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第十一話 「交渉決裂」

 誤字脱字恐怖症です。

 「アイラ。今日は私一人で行く場所がある」


 マスターはそう言うと、いつものローブ姿に着替える。今日も快晴だ。昨日と同じようにマスターと楽しく建国祭を楽しむことが出来るかもと考えていた俺にとって、それは想像以上にショックだった。今度はマスターのために何かできないかと考えていたのに…。


 「もしかして、留守番ということですか?」

 「まぁ、直ぐに終わるだろう」


 杖を構え、マスターはドアを開ける。街に近づくにつれ宿は取りづらくなり、今いる宿は随分と小さな寂れた宿になった。部屋にも少しカビ臭いベットが二つだけという侘びしさだ。ドアを開けて、「ああそうだ」と思い出したようにマスターは此方を見つめた。


 「余り外を彷徨うなよ。お前の容姿では面倒事に巻き込まれかねん」

 「そ、そんな…。大袈裟ですよ」


 かぁと顔が赤くなった。最初から着続けて慣れていたメイド服と違って、昨日の服装は余りにも新鮮で刺激的だった。女装をしたような気分かもしれない。正直本心としては、またアレを着るのは御免被りたい。でも、マスターが喜んでくれるなら…。なんだろう、マスターの笑顔が見れるならそれもいい気がする。


 「何、私が心配症なだけだ」

 「え、あぅ」


 このところ調子が狂いっぱなしだ。これじゃまるで飼い犬、いちいちマスターの一挙一動に振り回されてはたまらない。頭をぶんぶんと振り、邪念を追い払う。そうだ。これはラッキーじゃないか。一人の時間を持つなんて久々だ。折角の機会、ゆっくりと自分の今後を見つめなおしてもいいかもしれない。


 「それではな」

 「…行ってらっしゃいませ」


 古い宿らしく、鈍い悲鳴を上げながら、ゆっくりと扉が閉まった。





 「一人、ですか」


 何をすればいんだろう。今後のことを考えると言っても、多分マスターの側にいる。それだけだ。


 そうだ。昨日のマスターの事を考えよう。マスターの母親…か。どこまでが事実なんだろう。本当だとしたら、マスターが余りにも不憫だ。でも、それなら父親は何をやっていたんだ。家族を守ろうともしなかったのか、それとも最初から…いない?駄目だ。結局断片しか知り得ない知識じゃ変な憶測が飛び交うだけか。




 静かだ。窓から外を見れば、家族連れで祭りを楽しみ、友と語り合い酒を煽る…そんな光景が見える。家族は全員同じ色の首飾りをするのが習慣なのか、似たような首飾りを下げている。そういえば、まだこっちのアルコールは飲んだことがない。ファンタジー世界の酒はなんとなく甘い印象がある。飲んでみたいな。一応元は合法の肉体だったけれど、この身体だとそもそも酔えるのかわからないけど。


 羨ましいなんて思わないけど、それでも少しさびしい。俺が二度と手に入れることの出来ない光景だから。別に自由に動けないわけじゃない。マスターは最近どんどん寛容になっているし、きっと俺が飲みたいと言えば快く買ってくれるだろう。この世界で、俺の繋がりはマスターだけ…。


 例えばマスターがこのまま帰ってこなかったら、俺はどうなるか。知人なんていない。知識もない。かろうじて言語が分かるくらいだ。常識も知らない。腕っ節はそこそこある。マスターのお陰で、魔法は幾つか扱えるのだから。でも、きっとマスターがいない状況で魔法を使えば直ぐに魔力が枯渇してしまうかもしれない。


 マスターがいなくなったこの部屋が、多分俺の世界だ。俺以外に誰もいない。何もすることがない。世界から拒絶されたかのように。いや、実際俺は世界から認められてないのかもしれない。完全なる異物なんだ。




 怖い。酷い虚無感に苛まれる。考えれば考える程鬱になりそうだ。マスターは俺を見てくれる。それは魔導人形アイラとしてかもしれないけど、それでも俺の本当の姿を知りながら、俺を認めてくれる。例えばあのユーリだって俺が可愛らしい姿をしているから声をかけてくるんだ。俺が人間ではなく魔導人形で…それでいて元男だなんて知ったら幻滅し、拒絶するだろう。きっとこの世界で俺という存在を認めてくれるのはマスターだけだ。



 「マスターに、会いたい」



 いつの間にか、こんなにもマスターに依存してしまったなんて思わなかった。でも、会いたい。ここでずっと一人でいたら、孤独に押しつぶされて死んでしまう。俺は急いでメイド服を取り出し…やっぱり昨日の服にしよう。マスターは多分こっちのほうが喜んでくれるから。慣れない着心地にそわそわとしながら、それでも意を決して俺は部屋から出た。


 何処にマスターがいるかは何となくわかる。俺の中の魔力はマスターの純粋な魔力だからかもしれない。同じ波長の魔力が、きっと共鳴している。




 建国祭当日が近い。街の広場には大きな魔法陣が施された塔が立ち並び、演劇が行われ、街の賑わいは最高潮を迎えようとしていた。もうごっちゃごちゃだ。至るところで切って張ったの大騒動が起き、それでもそれ以上の歓声がそれを塗りつぶしていく。


 俺は少し駆け足で、町並みを流し見る。マスターはどこだろう。段々と近づいているのはわかる。けれど、所詮は微力な感覚で探しているに過ぎない。正確な位置はわからないから、結局はしらみつぶしに探すしか無いのだ。


 「嬢ちゃん探しものかい?俺が案内してやろーか?」


 違う。こっちじゃない。果物屋と雑貨屋の間に小さな脇道がある。路地裏だ。


 「あっ、おい!そっちは危ねーぞ!」

 「ちょっとアンディー、店前で騒ぐのはやめておくれ!」

 「いや、今小さい女の子が路地裏に行っちまって、彼処は結構危ないだろ?」

 「馬鹿なこと言ってんじゃないよハナタレがっ!ナンパしてる暇あるなら働きな!」




 「段取りは以上だ。何か問題はないか?」


 マスターの声だ。瞬時にそれを悟ると、俺は全速力で声の方向へと走り、そして見えた光景を前にして、隠れるように角からその様子を眺めた。


 「あぁりょーかいだ魔女さん。まぁ魔女協会にいい思いを抱いちゃいないのはお互い様ってわけでなぁ」


 薄暗い路地裏にいたのは、思い描いたマスターと…四人のゴロツキだった。ゴロツキというよりはマフィアなのかもしれない。この間戦った野盗達に比べて身なりが良すぎる。マスターと男達は微妙な距離感を保ちながら、何やら計画を話あっているようだ。


 「ならば話は終わりだ」

 「おいおいちょっと待ってくれ。あんたの計画も十分理解できた。だが…信頼が出来ねぇ。まぁあんたとの付き合いはこれが初めてじゃあ無いが、仮にもあんたは魔女だ」

 「何が言いたい」

 「魔女ってのは嘘をつく生き物と相場が決まっていてな。そうだな…契約魔法でも結んでもらおうか」


 タバコらしきものを吹かしながら、一際大きな男がマスターと話している。一体なんの計画だろう。マスターのことを全て知り得たわけではないけれど、マスターがこんな危ない連中と関係があったなんて…。


 「断る。契約魔法は互いに心から分かち合えて初めて結べるものだ。貴様が言っているのは隷属魔法のことだろう。私は騙されんぞ」

 「困るんだよなぁ。今回はかなりでかい仕事だ。正直降りてもいい。金だけで動かせると思うなよ」


 にべのなくマスターが断ると、男は予定調和とばかりにねっとりと語る。


 「例えばだ…あんたが連れている魔導人形。アイツを俺たちに譲ってくれないか。勿論魔女協会の件が終わってからでいい。それで手を打とう。それくらい旨味があれば手を貸してやろう」


 魔導人形…それもマスターが連れているものは俺以外に有り得ない。突如会話に出た話題に困惑する。


 「貴様…!この報酬で文句はないという話だった筈だ!」

 「いや状況が変わってなぁ。こっちも時期が時期だ。他にもヤルべきことがたんまり詰まってる。それにあんたも言っていただろう。元々その魔導人形はあくまで…」

 「黙れ!こちらも事情が変わったのだ。お前らに渡しはしない」


 どうやら俺があいつらに売られるということはなさそうだ。マスターは俺を大事にしてくれている。きっとそうだ。


 「おいおい。もう少しお淑やかに出来ないもんかねぇ。まぁいい。それじゃ結局交渉決裂か」

 「なんだと!?約束が違…んぐっ!?」

 「ぁっ!?」


 両サイドから、マスターがゴロツキに抑えられる。奴らは相当やりてなのか、マスターから直ぐに杖取り上げ、口元を塞いだ。あれじゃあ魔法は使えない。


 「まぁ金と女が只で手に入ったからよしとするか。調べさせてもらったよミレーナ・グレッヘン。あんた、まともな交流一つ持ってないようだな。家族ともほぼ絶縁だ。身よりも後ろ盾もない女が生きて帰れるわけないだろ」


 家族と絶縁…やっぱりマスターは父親と良い関係を築けてなかったみたいだ。そして母親の話も…本当なのかもしれない。


 「ついでに噂の魔導人形も制作して持ってきてくれるなんてありがたい話だ。あれは金になる。うちの組のいいマスコットになるぜ」


 金になる?マスコット?本当にあいつらは俺を商売道具にするつもりなのか?




 あいつらの手に落ちれば、間違いなく地獄が待っている。この世界だって極道の手に落ちた女がどうなるかは変わらないだろう。相手はマスターを簡単に無力化した相手だ。敵うはずもない。そうだ。ユーリを探そう。彼ならば匿ってくれるかもしれない。いくら街を牛耳るマフィアだって権力には逆らえない筈。ユーリがどれほどかわからないけど、きっと相当な階級の貴族だ。安全は確保される。


 逃げなきゃ。音を立てず、ゆっくりと下がる。マスターを助ける…そんなのは無理だ。第一、助けてどうする。まず助けられないし、もし成功しても結局は二人であいつらに追われるだけだ。分が悪いなんてもんじゃない。俺は魔法を扱えても戦闘センスなんて皆無、前回も少し人を殺した現実と向き合って、気が動転してしまうぐらい精神力もない。




 今なら直ぐに宿に戻って逃げ出せる。それに…マスターは俺を一度殺しているんだ…。本来なら恨むべき相手、元々マスターから自由になることを望んでいたじゃないか。そう、自由になってこの世界を見て回るって…最初の頃は思っていたのに。


 ここで逃げれば、マスターは間違いなく無事じゃ済まない。娼婦として売られるか、最悪殺される…。俺はきっと馬鹿だ。誰が好き好んで自分を殺し、自由を奪い、名前を、全てを奪った女を助けたがるだろう。でも、昨日繋いだ手の感触がまだ残っている。


 温かった。嘘偽り無く、俺を見つめて、一緒に祭りを楽しんでくれて…母性を感じるほど優しくて…。





 「ソン・グリムエ魔法式第二章展開!」

 「なにっ!?」


 辛うじて覚えていた魔法名を唱え、記号が両腕を這い回る。唱えた魔法は寸分違わず、最も手前にいたゴロツキ一人を吹き飛ばした。前と同じように、彼もきっと魔法でぐちゃぐちゃになっただろう。また人を殺した。でも、そんなことに構っていられない。今はマスターを助け出す。後悔するのはその後でいい。


 「ほー、あの魔導人形じゃないか」

 「マスターを離しなさい!」


 ところが大柄なあの男はこちらの攻撃に意も介さず、呑気にそんなことを呟いて俺を凝視した。どうする。もう問答無用で攻撃するか?でもこの狭い路地でマスターを巻き込まずに魔法を撃つのは困難だ。あいつはマスターに近すぎる。できればこれで手を引いてもらいたいが…。


 「丁度良かった。探す手間が省けた」

 「撃ちますよ!早くマスターを開放しなさい!」


 男は全く恐怖を感じていないのか。ずんずんとそのまま近寄ってくる。有り得ない。いくら俺が素人だろうがこの魔法の威力は絶大だ。人間をいとも簡単に挽肉にするこの魔法を前に、どうしてこいつはこんなにも平然としていられる!?


 「くっ、ソン・グリムエ魔法式…えっ!?」


 もう限界とばかりに魔法を打ち込もうとした矢先、両腕の魔法記号が胡散した。


 「ま、魔女と取引をしに来たんだ。対策の一つや二つしてるさ」


 男の手には何やら奇怪な紋様が描かれた本があった。魔術書だ。何がどうして俺の魔法を消えたのかはわからないが、多分あの魔導書が原因だ。


 「逃げんなよ。大事なマスターが死んじまうぜ?」





 終わった。もう取り返しがつかない。俺もマスターも、どうにも出来ない。ああ、最低な異世界だった。意味もわからずに転移して、訳もわからず魔導人形にされて、マスターに言いようにされて、でもやっとお互いわかりあえて、これからだっていうのに…。


 「そんな怖がんなよ。笑っちまうぜ。魔術師ってのは魔法が使えないとわかると直ぐ折れる」

 「そうだね。でも魔術師じゃなかったらどうかな?」




 血飛沫が舞った。一瞬、俺のだと思った。でも、俺は魔導人形だから、血は流れていない。俺のじゃない。目の前の男の右腕が、ばっさりと無くなり、滝のように血が流れていた。


 「ぎぇ」

 「ごめんね。ちょっと黙ってもらえるかな」


 叫び声一つ満足に上げれず、間髪入れずにその首が切り落とされた。


 「ダダさん!?てめぇよくも!」

 「ふん。馬鹿者め!」


 マスターを抑えていた男が激昂し、立ち上がるも、それを見逃すマスターではなかった。間髪入れずに杖を取り戻すと、魂魔法を唱え、全員を昏倒させた。俺が絶望した状況は、一人の男によって呆気無く覆った。


 「さて、久し振りだね。アイラ、そしてミレーナ・グレッヘン」


 そこにいたのは、美しい蒼髪を返り血で所々黒に染めたユーリだった。


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