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第八十七話「番付と国許の便り」

第八十七話「番付と国許の便り」


 九郎の愚痴を聞いて数日、俺は多少もやもやとしたものを胸の内に抱えながら、狩りに勤しんでいた。

 それはそれと、切り分けなければならないのだが、なかなかに難しいものである。


「猪楡、右を頼む!」

「承知!」


 俺達は主に南と西、一里から二里を狩り場とし、主に三眼蜥蜴や大角鬼混じりの群を狩っていた。


 流石に金棒は捨てているが、それでも日に二十両から三十両は儲かる。


 八走はそうそう出会わないようで、そんな話を会所で九郎にすれば、だから引き取りも高いんだろうにと、笑い飛ばされていた。


「……ハッ!」


 鬼の群に走り込んだ申樫が、一度に四体を切り裂いた。


 周囲に人の目がなければ、御庭番衆も遠慮なく忍術を使う。


「申樫、見事!」

「はっ、ありがたく!」


 俺が派手に動くので鬼の目を誤魔化しやすく、僅かに隠形の術――気配を消すだけで、面白いように鬼の首が狩れるという。


 一度など、俺が鬼貫を構え走り込むよりも早く、大角鬼混じりの二十匹ほどをほぼ一瞬で狩りきってしまった。

 説明されないと、どんな忍術なのか分からないほど、御庭番衆の術は多彩だ。


「今日のところは、このぐらいでいいか」

「はっ、時間も宜しゅうございます」


 無理をせぬのが肝心と、日暮れ前には御仁原に戻れるよう、俺達は余裕を持って狩りを行っている。


 奥深くまで進めばもっと様々な魔妖もいるそうだが、番付上位の大関、関脇といった役付き狩人のように、泊まりがけで御仁原から離れるほどの無茶はしないと決めていた。


 一狩り千両も希ではないそうだが、理由は簡単、命あっての物種だ。


 おまけに、野営の為の道具がべらぼうに高い。


 三州大社の本社の手によるその品は『魔除けの瑠璃珠(るりたま)』と呼ばれ、一つ百両。

 だが値段はともかく……御仁原に据えられた魔妖祓之御珠のように、珠の周囲に結界を張ってくれるものの、効果は一夜、使い切りの消耗品なのである。


 これではちょっとお試しに使ってみるか、とはいかない。


 身の丈に合っているかどうかは横に置き、日に二十両から三十両の儲けが約束されているなら無理を重ねる必要はなかった。


 そもそもこの日々の利益でさえ、黒瀬での暮らしと経済感覚が狂うほどの大金だ。


 二十両もあれば麦なら百六十俵、六十四石も買えるわけで、黒瀬の領民五百五十人が優にひと月以上は食えてしまう。


 ……十日ほど頑張るだけで、年の稼ぎに近い額がまかなえてしまう格差に理不尽なものを覚えつつも、権力と財力の結びつき、その理屈と影響は、現代社会でも大倭でも変わりないのだなと、こっそりため息をついた俺だった。




 月が変わって神無月十月。


「よう、旦那!」

「おう、九郎か」

「旦那の名前も出てるぞ!」

「名前? なんのことだ?」

「こいつだよ!」


 会所で獲物を換金した帰り、往来で九郎に呼び止められ、何事かと身構えれば、今月の番付表であった。


「へえ、東の幕下三枚目か」

「いやいやいや、初の狩り月から幕下って、大物だからな!?」

「そうなのか?」


 東西に加えて幕内もあるので、上から数えてざっと三十番目ぐらいか。


 ちなみに横綱はなく、幕内と幕下の間に十両もない。

 横綱は後になって大関の上に付け足されたというエピソードは知っていたが、十両の方は聞いた覚えがなかった。


 ……相撲がこちらに伝わった時期、などというものにも、関係がありそうな気もするが、確かめようもないので考えるのを放棄する。


「九郎、これは何処で売ってるんだ?」

「会所の向かい、錦絵の瀬季(せき)屋で買えるぞ。一枚三十二文だ」

「おう、すまん」


 そのぐらいの金額なら、まあ、買ってもいいか。


「旦那、あんまり興味がなさそうなのに、買うのか?」

「ああ、国許への手紙に添えればいい話の種になりそうだ、と思ってな。そろそろ、返事が来てもいいころなんだが……」

「へえ……。そう言や、どっかの大名の関船が港に入ったらしいぜ。旦那と同じく、また大名様でも来るのかねえ……」

「侍の知り合いは何人か出来たが、大名の知り合いはいないな」


 大方は三州各地の出身で、お殿様から狩人株を貸し与えられ、腕に磨きを掛けつつ稼ぐのだと口にしていたが、中には遙か遠く、草州からやってきた侍大将もいた。


「まあ、そのうちと言わず、会所や狩り場で会うことも――」

「殿!」

「む? 近次郎!?」


 呼び止められて振り向けば、新津の差配が忙しいはずの近次郎である。


「お元気そうで、安心いたしましたぞ!」

「旦那は本当に、お殿様なんだなあ……」


 俺は思わぬ相手の訪問に首を傾げつつも、九郎に礼を言って別れ、近次郎を宿の向かいの飯屋に誘った。


 せっかくだしと、日が高いのにも関わらず、中品の濁り酒と、安い肴――今が旬の秋刀魚の塩焼きを注文する。


 焼き上がるまで口が寂しいので、冷や奴も人数分頼んだ。


「たまには鷹羽丸も沖に出してやらねば、我らの腕も(なま)り申す。丁度良いから、ちと足を伸ばして殿のご機嫌を伺って参れと、ご家老様よりお許しが出ましたもので、これ幸いと御仁原に舳先を向けました」

「そうか。……多いな!?」


 これは皆様からの便りですと、妙に分厚い手紙の束を渡される。


「しかし近次郎、来てくれるのは嬉しいが、新津は大丈夫なのか?」

「はっ、万事快調にて、長屋は既に四棟、新津の港も底浚えがほぼ終わっておりまする」

「へえ……」


 預かってきたという信且の報告を読めば、黒瀬は試し田を掘ったところに豆を植え、飛崎は潤沢になった水のお陰で東下菜の畑が倍増、遠山はそろそろ田の刈り入れが近いという。


 近次郎も、大きな事故や事件はないが、皆で競うように土地に手を入れておりますと、口を添えた。


 嫁さん達からの手紙は、後でじっくり読ませて貰う事にする。


「そうか。しかし近次郎、よく鷹羽丸の入港許可が出たな。確か、島口でも株の改めがあったように思ったが……」

「某、狩人でも商人でもありはしませぬが、お仕えする主君に用がありました故。また、鷹羽丸には水先案内を兼ねて、改方(あらためかた)の役人が同乗しておりまする」


 家名を名乗った以上は不正もし難いだろうし、監視役が同乗しているなら、まあ問題もないのだろう。

 交代の時には全員で戻ろうかと思っていたが、これなら廻船の一往復で済みそうだ。


 ……それはともかくこの秋刀魚、添えられた大根下ろしが妙に辛くて旨い。


 皆で顔を見合わせ、もう一尾づつ、今度は飯も一緒に頼む。


「して、殿。お戻りの予定は? 御台様はじめ、お歴々より必ず殿にお伺いするよう、厳しき命を頂戴いたしておりますれば……」

「ああ、すまん。……そうだな」


 今日便乗して、というのも困るか。


 多少はこちらで縁づいた人達もいるし、もう一稼ぎしておきたい気持ちもあった。


 ……ふむ。


 今年については、株の維持に必要な冥加金百両、奉納金百両、小鬼の角二千匹、これらの手配は終わっている。

 現在の手持ちは百両少々、損はしていない。後はそれこそ、余禄でいいのだ。


 迎えが来るまでに約半月、堅実に稼ぐだけで、十分に黒瀬は潤うだろう。


 だが、せっかくの狩人株、その後も遊ばせておくのは勿体ないわけで……。


「猪楡」

「はっ」

「狩人株は当面、御庭番衆に差配を任せる。俺の入れ替えで、御庭番衆から交代を選んでくれ。近次郎が黒瀬に戻り次第、廻船を差し向けて貰うようにする」

「承知!」


 また、御庭番衆も適度に交代させること、決して無理はしないことを条件に、志野砦の普請費用も含め活動資金を稼ぐよう指示をしておく。


 詳細は戌蒔が戻ってから詰めるが、流石に他の村同様、米麦の手当だけで忍の練度を維持しつつ砦を作り、護衛もつつがなく続けよというのは、とてもじゃないが無理の押しつけすぎだろうと常々思っていた。


 都の備党蕪党からの援助もあるらしいが……黒瀬の国そのものも含め、頼りきりというのもよろしくない。


 なんとか稼ぎ場である御仁原を上手く使い、黒瀬の安全度を上げて貰いたいところである。


「年に数度は俺も出る。その時は頼むぞ」

「はっ、お待ち申し上げます」


 ……もっとも、御庭番衆こと兎党は元より手錬揃い、猪楡のような組頭クラスとなれば、護衛仕事という『足枷(あしかせ)』が放棄できるなら、大角鬼どころか三眼蜥蜴ぐらいは一人でも余裕だと、後になって知った俺である。

 


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