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第八十話「黒瀬葉舟神社」

第八十話「黒瀬葉舟神社」


「では殿、行ってまいります」

「うん、気をつけてな。あと、あまり根を詰めず、羽根を伸ばしてこい」

「ははっ! ようし、出船じゃ!」


 夏空の下、先日の戦役で少初位下に叙位されることが認められた戌蒔を乗せ、源伍郎の指揮の元、瑞祥丸が三州美洲津へと旅立っていった。


 美洲津には都から派遣されている担当の役人と陰陽師が常駐しており、わざわざ都まで赴かなくてもいいらしい。流石に五位以上の貴人の人事はそうもいかないらしいが、まあ、当分は関係ないだろう。


 ついでに頼んだ買い物に期待しつつ、無事を祈って送り出す。


 旅程も往復ひと月は優に掛かるが、こればかりは仕方がない。忍術を使えばもう少し早いらしいが、無理をする必要はまったくなかった。




 瑞祥丸を見送った翌日、俺は遠山に足を向けた。


「よし、出るぞ」

「おう!」

「さあ、気張れ気張れ!」


 こゃん!


「わたくし、遠山に向かうのは初めてですね」

「晴れて良かったですわ」


 背中には葉舟様のご神体、下も袴に草履を履いて正装を調え、前後を大勢に囲まれての移動である。

 ようやく、黒瀬葉舟神社が完成したのだ。


 手引きの荷車には都の酒や米俵、スルメ、昆布などが山ほど摘まれていた。


 それを引く男衆の顔も明るい。


 まあ言うなれば、お祭りである。




 二里の小道を歩き、到着した遠山も、大きな賑わいを見せていた。


 今日は流石に、皆仕事を休んでいる。


 長屋も四棟まで仕上がっており、いつの間にか水田の他に畑も作られていた。


「殿、お待ち申し上げておりました!」

「お役目、誠にお疲れさまでございます!」

「二人こそ大変だったろう。本当にご苦労だった」


 代官道安や庄屋の四郎らに迎えられ、早速神社に向かう。


 場所は代官陣屋から見て北東、間に建物などがないので、鳥居の向こう、社殿もよく見えていた。


 鳥居は高さ二間――約三メートル半ほど、皮を剥かれたばかりの檜の木目と照りが美しい。


 その鳥居をくぐるようして、三段ながら石造りの階段と、細いながらも社殿に続く石畳の参道がある。


 境内右手に長屋と似たような社務所、左手に井戸と手水鉢があって、シンプルな造りだ。

 そのうち増えるかもしれないが、今はこれが精一杯である。


 社殿は凡そ十畳ながら高床に切妻屋根と、俺の知る神社の建物にほぼ近い。ある意味、懐かしささえ引き出される。


 社殿の隣には、二畳敷きほどの大きさながらフローラ様のお社も建てて貰っていた。もちろん、その奥手には小さいながら池がある。


「お待ちしておりました、お殿様」

「本日はよろしくお願い致しします、榊殿」


 鳥居の前までぞろぞろと歩けば、巫女装束の榊殿が、出迎えてくれた。


 六郎三郎ら宮大工衆と、お狐を従え……お狐の数が随分増えて十数匹にもなっていたが、気にしてはいけないのだろう。行儀良く、大工の足元に並んでいた。


「ではお殿様は、こちらへ」

「はい」


 まずは榊殿より手水の使い方から教わりつつ、皆で順番に手を浄める。


 その間に、俺は着ていた小袖と袴を脱いだ。

 ふんどしも新品に取り替える騒ぎになったが、代役も居ないのでそこは我慢する。


「殿、いきますぞ!」

「おう、頼む!」


 俺にはお役目が与えられていたので、正式な(みそぎ)まで必要だ。冷たい井戸水を、頭から何度もかけられた。


 御幣(ごへい)を手にした榊殿に先導され、まずは一同で、フローラ様のお社――黒瀬遠山龍神社に向かう。


 戸が大きく開かれると、板間の中央に立派な刀掛けがでんと鎮座していた。


 実は刀掛けを持っていないので、俺も一つ欲しいと思っている。いっそ自分で作ろうか。


 それは横に置いて。


 供物である酒や米を器に盛り、榊殿の祝詞で場が整えられた。


 腰の姫護正道を鞘ごと外し、刀掛けに安置する。


 姫護正道は、奉納の品ではない。


 いつの間にか馴染みすぎたようで、姫護正道そのものがご神刀というか……ご神体になってしまっていた。


 皆で揃って二礼二拍一礼すれば、りんと空気が澄み渡り、フローラ様がお姿を現された。


『ご苦労だったな、一郎。他に適当な物がなかったのでな、刀は我慢せい。代わりに治水は任せよ』

『はい、お願いいたします』

『並の依代(よりしろ)よりは格別に力満ちたるもの、安心するのじゃ。……さて、妾も用意するかの』


 今後は必要に応じて俺に貸し与えられるという形式になり、その場合は俺が歩く神社になるそうだ。


 よく分からないが、本当に必要な時には、遠慮せず使えと言われている。


 姫護正道も大事だが、黒瀬の治水が安泰だというなら、その方がずっとありがたい。


 俺はもう一度、頭を下げた。


「あわわ、龍神様の神気じゃ!」

「ありがたや、ありがたや……」


 アン以外はお姿を見なかったようだが、それでも龍気が満ちたことは感じ取ったようで、それぞれに神妙な表情で姫護正道を二度三度と拝んでいた。


 続けて社殿に場所を移し、同じように奉納の品を捧げ、葉舟様のご神体である神鏡を安置する。


 こちらも圧巻だった。


速秋津(はやあきつ)鳴加美(なるかみの)葉舟(はふね)(けん)ず』


 本当に、顕現されたのだ。


 ……とぐろを巻いた龍とともに。


 人の大きさほどの龍は、葉舟様の顕現を祝うかのように、お社の敷地をすいすいと天翔け、雲を呼び、小さな稲妻を光らせ、皆を驚かせていた。


 それに従うように、お狐がけんけんこゃんと地を駆ける。


『あわわ、富露雨等様、やりすぎ! やりすぎです!』

『何を申されるか葉舟媛。長く御神をお迎えすることが叶わなんだ土地に、ようやく御神が舞い降りられたのじゃ。派手なぐらいで丁度宜しかろう』

『葉舟様、久方ぶりの祝い事にて、富露雨等様もたいそうお喜びなのです』

『良かったじゃない、葉舟。しっかりやんなさいよ! 私も舞おうっと!』

『ちょ、枳佐加!?』


 いつの間にか、天伯審狐としての人身九尾狐耳姿の榊殿や、段坂針里の枳佐加様まで混じって楽しげに祝われていたが、皆には見えも聞こえもしていなかったようで、そのあたりは俺の心の中にしまっておこうと思う。


「さあ、皆の衆、運び込め!」

「汁椀が足りぬぞ! 誰か長屋からとってきてくれ!」


 儀式が終わってから六郎三郎らを労う意味も兼ね、飲めや歌えやの宴席を用意したのだが……。


「おとのさま、おいしい!」

「お、おう、いい飲みっぷりだな……」

「こゃーん!」


 酔っぱらったお狐達が、ちょくちょく尻尾の数を増やしていたり、人語を喋っていたようだが、神社のお狐さんならそういうこともあるらしい。


 神社で神使をしながら、時には山野荒野、あるいは人里にて長い長い修行を積み、いずれは霊獣神獣に至るのだという。


「お殿様」

「榊殿?」

「さあさ、もう一献」

「ありがとうございます」


 驚いたには違いないが、まあ、うん。


 そんなところだろうと、薄々思っていた。




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