冒険者ギルド
冒険者一行が入っていった建物は、白く塗られた外壁のこぢんまりとした雑居ビル風の建造物だった。正方形の二階建てで思ったより小さいな。
四足歩行の狼のような化け物の背に剣が突き刺さっているデザインの看板が、冒険者ギルドの証なのだろう。
このまま冒険者ギルドにお邪魔したところで、俺では交渉できないので近くの路地に入り、ニコユルに出て来てもらった。
「ここから先はお任せください。弐鋲様は後ろで控えてもらっているだけで構いませんので」
反論する理由もないので、ニコユルの後に続き冒険者ギルドの扉を潜った。
中は思ったより広く、清潔だ。床がフローリングではなく石のタイルなのは、重装備の冒険者を考慮してのことなのかな。
扉の先はホールになっていて、木製のテーブルが四つ。窓際にはカウンターテーブルがあるな。巨大な掲示板のような物が備え付けられていて、紙が幾つも張り出されている。あれは依頼書か。内容に興味があるが、それは後回しだ。
奥には長机があり挟んで向こう側に職員らしき人が並んで座っている。隣とはつい立てで仕切られているようだ。各ブースの天井から板がぶら下がっていて、この世界の文字で何か書かれている。たぶん、利用内容だろう。
異世界の言葉は絶賛勉強中で、簡単な単語は覚えつつあるが、難しい言葉は未だに読めない。会話は可能で言葉が読めないという矛盾は、俺たちが巻き込まれた召喚陣の効果らしい。召喚陣には翻訳の魔法が付与されていて、呼び出された際に相手の言葉を日本語で翻訳して頭に送り込んでくれているそうだ。
魔術って便利だな。と素直な感想を口にするとニコユルは、
「私たちの魔術では無理ですよ。神の力によるものです」
とのことだ。そういや、俺たちが召喚された陣が書いてあった場所は、天から降ってきた巨大な石柱の中で、石柱そのものが神から送られた物らしい。
「あの買い取り担当の職員の所に行きます」
なるほど、あの板には買い取りみたいなことが書いてあるのか。
しかし、冒険者ギルドに入ってから、注目の的だな。俺に視線を向ける人もいるが、大半はニコユルを見ている。黒の法衣はイクチ信徒とアピールしているようなものだ。嫌でも目立ってしまうか。
「ご用件をお伺いします」
担当の職員は灰色の事務服っぽい格好をしている女性だ。営業スマイルを浮かべて、物腰も柔らかそうだ。イクチ信徒であるニコユルを見ても対応を変えていない。
「魔結晶の買取りをお願いします」
そう言ってずた袋から魔結晶を取り出し、机の上に並べた。後で、物を入れる袋も買おうな。
「少々お待ちください。鑑定をしますので」
銀色で草の蔦が巻き付いているデザインの、料理で使う軽量秤のような道具を机の上に置き、その皿に魔結晶を流し込んだ。
「純度、重さから……全部で6万と5千エルンになります。宜しいでしょうか」
日本と同じような金銭感覚だと言っていたから、つまり6万5千円と考えていいのか。一日の売り上げとしては破格だ。効率のいい狩場を独占して、死の危険がある職場だとして考えるなら、当然の結果とも言える。
あれ? 尋ねられてからニコユルが返事をしていない。さっきから微動だにしていないぞ。聞こえていない訳じゃないよな。
俺は横顔をそっと覗き込むと、光悦とした表情で祈りを捧げていた。どうやら、これ程の大金を得られるとは思っていなかったようだ。目の焦点が合ってない。
「すみません、相棒が遠くの世界に旅立ったようなので、代わりに俺が。その金額でお願いします」
「はい、それでは冒険者証をお願いします」
それはニコユルしか持っていないな。ちょっと、現世に戻ってきてもらうか。
「帰ってこないと、売上金全部無駄遣いするぞ」
「そ、それはっ! はっ、し、失礼しました」
「冒険者証が必要なんだって」
「あっ、はい。これで」
勇者証と似ているが色が鉛色だな。
受け取った職員は机の上の小型の箱にカードを差し込んだ。箱の裏に何か文字がでているようで、それを目で追っている。
「ニコユル様ですね。確認は取れましたので、カードとお金をお受け取りください」
「ありがとうございますっ」
お金の詰まったずた袋を持ち上げて、ニコユルはほくほく顔だ。
ホールの隅の方の机に移動して、お金を分けることにした。
お金のやり取りを目撃した初心者狩りの冒険者に襲われたりする場面を、創作物では良く目にするが、ニコユル曰く、
「冒険者同士でいざこざが起きた場合、ギルドの沽券にかかわるので腕の立つ職員や上位の冒険者に依頼して解決させます。もし犯罪行為が行われたことが判明すると、冒険者証を没収の上、衛兵に突き出され裁かれます」
ということらしい。なので、冒険者ギルド内で他にも金銭のやり取りをしている冒険者パーティーが、他にもいる。
「じゃあ、6万5千だから3万2500ずつでいいかな?」
「えっ、いえ、これは全て弐鋲様のものです。巫女は仕え従う存在ですので」
やっぱり、こういう流れか。金を俺が全て預かって管理してもいいが、儲けを独占するのは肌に合わない。公平にやっておかないと、後々、これが原因で不満が溜まっても問題だしな。
彼女はお金に敏感だし、ちょっと執着しすぎているところもあるが、それは自分の為ではなく、俺の為に金を得ようと考えていてくれている。
「いや、それは駄目だ。こういうのは公平にいこう。一緒に行動するなら、ニコユルだって必要なものはあるだろ?」
「そ、それはそうですが。ですが……」
「それにだ、不測の事態に陥って俺が金を使えない状況になったら、ニコユルがある程度の金額を所持していてくれないと困るだろ」
「確かに、そうですが……」
「なら決定だ。お金は山分けで。文句は一切受け付けません」
「あうぅ、わかりました。ちゃんとお預かりしておきます」
「いや、自分の為に使っていいんだよ?」
俺が念を押すと彼女は黙って微笑んだだけだった。
これは俺が使わないと駄目かもしれないな。
「まだ昼には早いから買い物に行こうか。靴と防具を売っている店があったら教えて欲しいんだけど」
近くを通りかかった職員に声を掛けると、嫌な顔一つせずに答えてくれた。
「はい、安くて品質の良い店が近くにあります。冒険者証を見せたら割引も効きますので、おすすめですよ」
その店までの道順を聞いてから、俺たちは冒険者ギルドを出た。
ギルド職員の対応は完璧に近かったが、俺が筒の勇者であることをばらしたら、愛想笑いが消滅して最低レベルの応対をされるのだろうな……ちょっと試してみたくもある。
その日は初心者冒険者向けの店で、俺の靴とニコユルの靴。お互いの私服、そして毛布や日常品を購入してから家路に着いた。
彼女は恐縮しっぱなしで「いや、ダメですよ!」「私のものは、け、結構ですので!」と抵抗していたが、俺からのプレゼントということで押し付けておいた。
「では、本日はお世話になったお二人と巫女のお二人を招き、ささやかではありますが食事会を開かせていただきました」
イクチの教会内部には珍しく六人もの人がいた。
今回得た収入で食材を買い込み、毎日食事を提供してくれる幼馴染二人へ、お礼と感謝の気持ちを込めて手料理を振る舞う予定だったのだが……何故か巫女がセットでやってきた。
「殿方の手料理がいただけるなんて、うれしいわぁ」
艶のある声で髪を掻き上げているのは、ハエシケの巫女オハイ。豊穣の神の信徒だけあって、双峰も豊穣だ。
「お、お、おまねきに与り、きょ、恐縮です」
頭をぺこぺこと何度も下げているのはニムヂの巫女キリサ。青く長い髪とおどおどとした態度が印象的な女性。
意外なことに五神の巫女たちはイクチの巫女を嫌っているわけではなく、周囲の目があるので、あまり接点を持たなかっただけだらしい。だから二人の差し入れも黙認していたそうだ。
この際、ニコユルが友好関係を築くきっかけになるならと、快く二人の追加を承諾した。
手料理のメニューは焼き鳥とチキン南蛮とから揚げ、そして鶏ガラで出汁を取った野菜スープ。つまり、鳥が安かった。
「とまあ、堅苦しいのはここまでにして、食べようか。いただきます」
「いただきます」
全員の声がハモる。
焼き鳥は塩味のみだが美味い。噛みしめる度に中から溢れ出し肉汁がたまらない。この世界は肉の質が良いらしく、こんな単純な調理法でも充分な旨味がある。
「ボク、これ好きなんだよなー。うん、美味しい」
天使の様な無邪気な笑みを浮かべているシンリンの横で、オハイさんも目を細めて喜んでくれている。
「ビョウ、いつも美味しい……」
リングも満足してくれているようだ。まあ、俺の手料理に文句を言ったことは一度もないけど。隣に座っているキリサさんは口に料理を入れる度に「うわーうわー」と連呼している。
シンリンもリングも両親が多忙で、日常的にどちらかの家で俺が手料理を振る舞っていた。二人ともそれなりに料理が出来る癖に、何故か俺の豪快な料理が気に入ったようで、作る率が異様に高かったな。
「弐鋲様は料理もできるのですね。私は煮物ぐらいしかできないので、お恥ずかしい限りです」
まさか、あの雑草の塩ゆでを煮物扱いしてないよな。
結構大量に作った筈だったが、見る見るうちに料理が消化されていき、気が付けば皿の上には焼き鳥の串しか残っていない。
「ところでビョウ、実戦の方はどうだったの?」
「私も聞きたい……」
二人が身を乗り出して顔を近づけてきた。昨日、魔物を倒しに行くと二人に伝えたら、えらく心配していたから当然か。
「怪我もなく順調だったよ。武器のレベルも2上がったしな」
少々怪我をしてもニコユルの癒しの光があるから大丈夫なのだが。
二人は報告を聞いて胸を撫で下ろしている。心配性すぎるって。
「ボクも明日から実戦なのだけど、不安でね」
「私も魔物と戦う……」
「そうか明日デビューか。大丈夫だって、初心者用の狩場らしいから、強い敵は出ない筈だよ。ねえ、キリサさんオハイさん」
俺から言ってもただの気休めにしかならないので、巫女二人に話しを振った。
「はい、早志さまぁ。いざとなったらアタシが助けに入るから、心配は無用よ」
「わ、わたくしも、精一杯頑張ります」
何故だろう若干不安が残る。
シンリンは手合せした時に俺よりも強かったのであまり心配はしていない。リングの方はというと、こっちも問題はないと思っている。
鎖のついた杭という扱い辛そうな武器なのだが、ちゃんと流派が存在していて、確かニムヂ流杭術だったか。凄腕のニムヂ信徒にマンツーマンで叩き込まれたそうだ。
一度練習風景を見学させてもらったのだが、まるで舞うように技を繰り出す姿に思わず見惚れそうになった。それぐらい、洗練された動きだった。
リングの急激な成長はバレエの経験が活きているのだろうか。一時期、リングの母がバレエダンサーにさせたくて、専門の学校に通わせていたのだが、そこで柔軟性としなやかな筋肉を手に入れたそうだし。
「まあ、あれだ、窮地に陥ったら助けに行くぞ。いつも通りに」
自分で口にしておいて照れ臭くなったので、頬を掻きながら天井に視線を彷徨わせる。
「うん、その時はよろしくねビョウ」
「信じてる……」
幼馴染の感謝する声が少し心地よかった。
食事会は無事お開きとなり、ニコユルも二人の巫女と親睦を深めあったようだ。
「キリサさんもオハイさんも、私に優しい言葉を掛けてくださいました。今までは他の五神の巫女は我々イクチを見下していると思っていたのですが、悔い改めなければいけませんね」
二人に対するわだかまりが薄れただけでも、食事会を開いたかいがあったよ。
後片付けをして、ニコユルは弾丸へ、俺は押入れへと入り、今日買ったばかりの温かい毛布にくるまった。
腹が満たされて、友人と笑いあえた。それだけだというのに、明日への活力がみなぎる。
明日も一日頑張れそうだ。
今日も昼から報われない骸の墓地で戦う為に、転移陣のある建物に向かっていると、目の前で扉が激しい音をたて、勢いよく開け放たれる。
中から飛び出してきたのは、法衣の至る所が破れ血で変色した、ニムヂの巫女キリサだった。
「おい、大丈夫か! ニコユル、癒しの光を!」
「はいっ!」
突き出された両手から溢れ出す仄かな光に包まれ、キリサの荒い息が少しだけ緩やかになる。彼女は血で濡れた顔を上げると、制服の胸元に掴みかかってきた。
「弐鋲様、涙様を助けてくださいっ!」
その悲痛な叫びに体が反応したのか、俺の背筋を冷たいモノが流れ落ちた。




