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第八十二話「御仁原到着」

第八十二話「御仁原到着」


 葉月八月の下旬、俺は猪楡(いのにれ)申樫(さるかし)岩白(いわしろ)と、三人の御庭番をお供に、御仁原へと向かう船上に居た。


 俺の出陣が大して反対されなかったのは、葉舟様と榊殿のお陰である。

 曰く、一郎にはそれだけの力もあるし、大社への助力にもなるそうだ。


 腕っ節の方は葉舟様のお墨付きも出たし、俺抜きで出稼ぎというのも効率が悪すぎる。


 総大将である殿様が倒れたらどうするのかとは、もう言われなかった。


 黒瀬は規模が小さすぎて、全体指揮の効率と安全よりも、指揮官先頭が意味を持つ。


「しかし、船賃が高うございました」

「まあ、それだけ特別なんだろうなあ」


 甲泊から添島の北にある島口までは一人四百文、島口から御仁原は、大して距離が変わらないのに一人一両である。


 無論、飯などついておらず、四人で蕎麦餅――蕎麦粉と小麦粉の練り物を焼いた行軍食と、鰯の焼き干しを囓りながら、竹筒の水を飲んで我慢した。


 甲泊で聞き込んでおいたから、金子と道中の飯は用意している。


 多少は信且らも噂を知っていたが、細国に縁にあるようなものでなし、これまで遠い国の話も同然の扱いだったという。

 聞いたことのある噂を幾つか教えてくれたが、一騎当千と謳われた武士が逃げ帰ることもあれば、商人に見込まれた農民の小倅が頭角を現すこともあるらしい。


 腕っぷしと度胸、それに運。


 全てが揃わねば、一攫千金とは行かないそうだ。


 御仁原は株によって戦力だけでなく経済も統制され、同時にそれだけ儲かるんだなあと頷くに留めた。


 ……誰かが儲かる分には構わないが、騙されないようにだけはしたいところである。


 物知らずの俺など、格好の獲物過ぎて、自分でも狙い目だなと思ってしまった。




 到着した御仁原は、意外にも活気に満ちていた。


 大小の廻船の他には関船が二艘、これは港の左右にどっしりと構えており、船侍も乗っている。


 だが、株によって出入りが統制されているから、時代劇の金山のように厳しいチェックと監視の目でもあるのかと思えば、いい方に外れたようだ。無論、木札は島口で船に乗る前、しっかりと確かめられたが。


 荷揚げが終わると人足達は散っていったが、組頭の寅蔵をつかまえて小遣い銭を渡し、案内を頼む。


「お殿様ら、御仁原は初めてでやしょう。先に狩人座の会所で、大友の旦那に一声掛けておきゃあ、後々の困り事が減るってもんで」

「そうなのか。じゃあ、頼む」

「へい!」


 港は総て石造りで蔵が建ち並び、数百間四方と思われる町も全て矢狭間付きの立派な石垣で囲われている。

 道中には、茶屋、飲み屋、旅籠、遊廓、鍛冶屋、よろず屋などが雑多に並び、客引きも多かった。


 町の中央に代官陣屋もあるが、挨拶に行くべきかどうか微妙だ。……今日のところは様子見をしたいので、パスしておく。


「へい、こちらでやす」

「ほう……」

「流石に大きいな」


 造りは大きな商店と言う風情だが、宿の帳場のような受付が幾つも並んでいる。その一つに、胴当てだけを身につけた侍達が集っていた。


「小鬼百二十六、疾鬼六、ふむ、鱗鬼(りんき)は角が四、魔ヶ魂が……三?」

「こいつが突きを入れた時、砕いちまってな……」

「済まねえ、兄貴」

「ありゃあしょうがねえ。むしろ、よくやったぞ」

「お前があそこで突かなけりゃ、吾平がやられてたんだからな」

「そうか、運がなかったな」


 相づちを打ちながら受付の手代が算盤を弾き、筆でさらさらと何かを書き付ける。


「疾鬼が六に鱗鬼が四の三、合わせて八百二十四文だ。小鬼は残り三百十一になったぞ」

「おう、あんがとよ」


 男達は渡された紙切れをそのまま端の帳場で換金し、銭を受け取って出ていった。


「まあ、あんな感じでさ。……あ、大友の旦那!」

「寅蔵か。どうした?」


 こざっぱりとした三十絡みの男に、人足が声を掛ける。


 着物といい風体といい、この帳場の責任者らしい。


「こちら、さきほど宝丸にてお着きの方々でやすが、どうもお侍様のようで、へい」

「ふむ、ご苦労であったな」


 旦那と呼ばれた男からも小遣いを貰うと、寅蔵はにやりと会釈して去っていった。……二重に手間賃を取ったというより、俺が余計に渡したのかもしれない。微妙なところである。


 ただ、並の商人でないなという空気は十分に持っており、無礼はしない方がいいだろうと思われた。


 慣れてからくだける分には構わないだろうが、初手から意味もなくふんぞり返る趣味もない。


「手前、御仁原狩人座南会所にて番頭を任されております、大野屋の友次郎(ともじろう)と申します」

「三州東下黒瀬国主、松浦黒瀬守と申します。よろしく頼みます」 

「……国主様御自らとは、驚かせて戴きました。どうぞ、お付きの皆様とご一緒に奥の間へ」


 なるほど、『大』野屋の『友』次郎かと頷きつつ、足を拭いて板敷きの奥間へと上げて貰う。


 茶とともに煙草盆が置かれたが、板造りの戸襖(とぶすま)は大きく開け放たれたまま、帳場が一望できた。


「まずは、株を改めさせて戴きます」

「ええ、どうぞ」


 懐から木札を取り出して友次郎に渡せば、更に驚かれた。


「三州公御手づからとは、これはまた……」

「少し、ご縁があったのです」


 段坂帯山の戦いの話などは、しなくてもいいか。

 丁寧に返して貰った木札を懐に収め、友次郎に向き直る。


「大凡は、狩ってきた魔妖をここに持ち込んで金に換えて貰うという認識なんですが、約束事は多いのですか?」

「そうですな……」


 やはり、聞いて正解というか、聞いた相手が正解というか、友次郎の話は多岐に渡った。


 まず何よりも、狩人株の維持、これが手間だった。


 年毎に冥加金(みょうがきん)百両、三州大社への奉納金百両の徴収があり、それに加えて小鬼二千匹の角を納めさせられる。


 小鬼は狩っても大した金にはならない故、誰も狩らない。それでは困ると、このような制度が設けられていた。


 その他、収穫物の持ち出し厳禁、狩人の間での獲物の売買は自由だが揉めても座は一切関知しないこと、狩り場での刃傷沙汰などは確かめようもないが御仁原の町下では御法度とされていること、門を出た先の狩り場では禁酒など、荒事が主産業の町ならではの触れは多い。


 代わりに『捨て鬼御免』の特権もあって、ここの狩り場ではお札や護摩で魔妖を焼かず放置しても、一切お咎めがなかった。

 大社から派遣されている衛士や巫女が狩り場を巡回し、見つけ次第焼いて回るそうだ。その為の百両と思えば……利益次第だが、護摩木を背負わなくてもいい分楽かもしれない。


「狩人の暮らしの方はどうですか?」

「贅沢をなさらなければ、四人で一泊二()というところでしょう」


 甲泊の三倍近い。


 思わず猪楡達と、顔を見合わせる。

 大方、美洲津の倍額になりますと、友次郎は頷いた。


「このように高値でも、狩人衆のみならず町衆が黙っておりますのも……商人とて商人株の主、あちらの冥加金は年千両でございます故、致し方なし、というわけでございます」


 それは確かに、致し方なし。


 取られる自分はたまった物ではないが、三州公には重要な財源なのかと、理由だけは納得はした。




 友次郎に紹介された『稼目屋(かめや)』で荷を解き、一服しつつ武具の手入れをする。


 四人で一泊一両は高くついたが、帳場の預かりは信用できると聞き、この旅籠を選んでいた。


 初日で預ける物はないが、信用をしていいのか悪いのかも判別できない。腹を括って、流れに任せるしかなかった。


「当初の目標は冥加金と奉納金、それから小鬼が二千か……」

「数日とは行きませぬでしょうな」


 猪楡は俺の護衛兼荷物番、申樫と岩白には幾らか渡し、聞き込みと買い物を頼んでいる。


「猪楡は御仁原を見て、どう思った?」

「はっ、(いびつ)であるかと。先の友次郎のみならず、案内の人足寅蔵、あの者でさえ、かなりの手練れと存じます」

「……気付かなかったよ」

「殺気、含みなどは見えませなんだ故、お気になさらずとも構いませぬ」


 通りに面した窓の下、槍を荷担ぎの棒にして、意気揚々と蜥蜴の魔妖を運ぶ狩人の姿があった。

 兜こそないが鉢金(はちがね)を頭に巻き、足下まできっちりと具足を身につけている。


「……」


 結婚資金より先に、水主衆全員分の胴当てと刀ぐらいは新調するべきか。

 それよりも、人の増えた分蔵に積み上げる米麦を増やしたい、いや、新村の家屋の材料費が先か……。


 正に取らぬ狸の皮算用と気づき、手元の鬼貫に目を向けてため息をつく俺だった。


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