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第二話 この腐った現実世界から

これから、気分転換みたいな感じでこっちもちょこちょこ書いていこうかと思います。

よろしくおねがいします(*´ω`*)

 人が全く通らない裏路地に、一軒のアパートが建っていた。

 建ってから長い月日が経過している為かその外見はボロボロで、一階二階合わせて十ある部屋の内、人が住んでいるのはたったの三部屋だけという有様である。

 そんなぼろアパートの人が住んでいる部屋の一つから、男が誰かを怒鳴りつけているような声が発生していた。


「俺は飯を買って来いつったよなぁ?!」


「……」


「黙ってんじゃねぇぞゴラァ!」


 そんな怒り心頭という様子の男の声に追随するようにして鈍い音がし、


「――――――っ!」


 声にもならないような悲鳴を上げつつ、一人の少年が部屋の玄関口から扉をぶち破って外に吹っ飛ばされた。

 視界が何度も上下逆転し、小学校中学年ほどの幼い体が地面を転がっていく。

 体中に傷口が開き、柔肌は土で茶色く汚れていく。


 この時、不幸中の幸いだったのは、この少年が飛び出てきた部屋が一階部分に相当していたという事だろう。もし、それが二階だったのであれば、この少年は大人の背の一・五倍はありそうな高さから無防備に墜落していたに違いないのだから。

 やがて、アパートを囲っている塀に衝突し、勢いが止まった。


「――ゲホッ!」


 腹の痛みに表情を歪ませつつ、立ち上がった。

 そんな少年の身長は百三十センチ程しかない。体格はやせ細っており、服も粗末であるためか、本来は整っているであろう顔立ちもどこか貧相なように見えた。


「飯を買ってくるまで、帰ってくんじゃねぇぞ!」


 そんな怒声と共に、少年が弾き出てきた部屋の扉が「バタンッ」と勢いよく閉まる。

 裸足のまま、少年は外へと取り残された。


「……黙ってよ、くそ野郎」


 忌々し気に、それでいて何も感情を感じさせない声で、先ほどの怒声の持ち主であろう人物を罵倒しつつ、少年はアパートの敷地から出ていく。

 十月に入ったころの今の季節、外の気温は肌寒さを感じさせるものとなっている。


 そんな中を肌着一枚で少年は最寄りの商店へと向かった。


 金など、彼は持っていない。かと言って、この日本で小学生――それも貧相な格好をしたこの少年が「真っ当な」手段で金を稼ぐ方法など皆無に等しい。


 だったらどうするか。

 普通の子供なら、親にお小遣いをせがむところである。

 だが、この少年――鞍馬(くらま)駿(しゅん)に世間一般的に言われている「親のようなモノ」は存在しない。


 ――いや、昔。それこそ、二年前には彼にも「親」は存在していたのだ。


 三年前の駿は、所謂「普通」の子供だった。

 両親に囲まれ、愛情を注がれ、すくすくと成長していった。

 ――だが、三年前、彼の父親が死んだ。交通事故だった。


 その当時、小学二年生だった駿とその母親は二人で暮らすことを余儀なくされた。

 駿の祖父母は皆他界しており、他に頼れる親族なども皆無だったためだ。

 駿の母親は慣れないながらも、お金を稼ぐために働き始めた。

 昼はパートの仕事に入り、夜はクラブで客の接待。

 睡眠時間は極限まで削られ――そしてやがて、一年も経たないうちに彼女の体は悲鳴を上げる。


 そんな母親が生計を安定させるために連れてきた再婚相手が――あの男。

 夜の接待中に知り合ったというその男は、有名企業の社員で高給取りという肩書で駿の母親に近づいたのだが――この男はロクデナシだった。

 昼間から酒を飲み、日常的に駿や母親に暴力を振るう。


 元々、働きづめで精神にガタが来ていた駿の母親は夜逃げし、駿は今、この男の「気まぐれ」で生かされているようなものだ。

 いつ、殺されてもおかしくない。なんなら、明日にでも。

 食事にありつけるのだって、一日に一回あればいい方だ。

 そして、それらを周りの人間は見て見ぬふりをしている。

 小学校の教師も、一度家庭訪問をしただけでそれ以上の対応をしなかった。今は学校にも行けていない状況なのに、それを無かったことに――それこそ、「駿」という子供がいなかった事にしようとしている。


「……腐ってる。何もかも」


 しばらく歩くと、人がたまに通る程度の小さな通りに出た。

 そこで、彼は「獲物」定めを始める。

 金を持ちえず、金を稼ぐことができない駿が金を得る「真っ当でない」手段。所謂「スリ」だ。

 やがて、駿は一人の老婆に目標を定める。狙うは、彼女が持っている手提げかばん。


「しょうがないんだ。やらなくちゃ――」


 心の奥底から湧いてくる罪悪感を抑え込み、老婆に近づく。


 あと、十メートル。


 こんな事、してはいけない事なんて、理解している。


 五メートル。


 だが、彼を進んで助けようとするものはいなかった。


 三メートル。


 世の中にヒーローは存在しない。あるのは唯――


 一メートル。


 残酷なまでの「現実」だった。


「泥棒――――!」


 老婆から、悲鳴にも似た声が上がる。

 駿は老婆の悲鳴を背に受けながら強奪した鞄を抱え込み、沸き起こる恐怖を必死に飲み下しながら裏通りへと進む。


「待て――!」


 後ろから、複数人の男の声が上がった。早くも追手が迫っているのだ。

 捕まれば、牢屋に入れられる――本来は、法律的にあり得ないはずの事を無知な為に考えつつ、必死に逃げ回った。



 ――そして十分後。


 駿は舗装もまともにされていない裏路地で倒れ込んでいた。

 追手は駿がこの辺りの道に詳しかったためか、つい先ほど巻くことが出来た。始めからある程度距離が開いていたのが功を奏したのかもしれない。

 しかし、十分以上も全力で疾走することを強いられた駿は、息も切れ切れとなってしまっている。元々、食事もまともに食べていなかった駿には、今回の運動はかなり堪えてしまったらしい。


「はぁ……はぁ……」


 裏路地に、弱り切った駿の息遣いだけが響く。

 辺りは近くに建っているビルが日を遮っている為か薄暗く、空き家ばかりなのか人の気配が一切無かった。


 日陰は秋に入った気候も相まってか、駿の体温を容赦なく奪っていく。


 そんな時だった。


 彼の体に異変が起こったのは。


「あ……れ……?」


 突如として、駿の体を眩いばかりの光が包み込んだ。


 何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。

 駿にも分からない。

 ただ、包み込んだ光はどこか温かく、その温もりは疲弊しきった体を容易に眠りへと誘っていく。


 ――あぁ、どうなっちゃうんだろう。死ぬのかな、僕は……。


 そんな事をぼーっとする頭の片隅で考えつつ。

 駿は眠った。

 久々に安らかな寝顔で。


 そして、彼と言う存在は『この世界』から消滅した。






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