威力+
「い、いだああああぃ! いくっ、いっちゃう! この逝くは求めてないごぼおぉぉ!」
口から鮮血を撒き散らし、スエムが喚いている。
今の異様な手応え、そしてこの尋常ではない威力。どういうことだ、ハーレムヒートの威力は3までしか上げていない。最低でも中位の魔徒に致命傷を与えられるとは思えない。
(これが、好感度による威力上昇の効果ですよ! 発射された弾丸は涙様のものですよね!)
テンションが上がっているニコユルの騒がしい声に促され、シリンダーを覗き込むと、青い弾丸がシリンダーに充填されたところだった。弾丸の並びからして、今撃ち込んだのは涙がいる水属性の弾丸で間違いない。
「確かに涙の乗っていた弾丸だが」
(信頼愛情が高まっている涙様だからこその高威力なのです!)
(シンリンを傷つけた……弐鋲を苦しめた……ゆるせないっ……)
なん……だと。ここまで威力に差が出るというのか。これは好感度、馬鹿にできないぞ。むしろ、最も重要なポイントと言っても過言ではない気がする。
それに、これも検証が必要だが、涙の相手を憎む心の動きも作用されたのかもしれないな。
「いやああぁ、いぐぅ、いぐぅ、いだぃよおぉ、いぎだぐないぃぃぃ」
地面に倒れ込み、嗚咽交じりの悲鳴を上げているスエムの額に銃口を当てる。
涙に濡れた顔が俺に向けられたが、躊躇うことなく引き金を引いた。
二発目はさっきほどではないが、それでも殺傷能力として充分な威力を発揮し、相手の脳内に潜り込んだ。スエムの体が一度大きく跳ね上がったが、それ以降ピクリとも動かなくなり、今まで倒してきた魔物と同様に、その体が粒子となって大気へと溶けていく。
今のはシンリンが入っている弾丸だった。まだ出会って間もないニコユルよりも、二人の方が好感度が高いのは当たり前だが。それにしてもこれ程までに威力に差があるのか。
人とほぼ変わらない外見の女性を撃ったというのに、動揺は思ったより少ない……不自然なぐらいに。
シンリンのトラウマを呼び起こしたことによる怒りはある。敵と断言できる存在で今殺さなければ後々厄介なことになるのは目に見えていた。アンデット系を倒していたことにより銃で殺傷する行為に慣れてきていた。
動揺しなかった理由を上げるなら、それっぽい原因は幾らでも並べられる。でも、普通、人を殺してこんなに冷静でいられるわけがない。
この考察はまた今度にしよう。今は安全地帯に戻ることが最優先だ。
(やったねビョウ!)
(うん、凄い……)
二人は無邪気に喜んでくれている。あっちはテレビの映像で観ているだけなので、殺人の生々しさが伝わってないだけなのかもしれないな。
「おう、ありがとうよ。とっとと撤退しようか、安全な場所に。キリサさんオハイさん、立てますか?」
さっきまで過去の忌々しい記憶を見せられ続けていた二人は、ふらつきながらも何とか立ち上がっている。
「だ、大丈夫です」
「ごめんなさいねぇ。はあぁ、巫女として失格ね、アタシ」
キリサさんは大丈夫そうだが、オハイが精神的にかなりきているな。二度の失態でかなり落ち込んでいるようだ。
付き合いの短い俺が口を挟むことじゃないか。シンリンが上手くフォローするだろう。
オハイに肩を貸し、何とか転移陣まで戻ると俺たちは、本日三度目の帰還を果たした。
転移陣の敷かれた殺風景な部屋の扉に手を掛ける。
今日は頑張り過ぎた。ゆっくりと休養を取りたいけど、弾丸になった二人に細かい説明もしないといけないだろうな。後は、二人の勇者を弾にしましたって報告……しないと駄目だろうな。あっ、胃が痛い。
ただでさえ毛嫌いされている立場の筒の勇者が、鎌と杭の勇者を弾にしました。これからずっと100メートル以上離れられなくなっちゃった、ごめんね。じゃ、許してくれないよな、やっぱ。
憂鬱な気持ちでドアノブを捻り、狭苦しい室内から外へ――
「えっ、おいおい」
目の前で王城が炎上していた。
王城の巨大な窓から炎が噴き上がり、悲鳴と剣戟の音が熱気と共に流れてくる。
「城が、城がっ!」
「ど、どういうことなのっ、何で城が燃えて……」
二人の巫女が呆然と燃え盛る城を見つめている。
よく見ると壁や天井も崩壊している箇所が幾つもあり、損傷の割に瓦礫の量が少なく見えるのは、外部からの攻撃だということだろう。内側から破壊されたのなら、もっと外に散らばっている筈だ。
となると外敵の強襲か。
城下町に視線をやると、町にも火の手が上がっている。
城と城下町は城壁でぐるりと囲まれているだが、正門と西門辺りが火の勢いが強く、粉塵も大量に噴き上げられているようだが。
翼の生えた人型や巨大な鳩に人間の手か取りつけられたような魔物が、大穴の空いた白の壁から内部に乗り込んでいる。
悲鳴と怒号と奇声、そして破壊音が鳴りやむことが無い。
(ラッスクデ王国が襲われている……敵、もしかして魔王!?)
(えっ、こんな序盤に城が攻められるなんてありなの)
(滅亡スタートじゃなくて、中途半場……)
ニコユルは驚いているようだが、シンリンと涙には緊張感が全くない。俺の待遇に対してぶち切れていたからな。ここの国民に対して思入れがないと前に語ってたっけ。
筒の勇者を毛嫌いしていた住民は国に踊らされていた人たちなので、実はそれほど恨みはない。自ら悪意のある噂を広めていたクラスメイトに比べれば可愛いもんだ。
だが、助けてやる義理もない。俺が率先して助けたいのは二人の幼馴染とニコユルぐらいか。
これ、逃げた方が利口か? としたら、何処だ。城の中は地獄絵図だろう。町中に紛れ込むのが妥当か。それも正門と西門付近は避けた方が良い。
国民を見捨てることになるが、自分と大切な人の命の方が優先だ。
「に、弐鋲様。王様を城の皆を助けに行きましょう!」
「そ、そうよね。城の兵士に助力しないと」
キリサとオハイはそう言うよな。それがこの国の人間として当たり前の反応なのかもしれないが。
「私は反対……逃げるべき……」
「ボクも逃げる方が良いと思う」
いつの間にか弾丸から出ていた幼馴染は俺と同じ意見か。残りのニコユルはというと、じっと王城を見つめたまま微動だにしない。
ずっと虐げられていた彼女の心中には複雑な思いがあるのだろう。その思いを汲んであげたいが時間に余裕がない。悪いが長い時間待ってやることはできない。
「弐鋲様。逃げましょう。今、ここには五神の勇者の内三人がいます。捕まる訳にも殺される訳にもいきません。戦況がわからない今、逃げるのが得策かと」
冷静というよりは吐き捨てるようにニコユルが言い放つ。
二人の巫女は反論を口にしようとしたが、ニコユルの冷たい視線に射抜かれ言葉を呑み込んだようだ。その正当性は理解しているのだろう。
「で、ですが、城には王も……あっ、弩の勇者である楽天遊様も、城内にいらっしゃるかもしれませんよ!」
キリセは何も知らずに口にしたのか、それとも以前俺が楽天さんに気があったことを知っていたのか。それによって、キリセの見る目が変わることになる。
「楽天さんか……それもわかっているよ。でも、俺にとって彼女より、シンリンや涙の方が大切だ。最優先事項を違える気はない」
振られたからと言って切り捨てた訳じゃない。あの時は熱病にうなされていたかのように彼女のことばかり考えていたが、今思えば何であんなに好きだったのかと、前までの自分が信じられないぐらいだ。
「意外だね。あんなに楽天さんのことばかり口にしてたのに」
「うん……一目ぼれしたってうざかった……」
咎めるような半眼が四つ俺を見ている。あまり覚えていないのだが、相当うざかったようだ。すまん。
「ねえ、一つだけ、みんなに聞きたいことがあるのだけど」
オハイさんが唐突にそんなことを口にした。全員の視線が集中すると、人差し指を頬に当てて小首を傾げているオハイさんが、ゆっくりと口を開く。
「二回も精神をかき乱されたせいなのかもしれないのだけど、楽天様の顔が全く思い出せないの……みんなは覚えているわよね?」
何を馬鹿なことを。二度も強烈に心を揺さぶられた事による後遺症かもしれないな。あんなに元気はつらつで、誰にでも優しく明るい楽天さんの顔を思い出せないだなんて……顔?
えっ、目は……鼻は……口は……身長は……えっ、えっ、いや、待て、ど、どういうことだ。顔が全く思い出せない。まるで、彼女の顔に霞がかかっているかのように、思い出せない。
「えっ、あれっ、度忘れかな。楽天さんって美人で明るくて優しくて……あれ? 美人だったのは覚えているけど顔が」
「思い出せない……なんで……」
「わ、わたくしも、覚えていません」
皆も覚えていないのか。本気で、どういうことなんだ。あれ程、好きだった相手を忘れることなんて、あり得ないだろ……。
「もしや、魂叫、魅了の効果ではないでしょうか。祖父に聞いたことがあるのです、以前、そのような魂叫に遭遇したことがあり、効果が似通っているのです」
「知っているのかニコユル! 詳しく教えてくれ」
「はい。効果は目が合った相手を魅了させる能力だそうです。その人の中で自分の存在が大きくなり、言うことを聞かせられるという話でした。魅了に囚われた者は解除されても、当時の記憶が曖昧になるそうです。物凄く希少な能力らしく、五十年前にその魂叫を得た女性は貧民から女王にまで上り詰めたそうですよ」
いや、まさか、もし、もしも楽天さんが魅了の力を所有していたとしても、それはこの世界に来てからの話だし、日本で俺が惚れたのは別の話……だよな。
それにその考察が正しかったとしても、魅了の効果を解いたってことになる。何故、そんなことを。
「そういや、ビョウってあの日まで、楽天さんのこと一度も話題にしたことなかったのに、急に惚れたとか言い出したよね」
「うん……今まで色恋沙汰には興味ないって言っていたのに……」
二人に言われて改めて思い返してみるが、俺って楽天さんの何処が好きだったんだ。確か笑顔だよな。そう、笑顔だ……どんな顔をして笑っていた。そもそも顔はどんなだった。
「まさか、魅了されていたというのか? いや、でも、日本で魂叫が使えるわけがないだろ」
「そうですよね。すみません、余計なことを言いました」
ああくそっ。ここで呑気に長話をしている場合じゃないとわかっているのに、気になって仕方がない。
「ビョウ。ボクも気になっていたことがあるんだ。今回、一斉に勇者が襲われたわけだけど、何で魔王はボクたちが今日一斉に実戦を行うことを知っていたんだろう」
「そう言えば……今朝、皆で朝食中に勇者たちだけで……どこの狩場に何時ごろ行くって……話した」
「それは……情報が漏れた、と考えるのが妥当か。勇者の各個撃破。そして、城の優秀な兵士たちを援軍に向かわせることにより、城が手薄になり……この現状か。こちらの情報を得ることができ、人員を誘導しやすい立場にいた人物となると」
「楽天遊」
シンリンと涙が断言した。巫女たちは驚きを隠せないようだが、否定の言葉が思いつかないようで、顔を見合わせている。
楽天遊は確かに一番怪しいが、いつも傍にいる巫女や、第三者がその場を盗聴していた可能性だってあるだろう。
だが、これを確かめておかないと後々厄介なことになるのは目に見えている。ここは危険を覚悟の上で動くか。
「城に乗り込もうと思う。と言っても無理をする気はない。命の危険を感じるか、必要な情報を得たら、すぐさま撤退する。これは俺の独断だから、逃げる人は先に逃げてもらって構わないよ」
「水臭いこと言わないでよ。駄目だって言っても着いて行くからね」
「離れない……」
「私は弐鋲様の巫女ですので」
三人は迷うことなく同行するようだ。キリサとオハイは始めから王や城の人々を気にしていたようなので、快く頷いてくれた。
「危険は出来るだけ避けて、楽天さんを探す。会えたら……まあ、その時に考えよう。ついでに王様やログナライの爺さんも探そう。楽天さんも爺さんもまだ帰ってきてない可能性もあるから、その場合は即座に撤退するよ」
全員の承諾を得て、俺たちは城へと潜り込んだ。




