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第八十六話「赤籠手の九郎」

第八十六話「赤籠手の九郎」


 長月九月の中旬、神社と約束していた護衛期間は終わったが、増援の衛士の到着にはもうしばらく掛かるというので、俺達は変わらず見回り衆ほ組の護衛を引き受けていた。


 いくらかは御仁原にも慣れ、揃いの鉢金を購入して貯蓄も増えている。


 多少は狩人らしくもなってきたところだ。……と、自分では思っていた。


「祓え給い、清め給え……」


 俺はようやく、神通力の初歩の初歩、御力(おんちから)の術を得ていた。


 神通力行使は、息の行で身体を調えてから、祝詞を一心に唱えて大御神をはじめとする神様の力をお借りする。

 しかし、襲い来る魔妖を前にして、全文を一気に奏上するのは無理があった。


 そこで略式の奏上を行うのだが、思いの外これがきつい。


「此の身は(たけ)き身、(たけ)き身、(たけ)き身。……ふう」


 勲麗院様も見事に行使されておられたが、あの域に達するのは何時の事やら……。

 今は辛うじて使えるというだけで、実用性はほぼない。


 略式の祝詞を二言三言唱えただけで大きく息をつくなど、『俺の知る』普通ではあり得ないのだが、全力疾走直後のように疲労感が訪れる。


 大倭では、気力というものが俺にも実感できる『何か』として実在し、使えば実際に目減りするのだと、身をもって知った。


 飛ばされて以来、これまでも様々な不思議に出会ってきて、それなりに納得していたつもりだったが、この世界、まだまだ奥が深いようである。


 修行を積み行使に慣れてくると、御札を貼った鬼を柏手で燃やすぐらいは造作もなく出来るようになるそうだ。

 だが、巫女さんや衛士達のそれは、何年にも渡って行われた修行の結果であり、一朝一夕に身に着くものではないのだと、思い知らされてもいた。


「では、本日も参りましょうか」

「はい」


 儲けはともかく、修行をさせて貰える今の環境も、これはこれで悪くないなと思っている。


 トレーニングして何かを身につけるなど、本当に久しぶりだ。


 しかも、成長は結果として目の前に現れる。


 これが実に楽しかった。




 ▽▽▽




「本当に助かりました、黒瀬守殿」

「いえ、こちらこそ神通力の修行をつけていただき、ありがとうございます。お世話になりました」


 下旬、三州大社から増援の衛士や巫女が到着し、俺達は普通の狩人に戻った。


 根城は再び稼目屋に移るが、今後も鍛錬の面倒を見て貰えるそうで、暇を見て訪れるようにと言われている。


「では、行くか!」

「はっ!」


 今日のところは引っ越しと、装備の購入に走り回る予定だった。


 猪楡達には交替で護衛を休み、一日気楽に過ごせと伝えている。


 忍が休むなど以ての外と最初は反対されたが、たっぷり休養した兵士と、連戦で疲れている兵士、どちらが強いかというたとえ話で、どうにか納得してくれた。


 四人部屋を一つ借り、手紙を書いて武具の手入れをしていれば、夕陽が傾いてくる。


 その日は奮発して屋台を食べ歩き、大振りの寿司、天ぷら、蕎麦を腹に入れ、英気を養った。




 俺達黒瀬衆の快進撃は、その翌日より開始された。


「や、八走(やつはし)一頭、七尺三寸、傷少なし」


 八本足の大蜥蜴は牙、爪だけでなく、全身の肉身に毒を持つ。


 それだけならば皮を剥いで打ち捨てていくが、肉を刻んで煎じると、毒矢に丁度良い塗り薬になった。


 人の口に入る獲物――狩りには使えないものの、一部の魔妖に効果があるので、遙か都や草州に運ばれていくそうだ。


 大角鬼の金棒にくくりつけて持ち帰ったが、金棒よりは引き取りが高い。


「他、大角鬼、鱗鬼、疾鬼、〆て百二十二両二分、銭三十六文!」

「おお!」

「俺っちもあやかりたいもんだぜ!」


 周囲の狩人から、羨望の眼差しを浴びせられる。


 一日で百両は俺達にとっても新記録だが、実のところは計画通り、策が上手くはまっただけなので、あまり自慢にはならない。


『へ組はどうであったか?』

『お浄めは滞り無く。ただ、西に二里少々、八走の足跡を見もうした』

『八走か、難儀だな……』

『ふむ、黒瀬守殿は明日よりここを離れられるそうだが……どうじゃ?』


 神社の見回り衆は、毎日狩り場の情報を交換する。


 無理は禁物ながら、退治して貰えれば我ら衛士も助かると、乗せられてしまった結果だった。


 体のいい露払いでもあるが、これも持ちつ持たれつ、八走は総身なら魔ヶ魂込みで八十両から九十両といい儲けになるし、断る理由もない。


 今後も神社に顔を出せば、鍛錬のついでに情報を流して貰えるそうである。


「旦那、やるねえ」

「九郎か。そちらも大稼ぎのようで、結構だ」


 相変わらず九郎も、魔ヶ魂や角がたんまりと入った大袋を会所の帳場に預けていた。


 この男も手練れの一角なのだろう、羽振りは良さそうである。


「今月の番付にゃ、旦那の名前も乗るんじゃねえか?」

「番付?」

「ああ、こいつだよ」


 九郎は懐から取り出した大判の紙を、どうだという風に広げた。


 体裁はほぼ相撲の番付表だが、御仁原狩人番付と題字あり、上から順に大関、関脇、小結、前頭と、狩人衆の名が書き入れられている。


 教科書か何かで、江戸時代の温泉地の番付を見た覚えがあった。


 料理でも歌舞伎役者でも剣豪でも、とにかく番付にして庶民は楽しんでいたとか何とか……ある意味、現代のランキング番組に通じる話である。


「へえ、こんなのがあるんだなあ」

「まあ、一文の得にもなりゃしねえお遊び……のはずだがよ、こっちも励みになるし、上の方の番付なら町衆の受けがよくなるってもんだ」


 俺はここだぞと、九郎は前頭の一、二、三……数えて九枚目を指さした。


 九郎でもその位置なのかと、多少驚く。上には上がいるものだ。


「俺は番付を気にするよりも、どれだけ安全確実に儲けられるか、それが当面の課題だな」

「旦那はもう、それが分かってるのか……」

「ん?」

「己の分を(わきま)えねえと、どんな強者も早々におっ()んじまうってのが世の道理、生き抜いてこその狩人だぜ」

「……そうだな」


 誰かを思いだしているのか、九郎は遠い目でため息をついていた。


 狩人の道理は、まだ身に着いたとは言えない。


 だが、ここで俺が倒れると、儲け話に目が眩み、己の力量を弁えず御仁原に挑んだお馬鹿な殿様になってしまう。……ということは、流石に理解している。


「そう言やあ、旦那」

「ん?」

「旦那も一儲け企んでるのは間違いないんだろうが、何がしたいんだ?」

「取り敢えずは、民の食う麦米を買い増ししたい」

「……は?」

「それから、侍や水主衆の武具、これも錆だらけで買い換えてやりたいし、そもそも俸禄もまともじゃなくてな……」

「いやいやいや、それはおかしいだろ!?」


 何故か九郎は声を荒げ、だんっ、だんっと、土間を踏みならした。


「旦那はお殿様なんだろ!? なんでだよ!!」

「なんで、と言われてもなあ」


 国が破綻するから、などという理屈は、今の九郎には通じないだろう。


 それほどに、激高している。


「石高五十石の細国だと、大名の暮らしは並の庄屋より酷いぞ」

「だって、だってよう! ああ、畜生! 畜生め!」

「ま、まあ、落ち着け。愚痴ぐらいなら聞いてやるから」


 お前こそ、何があったんだ?


 そう思いながらも、猪楡にすまんと目配せし、俺は九郎を居酒屋に引っ張っていった。




 居酒屋とは、元々小売りの酒屋の片隅に、買ったその場で飲める飲み処が設けられたことに端を発するという。


 あるいは、煮売屋(にうりや)という現代で言う惣菜屋が、酒も一緒に出したことがはじまりともいわれる。


 故に場所も狭く、代わりに気安さも売りだった。


 それに御仁原では、この上のランクとなると、夜にならないと店を開けない料理屋で板敷き間を借りるか、美人が横につく遊郭になってしまうので、これは仕方がない。


「……すまねえ、旦那」

「……飲め、九郎」


 九郎の連れ達も困惑気味の表情だったが、席を別にして飲ませている。そちらは猪楡に任せてあった。


「……俺は、さあ」

「うん?」

「武州の東、嶺州に近い田舎の出なんだ」


 中品の濁り酒が入った猪口を傾けつつ、九郎の独白をしんみりと聞いてやる。


「よくある話だがよう、俺は貧農の小倅で――」


 よくある話で、いいのかどうか。


 貧乏農家の九男坊は、払えない年貢の代わりに夫役(ぶやく)で兵士に取られたそうだ。


 俺のような、お殿様名指しの取り立てではない。

 文字通りの兵役だった。


 短い槍と小汚い胴当て一つで魔妖退治に駆り出されたが、九郎は小柄ながらすばしこく、それなりに活躍を見せたらしい。


 しかし、それが評価されることはなかった。


 幾ら鬼を下そうとも、手柄は武州公の係累だという小国の殿様のものになり、褒賞の一つも渡されず、これではやる気もなくなってくる。


(ひで)えのは、その後でよ……」


 九郎の村は山裾の寒村で、鬼が出て全滅したそうだ。


 それだけならば九郎も、殿様に恨みまでは抱かなかっただろう。

 大挙魔妖が押し寄せ、滅ぶ村々は、枚挙に暇がない。


 だが、九郎は知ってしまった。


 鬼が出たとの届けは、城に届いていた。……にも関わらず、都での馬揃え――武州公の威を知らしめる儀式の為に兵は出されず、その時、九郎も都に向かっていたという。


「寒村の民人(たみびと)なんぞ、殿様にとってそんなもんなんだと、よくわかったさ」


 ここにきて、流石に九郎も意を決した。


 運良く増援に出た先、他家の領国にて、無謀な突撃からのお味方敗走という絶好の機会を得た九郎は、鬼の群を突っ切って『戦死』し、何もかもを捨てて自由の身になったそうだ。


「迷惑の掛かる誰かもいねえし、丁度良かったんだぜ」

「おいおい……」

「その後は都に出て、商家の用心棒やら港の荷運び人足で食いつないでたんだが、今の大旦那様が、御仁原の狩人株を手に入れなすったんだ」


 株の維持も九郎の責任で、利益の半金も上納する約束だが、他のお雇い狩人に比べれば破格の待遇だという。


 俺のように、自ら狩人株を使う侍はともかく、お雇い狩人は腕っ節一つで生き残り、その上で稼がねばならない。


 日々、命のやり取りに身を晒す緊張と、そして、焦燥。


 時に、昼間の遊郭から賑やかな声も聞こえるが、それぐらいでないと、狩人なんぞやってられないのだ。


「なのに、旦那はお殿様なのに、民の為の麦を買うとか、そんなこと言うからよ」

「……殿様にも、侍にも、色々あるさ」


 地域にもよるのだろうが、東下や段坂の国主達は、俺が知る限り、かなりまともだった。

 そうでなければ生きていけないという事情もあるが、少なくとも、旧飛崎守のような事件は特殊だったと言い切れたし、舵田黒瀬守は民のため、国のため、命を賭して立ち上がっている。


「悪いな、旦那。……次は俺が奢らせて貰うからよ!」

「ああ、期待してる」


 だが、都に近い場所、いや、権力の中枢に近い場所では、果たしてどうなのだろうか。


 遠山衆の件もあるし、多少は気に掛かってしまう。


 酔いも醒め、寝床にしている宿に帰る九郎を見送りつつ、少々考え込んでしまう俺だった。


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