駆け引き
「何のことですか?」
ここはしらを切って惚けるしかない。
「あー、惚けても無駄ですわよ。私は探知を所有していますので、どういう仕組みかは不明ですが、貴方と杭の勇者が重なって反応していますわ」
探知……そういう魂叫なのか。不幸中の幸いというべきか、弾丸の中にいることまでは見抜かれていない。だが、リングを匿っているとばらされた今、赤鶏冠セッカンが見逃してくれる――
「てめえ、騙しやがったのかああああっ!」
わけがないよな。くそっ、一人でも厄介なのにこの女が邪魔すぎる!
有効な武器か道具が内ポケットにないか弄った。
顔面を赤く染めたセッカンが空を滑りながら迫ってきている。時間の余裕は数秒。戦うのは無謀。転移陣に逃げるのが最良。だが、シュリエリが道を防いでいる。
どうする!?
「シュリエリ、そいつを押さえつけろ!」
「お断りですわ。仕事はもう終わりましたので。さっきの情報だけでも感謝しなさいな。それでは、さようなら筒の勇者様」
シュリエリが手を横に振ると吹雪が渦を巻き、天まで上っていった。その場にはもうシュリエリはいない。残り数歩なら、たどり着けるかっ!
大地を全力で蹴りつけ、跳ぶように一歩進む。焦りのせいか、身体が異様に重く感じる。あと数歩も進めば転移陣に。
「させねえよおおおおっ!」
(セッカンが両手から黒い炎を生み出して、こちらに投げつけようとしています!)
一瞬だけ首を巡らし、後方に視線を向けた。滑空しながら両腕を掲げ、それを投げつけ――させん!
「ホオオオオルッ!」
セッカンの眼前に穴を発生させた。輪ゴムのような黒い輪にしか見えない俺の魂叫だが、この黒円は空中にも固定せることができ、尚且つ、穴の輪郭は解除しない限りその場から何があっても消えない。
つまり――。
「ぐああっ、何だっ、何にぶつかりやがったっ!?」
こうやって足止めには抜群の効果を発揮できる。ただ、もう一つ新たに出すには少し時間が必要なので、次は無いと思った方がいい。
後五歩、もう四歩。
「逃がさねえっていったろうがよおおおっ!」
すぐさま復帰したのかセッカンの声がやけに近く聞こえる。
(2、3メートルの距離まで来ています!)
ニコユルの声か。俺は振り返ることなく、肩越しに銃口を後ろに向けて発砲した。どうせ、狙っても当たらないのだ、威嚇するならこれで充分。
更にもう一発撃っておく。
「けっ、ここまで届かねえくせ……うおおおっ!?」
ちらっと視線を向けると、弾丸が頬を掠めたらしく、驚いたセッカンの動きが止まっている。
転移陣に乗ったが、弾丸からニコユルを出して、転移陣を発動させるには数秒を有する。だが、時間のロスもなく俺の体は眩い光に包まれ、その場から脱出することに成功した。
転移が終了した俺は魔方陣から転がり落ち、勢い余って部屋の壁に激突する。
「ぐおおおっ、今日一番のダメージ」
「お見事でした、弐鋲様! まさか、このような手段で窮地を乗り切るとはっ」
胸の前で手を合わせて感動してくれるのは自由だけど、博打要素が多すぎて運に左右された結果なので素直に喜べない。
あの時、射程の外にいたセッカンに弾が届いたのは相手が距離を見誤ったわけじゃない。
リングを助ける前に倒した魔物たちの経験値が入ったお蔭でハーレムヒートのレベルが上がっていたので、内ポケットを弄った際に出てきた勇者証を操作して射程にポイントを振っておいた。
1メートルしか届かなかった射程が今は3メートルまで伸びている。更に撃ち込んだ弾は聖属性のニコユルではなく、リングの入った方の弾だった。
その後、すぐさま発砲した弾はセッカンではなく魔法陣を狙ったものだ。中心部から少々外れても問題はなく、魔方陣の上を通過する際に弾丸から出たニコユルが魔法陣発動の準備を終え、俺が跳びこんだという流れ。
「ビョウ、怪我ない……?」
心配そうに俺の顔を覗き込む、リングがいた。弾丸の中から出てきたのか。
「ああ、平気だよリング」
「リングじゃない……涙。る、い、って呼んで……」
えっ、中学に入る前からずっとこの呼び名で定着していたのに何で今更。リングの意図がわからず、顔をまじまじと見つめてしまった。
前髪を掻き上げ、いつもは隠れているつぶらな瞳が熱を帯び、俺に注がれているように見えるのは……気のせいか?
何か頬が上気してないか。こんなリングの顔を見るのは初めてだぞ。
「どうしたんだ、急に」
「結婚したのだから、涙って呼び捨てにして……」
「な、何を仰っているのでしょうか」
「結婚式の誓いの言葉をビョウが言った……私も応えた……だから、結婚した……」
やばい、目がマジだ。
「あ、いや、あれは、結婚の誓いじゃな――」
「もう既に新婚旅行を終えて、子供を二人産んで、老後を過ごし始めている……」
リングの脳内で何処まで関係が進展しているんだ!
え、何でこんな展開に。リングには嫌われていないとは思っていたが、こんなに好かれていたのか。いや、これは好かれているというレベルじゃ……。
「リ、リング、ちょっと落ち着こうか」
「リングじゃない……」
頬を膨らまして拗ねた素振りをするリングがちょっと可愛い。って言っている場合か。
シンリンと三人でずっと家族のように接していたから、傍にいるのが当たり前で強く意識したことがなかったな。むしろ、恋愛対象や性的に見るのを避けていた。
今の関係が心地よくて、三人の関係が崩れるのが怖かったんだよな。
「る、涙。あれは、弾丸の中に入る為の契約の言葉であって、結婚とかそういうのじゃない」
あっ、目が潤んできている。これ、小さい頃に何度も見てきた、泣く前の顔だ。
中学ぐらいから感情を表に出さなくなり、顔を前髪で隠すようになったから久しぶりだな。こうなったら機嫌直るまでが面倒なんだよ……。
「あ、あのな、リン……涙。それに、今は問答している場合じゃな――」
「涙様―っ! 皆さん早く! 急いで助けにい、行かないと!」
あの焦って取り乱している声は、巫女キリサか。兵士らしき複数の足音も微かに響いてきている。
ようやく、援軍の御到着か。
「ほら、キリサさんが味方を連れてきた。先に現状を報告しないと」
「うん、わかった……」
渋々といった感じだが一応納得してくれたようだ。
結局、先送りにしただけだが、涙を説得するのは一苦労しそうだ。
扉を開けると、こちらに突進してくる一行と鉢合わせした。キリサさんが俺の顔を見て息を呑んでいたが、背後からひょこっと涙が姿を現したのを見て、その場に泣き崩れた。
「る、涙様ぁぁ……よ、よかったぁ。本当に、よかったぁぁ」
「キリサ、泣かない。私は無事だから……」
涙がキリサの肩にそっと手を置いて慰めている。人と触れ合うことを極力避けていた涙だが、彼女との関係は良好のようだ。
「おー、杭の勇者様は無事であったか。まずは、一安心じゃのぉ」
宮廷魔術師ログナライの爺さんもいたのか。初めて会った時と同じく赤いローブを着ているな。手には杖っぽい物を手にしているが、先端に円錐を寝転ばしたようなデザインの物体が付いている。
赤い服装と杖の槌っぽいデザインからして、爺さんは怒りと戦いの神ゴクダの信者っぽいな。
「筒の勇者様が助けに行かれたと聞いたのじゃが?」
その途端、全員が俺に集中した。兵士たちの侮蔑交じりの視線はいつものことだが、何人かはまさかといった驚きの表情をしている。
「おいおい、嘘だろ。あの外道勇者が人助けなんて」
「あり得んぞ、筒の勇者が人道的なことを……」
おい、聞こえているぞ兵士ども。お前らの中で俺は鬼畜外道キャラで固まっているのか。日本の頃もいわれのない悪口や罵倒が多かったが、こいつらも大概だな。
「黙らんか。筒の勇者様、説明をお願いできますかの」
爺さん目元が笑っているぞ。やっぱりこの爺さん食えない人のようだ。筒の勇者の立場を理解しているので、建前上、つっけんどうな対応をしてきたといった感じか。
「魔徒に襲われているところを、何とか助け出した。一緒に逃げるので精一杯だったがな。あと、他の勇者にも魔徒が仕向けられているようだ。早く助けに行ってやってくれ」
「やはり。お主ら部隊を四つから三つに変更して、槌、鎌、弩の勇者様の元へ急ぐのじゃ」
「はっ!」
ログナライの爺さんはこの展開を予期していたのだろう、すぐさま兵士の編成を変更して転送陣で次々と送っている。
この場に残ったのは俺、ニコユル、キリサ、涙。そして、ログナライ爺さんとなった。
「爺さんは行かないのか?」
「その前に、訊きたいことがありましての。どうやって、杭の勇者様をお助けになられたのか、是非教えて頂きたい」
「そんなのは後だ。俺たちは今から鎌の勇者のところへ向かう。爺さんは弩の勇者を頼む」
「つまり、槌の勇者殿は既に手遅れ……ということですかの。ワシが鎌の方に向かわなくてよいのかのう?」
含みのある物言いだな。たぶん、この爺さんは俺が楽天さんに気がある……あったのを承知の上で口にしているのだろう。
「楽天さんには悪いけど、あいつの方が大切だからな。弩の勇者は任せたい」
「ほう、これはこれは。勇者様のご期待に添えれば、ええんじゃがのう」
そう言い残すとログナライ爺さんは転移陣を操作して消えて行った。
全てをわかっているかのような口調だったな。やりにくい相手だ。
「俺たちも急ごう。シンリンが心配だ」
「うん……」
「はい、弐鋲様」
「わ、わたくしも、お供し、します!」
キリサもついてくるのか。余程、涙のことが心配らしい。巫女はみんな魔術を操れるそうだから、頼りにさせてもらおう。
事前に他の勇者が何処に向かったか知っていたキリサが転移陣を操作して、俺たちはシンリンがいるであろう、原初の森へ飛んだ。
そこは鬱蒼と木々が生い茂り、見たこともない草花が大地を埋め尽くしている自然豊かな場所だった。毬栗とサボテンを配合したような凶悪な棘を携えた木や、茎に根菜のような実が付いている花等、日本では見たことのない植物ばかりだ。
「ここは原初の森と呼ばれています。自然豊かで、精霊魔法の力を得ている鎌の勇者様には、もっとも向いている狩場です」
ニコユルの説明に、キリサさんが頷いている。どうやらこの世界では常識らしいな。
精霊魔法というのは植物に宿る精霊の力を借りて干渉する魔術らしい。つまりは植物を操作できるそうだ。
喜びと豊穣の神ハエシケの武器である鎌の所有者は植物操作が可能になるので、確かにここだと実力を出し切れそうだ。
「そ、それに、神の武器である鎌は、しょ、植物系の魔物にも、つ、強いので。こ、ここは、そういう魔物、ば、ばかりです」
キリサさんが、どもりながらも一生懸命説明してくれている。
あの鎌って雑草刈るのに便利そうだからな。対植物系魔物キラーでもあるのか。
「木が邪魔で視界が悪いな。シンリン無事でいてくれよ」
「ビョウ……たぶん、シンリンあっち……」
涙が袖を引っ張ってきたので振り返ると、俺が進もうとしていた逆の方向を指差している。
「位置がわかるのか?」
「微かにシンリンの気が残っている……」
「涙様は、き、気の扱いが本当にお上手で、すので」
ああ、ニムヂの信者は気を操れるようになる設定だったな。それで、相手の気を探ることも可能なのか。便利だな、うちの集中力と交換してくれないだろうか。
「ありがとう、涙」
「嫁として当たり前……」
くっ、まだ言い張るのか。ちょっと冗談交じりな感じではあったが、目が真剣なんだよな。後でしっかりと話し合おう。
「よ、嫁っ!?」
「その話は後で説明しますから」
顎が外れそうなぐらい大口を開けて、俺と涙を交互に指差しているキリサにそう言っておく。面倒事が更に増えた。
この事に関して全く口を挟まないニコユルが気になり視線を向けると、何故かニコニコと笑っている。何だろう、何か裏がありそうな暗い笑みに見えるのは深読みしすぎなのだろうか。
と、兎も角、まずはシンリン捜索が最優先だ。決して、政治家みたいに、その場凌ぎで後回しにして逃げている訳じゃない……逃げている訳じゃないんだよ?
って、誰に言い訳しているんだ俺は。




