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第十三話 「魔女の集い」

 今回の話は物語の合間といった感じです。ちょっと退屈に感じてしまうかもしれません。申し訳ないです。

 いそいそと走り回る人々の罵声に目が覚めた。今日は建国祭前日、アンハンスノイという日だそうだ。なんでもアンハンスノイでは必ず大雨が降るらしく、露店も何もかも今日一日はお休み。そして明日の建国祭当日が一大イベントであり、祭りの幕引きとなるのだ。


 ベッドからそろりとか細い足を下ろす。窓に近づき、ガラス越しに空を見つめる。まだ、雨は降っていない。それでも何処かどんよりとした重い空気は「ああ、雨がふるんだ」と思わせる湿り気を伴っていた。どちらかと言えば、俺が好きな天気ではないけれど、人混みもなくなってマスターには良いかもしれない。この間のマスターは随分無理をしていたと思う。


 そんな日だから、今日は観光客もあまり外を出歩かない。見えるのは大雨に備える地元住民だけだ。前みたいに家族がはしゃぎ回る様子は見えなかった。皆、明日に備えて英気を養うのだ。所謂休息の日。だからこそ、今日この日に、魔女協会は開かれる。


 「マスター?」


 何時の間に起きたのか、マスターがぼうっと此方を眺めていた。マスターはあの日ユーリと出会ってから一段と寡黙になった。話しかけても、ああとかうんとか、そんな曖昧な相槌で済ませる。どうしてあんな危険なことをしたのかさり気なく聞いても見たものの、教える気はないのか、マスターは俺から目を逸らすと、それきり喋らなかった。


 「マスター、どうかしましたか?」


 マスターは動かなかった。暫く見つめ合い、これはどうやらおかしいぞと近寄って初めて、マスターは「くるな」と掻き消えそうなほどか細い声で呟いた。


 「も、申し訳ありませんでした」


 反射的に謝る。何か粗相をまたしてしまったかもしれない。マスターの期待に沿えないことが何よりも恐ろしかった。シーツの擦れる音も無しに、マスターが立ち上がり、身支度を始めようとする。従者として、魔導人形アイラにはマスターの身支度も仕事の一つ、そう思って俺は再び歩み寄ろうとして、先のマスターの一言を思い出して踏みとどまった。


 今日のマスターは機嫌が悪い。少なくともその程度はわかる。でも一人でクローゼットを開けるマスターの姿に、堪え切れず俺はマスターに駆け寄った。


 「マスター、どうかお許し下さい」

 「…ふん」


 少し、手が震えていた。





 つかつかと靴の音が響く。アンハンスノイの習わしなのか、まだ雨は降っていないけれど、大通りにはチラホラと人がいても、小道にそれれば誰もいない。アーキホールについてから自分の足音が聞こえるなんて初めてだった。空気が湿っているのか、足音はあまり響かずに吸収される。マスターは周囲の景色に目もくれず、ひたすら黙って歩き続けた。

 

 「此方で宜しいのでしょうか?」

 「そうだ」


 沈黙を破るために余計な一言を挟むも、直ぐに蓋をされた。会話が続かない。そういえばいつも話を振ってくれたのはマスターだった。初めて会った時なんて、聞いてもいない魔法の理論なんかをべらべらと楽しそうに喋っていたっけ。


 俺の力だけじゃマスターの機嫌を直すことは出来ない。もしかしたらマスターは単に緊張しているだけかもしれない。魔女協会は一年に一度の大舞台、さしものマスターも緊張して然るべきか。それとも、マドリーというマスターのお祖母様の件だろうか。その名を聞いてから、マスターは何処か調子を崩している気がする。


 どんどん街の奥地へと入る。階段が多い。最初は変哲のない只の石階段だったけれど、次第に苔むした石レンガへと姿を変え、大量に存在した脇道もなくなり、只ひたすらに降り続けた。一歩一歩進む度に空気が重くなる。多分これは魔力だ。地下から魔力が湧いて、それが俺の駆動炉に負荷をかけている。そんな気がする。


 建物の隙間から届く光が細くなる。階段を降りる先が見えない。俺は必死にマスターの背を追った。マスターもゆっくりと降りている筈なのに、何故か急速に離れるような錯覚に襲われる。置いて行かれるんじゃないか…今日のマスターの様子を考えると、そんな不安が拭えなかった。


 「アイラ」


 マスターの歩みが止まった。マスターの呼びかけに「はい」と端的に返す。マスターから今日初めて声をかけられた気がする。


 「いや、なんでもない。入るぞ。」


 マスターは虚空を指でなぞる。すると、暗闇の中にぼんやりと扉のようなものが浮かび上がった。これが、魔女協会の入り口か。何一つ音を立てず、扉がゆっくりと開いた。





 「遅かったねぇ…。名前はなんだい。」


 扉の奥に、魔女がいた。マスターと同じように深いローブに大きな杖、四十くらいの背の高い魔女だった。高慢さ溢れる仕草で両手を組むと、値踏みするように此方を…主にマスターを凝視した。


 「ミレーナ・グレッヘン。後ろのは私の従者だ。」


 マスターに説明されると同時に、両手を重ね、深々と礼をする。マスターの品位を下げるような真似は出来ない。今日はいつものメイド服だ。服装も相まって、それらしく見えている筈…そう思いたい。


 「あんた。二年ぶりかい。森での暮らしはどうだったかぇ?」


 俺には一切目を合わせず、魔女はマスターに話し続けた。マスターは魔女の言葉にピクリとも反応せず、じっと前を見つめる。俺の位置からじゃ、マスターの表情までは伺えない。


 「可愛げのない…。まぁいい。さっさと入んな」


 

 


 魔女協会というのはバライソに存在する魔女を構成員とする研究組織、マスターは嘗てそう言っていた。俺にとって魔女のイメージはマスターのみだったから、きっとおどろおどろしい実験が日夜行われ、街の人々が次々に釜へと放り込まれる阿鼻叫喚の地獄なんだろうと、そんな凶悪なイメージを当初は思い浮かべていた。


 中は様々な刺繍に飾られた美しいカーペットが続く長い廊下だった。蝋燭に仄かに照らされる動物達の刺繍は今にも動き出しそうだ。壁には窓がなく、代わりに数々の絵画が置かれている。どれも魔女を描いたものだ。誰もが伝統的衣装にその身を包み、兵を魔法でなぎ倒したり、病人の前に陣を描いたりしている。


 きっと誰もがこの魔女協会に在籍した魔女なのだろう。目の前の女性も、そしてミレーナも。この集会が格式高いものだということを、俺はやっと理解した気がする。背筋が寒くなった。そんな魔女たちの前でマスターの研究結果として紹介されるのか。マスターに恥を欠かせてしまわないだろうか。前へと進む度に心配になった。


 遂に最奥の扉へと辿り着く、随分な移動距離だけど、俺は魔導人形だから何も感じやしない。でもマスターは大丈夫なのだろうか。どうしてこんなにも長い廊下なのだろう、もしかして今までの絵画を全て飾るためだけに長いのかも、なんて考えて、胸が少し軽くなる。おちゃめな魔女達だ。大丈夫。





 そこは半球状の空間だった。ドームのような空間をドーナツの円卓が占め、中央の空間に壇上がある。きっと彼処で発表を行うんだ。まるで裁判所みたいだった。天井には一際白く輝く球体が存在し、それが周囲を照らしている。不思議な光景だった。美しさと、整合性を兼ね備えた、そんな空間だ。


 「マドリー様、お連れしましたよ」

 「ありがとう、メリー」


 最奥の席に座っていた老婆が重々しく腰を上げ、引率した魔女に礼を言った。かなりの年の魔女だ。ヨボヨボで腰も弱そうではある。でも、何処か迫力に満ちた老魔女…それがマスターの祖母、マドリーだった。


 「久し振りだね。ミレーナ」

 「お久しぶりです。お祖母様。お変わり無い様子で安心しました」


 マスターの丁寧な語りに俺は心底驚いた。お祖母様と慕っていたのは知っていたけど、どうやらマドリーはマスターにとっても敬うべき存在…それほどの魔女なのかもしれない。それでも、マスターの表情は、親愛のそれというよりは少し険しかった。


 「ミレーナも元気そうで何よりだよ。」

 「知っていらしたのでは?」


 少し刺のある言い方だった。マドリーはなんとも思っていないのか涼しい顔でマスターを見続け…ちらりと俺に目を向けたような気がした。ぞっとした。目が殆ど黒目だった。


 「マドリー様…」


 マドリーの後ろに待機していた執事が耳打ちする。執事も気品にあふれていて、付け焼き刃の俺とは全然違う。やっぱりマスターの家は相当上位の階級に位置しているようだ。だというのにどうしてマスターはあんな森に…。





 「ああ、そうだね。そろそろ始めようか」


 マドリーが杖でドンと杖を叩く。後ろの扉が勢い良く締まり、風圧に少し押された。五十名を超える魔女、そしてお付きの従者数十名。マスターはしっかりと歩み、マドリーの対面、最も入り口近くに座った。


 「さぁ今年も皆の研究成果、見せてもらうとしよう」


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