正体
謁見の間に繋がる巨大な石の階段は、磨き上げられた純白の大理石だったのだが、今は赤黒い液体が乱雑に塗られている。冥界の生物の食べ残しなのだろう、歯形の残る人間の部位がそこら中に転がり、半分しか頭のない兵士らしき男の顔は恨みがましい目でこっちを見ていた。
この状況でも俺は平然としている。いや、気持ち悪いともグロいとも思うのだが、周りの反応と比べて異常だよな。意識して別の事を考えたりすると、すっと心が落ち着くのだ。
もしかして、イクチ教の特権である集中力の効果かもしれない。
注意して辺りを見回すが、見事なまでに人間がいないな。化け物も階段付近にはいないようだが。
「うっ、ひ、酷すぎます……」
「勇敢なる者を、喜びと豊穣の地へ導き給え」
キリサは口元を押さえ吐き気を堪え、オハイは神へ祈りを捧げている。
(ボクは見ない、見ない、見ない)
(テレビつけちゃダメ……つけちゃダメ……)
幼馴染ーズは見ない事を決めたようだ。その方がややこしくなくていい。
(ここの人たちには酷い扱いを受けていましたが、こうなっては……死は誰にでも公平に与えられるもの。魂に安らぎが訪れますように)
複雑な胸中のようだが、その声は優しく労りの響きがあった。この境遇で死者の安らぎを願えるのは立派だと思うよ、ニコユル。
気を探りながら足音を殺し、無駄に幅の広い階段を一歩一歩踏みしめるように上っていく。二階へと登りきる前に、銃口だけを二階に向ける。嫌な役割を任せてしまうが、ニコユル頼んだよ。
(何もいません。敵も兵士も死体もないです。ただ、床と壁が血でべっとりと濡れています)
気も感じないし、今ならいけるか。
一気に階段を駆け上がり、謁見の間へと繋がる扉前の廊下に視線を這わせる。
確かに誰もいないな。壁と床が尋常じゃない量の血で濡れている。鉄の錆びたような不快な臭いが鼻孔に入り込んでくるので、手で思わず鼻を押さえてしまう。
魔物が綺麗さっぱり食べ残しなく食べきったのか? 一階の様子を見る限り無さそうだが。考えたところで答えは出ないか。
謁見の間に繋がる大扉に耳を当ててみるが、扉が分厚いので音が漏れてくることは無い。
「扉を開けよう。ゆっくりと、音を立てないように開けるから」
みんなに断っておいてから、慎重に扉を開いていく。ギギッと擦れる音がするが、この程度なら大丈夫か。
少しずつ扉を押し開いていた筈が、重さも抵抗力も急に消え、バンッと大きな音を立て大扉が開け放たれた。
勢い余って転びそうになるが、何とか耐え正面に目を向ける。
王座には丸々と肥えた王が前に見た時と変わらず、ぼてんっと居座っている。赤い絨毯の縁に兵士がずらりと並んでいるのだが、その光景のおぞましさに胃液が逆流しそうになる。
手や足や顔の何処かが欠けた兵士の群れ。鎧の至る所は陥没し、引きちぎられたような跡がある。殆どの兵士は血が固まっているようだが、未だに血を流し続けている兵士は比較的新鮮な死体なのだろう。
目は虚ろで生気が全く感じられない。まあ、死んでいるからだろうが。死体がなかった理由がこれか。おそらく死んだ死体を操り、この場に移動させたということか。
兵士の数はざっと見たところ最低でも100か。逃げないと――そう思った時には背後から扉の閉じる音がしている。まあ、そうだよな。
逃げ道はなくなった。こうなると定番の展開としては暴露祭り開催か。
「いらっしゃい。弐鋲君。まさか、貴方が真っ先にここへやってくるなんて。振ったのは間違いだったかしら」
聞き覚えのある明るく弾むような声。予想していたとはいえ、堪えるな。
王座の後ろからぴょんと擬音が聞こえそうなぐらい可愛い動作で飛び出してきたのは、俺たちと同じ制服を着た女子高生だった。
目は吊り上がり気味で顎が細い。少しやせ気味といった感じだが、どことなく知的な感じがする女生徒。その顔に見覚えは――ない。だが誰かはわかっている。
「あんた、楽天遊か?」
「もう、告白した相手の顔を忘れるなんて酷いな。遊ちゃん怒っちゃうぞ」
頬を膨らませて拳を振り上げる仕草は、通常時であれば萌える人もいるだろうが、死体の兵士が並び、血で彩色された謁見の間では恐怖しか覚えない。
「何で、あんたのことを俺たちは覚えていないんだ。確かに言葉を交わし、何度も見た記憶はあるが、その顔に見覚えが全くない……」
「まあ、そうだよね。だって、素性バレると厄介だから念を入れて魅了しておいたわ。それも、用無しになったから解除してあげたの」
「それは魔法……魔術か何かなのか?」
魅了の存在を知らない振りを通して、相手の情報を少しでも引き出したいところだが。
「ぶっぶー。残念賞だね。魂叫の一つだよ。魅了っていう、希少な能力なんだこれが。あ、もちろん私の魂叫だからね。その効果は弐鋲君良く知っているよねー。あ、それと、もう一つ冥府術も魂叫として使えるんだー凄いでしょ。この兵士君たちの体にも冥界から呼び出した、黒霧を憑依させて操っているんだー」
隙だった筈の屈託のない笑みが、今は不甲斐でしかない。
魅了は想定内だが、冥府術という魂叫も所持しているのか。この城の現状も楽天が一人で仕出かしたこと。魅了の力で心を弄られていたとはいえ、仮にも好きだった相手が最悪の女だというのは、きっついな。
(希少な魂叫を二つも所有する何て聞いたこともないです。二つ以上魂叫に目覚める人は存在していますが、それは希少性の少ない能力に限ってです)
ニコユルの説明を聞いて素早く考えを巡らす。楽天さんは希少な魂叫を二つ所持している、極まれな存在ということか。創作物だと良くある勇者設定だが、敵側だとシャレにならないぞ。
「楽天さん。何故、魂叫を日本でも使えたんだ?」
「あっ、そこが気になる? それはね、私って地球人じゃなくて、こっちのフェルフォルの人間だから」
そうきたか。元々こちらの世界の住人なら魂叫が使えても何ら問題は無い。
だが、そうなるとその手段だが。逃げられないし、逃がしてもくれない状況なら、出来るだけ情報を聞き出してやる。
「どうしてというか、どうやって日本に?」
「それは、十年前に勇者が神の武器を扱えなくなり、ただの根性無しの学生の群れに成り果てて、邪魔でしかない存在になり果てていたの。また処分をして神の怒りを買えば今度は武器を没収されかねないと判断して、全員日本に送り返したのよ。その時に便乗して一緒に転移したのが、私ってわけ」
「なかなか、大胆なことをする子供だった……なんて可愛げのあるものじゃないか。何でそんなことをしたんだ」
無邪気な笑みを浮かべた楽天さんが、王座の周りでスキップをしながら時折楽しそうに王の頬を突いて遊びながら、満面の笑みを浮かべた。
「私って魔王軍の人間だからね。帰還の儀式を担当する奴を魅了でたぶらかして、定員五人だった転移陣に丁度一人空きがあったから、私も送ってもらったってわけ。日本での生活も魅了があれば余裕だったよ。資産家の家に転がり込んで隠し子って設定で過ごしたってわけ」
一人の空きというのは言うまでもなく先代の筒の勇者か。俺だって無意識の内にその手中に落ちていたんだ、魅了の効力は誰よりもわかっている。
魅了を解いた理由も冥府術とやらを行使する為だろう。こんなに大規模な召喚は実力があったとしても片手間でやれるものではない筈だ。
「勇者として召喚されるのはどうやったんだ。それに適合者じゃなければ、神の武器は扱えないだろう」
訓練中も弩を自在に扱っていたという情報は俺も得ていた。魔王軍で仕組まれていた事だとしても、そこが矛盾している。
「そんなの研究したからに決まってるよ。何十年も同じことを馬鹿みたいに繰り返してるんだよ。魔王軍だって学ぶって。神の武器に選ばれる基準は一体何なのかとか、召喚の方法とかね。一生懸命勉強したかいがあって、召喚条件と神の武器を使用する方法を得たってわけ」
言われてみれば納得できる内容だ。勇者を殺すのではなく、もしその武器を手に入れることができたら、相手は戦力ダウンとなり自軍は強化される。一挙両得ってわけか。
「まあ、その方法ってのが私以外は難しかったから、私が選ばれたんだけどね。あ、もう、ここまで話したら最後まで聞きたいよね?」
「ああ、そうだね」
全てを知られたからには殺すという定番のパターンが待っていそうだが、ここで引いても同じなら知っておきたい。
「はーい。じゃあ、教えてあげるね。実は生まれて直ぐに適合者ってわかるのよ。特殊な波長とでも言うのかな。当初はその波長を模倣できないか魔王軍も研究を続けていたんだけど、結局無理だっていう結論に達して、じゃあもういっそのこと、その波長を放つ適合者を取り込めばいいんじゃね? ってことになったのよ。で、波長の源が心臓ってこともわかったの」
勇者に選ばれた俺たちは始めら、そうなることが運命づけられていたというのか。
心臓がその証……で、あまり考えたくないのだが、それを取り込むってことは……。
王座の手すりに腰かけた楽天は、わざとらしくスカートが捲れるような動きで足を組み、流し目を俺に注ぎながら、制服の胸元のボタンを上から外していく。
健全な青少年男子なら興奮しそうなシチュエーションだが、死体が並び血の臭いでむせ返りそうな場所でやられて欲情するわけがない。
黒いブラジャーに包まれた豊かな胸が晒される。俺の視線が何処に向いているのか理解した上で妖艶な笑みを浮かべ、鎖骨から胸元に人差し指を滑らせる。
そして、ブラのフロントホックを外し、大事な部分が辛うじて隠されている右胸に、ぶすりと指を埋没させていく。
「な、何をっ」
今まで一言も声を発していなかったキリサの存在を今更ながらに思い出した。
二人の巫女が傍にいることすら忘れて見入っていたのか。集中しろ……乳房ではなく、楽天の全てを。目だけは合わせないようしながらだが。
手首まで完全に手が埋まり、ゆっくりと脈動する心臓を引き出した。血管が繋がっていないというのに心臓は動き続けている。
「これわね、弩の勇者になる予定だった人のよ。普通は心臓だけ生きるのは無理なんだけど、そこの死体と同じ要領で生かしているの。この弩って便利で強いから、暫く一心同体だよ」
そう言って心臓をもう一度体に埋め込んでいく。今まで見てきた光景のおかげでグロ耐性ができていたのか、何も思うところは無い。
「それで、外の魔王軍と呼応して事を起こしたってことか」
「そゆこと。勇者の探索に人員を割いて、更に魔物の群れに人が出払ったところを、冥界の生物が城で大暴れってわけよ。結構、効果的とは思わない?」
「その目論見が見事なまでに成功しているわけだから、お見事と称賛するべきだよな」
楽天は魔王軍側ということなら魔徒なのだろうか。それとも、寝返った人間なのか。今、それを追及したところで何のメリットもないか。
そろそろ、情報は出尽くしたか。なら、とっとと逃げたいけど、まあ、あれだ、逃がしてくれないよな……。
「色々と勉強になったよ。じゃあ、楽天さん。また明日」
そう言って踵を返し、大扉にさりげなく向かう。
「ばいばーい、弐鋲君……って見逃すわけないよね」
学校でのさりげない挨拶を演出してみたのだが、まあ、無理だよな。
こちらの戦力は俺と巫女二人だと相手は思っている筈だ。この状況下だとシンリンと涙は戦力にならないから弾丸のままでいい。ニコユルは戦闘能力が怪しいので出さなくていいか。
キリサとオハイも弾丸になってもらった方がいいか迷ったのだが、同じ属性の弾丸で貴重な弾数を埋めたくないという躊躇いと、そもそも筒の勇者の配下になるような行為を良しとしないだろうという考えもあった。
弾丸に入れるにしても今更だ。この状況下で契約をしている場合でもなく、そのシーンを楽天に見せるのは危険すぎる。
考えろ、考えろ。ここから脱出する方法が何かないかを。




