の勇者二人目の魔王軍への寝返りキター! と驚いている場合か。二人も魔王軍へ移籍したということは、魔王軍って結構待遇良さそうだな。いきなり軟禁されたら、そりゃ王国に対して反発するだろうし……これってこの国の自業自得なんじゃ。
「そして、十年前に召喚された筒の勇者は……」
ニコユルは言葉を区切り辺りを見回し、誰もいないことを確認すると俺の耳に口を寄せ、声を潜めて呟いた。
「処刑されました」
「えっ、何か重罪を犯したのか?」
「書類上はそうなっていますが、濡れ衣を着せられて処分されたようです。筒の勇者は信用ならないと」
三十年の間に三人の筒の勇者が立て続けに問題を起こしていたら、先手を打って処分しようと考えるのは理解できなくもない。だとしたら――
「俺も処分されることになるのか」
「それはご安心ください。前回、何の罪もない筒の勇者を処刑した直後、何故か他の勇者の武器が全て使用不可能となり、魔王軍に対抗する手段を失い、ここ十年でかなり劣勢になっています。ですので、筒の勇者様を殺そうと考える者はこの国にはいません」
「命の保証はされている訳か。それは、まあ、一安心だが」
「前回の処刑も自分たちの過ちを認めたくない上の人間が、筒の勇者の悪評を広め、あくまで自分たちは悪くなかったという主張をしていました。その成果が充分に発揮され、今や筒の勇者様の風評被害だけでは留まらず、イクチ様を信仰する者も殆どいない有様です」
「それで、こんな状況になっているのか」
死なれたら困るけど腹立つから嫌がらせと露骨な態度を見せるわけか。こんな国民性なら、今までこの国を裏切った先代たちの気持ちがわかる気がするよ。
逆境スタートの勇者様か。どう考えても前途多難だな。
「今更だけど、こんな話を俺にしてニコユルは大丈夫なのか?」
「私はこの国の方針に不満がありますから。私の一族はイクチ様に代々使える敬虔な信者でした。巫女も一族の中から選ばれていましたので。それが、父よりも以前の代から迫害を受ける日々。筒の勇者、弐鋲様! 我らの手で、筒の勇者は優秀だと思い知らせ、この国の人々を見返してやりませんかっ!」
初めて見せた感情――彼女の漲る熱意に圧され、思わず頷いてしまった。