第七話 「前触れ」
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大名行列というものを俺は見た経験が当然なかった。でも、この大量の商隊と観光客、護衛の傭兵、貴族の護衛、珍妙な獣に乗る人々の流れを見て、まるで…とそんな感想を抱いた。もしかしたら某遊園地のパレードのほうがお似合いかもしれない。馬車内は一昨日に比べ一層客で溢れかえり、さしもの俺でもミレーナを守りきれず、哀れ彼女はふっくら肥えたおっとり婦人の下敷きとなっていた。とはいえ俺も同じ状況であるから笑えない。どっちにしろ笑えないか…。
それにしてもこうなってしまえば、あのミレーナでもどうしようもないみたいだ。客を外に追い出しても問題になるし、魔法を使えば当然バレた場合のリスクが付き纏う…と思う。ミレーナは万能な神ではないのだから。もしもリスクがなかったら彼女は今頃他の客を尻に敷き、ふんぞり返っていることだろう。容易に想像できる。
「いやぁ今年はそれにしても駅馬車の本数が少ないですなぁ」
「なんでもラチューンで馬の買い占めがありましてなぁ、遠く離れたバライソでもその余波で今年は補充が利かなかったそうなんですよ」
なるほど、老人たちの言葉に納得する。毎年これじゃ絶対に死者が出る。それにしても馬の買い占めだなんて凄まじい。馬はこの国でもかなり貴重な存在だ。昨日までの宿より余程馬車代のほうが高い。そんな馬を買い占めるとしたら…戦争か、商家の独占か…。俺にそんな教養や知識はないけどなんともきな臭い話だ。
「ああ!?おいちょっと、止まれー!!」
外からそんな大声が聞こえ、馬車が停まる。なんだろう。他の客も俺と同じように気になったのか、馬車から続々と降りていく。…そしてその下から、髪も服ももみくちゃになったミレーナの姿が顕になった。勿論俺も似たようなものである。よれよれのしわしわだ。お似合いの主従なのかもしれない。
「アイラ…私は大鷲を飼うことを決意したぞ…」
大鷲が何かは知らないが、毎年こうならないためならば俺はアレの痛みも一分くらいは耐えてみせる…やっぱり嘘だ。
「ばっかやろう、上からはそんなこたぁ聞かされてねぇぞ!」
「うちもだ。バライソの連中建国祭で浮かれやがったか…?」
「ああもうくっそどうするんだ日没までに間に合わないぞ!?」
ミレーナの手を引き、馬車から出てみれば、直ぐに騒々しさが俺を襲った。随分とやかましい。数十人という商人…それも皆それぞれのグループの頭だとひと目で分かるほど立派なヒゲと、これまた一般庶民では絶対に手の届かないような服装の男たちが、ああでもないこうでもないと巨大な地図を広げて問答、いや非難の応酬を繰り広げていた。
彼らの様子はまさに一触即発…なにがあったんだろう。止まれと言ったからには何かしらのアクシデントがあった筈。ここは荒野だ。見通しは良い。別に周囲に異変は見当たらないし、何が起こっているのかさっぱりだ。
「ああ、成る程合点がいった」
「マスター、宜しければ私にもお教え頂けますでしょうか」
今日は自然と丁寧な敬語が口に出る。なんだろう。心境の変化に少し内心驚きつつも、ミレーナの手前妙な素振りは出来ないし、そもそもこちらのほうが都合が良い。メイドにでもなりきった気分で、ちょっと新鮮だ。まぁ中身は男なんですけど。
「無理も無い。あれを私が初めて見た時はとても信じられなかったからな」
「と仰いますと?」
「ほれ」とミレーナが虚空を指さす。俺はその方向を見て、もう一度ミレーナの指を見つめて首を傾げた。ん?何もないじゃないか。どういうことだ?
「よく見ろ」と更にミレーナに促される。ヤッパリ何もない。見えるのは疎らに植物の生える荒野と、はるか遠くにそびえる山々…。
ごしごしと目を擦る。いや、そんなわけはない。何かおかしなものが見えたが…いくらファンタジーでも上限というものはある筈だ。そうだ、いくら異世界でも色々と法則が存在するものだ。そんな馬鹿でかいものがいてたまるか!
「マスター…私には何も見えません…よ?」
「現実を直視しろ」
微かにだが…山が動いていた。傍から見れば、どう見ても山にしか見えない。しかも植物までしっかりと生えているではないか。あれが生き物だというならば、人類はもう絶滅しているではないか!
「いくらなんでもあれは…」
「そういう生き物なのだ。龍牢ローギムダル。馬鹿みたいにでかい虫だ。世界で最も堅い鎧を持つとも言われている。人間を襲うようなことはしないが…まぁ災害のようなものだ。私も見るのは二度目だな」
ふ、二つ名まで付いているのか。ここからじゃ完全に山にしか見えないけれど、一体どんな生き物なんだろう。もしかしたら喋れたりとか…ありえそうだ。長年生き続けた生物は高度な知能を得る、というのはファンタジーの定番だ。ちょっと見てみたい。
「お嬢ちゃん、若いのにアレが分かるのか。客共には内緒にしてくれ。混乱しちまうからな」
そう言って声をかけてきたのは重厚な剣を携えた中年の兵士だった。丸出しにした筋骨隆々の右肩が汗臭い…そんな男だ。確かに男の言う通り商人以外は何が起こっているのか分からず、近場の者に聞いて回っているのが現状だった。
「予報じゃもうちょい北をまだ通ってる筈なんだがなぁアイツ。全く世の中うまく行かん。こんなおっぴろげな場所じゃあ目について仕方ない。下手に進んだら面白半分に潰されちまう」
男はぐいと腕を組む。すごい、腕を組むだけで筋肉が盛り上がっている。まさに戦士といった無骨さだ。これだけの肉体を得るのにどれだけ鍛錬を積んだのだろう。加えて体中に古傷が見て取れる。きっと戦場に身を置き続け、そして生き抜いてきたのだ。
これをかっこいいと言わずして何とする!理想的戦士像だ。男の子なら憧れて然るべき存在だろう!己が磨いた腕だけで異世界を駆け巡る狂戦士…時に戦場にて己の無力を知り、時に人の優しさに触れ、そしてやはり愚直に己を磨き続けるのだ!
「何を呆けている…。しっかりせんか!」
「はっ…申し訳ありませんでした。マスター」
俺は一体何を…。つい熱くなってしまった。何時の間にか男を見つめたまま現実からトリップしてしまったようだ。でもしかたないじゃないか。今は少女姿の魔導人形とはいえ元は清き青少年、男には叶えてみたい夢ってものがあるもんだ。うん、うん。
「はっはっは、可愛い嬢ちゃん達だ。っと、俺はがめつい男連中と大人同士の話をしなきゃならないんよ。全く人使いが荒い。んじゃそういうことで。またな」
豪快に手を振りながら男は立ち去る。これは例えばの話だが…、もし俺がああいう肉体になっていたらどうなっていただろう。うーん、あまり想像が出来ない。そもそもあの肉体は研鑽によって得て初めて価値があるように思える。少なくとも気軽に手に入れて嬉しいものじゃない。でも今の俺は女だし、しかも人形だしで筋肉を鍛えるなんてのは無縁の世界だ。人形は成長しない。ずっと変わらない。
俺の姿は少女だ。男じゃない。それは何故か。わかりきってる。ミレーナがそう作ったからだ。ミレーナがそう望んだからだ。…それはなんでだろう。この世界に来てから疑問ばっかりが浮かぶ。情けない。聞いてみてもいいだろうか。大丈夫、地雷じゃない。あくまでも俺に関わる話だ…!
「マスター。一つ私自身に関する質問をしても宜しいでしょうか」
「…いいだろう。何が聞きたい」
「何故私はこのような少女の姿なのでしょうか」
「なんだそんなことか」とミレーナは目線を外し語った。取り敢えず、彼女の機嫌を損ねることはなかったみたいだ。
「魔導人形とは元来そういうものなのだ。だいたいが十代の少女の姿で作られる。勿論少年の姿のものが無いわけではないが…まぁ買い手が少ないからな。余り作られないものだ」
ミレーナは語っているのは…多分洋人形が何故女の子の姿をしているのかと同じことだ。そういうものだから、つまりは常識的な話。それならば…。
「マスター。魔導人形とは、そもそも…」
その時、けたたましい音が荒野に奏でられた。遠くの巨大な櫓の上で笛のような何かを吹く斥候の姿が見える。
「敵襲だー!!」
「総員警戒態勢を取れーっ!」
「西南方向からだ!」
「…やはりこのタイミングで来たか。まぁ来るなら今しかないだろうからな」
ミレーナはご自慢の杖を構える。すぐ近くから悲鳴が上がった。怖気づき尻もちをついた馬車客の視線をたどれば、そこには猛然とこちらに駆けるサソリが…それも優に横幅二十メートルはありそうな巨大なサソリのような、クモのような化け物が、そしてその付近にはその一回り小さな化け物達に乗った盗賊たちが差し迫っていた。
次回は戦闘回です。