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第九話 「ユーリ・グリンズヒッツ」

 今回は主人公視点ではなく、謎のイケメン君視点です。

 「お前は私の跡を継ぐ人間だ」


  父は俺にそう言った。二年前の話だ。学園を卒業して、父の後を継ぐために学びたいと言った日のことだった。書斎に佇み、窓から外を…国を眺める父の姿が、こんなにも大きかったことを俺はその日初めて知った。


 「激動の時代がやってくる。お前は、いずれ経験したことのない混乱に立ち向かわなくてはならないだろう」


 一部の貴族や諜報部周辺で言われている噂。なんでも、経済の中心である国家ラチューンで革命が起ころうとしているだとか、広大な湿地帯であるアノマラドでキナ臭い動きがあるとかだ。俺たちやひよっこ貴族ではまだ尾ひれがついただけの詰まらない噂だというのが共通認識だった。でも、父は本気で何かが起こると信じているのだと、俺はこの時確信した。


 「その中で、この国…バライソのため、己に何が出来るのか知る必要がある」


 グリンズヒッツ。その名をバライソで知らない者は一人もいない。バライソ王を支える名門中の名門貴族。ユーリ・グリンズヒッツ。俺が背負った…背負うべき名だ。


 「見ろ、聞け、感じろ、世界を知れユーリ。そして己が力とするのだ」


 俺は旅に出た。付き人は一人もいない。欲しいのならば自分で雇えと父は言った。四大国全てを巡り、様々な場所を訪れた。ドラゴンの住む谷、血吸いのアノマラド、吹雪の地リベイラ…。見たことも想像したこともない世界がそこにはあった。そして、そこに生きる様々な人々。今、俺の片腕として存分に腕を奮うオーバンもその一人だった。




 彼はラチューンの小さな商家の長男だった。元々身体が丈夫だったこともあって、商家を継ぐまでは若き傭兵として命のやりとりを楽しんでいたのだという。彼はそういう荒くれであったから、商家になることへの自信が酷くなく、惚れた女に言われやっと跡を継ぐ決意をしたんだそうだ。後に彼の妻となった彼女は、夫を支えてくれる最高の女だったと口々に彼は言う。


 初めて出会った彼は、ボトル片手に町の酒屋からつまみだされようという、正にその瞬間だった。服は汚れ、臭いも酷く、とても商家の息子には見えなかった。どうしてつまみだされているのかと彼に問えば、金がないからと至極単純な回答をくれた。既に彼はその時には傭兵から足を洗っていたそうだが、筋骨逞しいその肉体を見て、俺は力仕事でもやればいいではないかと言った。


 働く気力も、生きてく気力もないんだ。そんな台詞を吐く男の目には、深い後悔が沈んでいるようだった。これまでの旅でも、彼のような目をして、どうしようもなく自ら絶望へと歩む人達がいた。町の人々はそういう人々を、自業自得だと笑うが、話してみれば成る程各々理由があるものである。そして、彼も平等に民だ。国の繁栄のためには、彼らのような存在を切り捨ててはならない。


 俺は彼に仕事を与えてみた。なんてことはない。ただ道案内と、折角だからと荷物を少々運んでもらっただけだ。その途中、彼はなんでこんなお人好しなことをするのかと俺に質問した。俺は正直に、自分の目標と、そしてそのためには世界を知る必要があって、その過程で貴方が気になっただけだと漏らした。彼は私の回答を聞くと、じっと俺を見つめて、「妙なお方だ」と呟いた。


 次第に彼の纏う空気が陰鬱なものから陽気なそれに変わった。本来そういう性格なのだろう。何か身体を動かすだけでも、あの時の彼にとっては過去を忘れるいい機会だったのかもしれない。そんな折に、町のゴロツキどもが俺に絡んできたのだ。俺はそれなりにいい身なりであったし、旅の中でこういうことはしょっちゅうだ。面倒だ。どうしようか。


 気付けば、ゴロツキ達は皆地面に倒れ伏し、彼が軽く肩を鳴らし、「お恥ずかしい。最近はちょっとここも荒れちまいましてね」と語った。早業だ。何も者では…少なくとも俺には出来ない。剣術も魔法もひと通り習得したつもりだが、彼の技は俺と違う。剣も武器もなくても、その場で全てを凌ぐ力。学んだものではなく、実践で身につけたものだ。





 「それじゃ俺はこれで。ありがとうございやした。ちょいと気が晴れたよ。たまには労働ってのもいいもんだ」


 彼はまた堕落した日々を過ごすのだろうか。最初は民を知るための行動だった筈なのに、俺は何時の間にか彼を知るために行動していた。彼は、オーバン・ランダムはこんなところで消えるべき存在ではない。


 「俺と一緒にきてくれないか。オーバン」


 夕焼けの中、行き交う人が疎らになった大通りで、俺は彼をまっすぐ見つめて言った。真摯な思いだった。きっと、父が言った得るべき力とは、彼のような協力者を得ることでもある、そう思った。


 「………俺はねぇ。酒にどっぷり浸かった大馬鹿者なんでさぁ。女房も戦で死んじまって、身内も知人もどっか行っちまいましてね。こうして日がな酒のんでぼーとしとるんですよ。何の価値もない男だ」


 どこか気恥ずげに笑って、オーバンは自嘲気味に言い放ち酒を煽る。確かに、彼の姿はどんな町にもいて、それでいて誰からも相手にされない浮浪者のようだ。しかし、それは飽く迄も見た目による第一印象に過ぎない。人の本質を見る力こそ、上に立つものに必要な力。俺は自身の直感を信じた。


 「そうだったのか。でも、俺にはそう見えなかったんだ。だからお前の力が必要だ」


 オーバンはボトルを口から離し、ぼんやりと俺を見つめた。その呆け具合ときたら、学園で初めて両親以外から怒られた時の俺にも勝るだろう。そうして十秒か二十秒か、一分か。オーバンはおもむろに胸元のネックレスのロケットを開いた。


 「必要だ………か。完敗だ。俺ぁアンタに惚れちまったみたいだ」








 旅も終幕に近づいていた。俺が父の後を継ぐ時期が迫る。名残惜しい。そんなふうに思えるほど、充実した旅だった。オーバンを皮切りに、俺にも徐々に仲間が、信頼できる友が少しずつ出来た。宿屋のエラもその中の一人だ。しかし彼女は親の形見でもある宿屋を離れるわけには行かず、俺達は旅の最後に彼女の元を訪れていた。


 額の汗を輝かせながら一人前に切り盛りする彼女の姿を見て、嗚呼これが彼女の一番輝く生き方なんだろうと考えていた。そんな時だった。


 「あら、ごめんなさい。もう今日はいっぱいなのよ」

 「ええっ!?そんなぁ」


 玉のような肌をした、少しサイズの合わない大きめなメイド服を着た少女だった。奉公に出る身としては少し細い体つきに、珍しい白髪を棚引かせ、オロオロと狼狽した彼女の姿は、諸国を廻った俺から見ても妙で、珍しい存在だった。


 「エラ。どうしたの?」


 ちょっとした好奇心もあった。何より、旅を終わりに対するごちゃごちゃした感情もあって、俺はオーバンに相談もせずに、宿のない彼女へ譲った。取り立てて理由はない。最後だからと張り切ってくれたエラには少々忍びなかったけれど、元の豪勢な生活はもうすぐ日常になってしまうだろう。無駄な豪遊は恥ずべきだが、一方で羨望を集め、力を誇示するためにある程度は必要なことだ。だからこそ、俺はこれが最後だと進んで野宿を取ることにしたのだ。そこにあのメイドに対する思いは特段なかった。







 「あなたは…あの時は本当にお世話になりました!」


 彼女とは不思議な縁があったのか、国に戻る途中でまたも出会う機会があった。人形屋で佇んでいた彼女は、その場の雰囲気もあってか、どこか精巧な作り物のような、異様な美しさを持っていた。感情を変えることも叶わず、ただ現実を受け止める悲しみを彼女は醸し出していたのだ。


 綺麗だと思った。儚い幻なのかもしれないとさえ思った。別に彼女の容姿が特別優れたいたわけじゃない。ランドには聖女の血を引くだとかいう絶世の美女がいたし、この国の貴族にだってもっと美人はいるものだ。でも、俺は彼女に惹かれた。


 旅が終われば、家を継ぐためにも妻となる女を探さなければならない。貴族であるなら、それは当然のことだ。俺はこの旅で多くの経験と友を手に入れたが、美しい女達は性格に難がありすぎたり、高嶺の花だったり、オーバン達平民と寝床を共にすることが叶わなかったりと、噛み合うものがいなかった。単に運がなかったかもしれない。オーバンはそのうち自然と出来るというが、ほんの少し焦っていた、というのが本音かもしれない。男たるもの、父へ旅の帰りに好きな女の紹介でもしたかった。


 彼女はそんな俺にとって、とても魅力的だった。ドジで自然体で、儚げで、着飾らず、自己主張しない。たった数回の邂逅で俺は彼女に…アイラに興味を持った。彼女はどんな性格なのか。どんな人生を辿ってきたのか。何故侍女なんてやっているか…。




 三度目の出会いも俺に拍車をかけた。意外にも魔法が扱えた彼女は、メイドだというに前線近くで魔法を展開し、盗賊たちと戦っていた。あれだけ謙虚さを持ちえながら、更に自分の足で立ち上がれる力も持っているのかと、俺は素直に驚いた。そして彼女ならばグリンズヒッツの名に恥じない貴族になれると思った。平民出だろうが関係ない。父はそういうことに寛容であたし、俺も気にしないからこそオーバンが横にいる。


 だが俺は彼女の戦闘スタイルには、不信感を抱かざるを得なかった。彼女は身体に陣を描くという戦い方を見せた。そんなものは初めてだった。陣はいわば魔力変換装置だ。陣に描かれた術式によって魔力は初めて意味を持つ。その過程では様々な魔力変化が起こるため、それを身体に描けば魂や肉体に悪影響が必ず出る筈だ。これを彼女に教えた人物…恐らく主人に対して疑惑の芽が息吹いた。





 「よっと。こんなんじゃ俺は死なねぇよ!」


 彼女の目の間で、オーバンは持ち前の頑丈さを見せつけた。彼女はそれはもう驚いた様子で、俺はクスリと笑いつつ、オーバンにだけ格好つけさせてはたまらないと前線に飛び出した。盗賊たちが迫り来る。俺だって二年間も旅をして生き抜いた男だ。この程度で負けるほどヤワじゃない。


 「ユーリさん!届いて!」


 俺の合間を縫って、アイラの魔法が盗賊に激突した。かなりの威力だ。普通ならば、何故彼女がこんな強力な魔法を使えるのかが気になってしようもないだろう。でも、俺は彼女が俺を助けようとしてくれたことに、心配で駆け寄ってきてくれた事が嬉しくて、そんなことは頭の片隅から追い出してしまった。健気じゃないか。誰かのために動ける人間は少ない。それもこんな危機的状況でだ。自身の目利きが間違っていないことに嬉しくなった。


 やはり、彼女が欲しい。その人間性に惹かれた。このような人柄はそういない。ましてや、手の届く範囲にいることは稀だ。妻に出来なくとも近くに置きたい。彼女が金銭面で困っているならば、余程のことがない限り仕える相手は俺のほうが都合が良い筈だ。そんな欲求を叶えようと思考し、彼女にまた問いかけようと考えた時だった。彼女は何時の間にか震え、膝をつき、酷く錯乱して、兎に角尋常じゃない様子だった。


 「アイラ、大丈夫っ!?」


 彼女に何があったのだろうか。何とかしようとして彼女の肩を掴み、顔を覗き見ると、彼女の瞳はガクガクとゆらぎ、言葉にならない音をつぶやき続けていた。危険な状態だった。


 いったいなにが…魂魔法をくらったのか?どうすれば治る!?次の街へは後どれくらいだ!?そんな意味のない思考に塗りつぶされ始めた時だ。



 「私のアイラに触れるなっ!」



 一人の若い魔女が叫んだ。全身を包むローブにアイボニの杖。伝統的な魔女の装いだった。今まで俺に何の反応もなかったアイラが、彼女の声に反応する。俺はそこで漸く、この魔女こそがアイラの主人なのだと理解した。


 魔女はアイラを抱きかかえ、子供をあやすように優しく宥める。角度を帰れば、優しい主従関係だろう。しかし、俺はそこに歪を感じずにはいられなかった。まるで拘束。魔女のそれは、アイラを依存という拘束に導く術式のように見えたのだ。もしかしたら、それは単なる嫉妬であったのかもしれない。俺も男であるからには、あんなふうに頼られてみたいという思いもある。しかし、確かに俺の目には、奇妙な光景に見えた。直感と言っても相違無いだろう。捉えられた少女。牢獄に縮こまり、助けを待つ…そんな姿を幻視した。






 ここで俺にとってアイラという少女の存在は、気になる子から、近くに置きたい人を経て、守りたい女へとなった。魔女とアイラの関係がどんなものかは想定がつかないが、そんなもの今はどうでもいい。そう、知らなければ知るために動くのだ。旅の中で、知らない土地だから、知らない文化だからと何もしなかったがために、どれほど後悔を重ねたか。もう旅は終わる。建国祭までが、タイムリミットなのだ。自分で相手を決めることのできるチャンスはもう来ないだろう。


 「オーバン。俺は腹をくくった!」

 「なんですかい旦那ぁ。驚かせないでくさいよ」


 アイラが俺を迷惑がろうがどうでもいい。選択肢を与えるくらいのお節介は許されるだろう。最後の選択は彼女に任せる。よし、時間はない。ならば行動あるのみだ。


 「まずは、あの魔女が何者か調べるぞ!」


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