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第五話 「禁忌」

 一度は馬車に乗ってみたいものです。

 馬車…というと俺にとっては何処か優雅で、高級なイメージがあった。選ばれたプリンスプリンセスだけが乗ることを許された崇高な乗り物…そんな感じだ。だから馬車旅なんて言われた俺が、窓枠から雄大な自然を眺めながらゆったりと移動する、なんて先入観を抱いたのは当然じゃなかろうか。


 「せーのっ!」

 「押せー!一気にいけ!」


 ああ、そういうお伽話は全部理想の世界だって俺は知ったよ!まさか馬車を押す側になるなんて誰が想像しただろう。馬車は泥や砂地に弱い。天候によってはこんなふうに乗客が一丸となって馬車を押して通らなければならないのだ。魔導人形としての肉体のお陰で疲労は余り感じないが、それでも気分は最悪だ。


 ただしミレーナは馬車から離れ、俺に押してこいと命令するだけして楽をしている。他にも上流貴族らしい貴婦人なんかも同様だ。俺のような格好をした侍女達は女であっても重労働を課せられている。身分差別…ってやつかな。まぁ文化的レベルも現代からしたら随分と低そうだからなぁ。


 「マスター、終わりました…はぁ」

 「ご苦労」


 ミレーナはキョロキョロと周囲を見渡し、神経を研ぎ澄ましている。そういえば犬もたまにこういうことするな…。こんなことを口にしたら絶対にアレをされそうだけど。


 「どうしたんですか?」

 「なに、大したことではない。少し周りを彷徨いている連中がいるだけだ。十中八九盗賊か…傭兵か…。まぁ襲ってくる気配はないようだ」

 「ほ、本当に?皆さんに伝えたほうが…」

 「今のところ襲ってこないと言うとるに。心配するな」


 ミレーナはそういうと、再び馬車に乗り込んだ。彼女が大丈夫というなら大丈夫かもしれないけど…。盗賊がうろちょろと嗅ぎ回るのはそんなにも日常的…なんてわけはないと思う。御者くらいには最低限言ったほうがいいんじゃないか?


 御者は馬の状態を見ているのか、周りに乗客は見当たらない。パニックになっても困るし、御者の意見を仰ぐなら今がチャンスだ。


 「すみません…」

 「おや、先程は手伝ってもらって済まないね。なんだいお嬢さん」


 老齢の御者は少し疲れを見せながら俺の声掛けに優しく答える。この人なら信頼も置けそうだ。


 「あの、実は…」

 「アイラ」


 ビクリと心臓がはねた。ミレーナだ。ついさっき馬車に乗り込んだはずなのに。俺を呼んだ声は特段ドスが聞いていたわけでもない。それでも、間違いなくこの行為は裏切りだぞとレミーナが睨んでいるような、そんな気がした。


 「ん、それで何の話だったんだい?」

 「あ、いえ。すいません。私の…早とちりでした」






 「今年は嫌に狭いな。アイラ、もう少し離れろ。潰す気か。」

 「ごれが限界でず…。」


 再び馬車に抱く夢が崩れる瞬間がこれである。基本的に旅客馬車はとんでもなく狭い。多分建国祭による旅客数の急増もこんなことになってしまっている原因だ。俺自身は魔導人形だからどうあれ、服が押し込まれて、髪が他人の下敷きになる様は余り見ていて心地よいものじゃない。まさしくギュウギュウ詰めの車内ではまともに喋ることすら出来ない。なんとかしてミレーナの空間を確保しようと横に詰めるも、おばさんの激しすぎる香水に鼻がもげそうだ。


 「マスターば建国祭に毎年行っでいるのでずが…?」

 「建国祭などどうでも良い…が、魔女の集会が同時期に行われるからな…仕方なしに行っておるよ」


 毎年こんな状況を味わっているのかという疑問をぶつけると、ミレーナは意外にも素直に身の上話をしてくれた。ミレーナがこんなにも普通に自身の話をしてくれるなんて思わなかった。ミレーナは今のところ俺に自分の話を全くしないため、そういうのが嫌なタイプだと思ってたけど…実際どうなんだろうか。







 その後馬車は特別被害に見舞われることもなく、まだ日の高い内に、無事次なる町ラマへと辿り着くことが出来た。ラマはシュランカと違い、元々はなにもない湖近くの土地に商人が募って作り上げた町らしく、非常に活気のある商業都市だった。どこも人でごった返し、お陰で宿も大量に存在し、多少の融通に目を瞑れば、宿を得ることは思った以上に簡単な事だった。


 「まぁまぁといったところか…」

 「ごめんなさい…」


 今回の宿は前回に比べればかなり普通…というよりも前回が常軌を逸脱しすぎていただけだろうけど、まぁ庶民でも頑張れば泊まれそうな木造建築宿だった。それでもアパート住みだったとはいえ、日本人にとってはやっぱり木造建築は居心地がいい。


 宿に着くと、ミレーナは簡単な荷物整理をし始めた。彼女曰くこれから少し買い物に出るそうだ。なんでも少し必要な素材があるらしく、バライソに到着する前に手に入れておきたいとのことだ。


 ミレーナのああでもないこうでもないと荷物をかき混ぜる様を後ろから見つめる。本当は侍女にやらせるべき仕事だろうだけど、残念ながら俺には魔法の薬剤の取り扱いなんてさっぱりだ。ミレーナもそれをわかっているのか、特に俺に対して無茶な要求はしてこなかった。


 傍から見ればミレーナは普通の少女にしか見えない。実は彼女はこの世界の魔族か何かに操られていて、本当は心優しい娘だなんて言われたら簡単に信じてしまいそうだ。少しくらいミレーナの過去を聞いても構わないだろうか。どうして、俺…魔導人形なんかを作るようになったんだろう。


 「マスターはどうしてあの森に住んでいたんですか?」

 「………。特にこれといって理由はない」


 当り障りのない問答を交わす。しかし特に理由もなしにあんな場所には済まないだろう。きっと聞いてほしくない箇所なのかもしれない。


 「そ、そうなんですか。マスターは…その、バライソ出身なのでしょうか?」

 「そうだ。私はラチューンで生まれたかったがな」


 ラチューン…また聞いたことのない場所だ。この世界はどれくらい広いんだろう。もし魔導人形にされていなかったら今頃この世界を旅して…なんて都合よく行かないだろうなぁ。少なくとも俺が自分自身の力で魔法が使えないことは魂が証明済み。剣一本で戦うなんて日頃運動すらしない大学生にはどうあがいても無理だ。


 「それじゃあ里帰りですね」


 ミレーナは語らない。うんともすんとも言わなかった。聞こえてなかったってことはない筈だ。どうしよう、なんとなく空気が重い。国に関する話題なんかはしないほうがいいかな。


 「あの、ご両親は…」

 「”口を閉じろ”」


 言葉が文字通り詰まった。昨日今日と殆ど聞かなかった強制命令に戸惑いを隠せない。


 「貴様…。今日は随分と調子よくベラベラ喋るじゃないか。馬車での件もそうだ。私の忠告を無視して行動したな?」


 やばい、これは地雷を踏んだか。徐々に不機嫌になるレミーナの機嫌を戻そうと話をかけず、黙っているのが正解だった。


 「私はこれまでお前の過去を掘り返すような事もしなかった。極力この強制命令もしないよう配慮してきた。全てはお前を思ってのことだアイラ」


 ミレーナはゆらりとこちらに近づく。ああ、これは相当キレてる。どうしよう。謝ろうにも口が閉じられてしまって何も出来ない。


 「その結果がこれか。無遠慮な愚か者を助長させただけじゃないか。私が間違っていたのか?お前はそう言いたいのか?」


 一歩ミレーナが近づくたび、俺も一歩下がる。小さい部屋では直ぐに逃げ場を失い。徐々に距離が縮められる。やばい。やばいやばいやばい。


 「ただ私の命令を聞くだけのマリオネットになりたいか?」


 これでもかというほどミレーナは顔を近づけ、俺の顎を掴む。目が、黒く淀んでいる。彼女は普通じゃない。そしてその原因は…きっと彼女の家族関係だ。魔族に操られているとか、そんな純粋な悪じゃない。どこか狂ってるんだ。


 「お前は私の温情で精神を保っている。そのことを忘れたのか?これからお前の要望を叶えるために足を運ぼうとしていた私に対してなんだこれは、どういうつもりだ。“言ってみろ”」


 塞がれていた息遣いが漏れる。今のミレーナには俺を壊してしまいかねない狂気がある。下手をすればアレ程度じゃ済まない。それだけの重みが彼女の言葉にはあった。


 「本当に、申し訳ありません…。出過ぎた発言でした。どうか御慈悲を…」


 彼女の前で跪き、慣れない台詞をなんとか絞りだす。言い訳だとかそんなものを重ねる余裕すら無く、俺は全てをかなぐり捨てて必死に媚びた。ミレーナは答えない。でも、ここで動いたら駄目だ。俺はただひたすらに地に頭をつけ、じっと彼女の返事を待った。


 それでも彼女は答えない。この姿勢のまま凍りついてしまいそうだ。魔導人形にあの心臓はない筈…それでも動悸が止まらない。目がチカチカと瞬きはじめる―――。


 「ふん。いいだろう。ただし二度目はないぞ!」


 …助かった。ミレーナの中でどのような心境の変化があったかはわからないが、なんとか許してもらえたようだ。ああ、もう二度と家族関係の話題は出すまい。


 ミレーナはその勢いのまま部屋を出る。俺はフラフラとした覚束ない足取りでなんとか立ち上がると、再び失態を重ねないことだけを考えて、マスターの後ろ姿を懸命に追った。


 今回、最後にミレーナの靴を舐めさせるかどうかで非常に悩みました。舐めさせたほうが雰囲気はより重苦しくなりそうでしたが、結果舐めさせてしまえばそれはもう明確に下僕といいますか奴隷という関係しか生まないので、ミレーナの望みとはちょっと異なるなーと思って止めました。

 文章に起こすとすごい変態的悩みだなと自分で引いてしまいそうです。

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