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第八十四話「御仁原神社見回り衆『ほ』組」

第八十四話「御仁原神社見回り衆『ほ』組」


「そちらが終わったら、神社を訪ねてくれ」

「はっ」


 御仁原に戻ると、獲物の換金を猪楡らに任せ、俺は岩白だけをお供に、町の中心にある代官陣屋の隣、御仁原神社へと向かった。


 背中の衛士は寝ているが、時々うめき声も聞こえるので、足元に気を遣いながら歩く。


「あちらの右手です」


 御仁原神社は代官陣屋よりは小さいものの、田畑で言えば広さは一反、遠山の神社と同じく、三百坪ほどはある。本殿、社務所の他にも、建物が幾つも並んでいた。


「御仁原神社は三州大社の分社にて、主祭神は大御神であられます」

「御神宝である魔妖祓之御珠へのご奉仕も、大事なお役目なのです」


 危急にてお清めは略式と、手水舎の水で背中の衛士共々頭と手足をさすられた。

 そのまま先導され、衛士の宿舎だという右手の長屋に案内される。


「範雅殿!?」

「大丈夫ですか!?」

「忠平と公房がやられ、範雅もこの通りだ! ……簡易な手当は済ませたが、もう一度傷口を洗い清め、休ませてやってくれ」

「た、直ちに!」


 衛士を玄関先で降ろすと、小姓が具足を外して奥に運んでいった。

 会釈されて気付いたが、迎えに来た同僚だろう男も、頭に血の滲んださらしを巻いている。


「黒瀬守殿、まっこと、ありがとうございました!」

「お疲れでございましょう、どうぞ社務所へ」

「ああ、では先にお参りを……」

「おお、これは失礼いたしました!」


 ならばと断りを入れ、もう一度身を浄めてから、本殿の参拝をさせて貰うことにした。

 信心深くなったというより、神様には実際に何かとお世話になっているわけで、ご挨拶が欠かせないなという気分の方が大きい。礼儀には適っている、としておきたいところである。


 ……ご不在だったのか、幸いにしてご降臨はなかった。


「こちらでございます」


 足を洗い、板敷きの小部屋へと上がらせて貰えば、先ほど同道した巫女の敏子(たつこ)様と、神職――禰宜(ねぎ)の津野高惣(たかふさ)殿が迎えてくれた。


「この度は、ご助力をいただきまして、ありがとうございます。改めて、御礼申し上げます」

「いえ、お役に立てたのなら、幸いです」


 釜煎りだという茶と共に、矢羽を象った落雁が出てきた。


 甘味は久しぶりだ。ありがたく頂戴する。


「こちらに来てまだ数日、右も左も分からないので、とりあえず慣れていこうと、近場で小鬼のみを狩っているところです」

「まあ、そうでいらっしゃいましたか」


 さぐり合いというほどではないが、当たり障りのないところから入りつつ、御仁原の様子などを教えて貰う。


 猪楡、申樫、岩白とともに、毎日どこかの飲み屋や飯屋に出入りし、息抜きと情報収集を兼ねて、客や店の主人らにあれこれと聞き回っていたが、こちらで長く暮らす者には常識でも、自分達には知らないことが多すぎた。


 狩人も大変そうだが、神社も大変らしい。


 巫女一名に数人の護衛をつけた見回り衆が六、これを交替で派遣して、狩人によって狩られた鬼を焼き浄め、あるいは洗い浄めてているという。


 狩人株が百で四百人、それに比べれば随分少ないが、巫女や衛士、神職は神通力が使える。戦力としての見回り衆は、狩人の数組に匹敵した。

 また、大物も毎日倒されるわけでなし、この人数でもぎりぎり回せているそうだ。


「会所より大物退治の報せが来ると、見回り衆を三つ四つと固めて隊を為します」

「それでも足りぬ時は、狩人衆を雇い入れますな」


「あるいは」


 敏子様が言葉を切り、しっかりと俺を見据えた。


「怪我人が多く、交替の衛士や巫女が足りぬ時にも……お願いすることがございます」


 高惣殿とともに、丁寧に礼をされる。


 今日亡くなったという二人の衛士の弔いも、何もかもを後回しにして、俺を茶に誘った理由でもあった。




 結局、しばらくの間――半月ほどであればと、俺は頼みを引き受けることにした。


「学ぶと同時に、百両の相殺は本気でありがたい。それに、大社への助力になるなら、好条件になると思う」

「殿がお決めになったことであれば、某らは特に。ですが、奥地へ赴く仕事とあれば、緊張も新たに致します」


 護衛仕事の条件は、寝床の提供と三食、奉納金の相殺。


 そしてなんと、神通力の鍛錬方法伝授である。これが決め手になった。


 すぐに使えるようになるとは限らないが、葉舟様らにも使えると言われたような覚えもある。多少なりとも神通力習得の手ほどきして貰えるならば、ありがたい。急ぐものでもなし、地道に覚えたいところだ。


「しかし……」

「どうした?」

「半月で百両の仕事とは、御仁原の相場が特別とは申せ、少々大盤振る舞いに過ぎるのでは?」

「六組の見回り衆のうち、敏子様の組も含め、二つが動かせないそうだ。数日前にも三人の衛士が倒されたと聞いた」

「なるほど、なりふりは構っておられぬと」


 小鬼狩りは後回しになったが、御仁原の奥深い狩り場に慣れるのにも丁度いいだろう。


 出向いた先で余裕があれば、狩った獲物を持ち帰ってもよいとの言葉も貰っていた。

 至れり尽くせりであるが、敏子様らの組も二人の衛士を喪い、必死なのだ。


 早速宿を引き払い、衛士の宿舎の一室に居を移すことにした。




 ▽▽▽




 御仁原到着四日目、気分良く目を覚まして東下菜の煮付けと貝汁の朝飯を掻き込むと、鎖帷子を身につけた猪楡らを少々羨ましく思いながら、脇差しと槍を手に、表口に並ぶ。


 しばらくもしない内に敏子様、高惣殿、それから昨日は見なかった衛士がやってきた。


 腰に大きな太刀を佩き、黒塗りの大鎧という出で立ちで、如何にも歴戦の強者といった風情の三十男である。


「某は三州大社の衛士組頭にして、三州山鞍(やまくら)春見(はるみの)(くに)の出、内場長直(ながなお)と申します」


 山鞍は同じ三州でも西の山手、東下からだとかなりの遠方になる。春見国は表高一万八千石の中国で、長直は足軽大将の次男だという。武者修行を兼ねて奉仕に出たが、もう十年も衛士として大社にお仕えしているそうだ。


 というわけで、巫女と神職と衛士、大名に忍びが三人という変則的な見回り組が組まれた。


「今日のお鎮めは西、一里より先が我ら『ほ組』の預かりとなります」

「ははっ」


 いろはにほへ、の六組で回す見回り衆だが、担当地域はほぼ毎日入れ替わる。


 魔妖の濃密な区域は、お鎮めも疲れるし襲われる頻度も高い。

 近場の楽な区域を交替で休憩日代わりに使っているのだが、どの組が倒れても混乱なく隙間が埋められるようにという、哀しい理由もあった。


 竹水筒、昼の握り飯、打飼袋など、荷を確かめて身につけ、先頭は俺と長直殿、後ろに忍、間で敏子様と高惣殿が守られるという隊形をとる。


 西門から出て道なりに歩いていたが、遠出は初めてとあって気を抜けない。


「でいっ!」

「やあ!」


 一里進むまでに小鬼や疾鬼の群に襲われること三回、角を切り取る許可も貰えた。


 俺達以外の誰かが斬り捨てた鬼も含め、御札と二柏――拍手によって浄化されていく。


 火は使われなかったが、小鬼ならばこれで十分とのことだった。流石は大社の直属集団、見事な神通力である。


「黒瀬守様だけでなく、連れのお三方も手練れのご様子ですな」

「まっこと、お引き受け下さって助かり申す」


 まだ御仁原に近い場所というだけでなく、人数の余裕が狩りの余裕を引き出す好循環であるが、油断は禁物だ。


「ご無礼、御前失礼いたす」

「ご武運を」


 交替で休憩を入れ、狩人らに追い越し追い越されしつつ、鬼の(むくろ)を見つけるたび、敏子様、高惣殿、長直殿が浄化する。


 俺達はもちろん、浄化中の護衛だ。


 こちらではよく見かけるという少々堅固な鱗状の皮膚を持つ鱗鬼(りんき)や、三眼(みつめ)蜥蜴(とかげ)なる額に魔力を持つ第三の眼がある魔妖など、襲われ次第狩っていく。


「三眼蜥蜴は特にお気をつけを。額の眼を光らせて噛みつき、黒魔(こくま)の毒を流し込まれますれば大事ですぞ」

「黒魔の毒には解毒の薬がなく、御神水(ごしんすい)の風呂で全身をくまなく浄めなくては、死に至るのです」


 毒自体は弱いが身体が着実に蝕まれるので、三眼蜥蜴は厄介な相手とされていた。俺も聞き込みで名前だけは知っていたが、実物は尾まで含めて三尺少々、一メートルはある大蜥蜴は見かけよりも素速い。


 神社でも解毒の用意はしているが、半日ほど特別な風呂に浸からなければ浄化できず、面倒なだけあって浄財も高くつくという。


 その代わりに、鱗が細かく強靱な皮は美品なら二百文、魔ヶ魂は一両ほどになるそうだ。


「お勤めに余裕があれば、我らも狩りまする」

「無論、役得というわけではなく、お社の修繕費用や御饌(みけ)の不足分にあてるのですが……」


 御仁原神社は大勢の巫女や衛士を抱えているものの、懐事情はかなり厳しいようだった。


 ……大社への助力は葉舟様も望んでおられたし、当面は獲物の半金を賽銭箱に突っ込むぐらいが丁度いいかもしれない。


 宿と飯に加えて無料の水先案内人が付いている仕事など、不案内な俺達一行には贅沢すぎるのである。


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