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異世界フェルフォル

 目の前で縁を金属で補強した木製の扉がゆっくりと開く。

 こちらよりも扉の向こうの方が明るいらしく、室内が明瞭になった。光をバックにまず室内へ足を踏み入れたのは、二人の……甲冑? これって西洋の鎧だよな。時代錯誤も甚だしいぞ。全身を金属の板でくまなく覆っているので、中にどんな人がいるのかも不明だ。手には長い斧のようなモノ。確かハルバートだったか。

 あんなもの脳天に叩きつけらたら、一撃で即死間違いなしだ。

 火花が体勢を低くしたのを横目で確認して、すっと前に腕を伸ばして動きを制した。


「火花早まるな。突っ込んだら真っ二つにされるのがオチだ」


「何言ってんだ、やってみんとわからんだろうがっ」


「わかるんだよ。相手の構えや歩き方で大体の強さは把握できる」


 俺は昔から妙な特技があった。非常に動体視力に優れ、相手のちょっとした動きや、姿形を見るだけである程度の実力を読むことができたのだ。

 たぶん、両親が無類の格闘技マニアで幼い頃から、解説付きであらゆる格闘技の動画を見せられてきた弊害だろう。

 ちなみに、だからと言って強い訳じゃない。見ているだけで、強くなるなら誰も苦労はしない。殴られた時、相手の癖を読んで躱そうとするだろうが、この運動神経では少しずらして急所を避けるのが精一杯だろう。


「火花君、信じて。弐鋲は昔から見る目だけはあるから」


「うん、目だけは確か……」


 言い方に引っかかるところがあるが、二人ともフォローありがとうよ。

 相手が対して強くなかったとしても、全身鎧を相手に素手で出来ることなんて限られている。今は様子を見るべき場面だ。


「懸命な判断じゃのう。いやはや、そんなに警戒せんでもよい。お主らに危害を加えたりはせんよ」


 鎧二体が左右に分かれると、その間を抜けて一人の老人が歩み出てきた。

 またも、時代錯誤な格好をした人物の登場か。

 血のように赤いフード付きのローブを着込んだ、痩せ細り顔中が皺皺の老人。少なくとも八十歳は軽く越えてそうな外見だが。

 一見柔和な笑みを浮かべているように見えるが、目の輝きが好々爺然とした風貌とは似使わない鋭さを宿している。あー、うちの爺さんみたいだ。曲者確定か?


「ここは何処で、何故私たちがここにいるか訊ねても問題ありませんか」


「ほうほう、この状況で落ち着いておるのう。大抵の者は取り乱すか怯えるなりするのじゃが」


「怯えて何か良い事があるなら、そうしますが」


「いやはや、面白い男じゃ。見た目はぱっとせんのに中々に胆が太い」


 一言余計だが、どうやら、好感度が上がったようだ。

 何か隣から熱い視線を感じるな。ちらっと横目で確認すると、火花が感心したように俺を凝視している。見直してくれたのかな。


「では、その問いに答えよう。ここはお主らに言わせれば異世界と呼ばれるところじゃ。異世界フェルフォルそれがこの世界の名だ。覚えておくがよい」


 タイムスリップ系ではなくて、異世界転移系だったのか。となると、定番の続く言葉は――。


「お主らは五神勇者として選ばれし者じゃ」


 あー、やっぱりそっちか。これって、実は大掛かりなドッキリというのはどうだろうか。学校の床に落とし穴を設置して、気を失ったところを誘拐したというオチ。

 ないな。俺たちが芸能人だったら僅かに可能性はあったかも知れないが、一般的な家庭で暮らす冴えない高校生をドッキリにかける理由が無い。

 五神勇者……勇者か。日本人が異世界に召喚されるパターンでは良く目にするが、当事者になると、全くもって実感がわかない。むしろ不安しかない。

 まあ、老人の言うことを全て鵜呑みにする気はないけど。


 これって、日本に帰られるか聞くだけ無駄だろうな。強引に異世界に連れてきた時点で、素直に返してくれるわけがない。方法があるとしても、何かと条件をつけてくるに決まっている。


「そう言われて、直ぐに納得できぬよな。着いてくるがよい」


 俺たちの返答を待たずに踵を返す老人。鎧の護衛っぽいのもあっさりと背を向けた。油断しているのか、それとも撃退する自信があるのか。今なら火花と組めば、鎧の二人組は転ばして何とかできそうな気もするが、自重しておこう。

 もし、悪党でなければ自分たちの立場を危うくするだけだ。

 老人たちに続いて扉を潜ると、そこは先が見えない程、長く伸びた廊下だった。


 ここはさっきの場所と違い石を組み合わせて作られた通路のようだ。道幅は老人と鎧二人が並んで歩いても余裕がある。天井も手にしたハルバートを限界まで伸ばしても、届かないぐらいには高い。

 両壁には等間隔で灯りが設置されている。あの部屋と違いロウソクが乗った燭台ではなく、ガラス張りのランプのようなモノで、明るさはLEDに匹敵するのではないだろうか。

 今のところ文明は中世っぽいが、そんな時代に電球……ないよなぁ。となると、期待してしまうな異世界定番の魔法の存在に。


 代わり映えのしない通路を黙々と進んでいる。学生服の両袖は右がシンリン、左がリングにしっかりと握られている。手を繋いでもいいが流石に高校生にもなると恥ずかしいだろうから、やめておくか。

 あれから、こちらの名を聞かれただけで、それ以外の会話は全くない。暫く黙々と歩き続けていたのだが、同じ光景に飽き飽きしてしまい老人に話しかけてみることにした。


「ところで、まだ質問は有効ですか?」


「ふむ、答えてやりたいところだが、そろそろ到着じゃよ」


 さっきまで通路の先は見えなかったというのに、今は目の前に大きな両開きの扉が見える。どういう仕組みだ。確かにさっきまでは終わりの見えない、くそ長い廊下だったというのに。


「ふむ、驚いているようじゃの。まあ、魔法のような物だと思っておくがええ」


 期待していた一言をあっさりと告げられた。やはりあるのか魔法。これは楽しみが増えたが、問題は今後の展開が歓迎ムードなのか、それともブラック企業も真っ青な奴隷扱いの待遇が待っているのか。

 最悪の展開だった場合は強行策も考慮しておかないとな。


「大魔術師ログナライじゃ。扉を開けい!」


 爺さんとは思えない朗々とした口調の声が響き、それに応えるように扉が外開きで開放されていく。


「ついてまいれ」


 その言葉に従い扉の先へ踏み出すと、そこは巨大なホールだった。

 テレビ映像で見たことのあるローマ宮殿にあるような純白の円柱が幾つも並び、足元の床は、薄らと上に立つ人の姿が映り込むぐらい磨き上げられている。

 ホールのど真ん中には真っ赤な絨毯が真っ直ぐ伸び、その先には装飾過多な椅子に座り込んだ……煌びやかな服を着込んだ肉塊が居座っている。


 あれは太っているという次元を超越していないか。固い地面に落としてしまい潰れてしまった饅頭のような顔には、開いているかどうかの判別も難しい、糸状の目と口が存在している。

 如何にも高そうな服装なので、たぶんあれが王様なのだろう。頭にちょこんと王冠のような物も置いてあるし。


「皆の者、こっちじゃ」


 老人の指示に従うしかないので大人しく後に並ぶが、周囲から好奇の視線が突き刺さる。

 ホールには鎧を着込んだ兵士らしい人々が並んでいるが、それ以外にも、ゆったりとした着心地が良さそうで、派手な配色のローブのようなモノを着込んだ人も結構いるな。

 貴族か官僚とか地位の高い人といったところか。


「お主らはここで」


 王様っぽい肉塊から20メートル以上は離れた位置で待つように言われた。こういう場合は片膝を突いておくのが定番だろうと、一応やっておく。他の四人も俺に習い同じ体勢になったようだ。

 老人はそのまま王の側へと歩み寄り、その隣に並んで立った。


「ヌケヂンガ王。五神の勇者を連れてまいりました」


「うむ」


 如何にも王らしく、鷹揚に頷いている。


「日本から遠路はるばるご苦労であった。突然の事で驚いておることじゃろう。宮廷魔術師であるこのワシ、ログナライがお主らに説明いたそう」


 ログナライ爺さんは地位がかなり高いようだ。王と並び立つことが許されるということは、この国の実質ナンバーツーなのかもしれないな。


「ここはラッスクデ王国の城内であり、ここにおわす御方は偉大なるヌケヂンガ王だ」


「うむ」


 偉大というより巨大の方がしっくりきそうだが。


「この世界には魔王と呼ばれる存在がおり、その者が年々勢力を広げておる。既に世界の半分以上を奪われてしもうてな。にっちもさっちもいかない戦況なのじゃよ」


 かなりヤバい状況なのか。となると、ゆっくり地道に優しく成長を待つ、なんて展開は無さそうだが。


「そんな我らの苦境を見るに見かねて、偉大なる五神は手を差し伸べてくださったのだ。神々が一つずつ神の武器を我らに与え、これで魔王を滅せよと神託が下りたのじゃよ」


 五神の勇者と呼ぶからには神がいるとは思っていたが、本当に神がいるなら自分で始末を付ければいいのに、というのは禁句なのだろうな。


「だがのう、神の武器は我らに扱うことが出来なかったのじゃよ。そんな我らに神はもう一度慈悲を与えくださった。王城の近くに巨大な円柱を天から降ろし、その中にある魔法陣により適合者を召喚しろと。そうして、我々はようやく神の武器を扱うことが可能な人材を得ることが叶った……それがお主らじゃ」


 ですよねー。ここまでの展開は予想通りだ。話は長くなりそうだが……こら、リング。前髪で顔を見られていないからって居眠りするな。

 仰々しいことを口にしているが、ようは自分たちではやれないから、代わりにお前らがやれってことだよな。魔王との戦いということは命懸けの戦いということだ。勝手に連れてきておいて、無茶苦茶なことを言っている自覚はあるのだろうか。

 質問や不満は幾らでもあるが、王の前では控えた方が利口か。無礼者とか叫ばれて、斬り捨てられたらシャレにならない。


「もちろん、ただで言うことを聞け等という無体を働く気はない。魔王を倒した暁には、日本に戻し、どのような願いも叶えよう」


 火花が目を輝かせているが、そんなことを真に受けてどうすんだ。


「お主たちは神に選ばれた適合者だ。どのような武器が与えられるかは、召喚された時点で決まっておる。それでは、今ここで武器の授与を執り行う!」


 老人が宣言すると同時に、俺たちが入ってきた扉と真逆の位置にある扉が開け放たれ、そこから煌びやかに装飾された台座が五つ運ばれてくる。

 その上に何が乗っているのかは、この位置からは見えないが、それが神の武器であるのは確実だろう。こっちは同意もしてないのに話が進んでいく。場の空気が口を挟むことを拒んでいる。ここで異論を挟むのは、かなり勇気のいる行動だ。

 相手を怒らせても何のメリットもない。ここは従順な振りをするのが正解か。


 俺たちの前に恭しく台座が置かれる。膝を突いた状態だと台座の上を覗き込むことが不可能なので、上に乗る武器がどんな形をしているのかわからない。

 不謹慎かもしれないが、どんな神の武器を得られるのか正直かなり期待してしまっている自分がいる。

 神の武器という名の……チート武器を与えられて無双が始まるのか。油断できない状況だが、男子として血が騒ぐのは仕方ないことだと思う。


「まずは火花 紫炎! お主には怒りと戦いの神ゴクダ様より授けられし、槌を与える。お主は槌の勇者となり、この国の為に励むがよい!」


 つち? 土じゃないよな。武器なら槌の方か。


「頼んだ覚えはないのだが」


 ぼそっと火花が呟く声が聞こえたが、彼もここで暴れてもメリットが無いことは理解しているようで、立ち上がると巨大な槌――ハンマーを三人がかりで持ち上げている兵士から受け取った。


「何だあんたら大袈裟な。軽いじゃねえか」


 大人が膝を抱えたぐらいの円錐に柄を付けたような巨大なハンマーを、片手で振り回している。

 兵士や貴族っぽい人々に間から歓声が聞こえるな。選ばれた者でなければ扱えない代物というのは嘘ではないようだ。


「続いて、清流涙! 哀しみと慈愛の神 ニムヂ様より授けられし、杭を与える」


「杭って……」


 リングの呟きはいつもよりもはっきりと聞き取れた。その声にはあからさまに落胆してる。俺も正直、杭といわれて武器の想像がつかない。

 受け渡された武器は、杭というよりは槍の柄だけにしか見えない。先端は尖っているが、何と言うか芯のない金属製の巨大な鉛筆っぽい。ただ、石突部分に細い鎖が連なっている。扱いが難しそうな武器のようだが、大丈夫か。


「森早志! 喜びと豊穣の神 ハエシケ様より授けられし、鎌を与える」


「死神っぽいなぁ」


 渡された巨大な鎌は確かに死神のあれだ。ただ、内側だけが刃になっているわけではなく、外側の湾曲した部分も切れ味鋭そうな光を反射している。


「楽天遊! 楽しみと遊戯の神 ガリケ様より授けられし、弩を与える」


「いしゆみって何?」


 楽天さんは弩が何かわかっていないようだ。確かボウガンみたいな武器だよな。弓と銃を組み合わせたような引き金のある感じだと思う。

 台座から持ち上げられた武器は銀製のボウガンにしか見えない。飛び道具というのは強みだよな。彼女が悪くない武器を引けたことに安堵の息を吐いた。

 さて、俺の番か。残り物には福があるって言うからな。どんな武器が与えられるのか、興奮を抑え切れない。


 今までの神は大層な名前が付いていた。怒りと戦いなんて如何にも強そうな神だ。俺に武器を授けてくれる神は何を司る神なのだろうか。今までの神は喜怒哀楽だったから、俺は勇気とかだと勇者っぽい。


「柱弐鋲……趣味と住居の神 イクチ様より筒が授けられる」


「ん?」


 趣味って何だ……住居の神って何だ……筒って何だ……。


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