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第二十一話 「アイラ・グレッヘン」

 ふぅと息を吐いて、ユーリは背もたれにも体を預けた。


 「ユーリ様、これで本日の主な予定は終了でございます」


 懐中時計を片手に、侍女長キューレが報告する。ぴしりと背筋を伸ばすその佇まいは、贔屓目なしにかなりかっこいい。男っぽいという意味じゃない。気品あふれる女性らしい格好良さだ。まだまだへっぽこではあるけれど、私も見習わなければ。


 「そわそわしないっ!」

 「はっはい!」


 うう、キューレさんをちらちら見ているのがバレてしまった。キューレさんはこの屋敷内での護衛も兼ねている。つまりは武術にも通じる完璧超人だ。流石はバライソ五大家の一つグリンズヒッツ家、そんな感じなのだ。


 「お疲れ様。もうここの仕事はなれたかい?」


 むしろ自分のほうが疲れているだろうに、相変わらずユーリは優しく接してくれる。彼の片隅に積み上げられた書類の束は、私なら直視すらしたくもない代物だ。


 「はい、ユーリ様。キューレさんはいつも私のことを心配してくださって…あ、そういえば今日はミレンダにクッキーの焼き方を教わったんです。なんだか元の世界といろいろ違って、驚いてばっかりでした」


 ここで働き始めて、ようやく私にも友達と呼べるような人が出来始めた。ユーリは反対したけれど、皆には私が元男であることは言ってある。なにせ周りは全て女性、それなのに正体を隠して元男が入るのはまずいと思ったのだ。とはいえ、流石に魔導人形であることは内緒、これがバレると色んな人に迷惑をかけてしまう。


 因みにユーリのことは、ここではちゃんと様をつけなければならない。貴族には貴族らしく振る舞う必要があるからだ。私だけが表立って特別になってはならない…というのは建前で、実際のところは私とユーリがお互いの関係を良好にするために設けた壁だ。


 私はマスターを放置することも出来ないし、ユーリとも離れたくなかった。そんな我が儘をユーリは我慢してくれた。でも、ユーリには立場というものがあるし、建国祭が終わってからのユーリは殆ど政務に囚われてしまっている。しかも、私がマドリー様のもとに通っていることは極秘扱いなために、一人だけ労働時間が決まっているという妙なことになっている。私の存在はやっぱりグリンズヒッツで浮いているのだ。そんな私がユーリさんだなんてフランクに呼ぶことも、ユーリが私と個人的に付き合いを続けるのも、どちらも難しかったのである。


 ユーリはお互いのことを最初から知り合ういい機会だよと言ってくれたけれど、やっぱりちょっと後ろめたい。


 「そっか、みんなと仲良く出来てるみたいだね」

 「はい。それはもう、本当に」


 なんだかんだあって、皆私を受け入れてくれた。ユーリのおかげかもしれない。少なからず衝突はあったけれど、今では互いの趣味や、恥ずかしながらも恋話に参加する程度には仲が良い。それにしても、女子の恋話は思ったよりも下品というか…ちょっと夢が壊れた気分です。皆日々を生きるために必死なのだ。


 「ユーリ様も余り甘やかしすぎないようにおねがいしますよ」

 「わかってる。それも円滑な人間関係のため…でしょ?」

 「理解しているのならば宜しいのです」


 キューレさんは私を横目に、厳しい目つきで語る。でもこれは彼女なりの気遣いだ。私が特別扱いになって、孤立しないようにという計らいなのである。多分。


 「今日はこの後マドリー様のところに?」

 「はい、少し体調を崩しがちなので心配です」

 「俺も工面してみるよ。マドリー様を宜しく頼む」


 ユーリの仕事の終わりと同時に、私も勤務時間終了である。まだまだ修行の身…というのは建前で、マドリー様の手伝いをするためにも私の勤務は少し特殊だ。今から急いで向かわないと、マドリー様のイライラが臨界点に達してしまう。




 「まだ後悔しているのですか」

 「ちがっ、後悔じゃないさ。ただ…」

 「ただ…なんでしょうか?」

 「少し、寂しいだけだ」


 髪をいじりながらふて腐れる主人を見て、キューレは小さく嘆息した。


 「もう少し、強引になれば宜しいのに」

 「聞こえてるぞ」


 




 いつもどおりの小さなボロ屋に向かう。もうここの入り組んだ道にも慣れたものだ。今では近所の人々と軽く挨拶だってできるくらいだ…こっちから話しかけたことは無いけど。


 「マドリー様、アイラです」

 「おお、やっときたかい」


 マドリー様は私を一瞥すると、直ぐに手元へと目線を戻した。あの日からマドリー様はずっとこんな感じ。忙しすぎるのだ。魔女協会長としての仕事と、国家魔導師としてダブルワークに加え、マスターのために様々な計らいをしているためだ。そして、私の養子縁組手続きまでも。どうするのかはわからないけれど、予定としてはグレッヘン家次女になる心積りらしい。


 「グリンズヒッツのとこはどうだい」


 どうするべきか悩んでいた私に、グリンズヒッツで働くことを進めてくれたのはマドリー様だった。これからじっくり決めればいいと、皮肉にもミレーナが開放されるまで幾分時間はかかるから、と。


 「相変わらずユーリさんは優しいです。侍女の皆さんにも本当によくしてもらって…」

 「そいつはそうかい。ひひっ、安心したよ」


 マドリー様の笑い方はちょっと変だ。これが作り笑いではなく、ごく自然なものだと知ったのは最近の事だった。


 「ああそうだ。参考人としてあんたを連れてくるよう主張する連中がいてね。気は進まないだろうが頼まれてくれなかい」

 「それは勿論です」

 

 マスターの受刑を避けるためにも、私は様々な場所に働きかけている。こういったこともその一つだ。むしろ進んでやりたいことでもある。


 「ああ、ちょいとそこの書類をランドからのものとラチューンのものでわけてくれないかえ。見れば分かるよ」

 「わかりました。ところでマスターは…」

 「この間から随分と人間に近い魔導人形の製作に力を入れていたからねぇ。地下の工房で色々やっとるみたいさね。お陰で仕事がたまる一方だよ全く」


 マスターは未だマドリー様の家から出ることを許可されていない。というより、現状マドリー様の家を出てしまえば、即捕縛ということもあり得るらしい。マドリー様の権威があってこそ、マスターの安全は保証されている状況なのだ。出来るだけ早く、こんな状況を打破したい。


 「少し…マスターの様子を伺っても…」

 「ああいいよ。急ぎの仕事じゃあない。さっさと行ってきな」

 「ありがとうございます!」


 飛び跳ねるように、地下への階段を降る。最初は不慣れだった薄暗いこの階段も、今ではすっかり慣れっこだ。時々ネズミがいるのだけがちょっと慣れないけれど。


 「マスター!」


 ノックもせずに飛び入り、「しまった…」と思ったころには時既に遅し。ところがマスターからのボヤキ一つ聞こえない。


 「そんな…嘘…」


 ソファに倒れ伏すマスターを見つけ、駆け出した。有り得ない話じゃない。最近のマスターは落ち着きを見せているとはいえ、まだまだ安静とは程遠かった_____


 「マスター…寝てる…」


 どうやら作業途中に疲れすぎて寝ただけだったようだ。ふぅ、冷や冷やした。マスターの状態が不安定なのは事実だ。あれから、マスターは何となく自信をなくしているかのように思える。暫くは憑き物を落としたように、ぼんやりと日々を過ごすことが多かった。


 「これ…心臓かな」


 机にあったのは、まだ製作途中と思われる部品…それも、人間の心臓によく似たものだった。凄まじい精巧さに、驚嘆する。最近になって、マスターは突如魔導人形の部品を作り始めた。これだけのものを作れるマスターは、母親がどうとか動機がどうあれ、本物の実力者だと私は信じている。だから、いつか前のマスターのように自信に溢れてほしい。


 「ん…くぁ、寝てしまったか」

 「マスターお疲れ様です」

 「んなっ!?何をしている!?」


 マスターはぼんやり宙を見たあと、ガバリと起き上がった。目の隈が目立つ。やっぱりあんまり寝てないんだ。


 「マスターの寝顔を見ていました」

 「何を言っている…」

 「マスター、もう少し休んで下さい。別に私は、今の状態に不満はありませんから…」


 気持ちだけで十分。そう言いたいところでもあるけれど、今マスターから何か熱中できることを取り上げたくはない。唯でさえ軟禁という辛い環境にある。でも、もう少し体を労ってほしい。


 「ふん。問題ないと言っているだろう。それに、今私に出来ることなどたかが知れている。より人間に近づけるしか…お前のために出来ることなど…」

 「それじゃあ私のために、もう少しお休みになって下さい」


 マスターの手を取り、ベッドへと移動する。少し、細くなった。これでも最近は回復しつつあるけど、やっぱり屋内に籠もりきりなのがよくない。


 マスターを邪険にしている魔女は、ダッタリエさんを代表に少なくない。なんでもマスターの御母様が病に伏した時に同年代だった魔女は、何かしらの報復をマスターから受けているようなのだ。前にマスターが街のゴロツキと話していた内容がそういうものであったことも、マドリー様が突き止めている。ダッタリエさん達が、マスターを窮地に追い詰めようと動くのも、ある意味当然かもしれない。だからこそ、マドリー様もマスターを解放するために最善を尽くしている。私も頑張らなければ。


 「すまない…」

 「マスターは…ミレーナは大事な、私の家族ですから…」


 教わったベッドメイクをしつつ、マスターを横にする。意外にも、マスターは素直に従った。



 結局のところ、私が選んだ道は二兎を追うものだった。マスターのことも、ユーリのことも捨てきれない。マドリー様はそんな私を助けてくれた。マドリー様が口添えしてくれなければ、グリンズヒッツでの私の今の立場はなかっただろう。



 いつか、このしわ寄せがくるかもしれない。マスターが無事表に立てるようになった時、ユーリのことを拒絶したら…そう考えると、少し怖い。



 「ユーリのところはどうだ」

 「順風円満です。お給金も結構出るんですよ」



こうやってマスターと笑顔に喋れる時間も、ユーリと言葉を交わす時間も、私にとっては大事だったから…。優柔不断だと笑われるかもしれない。



 でも、憶測で未来を閉じるのは嫌だ。自分の歩む道を閉ざしたくはない。私は人間だから、自分の道は自分で決める。



 それに、今のマスターがユーリを…他人を簡単に拒絶するとは思えない。マスターが孤独であり続けたのは、孤独であることを認めたくないがための行動…だったんだと思う。でも、今は孤独じゃない。孤独なんかには私がさせない。



 「そうだな。生憎まだ寝付けそうにない。寝入る前に少し、今日あったことを教えてくれないか」

 「勿論です。むしろ話したいことがいっぱいです」



 私は変わってしまった。元の体の時とは比べ物にならないほど。けどそれは、決して悪いことじゃない。そう私は思う。ただの人形じゃない。変わっていくからこそ、人間なのかもしれない。



 いつか、マスターとユーリ…二人と一緒に、何処か遊びに行こう。二人に仲良くなってもらいたい。一緒に思い出を語らう…そんな未来。隣街でもいい、海でもいい、山でもいい。欲を言えば、やっぱりドラゴンが見たいかな。ユーリに渓谷までの道を案内してもらおう。そういえばマスターもドラゴンには会ったことがない、なんて漏らしていた気がする。ユーリがドラゴンを見せれば、実は単純なマスターならきっとユーリのことをへそを曲げなら認める筈だ。



 きっと、きっと最高の思い出になる。これからどんどん思い出をつくろう。この世界で、この街で、この世界の人々と。マスターと、ユーリと、キューレさんや侍女の皆、マドリー様、たまにはオーバンさんと、そしていつかはあのダッタリエさんとも…。言いなりに日々を生きるんじゃない。惰性で過ごす日々なんて意味は無い。皆で時に笑い、怒り、泣いて。皆と一緒に歩みながら、私の、アイラ・グレッヘンのページを綴っていこう___。



 以上最終回でした。

この作品はこれをもちまして完結とさせて頂きます。

作品の改良点すべき点や、こうしたほうが良いという意見がありましたら感想か、宜しければ活動報告にてお願いします。どんなものでも構いません。ご意見お待ちしています。


これまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

次回作にてまたお会いできたら嬉しく思います。

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