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サカナじゃないけど出世魚  作者: 大橋和代
飛ばされ者編
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第八話「初手柄」

 庄屋屋敷でもう一泊した翌日、すっかり仲良くなった三吉と話しながら、表庭に向かって歩く。


「じゃあ、一郎はもうしばらく居候なのか」

「うん、幸さんにはすっかり世話になってるよ」


 仕事そのものは結果も出ているから、特に緊張はしていない。後は給金を貰ってお殿様を見送ればお終いだろう。

 表庭に回り込めば、一番目立つところに折り畳みの椅子が置かれ、お殿様が穴沢殿、坂井殿を従えて気楽な様子で雑談をしていた。


「おお、来た来た。

 今日のところは気を張らずともよい……が、戦は締めも大事よ。

 新内、任せる」

「は!」


 三吉が跪いたので、俺もその横に並ぶ。

 ……こういった約束事に疎いので、立場の変わらぬ誰かがいるのはありがたい。


本戦(ほんいくさ)ではなき故、簡易なものであるが、論功を賞す。

 この度の小鬼討伐、誠、ご苦労であった。民の心も安まろう。

 裾清水村、川下の三吉!」

「はい!」

「小兵にも関わらずその働き精励にして忠勇、これを賞し、約束の金子(きんす)銀二(もんめ)二日分に加え、もう一匁を特別に配せよと殿より仰せがあった」

「おお!

 ありがとうございます!」

「うむ!」


 三吉は、口をいつも動かしているが、同時に手もよく動く。

 間違いなく働き者だと思うし、納得の采配だ。


 足軽小頭(こがしら)の坂井殿はお殿様の家臣で恩賞を与える側だから、もちろん次は俺だった。


「谷端村、無宿の一郎!」

「はい!」


 無宿……宿なし呼ばわりは、この際仕方ない。

 これもなんとかしたいところだが……。


「前評判に違わぬ働き振り、見事であったとしか言い様がない。

 また邪鬼を短槍一投の元下したる手柄、本戦であれば高名(こうめい)組打(くみうち)にも匹敵しよう。

 無論、小鬼を下したる数も尋常ではなく、二日で討伐を終えられたのはお主の活躍に因るところが大きい」

「うむ、後は余から話そう。

 ……一郎よ」

「はい?」


 にやりと笑ったお殿様が、俺の所までやってきた。


「城に来る気はないか?

 庄屋大名故、大した俸禄は出してやれぬが、その腕、小袖一着を手渡して村に埋もれさせるには惜しい。

 忠勤成れば士分(しぶん)への取り立ても考慮……いや、お主のことだ、放っておいてもひとり勝手に手柄を積んでいきそうだが、どうだ?」

「お願いします!」


 俸禄――給料が出るならと、俺は即答した。


 着るものも住むところも幸さん任せで、今は生活の基盤も、何もない。

 少々の無茶は、承知の上だった。

 



 ▽▽▽




 小鬼退治が一段落した翌日、俺は幸さんら上郷の人々に見送られていた。


「まあ何にせよ、無理はするでねえぞ」

「はい」

「一郎、頑張ってね!」

「ありがとう。

 今度は土産でも持って遊びにくるよ」


 幸さんには世話になった手前、相場もわからないまま小鬼退治で貰った給料の半分を置いていこうとしたが、断られていた。お世話になりっぱなしは情けないからと口にすると、男の子(おのこ)じゃなと言って笑われている。

 仕方がないので迅八さんに、小鬼の角の取り分は幸さんに渡してくれと、内緒で頼んでいた。一緒についてきた若菜には口止めしてあるが、ばれて困るというほどの秘密じゃないから、まあいいだろう。


 それでも一度ぐらいは、言葉通りにたんまりと土産を持って凱旋したいところだった。もう一つ言えば、借り物の着物とふんどしは幸さんの亡くなった旦那さんのもので、これもきちんと返却しておきたい。


 それに『無宿の一郎』の出身地は、谷端村上郷なのだ。

 居たのは一週間ほどだが、世話にもなったし愛着も……意外と湧いていた。




 城へは半日と少しで着けるが、まずは一度、本郷の庄屋屋敷に寄る。

 認め状――元は飛ばされ者だし殿様直々のお声掛かりだが、一度は村人になったので手続きが必要だった――を受け取り、庄屋さんから途中で食えとふかし芋を貰った俺は、途中の裾清水村に立ち寄った。


 本郷と代わり映えしないが、せっかく出来た友達の住む村だ、素通りをする気はない。

 村で三吉の居所を聞くと、川の方を指差された。

 『川下の』三吉の名に違わず、彼の家は代々の川漁師だそうだ。


「三吉!」

「おう、一郎!」


 彼から両親や弟たちを紹介され、一緒に囲炉裏を囲む。

 昼にも丁度良い時間で、貰った芋を皆で分け、こちらも茶や漬け物、骨っぽいが味のいい小魚の蒲焼きをご馳走になった。


「そう言えば、この川は何が獲れるんだ?」

「おう、今の時期はその蒲焼き、どんこだな。

 あとは鰻に鮎、ハヤ、蟹や海老も獲れる」


 どんこはドジョウに鰭と鰓をつけたような小さい魚で、ここらでは蒲焼きや味噌汁にして食べるが、大半は串に刺した焼き干しにして売るそうだ。鰻は生きたままでも日持ちするから、桶に入れて城下町ならぬ城下『村』の何でも屋にやはり持ち込むらしい。

 冷蔵庫がないから、保存食や売り物は大抵乾物か燻製、塩漬けになるのは仕方なかった。


「なあ、一郎」

「ん?」

「お城勤めって、どんぐらいのお給金出るんだ?」

「さあ……?」

「さあって……手前てめえの事じゃねえか」


 そうは言われても、寝床と飯を自前で何とかしたいという気持ちが先に立っていたし、正式な沙汰――契約は城に行ってから改めて話し合われるので、俺にもわからなかった。

 そもそも、懐に入れた小鬼退治二日分の日当、銀四匁がどのぐらいの価値なのかも、今ひとつ理解していない状態である。


「あぜ道の石垣組んだり家の修理したりって、村の仕事は手伝ってたけど、多少給料――俸禄が安くたって居候よりはいいだろう?

 ……飯が食えて、寝床がある。

 そこからでも、とにかく何かはじめないと駄目なんだよ」

「そりゃまあな」

「俺は飛ばされ者で、家も何もないからなあ」


 川漁師である三吉の家も、優雅な暮らしぶりとは言えないだろう。しかし、自前の家と自前の稼ぎがあるだけでも羨ましい。……日本にいた頃は考えたこともなかったが。


「まあ、たまにはこっちにも顔を出せや。

 小鬼退治ぐらいならつき合ってやる」

「うん、三吉も元気でな」


 多少腹を満たした俺は、三吉と再会を約束して今度こそ城を目指した。




 しかし……背に腹は代えられないにしても、こっちに流れ着いてからやたらとついた筋力はともかく、兵隊なんて俺でも勤まるんだろうか?


 自問自答しながら道なりに歩くこと1時間少々、ようやく見えてきた少し大きな集落を眺めながら、俺は小さくため息をついた。



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