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第七十九話「城跡」

第七十九話「城跡」


 飯を食ってしばらく、まずは警戒しながら廃城を一周する。


「特に変わったところのない平城であるが、何故このような場所に作ったのであろうな……。子谷、何か存ぜぬか?」

「氷田様、この辺りは長年、黒瀬が最東端であったと聞いておりまする。それ以前となりますと、知っている者がおるかどうか、難しゅうございます」

「ふむ……」


 城の形状はほぼ真四角で一辺がおよそ五十間、東向きの角地――北東端と北西端が一段高く石垣が積まれているのが見て取れた。俺二人分、およそ二間ほどだが、こちらが主攻正面と思われる。


 その角には、土塀が崩れた跡と位置からして、矢倉だろう建物跡はあるものの、使おうと思えば新築するしかなさそうだ。


 こゃん。


「ほう、こちらにもございましたな」

「うん」


 北にも堀を越えたところに堡塁の残骸があり、石垣と崩れた土が混じり合っていた。


 そのままぐるりと西にまわれば、一カ所だけ、荷車でも登れそうな坂と橋の残骸があって、主城門は……。


「火が掛けられたのかな?」

「随分と太い消し炭ですな……」


 焼き板が家屋や塀に使われるように、焼けた木は腐りにくい。


 お陰で概要がつかめるといいのだが、そうは都合が宜しくないようだった。


 石垣の上まで出てみれば、野原と変わらぬ灌木が生い茂り、矢倉跡以外、どこが建物の跡かよく分からない状態である。


「子谷」

「は」

「城の周辺を探ってくれるか? 集落や畑の跡があるか気になる。ああ、それほど遠くまでは探らなくていいぞ」

「承知!」

「近次郎、俺達はこちらの検分を続けよう」

「ははっ」


 整備しなければ使えそうにない井戸はあったが、橋でさえ燃え残っていたというのに、矢倉跡以外に建物の痕跡がない。

 せめて、燃え残りぐらいはあると思ったのだが……。


「殿、石です。……あちらにも」

「おお、並んでいるな」

「ですが、民家としても小さい方でありましょう」


 近次郎の指さした先、柱の土台だろうと思われる等間隔に並んだ石がある。


 大きさは、黒瀬近隣の貧乏家屋に比較しても小さく、納屋か茶室というサイズだった。


 しかし、あるべき柱はなく、まるで遺跡のようにも見える。 


「不思議だな。もう少し何か見つかって欲しいが……」

「作りかけであったとか?」

「ああ、その可能性もあるか」


 近次郎の言うことももっともだ。


 しかし、積み上げられた材木や石材のようなものは見あたらず、決定打に欠ける。


「せめて、楔山の城に記録でも残っていればいいんだが、難しいだろうな」

「ご家老の柱本様は如何でしょうか?」

「こればかりは、聞いてみるしかないだろうな。正直なところ、信且の生まれる前でも不思議じゃない気がするんだ」


 あれこれと所感を口にしながら、そのまま足を伸ばして北東端の矢倉跡に向かう。


 ここだけはしっかりと建物の形が残り、屋根瓦や土壁が散乱していた。


「戦の痕はござらんようですな……」

「近次郎は分かるのか?」

「は、多少ならば」


 柱が朽ちて、瓦の重みに耐えきれなかったのだろうと、近次郎は頷いた。


 確かに、見た目からして如何にも風雨によって崩れましたという風情だが、屋根が崩れて丁度陰になったところは、内側の板壁が綺麗に残っている。


「ただ、橋が焼け落ちておりました故、絶対かと言われると、迷いどころでござる」


 こゃん。


「気を付けろよ」


 お狐が、その中に入っていく。


 ごそごそと物音が続き、しばらくして出てきたが、口に何かをくわえていた。


「……銭? くれるのか?」


 こん。


「うん、ありがとう」


 多少錆びていたが、四文銭である始天通寶とほぼ同じ大きさで、『和仁通寶』と読める。


 字体も似たり寄ったりで、裏面の波紋までほぼ同じだ。


「『わに』? いや、『わじん』もあるか」

和仁(わにん)通寶、昔の四文銭ですな。たまに見かけ申します」

「へえ……。あ、どのぐらい昔なんだ?」

「詳しくは存じませぬが、今京(いまのみや)の遷都よりは昔かと」


 京は今京と旧京(ふるのみや)の二つがあって、現在の帝の御所は今京、確か百年ほど前に造営されたと、信彬様から聞いた覚えがある。


 だが、今も時々見かけるというなら、決めつけるわけにはいかない。


「……よし、切り上げるか」

「はっ」


 銭を懐にしまい込み、少し迂回して城跡の中央、天守のあるべき場所を歩いて何もないことを確かめ、西側の降り口へと向かう。


「殿」

「子谷、どうだった?」

「人跡なし、土質は遠山付近と変わりなく、草木(そうもく)、ごく自然」

「うん、ご苦労だった」


 戻っていた子谷は首を横に振り、良く実った小さい瓜を掲げて見せた。


「すまん、俺は瓜の種類に詳しくないが、それは食えるやつか?」

「この房瓜(ふさうり)、生でも食えなくはございませぬが、甚だ苦く、漬け物か煮物に致します」

「へえ……」


 後続の忍も房瓜を抱えており、結構な収穫だなと、皆で笑った。




 廃城の安全を確認して新津に戻れば、既に一台の潟鋤が完成しており、今は実際に使いものになるのか、そして改良は必要かを確かめるのに、数人で試用中だと聞かされる。


 夕暮れには早かったので、アンと朝霧を連れて見に行くことにした。


「みんな、一生懸命だったよ」

「氷田の皆様は、この新津が気に入られたご様子です」

「まあ、大変だとは思うけど……。いや、それこそ俺達も負けていられないか」

「一郎、お城の方はどうだったの?」

「石垣を一から作らずに済むってだけで、とても城を建てようなんて気にはならないなあ」


 魔妖が大挙攻めてきた場合の防衛拠点には丁度いいだろうが、そんな余力などあるわけがない。


 当面は放置……いや、井戸だけでも使えるようにしておくか。魔妖狩りの野営地には使えそうだ。


 どちらにしても、帰ってからの相談で、今のところは放置するしかない。


「殿! 潟鋤はいい塩梅ですぞ!」

「これは良い知恵を頂戴いたしました!」


 干潟に向かえば、船侍達は海老尾蟹そっちのけで滑っていたが、まあ、うん、気持ちは分かる。


 あまりに遊び気分でも困るものの、笑顔が増えることはいいことだ。


 俺も乗りたいところだが、洗濯物が増えるだけなので、今回は諦めた。




 廃城を見つけた翌日はアンに付き合って港の整備、帰ってきた満福丸に乗りこんで一晩、朝方には黒瀬へと帰り着いていた。


「よし、下ろすぞ」

「おい、乱暴に扱うんじゃねえ! 身が出ちまうと洗うのが大変だろうが!」

「へ、へい!」


 満福丸には、海老尾蟹が大量に積み込まれていた。


 何に使うのかと言えば、焼いて砕き、畑に撒く肥料にするのである。


 干潟漁の邪魔になるし獲ったからと食えるものではないが、獲ったものまで無駄にすることはない。


 氷田一党の長老格、楠平(なんぺい)爺の思いつきだが、海老尾蟹には毒があるわけでなし、使えるものは何でも使うという東下のやりかたにも合致している。


 ただ、臭いには臭いので、今後は樽か何かを干潟の浜に持っていき、現場で焼くようにしたかった。


 その他にも、ハゼや貝の焼き干しが積まれていて、これは三州美洲津に向かう瑞祥丸が道中で売り払い、旅費と買い物の足しにする。


 それらを任せて城に戻ると、和子らが出迎えてくれた。


「ただいま」

「おかえりなさいまし」

「ご無事でようございました」

「うん」


 挨拶もそこそこに、信且を捕まえ、廃城について聞いてみる。


「城跡でございますか? うむむ……城、いや、城ではない陣屋でございましたら、この楔山の城を本拠に出戦された親王様が、幾つかの陣を設けたと伝わっておりますが……」

「親王様といえば、魔妖退治に東下までいらしたというお方だったか? あの岩場の洗い場を作られた?」

「はい、この楔山城をお造りになられた、武良(ふかさね)親王様でございまする」


 親王殿下なら、陣ひとつとっても、あの規模の石垣を造営させるぐらいはそう難しくないだろうと思われた。


 何から何まで世話になっているわけで、なんとなく、拝みたくなってくる。


「廃城については当面、手を入れる間もないだろうが、一応、心に留めておいてくれ。まずは遠山と新津、それから……」

「美洲津に向かわせる瑞祥丸のこと、いつ戻るやもわからぬ商人(あきんど)勘助、遠山神社の落成もそろそろでありましょう」

「……そうだった」


 夏の盛りもそろそろ近い。


 大過なく過ごせるよう、俺もお祓いの一つぐらいは……。


「すまん信且、葉舟様へのご挨拶がまだだった!」

「は、どうぞ」


 俺は慌てて井戸に走った。



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