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第七十五話「遠来」

第七十五話「遠来」


「えいさ、えいさあ!」

「今日中に四棟目の地均しまでは終えるぞ!」

「おう!」


 槌打つ響きも軽やかに、遠山村が形作られて行く。


 最初の長屋が完成して本格的な移住が始まってからは、その速度が急激に増した。

 黒瀬との往復に使っていた二刻が、作業に割り振られたお陰である。


 既に半数が移り住み、神社の完成と同時に開村の触れを出す予定だ。


 神社の方も数日前に棟上げが終わり、今は完成後の様子もはっきりと想像できるほどになっていた。


「殿!」

「帰ってきたか、道安! その顔は、今日もいい塩梅だったか?」

「はっ、大きな怪我をした者もなく、明後日には予定通り二里四方の討伐を終えられるかと」

「うん、ご苦労」


 夏の狩りも順調な様子で、戦果を報告する代官道安の顔も誇らしげであった。

 狩りに出ていた雑兵格の顔も、皆明るい。


 俺も笑顔を返し、今日のところは夕立もないかと、空を見上げた。


「道安の顔も見たし、俺は城に戻るよ」

「今からで御座いますか!?」

「まだ日暮れ前に間に合うだろう。駄目なら走るさ」


 遠出する場合は御庭番衆から一人二人がついてきてくれるが、その健脚が実に助かる。


 相変わらず、数日に一度は遠山と飛崎の様子を見に出ていたが、躍進というに相応しい仕事の成果に、俺だけでなく皆も満足そうな顔していた。


「これだけ領民が増えたにも関わらず、蔵の麦米には余裕もございますれば、少なくとも年の瀬まで飢えることはありませぬ」


 収入の方も、上方修正を期待できそうだ。少なくとも、蔵の食料の上積みはもう決めている。

 帳面を手にした家老信且も、ほっとした表情で目尻を下げていた。




 ▽▽▽




 だが、領内仕事をのんびりとこなしつつも充実度に顔を弛めていた、文月七月も半ば過ぎ、俺は夜も明け切らぬうちに叩き起こされた。


「殿、志野より使い番が駆けて参りました! 沖合に関船他数艘、不審な動きにて遊弋(ゆうよく)しておるそうです!」

「……うん、ご苦労」


 頬をぱんと叩いて気持ちを切り替え、足音もなく枕元にいた戌蒔に頷く。


 志野の砦は戦闘力こそ未だ皆無であるが、見張り台としての機能は有していた。


 早速役立ったようで、嬉しいような、そうでないような……消防署のようなものかもしれない。

 火事や救急の時になくては困るし近くにあれば心強いが、我が家が燃えたり、病気や怪我をしたいと望むわけがなかった。


 常駐は十人ほどで、既に畑もある。

 東下菜以外は、雑穀の類がお試しで一坪づつ……というのは表向きで、忍者の装備や消耗品に使う植物を植え、土地に合うか試しているという。


「信且らも起こせ。火はまだ灯すな」

「ははっ」


 取り敢えず、小袖のまま枕元の舞蝶(うちがたな)を手に、天守の広間へと向かう。


 城内は暗いままだが、すぐに人を起こして走り回る気配で満ちた。


 しかし、関船というのがとにかく不審だ。


 暗い中、藁編みの座布団をたぐり寄せていると、壁板がこここんと小さく叩かれた。


「殿、子谷です」

「報告か? 構わない、入ってくれ」


 音のヌシの代わりに返事をする戌蒔に頷いたが……仕事中の忍者は、やはりすごい。近くにいるのはまちがいないのだろうが、気配もわからなかった。


「火急にて直答御免!」

「許す」

「船の進路は東、船足は緩く、戦支度をしておる様子はなし、とのこと」

「ご苦労、子谷!」


 うちに用事があるにしても、近所の国々なら大抵は小早で、勘助が戻って来るには当然早すぎた。そうでなければ都の船だが、そちらはまた来るにしても、前回と同じく廻船だろうと想像が付けられる。

 関船に限らず、軍船は水主の数も多く乗せていて、経済性がとにかく悪かった。


 ありえるとすれば、三州公からの使いぐらいだろうが、小早で十分だしそちらの方が足も速い。

 ……中型の軍船を差し向ける理由が、本気で分からなかった。


 とりあえず、本丸の広間に移動する。


「戌蒔、心当たりか、繋がりそうな情報はないか?」

「はっ、特には。……それ故に、志野も人を走らせたのであろうと」

「ごめん、その通りだな」


 しばらくして、信且や源五郎らが現れた。

 もう集落にも人をやり、迎え撃つ算段と同時に、女子供を城に逃がす手配も進めているという。


「殿! こちらでも見えました! 関船一艘に小早一艘、廻船が四艘、船灯りも点いておりまする!」

「ご苦労、銀太郎!」


 天守の夜番をしていた雑兵銀太郎の報告に、集まった面々で首を傾げる。


「隠れる気はないようだが……」

「しかし、使いの者にしては船六艘というのもおかしな話ですな」

「むう、ますます分からなぬ」


 船灯りを消していないということは、少なくとも奇襲などではなく、別の用でもあるんだろうが……。


 無論、怪しいからとこちらから討って出るのは悪手中の悪手、場合によって……いや、相手によっては、言い訳がきかないまま俺が切腹という筋書きまであり得た。


 陸地から別口の軍勢でも来ているなら、志野が報せてこないはずもなし、敵ではない、とは思いたいが決め手に欠ける。

 だが、悩んでいても仕方ない。


「港に行くぞ」

「ははっ」


 暗い中ぞろぞろと城を降り、刀や槍を手に港に向かう。


 黒瀬には、夜間に篝火(かがりび)を焚く高灯篭(たかどうろう)――灯台はないし、その役務もなかった。

 そのような役目を押しつければ、別口の援助が必要になってしまう。あるいは、国が破綻するか。


 今ならば……無理ではないかもしれないが、残念なことに売り物がない。薪代油代を自前で負担してまで、わざわざ船を呼び寄せる理由がなかった。


 無論、船の方も黒瀬に用がなければ、座礁の心配がない沖合をいつも通り航行すればいいだけの話である。


「殿がお越しになられたぞ!」

「太平丸、いつでも出せます!」

「御庭番衆、四方に配しております」

「ご苦労。……どうするかな」


 集落の広場には、既に二十人ほどの黒瀬水主衆が集まっていた。皆、顔は緊張はしているが、狩りと同じ程度で萎縮している様子はない。


 さて、こちらから仕掛けるか静かに待つか、それとも……。


 黒瀬を目指しているのか、謎の船団の船灯りは、こちらでも一つ二つと見えてきている。


「よし、松明か何か、相手に見えるよう灯りをつけろ」

「はっ!」


 俺は幾らか迷った末、こちらから呼ぶことにした。


 緊張感が頂点に達しないうちの方が、統制もとりやすいだろう。


 ざわざわと水主が走り回り、民家の竃の熾きから火種を貰う声がする。


「殿、某が出迎えに行ってまいりましょうか?」

「源五郎、頼む。……敵ではない可能性の方が高いとは思うが、気を付けて行ってくれ」

「ははっ! 太平丸、出るぞ!」

「おう!」


 こちらが松明を灯せば、向こうでも見えたのか、くるりくるりと船灯りが回された。




 だが蓋を開けてみれば……驚いたには驚いたが、若干拍子抜けせざるを得ない結果が、俺を待っていた。


「氷田殿!?」

「おお、お久しゅうござる、松浦殿! 松明と小早は助かりましたぞ!」


 船足が止まるなり関船から飛び降りたのは、いつぞや俺達一行を襲ってきた船侍、氷田近次郎であった。


 返り討ちにしたような覚えもあったが、別に恨みを晴らしに来たような雰囲気でもなく、からっとした表情で物珍しげに集落を見回している。


「大凡の海景(かいけい)は甲泊の港にて聞きもうしたが、中途半端によい風を捕まえてしまいましてな……」


 お陰で到着が半日ほど早まってしまい、暗闇の中、目印の椀ノ崎らしい小山を見つけたはいいが、不用意に近づいて座礁するわけにも行かず、竹竿で海を突きながらのろのろと近づいてきたという。


 こちらとしては、そういう話ではないのだが……。


「ところで氷田殿……何用で、こんな遠いところまで来られたのです?」

「正に、巡り合わせでござる」


 近次郎は表情を引き締め、その場で正座した。


「氷田殿?」


 帯に差していた大小を丁寧に抜き取り、手前に置く。


「松浦殿、伏してお願い申す! 我ら氷田一党、どうか丸抱えしてくだされ!」

「……は!?」


 これは一体、彼の身に何があったのか。


 平伏する近次郎に迂闊な返答が出来ず、俺はしばらく立ちつくしてしまった。


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