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第八話 「戦場の華」

 ちょっと長めですが、個人的にはまだ書き足りない感じです。ただ戦闘を二話に分けるのはなんとなく間延びしてしまう気がして一話に収めてみました。

 「総員迎撃準備!主様の守護こそ我が使命ぞ!」

 「駅馬車の乗客は中央へ移動してくれ!」

 「馬鹿野郎俺の荷は丁寧に扱え!」


 様々な怒号が飛び交う。逃げる人、戦おうとする人、意味もなく慌てる人。人々は駆けまわり、砂埃が舞い上がる。何時の間にか、のどかな田舎道は血で血を洗う戦場へと変わっていた。前線に飛び出したのは腕自慢の巨漢達、それに続く形で商隊と契約した傭兵たちが並ぶ。貴族たちを守る護衛達は飽く迄主人を守るために、俺達を守ろうとは微塵も思っていないようだった。


 盗賊のことはミレーナから再三言われていたことだったし、更にはあの馬鹿でかいハエ達に襲われた時に何も出来なかった経験もあって、覚悟だけは出来ているつもりだった。それでも、自分自身が何をどうすればいいのかわからない。流れ続ける戦況についていけず、俺はただあたふたと周りを見渡すくらいしかできなかった。

 

 「目障りな連中だ」


 ミレーナは落ち着いた様子でそうつぶやくと、一際大きい化け物を見つめて続けた。


 「私にこいつらを助ける義理もないが…。まぁ時間が遅れるのも望むところではない」


 意外だった。ミレーナはてっきり誰も助けようともせずに傍観に徹するのかと思っていた。ミレーナは冷徹というわけじゃなくて、単に打算的な人間なのかもしれない。まだ、わからないことが多い。


 「アイラ。私はあのでかいのを止める。それまで周囲に奴らを寄せ付けるな」

 「了解しました」


 アイラの命令を受けて、俺は少し、ほんの少しホッとした。自分がやるべき役目を与えられて、それを果たしているという充足感が、俺を正当化させてくれる。それにミレーナの魔法があれば恐らく敵を全て無力化するのも不可能じゃない。これは俺にだけ与えられた重要な役目なのだ。


 「ちっ、魔女か。アイツを狙え!」


 ミレーナが描き出した陣を目聡く見つけたのか、盗賊の一人がミレーナを指さし大声を上げた。ファンタジーのおける盗賊なんて踏み台みたいなもの、なんて考えていたけれど、相手は護衛付きの商隊を襲撃しようとする程の大部隊、しかも統率力も個々の力も傭兵たちに負けていない。ミレーナが警戒しろと言っていた理由がよくわかる。


 化け物達を利用して盗賊たちが飛び上がる。鎧を一切身につけない彼らの動きは素人目に見ても相当機敏で、傭兵たちの制止を振り切り、俺達へ急速に迫った。以前の俺なら…この世界に来るまでの俺なら何もできず、ついでとばかりに切り刻まれていただろう。だけど、今の俺には力がある。


 「防御魔法…守って下さい!」


 身体を文字列が駆け巡り、つきだした両手の前に紫色の壁がそびえ立つ。突然浮き出た壁に盗賊たちは激突、意識を失ったようだ。


 「うむうむ、流石だアイラ。その調子で頼むぞ」

 「はいマスター」


 いける!この力があれば俺でも戦える!ズンとミレーナの前に立ち塞がり、両手を構え続け盗賊たちに睨みを効かせる。まるで主人公にでもなったような高揚感がそこにはあった。




 前線の一部が化け物に食い破られ、盗賊たちが流れ込む。化け物の硬い甲殻は並大抵の武器では通らないのか、傭兵たちは手を焼いているようだ。


 キラリと宙で何かが光る。この寒気にも似た危機感…俺は本能に身を任せ、再び防御壁を張った。甲高い金属音を打ち鳴らすは投げナイフ、どうやら俺の察知能力も捨てたものではないらしい。まるで一流魔術師だ。俺は得意気にふふんと鼻を鳴らして、紫色の壁越しに盗賊たちを眺めた。この壁を越えられるもんなら越えてみろ!


 「アイラっ!気を抜くな!」


 ミレーナは俺に注意を促すが、盗賊たちはまるで話にならないくらいの弱さだ。いや、もしかしたら俺が他の隔絶しているのか…?無い話じゃない。ミレーナは俺のことを自身の技術の結晶だと言っていたし、何よりも護衛や傭兵たちが手こずる相手を簡単に押さえ込んでいる事実が眼前にある。


 だから、俺は気付けなかった。地を這う不可思議な影に。俺がそいつを認識した時には、影が魔法壁をいとも簡単に壊し、直上から盗賊が躍りかかっていた。





 「おーっとぉ、嬢ちゃん危なっかしいなぁ。魔法は万能じゃないぞぉ。戦闘はおいちゃんに任せな」


 肌で風を感じるほどの剛力によって、目の前の盗賊はその角度を直角に吹き飛ばされた。無骨過ぎるロングソード、厚さは一センチを超える超重の武器。切るためのものではなく、押しつぶすためのそれをいとも簡単に操り、男は堂々たる佇まいで立ち塞がった。


 「貴方は先程の…」

 「むしろ嬢ちゃんに見せ場取られちまったら男として遣る瀬ないっちゅうもんよ!」


 ゴキゴキと肩を鳴らし、男は余裕綽々といった様子で俺に話しかける。その最中にも、再びこちらに向かうあの影を自慢のロングソードで叩き割っていた。あれは攻撃魔法だろうか…。光を吸い込むその黒々とした姿はまるで呪いのようだ。それにしてもすごい。俺のように魔法壁があるわけでもないのに、弓矢やナイフ、更にはあの影すらいなし、しかも俺に話しかけながらもまるで集中を欠いていない。これが経験の差だろうか。


 「うん。その通りだ。たまにはいい事言うね、オーバン」


 誰かの手が肩に触れた。ミレーナかと思えば、そこにいたのはまたしてもあのイケメンさんだった。距離が近い!近い!相変わらず戦場にいるという事実を忘れてしまうほどの無駄に明るい笑顔だ。何が嬉しいんだ。


 「あなたは…ユーリさん」

 「や、またまた偶然だね。君が魔法を扱えるなんてびっくりだよ」


 いや、偶然なのだろうか。なんだかこの人に付けられているような気さえする。正直言ってこの世界に身寄りのない俺に知人が増えることはありがたい。とはいえ、こいつは俺を少女だと思って、やたら女らしく接してくる。見た目が見た目だから仕方ないけれど、それでも精神的にくるものがある。


 「旦那ぁ!?大人しくして下さいっていつも言ってるでしょうがぁ!」

 「緊急事態だからね。それに今はあそこの魔女がでっかい奴抑えてるけど…万が一があると思うんだ」

 「いやいや、だからこそおとなしくして下さいよ…」


 オーバン…というらしい男はかなり大げさなリアクションで悶えると、ユーリに対して懇願を始めた。意外な人間関係だ。どうやらオーバンはユーリに雇われた護衛らしい。思わず「やっぱり」とつぶやく。ユーリという人間が見えてきた気がする。


 「そうもいかないよ…前線でこんな可愛い子が危険に曝されているんだ。動かなかったら、男じゃないでしょ?」

 「うぐっ、しかしですね…。うむむむむむ」

 「あ、はは…」


 可愛い女の子…前々からユーリは俺の容姿を褒めるが、カッコイイならいざ知れず、可愛いなんてのは苦笑いを浮かべるしかできない。勿論ブスだなんて侮辱されるよりは余程嬉しいし、実際俺としてもこのアイラの身体は相当な美少女だと思っている。が、実際面と言われてどう思うかはやっぱり別なわけで、俺はやはりぎこちなく生返事返した。


 その時、またもオーバンに影が襲い来る。どうやら相手の魔術師に狙われているらしく、今度は三本もの影が蛇のように地面をすべり、オーバンの足元に迫っていた。速さがこれまで以上だ!


 「オーバンさん!前っ!?」


 考える暇もなく、俺は愚直に両手を掲げる。駄目だ。早すぎる!


 「間に合って下さい!」





 血飛沫が上がる。影はオーバンの身体を駆け上り、左足から肩にまで、その身体を貫いた。


 「あ、あ…」


 この世界は元いた日本よりも残酷で、死が隣り合わせの世界ではあったけれど、こんな目の前で知人が倒れを伏すなんて…え?


 「よっと。こんなんじゃ俺は死なねぇよ!」


 オーバンは怪我なんぞまるで気にしていないのか、盛大に己を朱に染めながらも、後続の化け物を正面から叩き割った。え、何だこの人。痛くないのだろうか。絶対に俺があの傷を負ったら動けなくなる…どころか出血多量でショック死する自信がある!ところがオーバンは先程までと顔色一つ変えず、飄々としていた。心配したのが馬鹿みたいじゃないか。


 「それじゃさっさと終わらせますか。オーバン、怪我がきつかったら休んでてもいいよ!」

 「怪我なんかより旦那に何かあったほうがよっぽど恐ろしいですよ!」


 やっぱりオーバンは元気そうだ。それだけ場数を踏んで、鍛錬もしているということなんだろうか。ユーリは崩壊した前線へと向かい、ドタバタとオーバンがそれを追う。でも、折角打ち破ったラインをむざむざと奪われる程盗賊も馬鹿じゃない。先程から見事な冴えを見せるオーバンを脅威と見做したのか、その先頭を走るユーリに対し、複数の盗賊達が差し迫った。


 「旦那っ!出過ぎだ!」

 「ユーリさん!届いて!」


 よし、今度こそ届かせる。オーバンが頑丈であったから良かったものの、さっきの俺は浮かれすぎていた。それに、二人に可愛いだけのお子様なんて思われるのは癪だ。全力で俺が両手からそれぞれ放ったのは攻撃魔法。二つの空間がユーリを通り抜け、正面の盗賊たちに直撃する。前方のユーリばかり見過ぎだ。


 「やった!」


 驚くユーリを尻目にガッツポーズを取る。でも今回は油断しない。防御魔法を常に出せるよう心がけながら、それでもやっぱり得意気にユーリに近寄る。盗賊たちは俺の魔法の威力にたじたじだ。仲間同士で揉め始めているのが遠目でも分かる。これで後ろに隠れてなよ、だとか文句は言わせない。


 そうしてユーリの側に近寄り、一言ユーリに言わんとして、目の前の地面が一面真っ赤に染まっていることに気がついた。妙だ。なんだろうこの奇妙な血の広がり方は。もしや血を使う魔法か何かかと目を凝らして、それが原型すら留めずグチャグチャに潰れた死体だと理解して、俺の思考は硬直した。






 「助かったよアイラ…!?」

 「おいどうしたんだ!?」


 余りにも酷い死に様だ。内蔵はそこら中にすり潰れ飛び散っているし、頭蓋も潰れ中身が見える。よくよく考えれば、他にも盗賊の死体は既に幾つか転がっている。だから当然この潰れた死体が始めて直視した死体ではないし、さっきオーバンに一閃された奴も死んでいるだろう。俺は元々そんな血だとかに対して恐怖心を抱くタイプじゃない。だからオーバンの血飛沫を見ても驚きこそすれ恐怖はしなかった。


 「お、旦那っ!あの魔女っ子がやったみたいですぜ!化け物どもが連中置いて逃げ帰ってら!はっは!あいつら泡吹いてますぜ。」


 足に力が入らず、ガクンと両膝をつく。でも、この死体は俺が作り出したものだった。俺の攻撃魔法によってもたらされた結果だ。俺が俺自身の意思と力によって、俺の望みを叶えるために潰した人間だった。違う。俺がしたかったわけじゃない。そうじゃなければユーリが危険だったんだ。どうせ誰かに殺される運命だった。だって奴らは俺たちを食い物にしようと襲い掛かってきた側の連中だ。ろくな人生送ってない。きっと罪を重ねて、恨まれて、そんなふうに生きてきた連中なんだ。だいたい正当防衛だろう。そうだ。俺は何も悪くないじゃないか。ユーリもオーバンも誰も責めない。


 「アイラ、大丈夫っ!?」


 当然だ。日本に、あんな甘々の世界にいるから疑問に思うだけだ。これが本来の自然の原理。殺し、殺される。それが当たり前なんだ。ほら、周りの皆も賊を殺している。俺だけじゃない。結果は同じだ。身体が切断された死体だってある。ちょっと見た目が違うだけだ。本質は変わらない、周りも同じ、俺の力が強すぎたからこんなぐちゃぐちゃになっちゃったんだ相手が弱すぎる俺の力は―――――――――なんて、悍ましいんだろう。






 「私のアイラに触れるなっ!」






 ミレーナの声だ。ゆっくりと振り返る。そこにはミレーナにしては珍しく、駆け足で、それもなんとなく焦ってるように見える表情で近寄る姿があった。



 「君がアイラの主人か…」



 ユーリを無視して、ミレーナが俺を包容する。柔らかくて、優しい感じがした。視界から朱色が消える。



 「アイラ…。アイラ…」

 「マスター…私は、私は」



 背中が撫でられる。俺を見つめるミレーナの目は、今まで見たどんなものよりも優しくて、慈愛に満ちていた。ミレーナの手は、ぽかぽか暖かい。

 


 「何を気に病む事がある。奴らは私達を糧としようとした畜生共だ。」



 そう。ミレーナの言う通りだ。あいつらは悪だった。それは間違いない事実だ。でも…でも。



 「お前が行ったことはむしろ素晴らしいことだ。流石だアイラ。私はお前が誇らしく、愛らしい」



 ミレーナの瞳をぼんやりと見つめる。俺がやっぱり正しかった。しかも、誇らしく愛らしいだなんて、ちょっと照れてしまう。くすぐったい。



 「私が認めよう。お前の行動は正しかった。後悔も、恐れも、不安も、何も考える必要はない。少し疲れただろう。もう大丈夫だ。ぐっすり寝るといい」



 ミレーナが認めてくれる。俺を作ったマスターが、今まであれだけ厳しかったマスターが俺を認めてくれる。俺が間違った時は罰も受けたけど、今は違う。俺は間違ったことをしていない。それだけで十分だった。やっぱり正しい行為だった。それなのにこんなにも慌てるなんてやっぱり疲れてたんだ。



 マスターの両手が視界を塞ぐ。真っ暗だ。でも、マスターが近くにいる。大丈夫。安心だ。マスターよりも先に気を失うなんて従者失格かもしれないけど、マスターがいいって言ってるから、大丈夫。マスターのためにも、疲れを取らなきゃ。だからほんの少し、おやすみなさい。


 誤字脱字報告大歓迎です。

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