両方を兼ね備える
俺たちを引き留めたのは異様な格好をした女だった。
全身に包帯を巻き付けているのだが、締め付けが緩いらしく所々、肌が露出している。その肌は裂傷、火傷、打撲による痣と無傷な部分が一か所たりとも存在していない。
頭は不揃いなショートカットの髪で、顔にも包帯が巻かれている。目と口だけは見えているのだが、眼球が飛び出そうな程に見開かれた血走った目と、口角のつり上がった口が、異様さを際立たせている。
「んもぅ、せえええっかく、美少年が犯され汚されるさいっっこうの瞬間がみられたのにぃ。余計なことをしないでよねぇ」
言葉の一つ一つが俺に不快感を与えてくれる。内容もそうだが、あの口調。ねちゃねちゃと鼓膜と脳にへばりつくような鬱陶しさ。
「あんたが、オハイをおかしくした張本人か」
「正解でえぇすぅ。私はスエム、責めるのも責められるのも大好きなのぉ。精神や肉体が痛めつけられるときの悲鳴って、最高よねぇ。しってるぅ? 苦痛を与えることが上手な人ってぇ、実はやられる才能もあるのよぉ。だーかーらー私は両方得意なのぉ」
紛れもない変態だ。つまりSでありMでもあるってことか。
性癖はどうでもいいが、こいつは魔徒であるのは間違いない。精神に何らかの影響を与える能力を所有している。一瞬たりとも油断ができない相手だ。
「ねぇ、鎌の勇者とぉ、杭の勇者っぽいのとぉ、もう一人何処行ったのぉ? 急に消えちゃったんだけどぉ」
スエムと名乗った魔徒、話しながら指で怪我の跡を弄っているぞ。その度に身をよじらせ、光悦な笑みを浮かべるのはやめろ。
「さあ、どっちかが魂叫でも使ったんじゃないか」
「うーん、鎌の勇者は違うわよねぇ。そんなの使えるならさっさと使って逃げればいいんだしぃ……あー、もしかしてぇ、追い詰められる状況を堪能していたのかしらぁ」
(そんな、変態じゃないよ!)
シンリンが怒っていらっしゃる。言い返せるぐらいには回復しているんだな。まずは一安心か。
相手がそのまま誤解してくれるなら、それで構わない。見逃してくれるなら、何とでも言ってくれていい。
本当はシンリンを追い詰めた目の前のこいつに一発入れないと気が済まないところだが、俺は一人じゃないんだ。弾丸として三人もの命を預かっている。迂闊な真似はできない。
「うーん、筒の勇者は殺すなって言われているのよねぇ」
やはり、俺だけは見逃してもらえるのか。赤鶏冠セッカンの話しぶりだと、魔王軍に引き抜くのが目的のようだが。
「殺したらダメなのよねぇ、じゃあ、痛めつけるのはありよねぇ、そうおもわなーぃ?」
「思わない」
舌なめずりをしながら問いかけてきたので否定しておく。
「だああめぇ。さっきは欲望を増幅させたんだけどぉ、失敗だったしぃ。今度は心の傷口でも抉ってみようかしらぁ。精神に干渉することができるってぇ、凄くなーぃ?」
小首を傾げて悩んでいる振りをしているが、気持ち悪いだけだ。
殺す気はないとわかっていても、黙ってトラウマを呼び起こされるいわれはない。
「させないわっ!」
「や、やらせませんっ!」
スエムが俺に気を取られている間に、背後へ回り込んでいた二人の巫女が同時に襲い掛かる。
「邪魔しちゃやだよぉ」
だらーんと前に垂らしていた二本の腕を軽く上げただけで、巫女たちは包帯に全身を包まれていた。腕に巻き付いていた包帯が二人を拘束したのか。
その束縛から逃れようと身をよじっているが、包帯が解ける事は無さそうだ。包帯は見た目に反してかなり丈夫なのか。
巫女たちの動きが見えていたからこそ、相手の話に乗っていたのだが……ここからどうしたらいい。戦っても勝てる相手とは思えない。逃げる一択なのはわかっているが、この状況下で可能だとは思えない。
「んもぅ、お邪魔虫には、ちょっと辛い過去でも見ていてもーらおうかなぁ」
ただでさえ吊り上がり気味の口角が、頬が裂けたかのように目元まで到達している。
「ひっ、い、いや、と、父さま、も、もう、これ以上はっ!」
「やめて! 私は自由でいたいの! 妹や親せきがどう生きようと関係ない! もう、やめて!」
巫女たちが激しく悶えながら、意味不明なことを叫んでいる。あれが、精神に干渉する能力か。二人を助けてやりたい気持ちはあるが、自分すら危うい状況でそれは無謀すぎる。
「じゃあ、つ、ぎ、は、勇者様のばんよぉ」
(弐鋲様、外に出る許可を! 私が時間稼ぎをしますから)
(私も行く……)
(ボクも戦えるよっ)
「いや、皆はそのまま待機だ。相手は俺を殺す気はないからな」
手助けを俺は小声で断った。殺害命令が出ていない俺は見逃される可能性が高い。精神を弄ばれるのは正直勘弁してほしいが……三人は弾丸の中にいる限り影響を受けない可能性が高い。
あそこは完全に独立した別空間とのことらしい。心が疲弊しているシンリンもそうだが、涙だって今回の一件で過去の傷が疼いたはずだ。
だったら、精神汚染の影響は俺一人で耐えた方がいいに決まっている。
「うふっ、やだ、男の目してるわぁ。もしかして、耐える気なのかなぁ? よぉーし、じゃあ頑張っちゃおう。もし耐えられたらぁ、今度はそっちが攻撃していいからねぇ。それじゃあ、いっくよぉ」
目で捉えるのが精一杯な速度で迫りくる包帯を避ける術もなく、それは腕に絡みつく。そして、そこから禍々しくどす黒い何か自分の中へ滑り込んできた。
耐えろ! 心を強くもて! 精神系は心が強ければ、何とかなる!
意識を集中して、自我を失わないように自分を強くも――
「あいつ、また早志君と涙ちゃんと一緒にいるぞ」
「マジキモいからやめて欲しいよね」
「ほんと、二人に不細工が移ったらどうするのよ」
「幼馴染だからって調子に乗りやがってさ」
また僕の悪口か。シンリンと涙が傍にいる時は絶対に言わないくせに、最低なやつらだな。
可愛すぎる二人の幼馴染は羨望と嫉妬の的だった。小学生だというのに告白された回数は覚えられないぐらいで、愛らしさで先生たちからも好かれていた。
そんな二人の傍にはいつも僕がいる。物心つく前から一緒に遊んでいた家が両隣の親友。いつもいるのは当たり前のことで、最近になるまで特別なことだとは思ってもいなかった。
でも、いつの頃からか、同級生やその親に陰口を叩かれたり、時には軽い暴力を受けることが頻繁に起こるようになっていた。
きっかけはたぶん、クラスの誰かが二人に告白してあっさり振られて、その八つ当たりとして、何時も仲良くしている僕の悪口を言いふらしたことだと思う。
自分は振られたのに、あんな不細工が傍にいるのはおかしい。とか何とか。そして、皆も口には出さなかったみたいだけど、僕を羨ましいと思っていた人はいっぱいいたようで、気が付いたら、皆から避けられるようになっていた。
正直、腹も立つけど……耐えられないことはないと思う。怒っているような顔をしているけど、何処か羨ましそうに見られているのを自覚していた。
僕は誇っていた。周囲が羨むような二人を独占しているという事実に。自分が普通より劣るのは自覚している。実際ならこんなにも注目されるような人間じゃない。
それだけに、羨望を浴びる自分の立場を悪くないと僕は……俺は思っていた。
「あいつ、いつも傍にいるくせに助けられなかったらしいぞ」
「最悪なことにはならなかったって職員室で話していたけど、男ならちゃんと守れよな」
「殴られて骨折したらしいけど、それもどうだか。怯えて動けなかっただけなのを、誤魔化そうとしているんだぜ、きっと」
「あーあ、俺なら二人をちゃんと守れたのになー」
「最低ね柱君」
中学校の教室でわざとらしく、俺に聞こえるように話すクラスメイトたち。
あの日、二人が変質者にスタンガンを押し付けられて連れ去られ、その場にいた俺も情報が漏れるのを恐れたのか一緒に連れて行かれた。
廃工場の様なところで、肥え太った変質者が二人の服を脱がそうとしていたタイミングで俺は気がつき、男に体当たりをした。中学二年でそれなりに身長もあったほうだが、その男は大人で190を超える体躯だった。俺はあっさりと弾かれ、男は煩わしそうに俺を殴る。それでも俺は、何度も何度も体当たりをする。
両腕はロープで括られ、そうするしか手段がなかった。
「邪魔をするなあああっ! お、お前は何もしねえよ! そこで大人しくしていたら、無傷で返してやるのによぉっ」
涎を撒き散らしている男の血走った目が俺を睨んでいる。正直、漏らしそうになるぐらい怖かったが、もっと怯えている二人を見てその感情を押し殺した。
殴られ、蹴られ、首を絞められ、唾を吐きかけられ、それでも動く限り抵抗した。相手が俺に構えば二人は無事でいられる。
今思えば安っぽいヒーロー願望だったのかもしれない。物語のヒロインになれそうな二人を俺が身を挺して庇っている。これで相手を撃退すれば俺が英雄だと。
日頃から二人のボディーガードを自称して調子に乗っていた俺の、思春期特有の目立ちたい褒められたいという安っぽい願望――。
目が覚めたら病院のベッドだった。俺を殺してしまったのかと動揺した男は俺たちをそのままにして逃げだし、近所を通りかかった誰かの通報により助けられたそうだ。
幼馴染の二人は泣きながら感謝して、ベッドの俺に縋りついていた。カッコ悪いが、望んでいた展開でもあった。だというのに、何故か、俺は心にもやっとした何かが居座っていることが不思議でならなかった。
学校に復帰したら称賛されるとばかり思っていたのだが、クラスメイトの反応は酷いものだった。
誰が嘘を広めたのかは知らないが、俺は二人を置いて逃げようとしたところを捕まり、殴られていただけだと。更に性質の悪いことに、その噂をゴシップ誌が嗅ぎつけ、俺であることはぼやかされていたが噂話を雑誌に掲載したことにより、生徒の親や先生からの評価もどん底にまで落ちた。
幼馴染の二人は懸命に、そんなことはなかった、命懸けで助けてもらったと力説していたのだが、それは二人の優しさで俺を庇っているという認識になり、二人の株が上がり俺の株は大暴落した。
たぶん、二人を紹介してくれやら、遊ぶから一緒に連れて来てくれと、懇願する生徒たちの頼みごとを断り続けてきたのが原因なのだろう。
幼馴染の事を思っての対応でもあったが、二人を独占したいという子供じみた発想がなかったとは、言い切れない。結局は自業自得でもあったと……今なら思える。
あの一件以来、二人は俺といる時間が長くなり、それと反比例してクラスメイトの俺に対する対応が酷くなるという悪循環が発生していた。俗に言う虐めの対象となっていた。
だけど、俺は折れなかった。虐められる悔しさよりも、二人を放っておけないという想いが強かったのだ……いや、違う。
「なあ、弐鋲。最近元気がないがどうした」
家で親父が珍しく気を使って話しかけてきた。
「ああ、なるほど。あれ以来、クラスメイトが冷たいのか。不細工の癖に、近づくななんて言うのか最近の子は……それは、すまん。俺と母さんの遺伝子じゃ、ここが精一杯だ。でも、お前は決して不細工じゃないぞ。親の贔屓目かもしれないが、人並みかそれ以上……あ、まあ、それは言い過ぎだとしても、普通ぐらいじゃないか」
普通かな……二人と一緒に居たら、たまに自分の格好悪さに落ち込むけど。
「それは仕方ない。あの二人は桁外れだからな。見た目で勝てる子なんて、学校に一人もいないだろ?」
まあ、そうだけどさ。
「もしかして僻んでいるのか? じゃあ、中身で勝ったらどうだ。見た目の格好良さや美しさは早志君と涙ちゃんに任せて、お前は内面の格好良さを極める、どうよ」
父さん、いい年して何言ってんの。
「ばっか。男はいつまで経っても、格好よくありたいと思う生き物だ。大人になれば、会社でバリバリ仕事をこなして同僚の女性からモテたい。親になれば格好いい自分を子供に見せたい。男ってそういうもんだろ」
でも、父さん母さんの尻に敷かれてばかりだし。
「お、おう。まだまだ、自分を磨いている最中だからな。いつかお前に尊敬される父親になってみせるぞ!」
まあ、そんな父さん嫌いじゃないけど……。
「何か言ったか? 何で怒ってんだ。まあ、あれだ。他人の評価じゃなく、自分が理想とする格好良さを極めたらどうだ。逆境に耐えて、幼馴染二人を庇うなんて、父さんは物凄く格好良いことだと思うぞ。親として誇りに思うぐらいにな」
俺って単純なのかもしれないな。父さんのその言葉が俺の指針となった。
この胸のわだかまりは酷い目に合って苦しんでいる二人に気を使わせてしまった、自分の格好悪さに対する後ろめたさだ。
誰に何を言われてもいい。比べられて笑われてもいい。俺は自分なりの格好良さを見つけよう。
胸を張って二人の隣に並び続ける為に、格好良い人間になろう――。
(ビョウ! どうしたの! 返事をして!)
(しっかりして……目を覚まして……)
ああ、二人の声がする。ずっと呼び続けてくれていたのかな。だから、あんなことを思いしたのかもしれない。
過去の映像は消え去り、目の前にはにやけ面の包帯女スエムがいた。
「大丈夫だ……安心しろ」
「あるぅえー。まだ自我を保てるんだぁ。記憶の引き出し間違えちゃったかなぁ」
嫌な記憶もあったが、大事な記憶も思い出させてくれたよ
俺はすっと銃口をスエムに向ける。
「んー、勇者は神の加護によりぃ、抵抗力が高いってマジかもぉ。じゃあ、約束だからぁ、一発撃っていいよぉー。どれぐらいの痛みを与えてくれるか、マジ楽しみぃ」
無造作に近づき、銃口を自分の乳房に押し当てている。余程、自分の頑強さに自信があるのか。
「遠慮はしないでいいよぉ。勇者なりたてほやほや下位レベルに撃ち抜かれる程、やわじゃないしぃ。むしろぉ、痛いぐらいが快感よぉ」
本気で言っているようだ。口元と目元が緩んでいる。呼吸も荒く、興奮状態なのが見て取れた。
絶好のチャンスなのはわかっているが、今の俺の銃の威力で倒せるのか。レベルが上がり少しは威力が増しているとはいえ、急激に強くなっている訳じゃない。
弾丸を全て撃ち込み、少しでも怯んでくれればその隙にどうにか出来ればいいんだが。
「さあぁ、早くぅぅ。撃って、撃って、撃って。そしたら次は私の番だよぉ」
命中も飛距離も低い俺にはこれ以上ない好機。撃鉄を上げろ、引き金を引けっ!
撃鉄が下ろされ弾丸が飛び出すと同時に、俺の体は後方へと吹っ飛ばされた。
はあっ!? おおおっ、視界が回るっ。
銃弾を放ったと思ったら、何故か後転を繰り返している。
視界の揺れがなくなり、木にぶつかったことで動きが止まった俺は、じんじんと痺れる腕の痛みを噛み殺した状態で正面を向く。
「えっ?」
そこには胸元に大きな風穴を空け、呆然と自分の体を見下ろしているスエムがいた。




