幼馴染
涙の先導に従い、俺たちはシンリンがいるらしき方角へ進んでいる。
並走するニコユルのさっき浮かべた意味深な笑みが引っ掛かっていたので、直接訊いてみることにした。
「さっき楽しそうに笑っていなかった?」
「意識していなかったのですが……弐鋲様が涙様との仲が深まっているようなので、つい嬉しくなってしまったようです」
涙と仲良くなって何が楽しいのだろうか。まあ、仲が悪いよりかはいいに決まっているが、さっきの笑みはそんな純粋な感じには見えなかったのだが。
「あっ、弐鋲様には、まだ伝えていませんでしたね。弾丸になることを選んだ人の筒の勇者様への好感度が高ければ高い程、弾丸の威力が上がるのですよ」
「ああ、そうなん……うぇ?」
え、何、その余計なシステム。好感度で攻撃力が変わるって事だよな。えっ、何それ。
「ですので、弐鋲様は弾丸に成られた方とは親睦を深めていただきたいのです。決して嫌われるような真似はなさらないでください」
「え、あ、え? つまりどういうこと」
「弾丸になられた方、全てと親しくなり、好感度を維持し続けて欲しいのです。つまり、好きになってもらってください」
この人、笑顔で何をのたまわっているんだ。要約すると、弾丸になってもらった人の機嫌を損なわず好感度を上げれば上げる程、威力は増していくと……おい。もし、弾丸が女性ばかりだったら、ジゴロみたいな真似をしろとでも言う気か。
「ちなみに筒の勇者の性別と逆の方が弾丸の相性がいいと言われています」
はっはっは、つまり出来るだけ女性を弾丸にしろと仰っているのかな。そして、全員から好かれろと……まあ、感情での威力の変化なんて僅かな差かもしれないしな。それなら、ハーレムヒートの威力を普通に上げればいいだけの話だし。
そうだよな。別に好かれなくても嫌われないように対応すればいい。居住性を上げておけば、何とかなるだろう。
「ビョウ……この先に、シンリンいる……」
俺とニコユルの間にわざわざ割り込んできて、涙が伝えてきた。あれ、微妙に機嫌が悪いような。ええと、さっきの話もあるしフォローしておくか。
「ありがとう、涙。じゃあ、二人とも弾丸に戻ってくれるかい。何かあった時、その方が不意を突けそうだから」
「はい、わかりました」
「気を付けてね……」
二人が消えてシリンダーには弾丸が二発装填された。
「えっ、お二人がき、消えたっ!?」
消滅した二人を探し、キリサさんが挙動不審になっている。そういえば説明していなかったな。
「筒の勇者は人を空間に隠蔽することが出来るんだよ。魔徒から助ける時にそれを利用して助け出した」
「そ、そうなのですか。空間魔法の一種でしょうか。で、では、私も弾丸に入った方が?」
小首を傾げているが、入れるには契約の儀式があるんだよな。おまけに、さっきの話を聞いた後だと、弾丸を無暗に増やさない方がいい気がしてならない。
それに敵側が何処で聞き耳を立てているかわからないので、説明も曖昧にしておいた。
「特殊な契約が必要なので、今は入れたくても入れられなくてね」
「そ、そうなのですか」
涙の事が心配なのだろうな、キリサさんは少し残念そうな顔をしている。
完全に相手の意表を突きたいなら、キリサさんにも消えてもらっていた方がいいのだろうが、涙と違って詳しく説明しないといけないし、今はどっちにしろ契約する時間がない。
「涙、シンリンの気は消えてなかったんだな?」
(うん、ちゃんと生きてる……安心して……)
その言葉が欲しかった。生きているなら、助け出せる可能性があるということだ。それだけで、今は充分。
(あと、もう一人分、気配がある……)
「もう一人? 巫女のオハイさんならベストだが」
(それはわからないけど……シンリンにじりじり寄っている……で、シンリンは逃げてる……)
それは敵と言っているようなものだろ。速度を上げるぞ!
報われない骸の墓場で鍛えたおかげで、走る速度が少しは上がっている。と言っても、この世界ではまだまだ身体能力が低い方らしく、か弱い感じがするキリサさんが苦も無く追い付いている。
もっとレベル上げないとな。
視界を木々が遮っているせいで、かなり近くまで接近している筈なのにシンリンの姿がまだ目視できないでいる。
何となくこの先にシンリンらしき光る何かがいるというのがわかるのに――え、光る何かって何だ。この、ぼーっと発行する人型のようなものが、木々で隠れて見えていない場所にあるのが、何故かわかる。もしかして、これって……気?
「涙……気ってもしかして、ぼーっと光を放っているような感じで見えるやつ?」
(うん……ビョウも使えるの……?)
いや、俺にそんな便利な能力は無い。なのに、これは気が見えているということだよな。どういうことだ?
「ニコユル。急に気が使えるようになるってことはあるのか?」
(そんな事例は聞いたことがありませんが……どうなさったのです)
「いや、何か気が見えるんだよ。この先にシンリンらしい気ともう一人の気も見えている」
(もしや……お爺さんから聞いたことがあります。弾丸になった方との好感度が高まることにより、その人の能力を筒の勇者は扱えるようになると)
マジか。俺は涙とかなり親しいから気を使えるようになった。それなら納得はいくが……ニコユルの言っていた、弾丸の人に好かれることによるメリットが増えてしまったぞ。
それも後回しだ。問題事が山積みになってきている気もするが、気のせいだと信じ込もう。
「まずは、シンリンの救出が最優先だ」
気が間違いないなら、少し先の大木を抜けた先に入る。一気に距離を詰めて大木を迂回して跳び出す。
そこは森の中にぽっかり空いた草原になっていて、シンリンがいた!
地面に尻を突いて、胸元を抑えながら後退っている……何でシンリンは上半身剥き出しで怯えているんだ。
その疑問はもう一つ存在していた気の正体を見て判明した。
荒い呼吸で口の端から涎を垂らし、両手を掲げジリジリと追い詰めている――ハエシケの巫女オハイの姿があった。
どう見ても、オハイがシンリンを性的に襲おうとしている様にしか見えない。
「撃つか」
(やってよし……)
俺の呟きに涙が即答した。これでシンリンが喜んでいるなら、ただのご褒美なのだが本気で嫌がっている。
(年下が好きだという噂は聞いたことはありましたが……)
「ま、待ってください! 確かに年下好きですが、ふ、分別はつく、ひ、人です!」
ハーレムヒートの前にキリサが飛び出し、その射線に割り込む。
半分冗談で構えたのだが、彼女の声でシンリンが俺たちに気づいた。
「ビョウ、ビョウ、ビョオオオオゥ!」
子供のように泣きじゃくっている。昔のトラウマが目覚めてしまったのか。子供の頃は美少年過ぎて、男女両方の変態に危ない目に合わされかけた経験が蘇ったみたいだな。
「おい、あんた。冗談でも許さないが……今すぐそこをどけ」
「ひっ」
俺の顔を見たキリサが怯えて一歩引いている。俺は今、かなり酷い形相をしているようだ。
怯んだ彼女を押しのけ、シンリンに駆け寄る。
「じゃ、邪魔をしないでよぉ! アタシと勇者様の営みオオオオ!」
目が血走り、極度の興奮状態に見える。感情が高ぶっているなんて生易しい状態じゃなさそうだ。狂気が溢れ出しているぞ。
邪魔ものである俺をまず排除しようと思ったのか、オハイが俺に向き直った。
「頼んだよ」
俺は躊躇うことなく引き金を二度引いた。命中率が悪いことを生かし、本気で狙ったのだが弾丸は予定通り掠りもしない。
「愛に年齢差は関係ないのよおおおおっ!」
武器も使わずに俺に跳びかかろうとしたオハイが目の前で白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
その背後には杭を振り下ろした格好の涙がいた。本気で殴ったみたいだが、まあ、いけるだろう。涙と同じように撃ち出され、相手の背後で弾丸から出たニコユルがオハイを見ているようだしな。
「念の為に括る……」
杭の石突から伸びた鎖が蛇のように動き出すと、オハイに巻き付いた。さっきまで鎖は10センチ程度の長さだったのに、数メートルに伸びている。伸び縮み可能なのか。
「遅くなってすまん」
シンリンの肩に脱いだ俺の上着を掛ける。鼻をすすりながら俯いていたのだが、俺の腕を強く掴んだ。
体の震えが腕から伝わってくる。やはり、あの時の事を思い出してしまったみたいだな。
あの時も、変質者に追い込まれていてギリギリで助けに入った俺は、殴る蹴るの酷い暴行を受けた。腕と肋骨が折れたのだったか。でもまあ、その時間稼ぎのおかげで、シンリンとリングが助かったのだから俺は全く後悔していない。
あれから筋トレを始めたんだよな。自分が情けなくて。
「ビョウ……ごめん、もう少しこのままで」
「おう、気にすんな」
落ち着くまでこうしていよう。暫くしたら、シンリンも少しはましになる筈だ。
さて、問題は……鎖でぐるぐる巻きにされ、木の枝からぶら下がっているこの変態どうしてくれようか。
「杭で股から貫く……?」
かなり物騒なことを口にしているが、あの時、そこに涙もいたからな。オハイの暴挙が許せないのは理解できる。
「まずは、言い分を聞いてみるかな。水でもぶっかけて起こすか」
「そ、それなら、わたくしが水魔術で」
そういやニムヂは水を司る神でもあったな。キリサが手にする小型の杭から水が噴き出し、逆さ吊りのオハイの顔を濡らす。
「え、はぅ、へ? 何で、アタシは逆さに? ね、ねえ、どうなっていますの?」
「何をしらばっくれているの……やっぱり、突き刺す……」
「ちょっと待て、涙」
本気で突き刺そうとしていた涙を手で制す。オハイは本気で状況が理解できていないように見える。これが芝居の可能性もあるが、それにしては……。
「オハイさん。シンリン……早志に何をしようとしていたか覚えていますか?」
「えっ、えっと、一緒に魔物を討伐していて、そ、そうよ、魔徒! 魔徒が現れて、それで! それで……それで? え、記憶がない……」
「白々しい……穴をもう一つ増やす……」
「気持ちはわかるが、もう少し待ってくれ」
あの時の目は正気を失っていた。極度の興奮状態に陥っていたが、それが魔徒に何かをされたせいだとしたら。
「まって、リング……オハイさんは嘘を言ってないよ……」
「大丈夫か?」
「うん、ありがとうビョウ」
俺の腕に捕まり何とか立っている状態だが、目には力が戻っているな。完全復活には程遠いが、さっきよりはだいぶマシだ。
「魔徒だっけ、変な人が現れて、黒い霧のようなものをオハイさんにぶつけたら、急にあんな感じになったんだよ」
シンリンが言うなら嘘じゃないな。その魔徒は精神系に影響を与える魔術が使えるということか。また厄介な敵が現れやがった。
いや、ちょっと待てよ。これが魔徒の仕業だとしたら……手段を選んでいる場合じゃない。
「シンリン。今から変なことを俺が言ったら、誓いますと言ってくれ」
「え、うん。いいよ」
「喜びも怒りも哀しみも楽しみも乗り越え、共に住まい同じ時を過ごすことを、ここに誓う」
「えっ、あのその、ボク……ち、誓います」
顔を赤らめ慌てていたのは、男同士でこんなことをする気恥しさからだろう。だよな……そうだよな?
見慣れている俺でも心がざわつきそうになる、照れたポーズのままシンリンが消えた。
「涙、ニコユル戻って」
「うん……」
「はいっ」
察しのいい二人で助かるよ。二人も弾丸の中へ消えて行く。その間、銃には一切視線を向けずに周囲を探る。
まだ完全には正気を取り戻していないのか、オハイは目の前でシンリンが消えたことに首を傾げている。
キリサさんは二度目となるので、前よりは落ち着いているな。
魔徒がオハイさんを狂わせたというのは理解した。だったら、何故、そいつはこの場にいない。涙を狙っていた魔徒は勇者を抹殺する為に動いていると口にしていた。だったら、この状況なら確実に止めを刺せる筈だ。
オハイがシンリンを蹂躙するところを見物したいという、腐った物の考え方をしていたしたら、この様子をこの近くで眺めている。そう考えるのが妥当だろう。
「オハイさん、キリサさん、転移陣まで戻ろう。魔徒がいつ戻ってくるかわからない」
勝ちを確信して席を外しているだけなら、それでいい。今の内に撤退すればいい話だからな。
キリサさんが神妙な顔で頷き、オハイもかなり素に戻ってきたようで、小さく頷いている。
(あれ、ここは何処?)
シンリンの焦った声が頭に響く。急に弾丸の中の殺風景な場所に放り込まれたら、そりゃ戸惑うか。
(ここは、弾丸の中……私たちは――)
涙とニコユルが説明に回ってくれたのか。なら、そっちは任せた。今は転移陣にたどり着くことが最優先事項だ。
「あるうぇ。何処にいっちゃうのかなぁ。楽しい凌辱を邪魔しちゃメだぞぉ」
鼓膜に纏わりつくような、声に粘り気を感じる不快な響き――また、このパターンか。
声の源になにがいるのか予想はついていたが、振り向かずにはいられなかった。




