ありきたりな始まり
「ああああああああっ」
口からは絶望が漏れ出ている。それが俺の声だと理解はしているが、止めることができないでいた。机に突っ伏したまま、このまま消えてしまいたい。
「ビョウ、そんなに落ち込まないで。あと奇声はそろそろ止めた方が」
俺のあだ名を口にして慰めているのはシンリンか。くそぅ、女みたいな声で弱っている時に優しくされたら、間違って惚れてしまうかもしれないだろっ。
顔を上げて視線を向けると、前の席から椅子ごとこっちに向き直って、困り顔のシンリン――本名、森 早志がいた。ちなみにあだ名の由来は、森早志→もりはやし→森林→シンリンという流れだったりする。
いつ見ても整った顔しているよな。イケメンではないが、美人ではある。流石、男女両方から告白された過去を持つ――男だ。
常日頃から穏やかな笑みを湛えている中性的な顔が、今は苦笑いを浮かべている。
肩には届いていないが男にしては伸びすぎの髪のせいで、男子の制服を着ていなければ女性にしか見えない。いや、この格好でも男装している女性にしか見えない。昔から知っているから、その姿に違和感はあまりないのだが、知らない人は二度見することが多い。
ああ、俺は無意識の内に教室に戻ってきていたのか。時計を見るともう4時か。体育館の裏から、どうやって自分の教室まで戻ってきたのかも覚えてないな。
「致命傷じゃない……」
ボソッと耳元と呟く声に顔を傾けると、机の端に髪の塊が乗っていた。ロングヘア―のかつらを後ろ向きに置いたようなソレは、俺の良く知るもう一人の幼馴染で間違いない。
あれでも前を向いているんだよな。
「リング、いい加減、髪切ったらどうだ?」
「いや……」
「さいですか」
この毛玉は清流涙と言い、人間の女だ。腰より下まで伸びた黒髪と鼻先まで前髪が覆っている。声も小さく、人と話すことが苦手なので俺とシンリン以外に友人がいないと思う。ちなみにリングというのは、あだ名なのだが、何故そう呼ばれているかは――察して欲しい。
「まあ、振られたぐらいで、そんなに悲壮感出さなくてもいいじゃないか」
「どんまい……」
くっ、励ましてくれるのは有難いが、俺の心はそんな上辺の言葉では癒されることは無い。
そう、俺は傷心しきっているのだ。一世一代の告白が失敗に終わり、絶望の海に沈んでいるのだ。
「あれだよ、元々高望みしすぎだし、結果は見えていたよね」
「えっ、振られると思っていたのか? 脈ありだったよなどう見ても」
シンリンは肩をすくめ、鼻で笑った。リングは頭を激しく左右に振っている。
「髪の毛でびんたするのは、やめい」
顔にリングの髪がぶつかって鬱陶しいので、頭をがしっと掴んで強引に止めた。
「そもそも、何で脈ありだと思ったのさ」
「ほら、いつも笑顔で挨拶してくれるし、落ちたハンカチ拾った時に満面の笑顔でお礼を言ってくれたんだぞ」
そう、あれは俺だけに見せる屈託ない笑み。俺と話せることの嬉しさに少し声が上ずっていた気もする。
「うわぁ、だから夢見がちな童貞は……」
その綺麗な顔できついこと言うのは、やめてもらえませんかね。結構心が揺さぶられるんですよ。
「童貞乙……」
くっ、リングまで。他の人とは全くと言っていいほど話さないくせに、俺と話す時はツッコミだけは的確に入れてくるよな。
くそっ、お前らも童貞と処女の癖に偉そうに。
「楽天さんは、いつもあんな感じでしょ。誰にでも分け隔てなく優しくて、明るく人気者。おまけに美人。それに比べてビョウは……」
じっと半眼でシンリンが弄るように視線を俺の体に這わしている。
「お、おい、止めろ、その責めるような目を。そ、そりゃ身長はそれなりだし、中肉中背というには肉がつき過ぎかもしれないが、ちょっと太っているぐらいが可愛いと言うじゃないか」
「女の可愛い信じちゃダメ……」
何だろう、心に突き刺さる名言だ。
「そういう性癖の人がいないとは言わないけど、一般的じゃないんだよ? 大体、ビョウ。自分だってぽっちゃりの女性より、普通の体形が好きだろ? 同じ性格と体形で、美人とそうでない人がいたら、美人を選ぶだろ?」
「……」
ぐうの音も出ねえ。あまり美人過ぎる相手だと引け目を感じてしまうが、まあ、見た目が良い方に惹かれるのが一般的だよな。そうでなければ、ドラマや映画や二次元も微妙な顔のヒロインばかりになる筈だ。
「自分が見た目を求めているのに、相手には自分の外見じゃなくて内面を好きになってくれなんて、ただの驕りじゃないかな。大体、何でこの二年で急に太ったのさ」
「うううっ、俺が間違っていましたっ、森早志さんっ!」
「何でフルネームなんだよ、柱 弐鋲君」
呆れながらも乗ってくるお前が嫌いじゃないぜ。
シンリン、その通りだよな。でも、見た目で好きになったわけじゃない。あの屈託のない笑顔に惹かれただけだ。というのは、今更口にしても言い訳じみているだけか。
「はああああぁぁあああぁぁああああぁぁ」
「ため息の強弱がうざい……」
ボソッとリングの毒舌ツッコミが今日も冴えているな。
「あれだよね、そこまで落ち込んでいるのって、告白する前に散々、ボクたちや家族に「明日告白して可愛い彼女ゲットだぜっ。ねえ、羨ましい、ねえ、羨ましい」と自慢げに語っていたから、死ぬほど恥ずかしいだけだよね」
「うざかった……」
昨日の自分を殺したい! そう、俺はテンションが上がり過ぎていて、おかしなことを口走っていたし、失敗する何てこれっぽっちも考えていなかった。
あれだね、恋する盲目って怖いよね! 少し冷静になった今ならわかる。どう考えても無謀だこれ! 何でさっきまで俺は自信満々だったんだ……。
クラスどころか学校の人気者に、中の下レベルの俺が挑むって魔王に町の衛兵が挑むようなもんだろ。
ああもう、穴があったら入りたいよ……。
その瞬間、足元の感触が消えた。
「はっ?」
「えっ?」
「なっ……」
「うおお!」
「きゃああっ」
ジェットコースターの急降下した時のような感覚がしたかと思うと、俺の体は真っ逆さまに落ちて……え、床が崩落したのか!?
最近耐震性の補強とか言って工事したばっかりじゃないか!
そんなどうでもいいことを思いながら、俺の体と意識は闇へと落ちていった。
永遠に続くと思われた闇が唐突に晴れ、俺の視界に妙な光景が飛び込んできた。
薄暗い円形の部屋の壁には古めかしいデザインの燭台が取りつけられ、そこには太いロウソクが置かれている。それが、ぐるっと周囲を取り囲んでいる。
窓は無し、扉が一つ。壁はコンクリートというよりは、岩をくり抜いたのだろうか。継ぎ目が一切ないが。
蛍光灯の明かりと比べれば不十分だが、部屋の様子を探るには困らない程度には明るい。
「ど、どうなっているの。ここは何処なんだろう」
「寒い……」
シンリンとリングもいるのか。二人とも怯えた様子で辺りを見回している。俺に対してだけ口は悪いけど、実は怖がりだからな。
「お、マジで寒いな。ほら、二人ともこっちこい。俺のカイロになってくれ」
そう言って、二人の肩を抱き寄せる。不安な時は肌と肌が触れあっているだけでも、少しはマシになるもんだ。
「あっ、うん。ボクも寒かったから」
「あったかい……」
二人の震えが止まったのは寒さだけが原因じゃないのだろう。リングが少し照れているのはまだいいが、シンリンが若干頬を染めているのは見なかったことにしよう。きっと男同士でこんなことをしているのが恥ずかしいだけだ。
「おっ、お前らもいたのかっ! ここは何処かしらないか!」
男の大声が部屋で反響している。こいつは――火花 紫炎。文字通り暑苦しい男だ。
身長190越えで逆三角形のマッチョ。確か野球部の五番でキャッチャーだったか。短髪で日焼けした顔には驚きが見えるが、だからと言って怯えているという感じではない。
「えっと、私はわかんないけど、みんなはどう?」
あの巨体の後ろから女性の声がした。無駄に大きな体に隠れていて見えなかったのか。ってか、今の声に聞き覚えが。
姿を現したのは赤みがかった髪を後ろで束ねた、一人の女生徒だった。ああ、やっぱり美人だな、楽天遊さんは。
俺が見事なまでに振られた女生徒、楽天さんもいるのか。撃墜された後なので顔を合わせ辛いが、この状況でそんなことを気にしている場合じゃないか。
「ボクもわからない。気が付いたらここにいた」
「同じ……」
「落ちたような感じがして、目が覚めたらここだったよ」
冷静を装ってそう答えておく。実際は気まずさと意味不明な状況に動揺して心臓の鼓動が煩いぐらいなのだが。
ここにいるのはこれだけか。総勢五名。全員がクラスメイトだ。自己紹介の必要はないのはいいが、さて、どうするべきか。
まずは落ち着け、俺。
「取り敢えず、周囲を調べてみようか。狭い部屋だから、直ぐに終わると思うし。ただ、扉の前からは離れておこう」
直径10メートルもない殺風景な部屋だ、調べるにしてもしれている。調べたところで何も見つからないだろうけど、動くことにより緊張が少しは和らぐかもしれないし。
「おう、わかったぜ。しかし、柱はこの状況でえらく落ち着ているようだな。クラスではそんなに存在感が無い方だというのに」
「ビョウ……弐鋲は昔から逆境に強いからね。地震の時も皆が慌てているのに、一人だけ妙に冷静だったよね」
「変な時だけ冷静……」
うん、微妙に褒めてくれてありがとう。
「慌てて事態が好転するなら幾らでもオーバーリアクションするけど、そうじゃないなら慌てるだけ損だろ?」
と格好つけて言ってみたが、実際は幼馴染の二人が極度の怖がりだったから、俺が何とかするしかない場面が多くて、長年の内に適応しただけの話なのだが。
それにうちの親父が常日頃から「お前は幼馴染二人に比べて、圧倒的に見劣っている。だったら、せめて友達が困った時に頼りがいのある男でいろ」と言っていたし。今思えば、酷いこと口走っているよな、うちの親父。
「へえー弐鋲君って頼りがいがあるんだね」
そう言って微笑む楽天の言葉に頬がにやけそうになるが、もう、同じ過ちは繰り返さないぞ。あれは誰にでも向ける表情だ。あ、でも、俺にだけ特別な……。
「懲りないね、ビョウは」
「ビョウだけに病気……」
厳しいご意見ありがとうございます。お前らは俺の心の声が聞こえるのか。
「顔見たら、誰だってわかるよ」
「にやけ面……」
お互いの事を理解しすぎているのも、中々に厄介だ。隠し事が通用しないからな。あと、もう少し俺を労わっても罰は当たらないと思うぞ、お前ら。
「っと、みんな静かに! 足音が聞こえる」
一番扉に近い場所に居た俺の耳に、カツンカツンと床を叩く複数の足音が届く。
こんな意味不明な状況で助けに誰かが来たと考えるのは考えが甘すぎる。とはいえ、武器もないし隠れる場所もないからな、やれることはないか。
せめて、女性陣……シンリンもついでに後ろに隠して、堂々と立っておくか。
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