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第七十八話「潟鋤と北の原野」

第七十八話「潟鋤と北の原野」


 ガタスキーについては、使えるかどうかもわからないが、とりあえず試作してみるしかない。


 俺もテレビで見たことがあるだけで、実物を知ってるわけじゃなかった。


 干潟を見渡しつつ幾らか追加で説明を加え、作れそうかどうか、皆で知恵を寄せる。


 だが、大工の棟梁が一人いれば、素人の村人を指図して立派な長屋が建つ大倭だ、俺はいけると踏んでいた。


潟鋤(がたすき)……? 寡聞にして、存じ上げませぬ」

「……だろうなあ」


 干『潟』で乗って使う『鋤』のような形の板、当て字は説明を聞いた近次郎が先走った結果だが、まあ構うまい。


 だが、板材を用意しようとしたところ、幅一尺長さ一間――三十センチ幅で一・八メートルもある一枚板など、新津周辺では手に入らなかった。


 神社の建立に使う木材も、遠山から二里もの距離を森の奥でようやく大木を見つけ、運ぶのには大層苦労したと聞く。


 まだ余裕はないが、燃料源である里山以外に、建材や船材の確保を目的とした植林も必要になってくるかもしれない。


 まあ、それは後の話だ。


「殿のお話振りより勘案致しますに、接ぎ板では強度が足りぬようですな」

「うん。人が乗るから、踏んで折れるようじゃ困るなあ」

「某に名案が!」

「近次郎?」


 近次郎は、得意げに河口の方を指さした。


「板材ならば、鷹羽丸の矢倉にたん(・・)とござる」

「おいおい……」

「いっそ長屋の建材にするかと話しておりました故、英断というわけでもありませぬ。……それに矢倉の盾板のみであれば、竹材などでも代わりになり申す」


 まあ、持ち主がそう言うのであればと頼むことに決め、使う板材は早速川の水に浸された。


 木の板を曲げるのには、水でふやかしてから熱する必要がある。明日には仕上がるそうだ。


「なるほど、片足を潟鋤に置き、足蹴りで進むのですな」

「持ち手と足置き……膝が(いと)うならんよう、草鞋でも宛いましょうぞ」

「一枚では追い込みが難しゅうござる。せめて三枚を用立てて三人の船侍に持たせ、槍囲いも出来るようにした方がよかろうと、某、思案いたしまする」


 海老尾蟹に……いや、海老尾蟹の味については、皆、余程腹に据えかねているようで、討論に加わる顔も真剣だ。


「余計なことを言ったばかりに、すまん。明日は今日の分も狩らないとな。……俺も頑張るよ」

「はっ、よろしくお願い申し上げまする」


 地面に下手な絵図を描き、大体の説明をしていると、もう夕方になっていた。




 鷹羽丸で一泊した翌日、長屋の建設さえ後回しにして潟鋤を作るという弦一郎らに、俺は半ば呆れつつも頑張れよとはっぱをかけ、近次郎や子谷らの一隊を率いて北の原野に足を向けた。


 こゃん!


 お狐も、俺と一緒に来てくれるらしい。


「いってらっしゃい、一郎!」

「いってらっしゃいませ、殿」

「うん、行って来る。留守を頼んだよ」


 魔妖を狩る組、新津を整備する組、漁や浜狩りに出る組と、一応は組分けされているが、そこまで厳密なものじゃない。


 ちなみに昨日、既にアンが港の工事に着手、防波堤の大まかな形がほぼ『出来上がって』いた。

 つき固めて土が流れでないように石で覆う必要はあるが、作業量が極端に減っている。


 今日は一日掛けて岸壁の大元を整備し、明日は鷹羽丸が横付けできる埠頭を作るそうだ。

 ……アン本人は、魔法の練習には丁度良かったよと笑っているが、木下藤吉郎の墨俣一夜城どころではない。

 近次郎達は拝んでいたが、俺も一緒に拝もうか迷った。


 一番手間の掛かる港の底浚え――浚渫(しゅんせつ)工事は、流石に近次郎達も遠慮していたものの、新津の港の完成は、数ヶ月早くなりそうだ。


「では、行くか」

「おう!」


 北側も含めて、新津に道はない。


 獣の踏み分けすらない原野を、時々後ろを振り返って目印になりそうな木々を確かめつつ、北上する。

 幸い、草丈の短い雑草と灌木の合間に、所々に背の高い広葉樹が枝葉を広げていたが、遠山の周辺ほど歩きづらくはなかった。


「子谷、新津一帯の狩りは小物が多く手間が掛かると聞いたが、どんな感じだ?」

「はっ。小鬼、邪鬼が主体ながら、いつもに比べ、群の一つが百匹を切るあたりと、小そうございます」

「なるほどな……」


 春の魔妖狩りでは、群の平均がおよそ三百四百と、そこそこ大きい集団が多かったように覚えている。


 だが、遠山から数里ほどしか離れていないのに、この差は一体なんだろうか?

 理由は分からないが、勢力を広げる為に群を分ける行動だったりすれば、最悪だ。


 一応覚えておこうと、子谷に頷く。


「近次郎は、何か思うところはあるか? 地元に比べて多い少ないなど、何でも構わない、聞かせてくれ」

「某らの地元日羽は、小鬼をほとんど見かけぬ代わり、浪鬼(ろうき)に難儀しておりました」

「浪鬼?」

「浪鬼は海魔ではなく、魔妖の一種に数えられておりまする」


 海を自在に泳ぎ陸でもそこそこ動き回るという、海際暮らしの民には非常に鬱陶しい相手らしい。


 行動は単独か、群れていても数匹。陸の上では小鬼程度の強さながら、水中ではその動きもすばしこく、小船ぐらいは簡単にひっくり返されるので、漁は必ず二人組以上で行っていたという。


「干物目当てか、人目当てか、冬場に限っては陸へと来るもので……男衆の二、三人もおれば何とかなり申すが、朝に来て昼に来て、夜中にまた来て、などという日も、たまにござりました」

「それは……たまらんな」

「はっ。棲処(すみか)が海なれば、根絶やしにも出来ず、港には鳴子仕掛けを張り巡らせており申した」


 地域差はあるにせよ、どこも魔妖には頭を痛めているのだなと、ため息が重なる。


 俺達は二つ三つと、小鬼の群を切り捨てては焼き、北上していった。今日は十四人と人も増やしてあるので、さくさくと片が付く。


 しかし子谷の言うとおり、魔妖と行き会うたびに足が止まるので、確かに効率が悪い。


 それでも朝、新津を出て二里、そこそこの距離と戦果を稼ぐ事が出来ている。


 だが、もう少し足を伸ばして飯にするかなどと話していた時だった。


 こゃん!


「どうかしたのか?」


 てってってと走り出したお狐が、再びこゃんと鳴いて振り向いた。


 何か、いるのかもしれない。


「魔妖ではないとは思うが、皆、用心だ」

「ははっ」


 魔妖を見つけたのなら、お狐はもっと毛を逆立てて威嚇するような鳴き声で教えてくれる。

 食える鳥獣なら、耳がぴんと立って、尻尾が大きく揺れた。


 四十(けん)から五十間、百メートルほど灌木の間を歩き、小さな丘を登りきると、そこには――。


「……石垣!?」

「なんと……」

「崩れてはおりますが、そこそこ大きな平城ですな」


 廃城、なのだろうか?


 残っているのは浅い空堀と石垣、崩れた土壁、辛うじて形の分かる建物跡ぐらいだが、往事にはそれなりの規模を誇っていただろう城跡が、そこにあった。


 こゃん。


「うん、ありがとうな」


 わしわしとお狐を撫でてやるが、この『獲物』は大きすぎる。


「殿、如何しましょう?」

「丁度いい頃合いだし、飯にするか。その後、小鬼などが居ないか簡単に調べ、今日のところは戻ろう」

「ははっ」


 廃城には入らず、少し離れた場所で逆向きの車座になり、各々外を向いて座り込む。見通しは悪くないので、見張りは立てなくていいだろう。


 よく見れば、今いる丘も丘ではなく、城側が切り立っており、石垣になっていた。……出丸か何かだったようだ。


「殿、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 今日の昼飯は、ほぐした焼き鯵を混ぜ込んだ麦米半々の握り飯と、焼いた小海老である。


 混ぜご飯が美味しくないはずがなく、小海老は遠火でよく焼いてあって殻ごと食えた。皆だけでなく、お狐もバリバリとかみ砕いている。


 しかし……帰ってから信且にでも聞くしかないが、この城は一体いつ頃のものだろう。


 御庭番衆には海岸沿いを中心に東へ東へと探索させていたが、新村を拓いた場合、船で行き来が出来るという利点を重視した為だ。


 後回しにしていたが、こんなものが見つかるとなると、陸の内奥にも探索の部隊を出した方がよいかもしれない。

 

 古いことだけは間違いないが、嬉しいと同時に困惑をもたらしてくれた城跡に、俺は小さなため息を向けた。


 ……まったく、海に陸にと忙しいことである。

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