第七話「小鬼退治」
話の分かるお殿様に率いられ、小鬼退治の一行は第一の目標、沢筋にある大岩に向かって進んでいた。
「三吉は左手、一郎は右手をよく見張れ」
「はい!」
俺と三吉の槍持ち二人を露払いに、斜面になった林をかき分けて進む。
昨日のうちに訴状の確認の他にも聞き取りが済まされていて、幾つかの目標地点が決められたそうだ。数年に一度は退治しているとのことで、大体の位置は坂井殿があたりをつけているらしい。
それにしても……腰につけた鳴り物がうるさい。
「一郎、鳴り物が気になるのか?」
「はい、坂井殿。
静かに近づくのかと思っていました」
「ああ、それは野盗相手や夜討ち、もしくは強い魔妖を相手にする時の常道であるな。
だが小鬼退治の時は、鳴り物が用意出来ぬなら兵に無駄口を叩くよう命ずるほどだ。
騒げば向こうから寄ってくる」
「戦を目の前に控えた行軍中に騒ぐような輩は論外だが、小鬼なら騒いで寄せた方が早いわ。
それにこのあたりの山中、最も強い魔妖は赤綱取りだが、居場所は知られておる。
倒すにはちと骨折りだが、逃げるだけなら何とでもなろうよ」
お殿様も頷いているので、良く知られた作戦なのだと納得する。……うるさいには変わりないが、これも小鬼狩りに必要な道具なら仕方がない。
山で働く人は、熊避けに鈴をぶら下げるとニュースで聞いたことがあったのを思いだす。それとは逆でも、意味があって役に立っているならそれでいいかと、俺は少し首を傾げながら歩いた。
第一の目標がそろそろいうところで、きいきいと耳障りな声が山間に響き、皆がほぼ同時に気付いた。
「荷を降ろせ!」
「さあ、皆の者、気張れよ!
……いざ!」
勢いよく飛び出していったのは、お殿様だった。坂井殿と三吉が素早く続く。
俺も背負子を降ろし、慌てて追いかけた。
「でやっ!」
「せいっ!」
刀を抜いたお殿様は、見事な剣捌きで小鬼をぶったぎった。槍を振り回している坂井殿もそうだが、戦慣れの度合いでは俺なんかより余程上だ。
見える範囲にいる小鬼は、五十か六十か。この二人だけで、退治には十分と思えてしまう。
それに、斜面であれだけ走り回れるのがすごい。
俺も近いものからとにかく心臓を突き刺し、囲まれないように、三人を真似て走り回る。
やはり、小鬼は動きが早くない。前回、集落で戦った時よりも落ち着いて対処出来ていた。
だからこそ、俺でも活躍できるのだろう。
そうでなければ、今頃やられているはずだ。
「えいや!」
三吉も小柄ながらによく動き、一突き一殺とはいかなかったが戦果を上げていた。
だがその背後に……!
「三吉!
前に転がれ!」
「一郎!?
げ!!」
俺と同じほど背丈がある大鬼が、三吉に向けて太い棒を振りかぶっていた。
足をもつれさせた三吉が蹈鞴を踏んで転がる。
間に合わない……いや、いけるか?
「三吉!」
「いかん、邪鬼か!?」
「えいっ!」
俺は手に持っていた槍を、大鬼――邪鬼目がけて投げつけた。
聞くに耐えないぐぎゃっという叫び声が上がる。
「ひいっ!?」
「天晴れ!」
「手柄だぞ、一郎!」
俺が投げた槍は邪鬼の左脇の下から心臓を通り、右に突き抜けていた。
邪鬼が倒されたことで小鬼は士気を落としたのか、逃げ散る様子だった。
追撃はせず、一旦その場に集まる。
三吉は幸い怪我もなく、転んだときに足を捻ったということもなかった。
「一郎は方々の鬼を集めよ、三吉はその角を刈り取れ。
孝徳、護摩の用意をせよ」
鬼の死体はきちんと始末しなければ、悪霊が取り付いて『屍鬼』となり、また人を襲うらしい。集落で襲撃があったときも、全部焼いていたなと思い出す。
それにしても、そこら中、小鬼だらけだ。腕を掴んで引きずり、三吉が作業しやすいように並べていく。
「孝徳、領内で邪鬼を見るのは久方ぶりであったか?」
「はっ、ここ数年は見ておりませぬ。
近隣諸領からも噂は聞こえてきませぬな」
「……書状を回して注意を促すほどでもなかろうが、邪鬼の角は帰城後すぐ売れ。
梅渓屋なら上手く計らいおろう」
「はっ!」
孝徳殿とあれこれ意見を交わしながら、お殿様は俺と同じく小鬼集めをしている。
後から聞いたが、殿様が城でふんぞり返っていられるのは、石高を万石単位で数えるような家だけらしい。
ちなみに梅渓屋はお城の御用達を一手に引き受ける商家で……といえば聞こえはいいが、領内唯一のよろず屋だそうである。
「しかし、数が多い。
逃げ散った奴らも数に入れれば百近かったやもしれん」
「最低でも、もう一狩り二狩りは必要でしょうな」
親玉の邪鬼は俺が倒した一匹だけだが、倒れている小鬼は八十近い。
少し気になって聞いてみる。
「あの、全滅って出来ないんですか?」
「無理なのだ。
根絶やしにしようにも、御山まで含めた領内全てとなると……」
「流石に四人では足りませぬな」
同じ領内でも俺が倒れていた御山のあたりは強い魔妖が出没する領域だが、それら大物は滅多と山から降りては来ないので、放置しているらしい。
だが小鬼の類は数が増えると、蜂が巣分けをするように小集団を作って周囲の山野へと進出してくる。一匹一匹は弱いが、里まで下りてくると悪さをするし、山中で数押しされれば慣れた猟師でも命を落とすこともあるという。
「一郎よ、小鬼の間引きならばともかく、御山に入るならば、月山主や赤綱取りとも正面から相対せねばならぬ。
余が考えるに、少なくとも長柄足軽五十に弓足軽五十、加えて腕の立つ浪人か侍が十、出来得るなら、神職や陰陽師も数名揃えて臨みたいが……どうじゃ、孝徳?」
指を折って数えていたお殿様がため息をつき、護摩木を段組していた坂井殿が肩をすくめた。
「その数ならば狩りは成功し、民も心休まりましょうが、さてさて、それだけの軍勢を雇う金子を用意するとなれば、今はふさふさしておる算用方殿の頭より髪が一本残らず消えましょうぞ」
「ふむ、新内の頭が禿げ上がるより先に、金山でも見つかることを期待しよう」
こうも貧乏を強調されるとやりきれないものがあるが、幸さんや庄屋さんもお殿様が経済的に苦しい様子だと口にしていたから、こんなものなのだろう。
だが、あまり人の悪いお殿様とは思えなかった。少なくともこのお殿様、時代劇で見るような、千両箱を受け取ってふんぞり返っているような殿様とは全然違う。いや、TVのドラマは脚色されているから元から違うのだろうが、好感度が持てるし、働き者だ。
「殿、護摩の用意が出来ました」
「うむ、やれ」
「はっ!」
「さあ、どんどんいこうぜ、一郎!」
「はいよ!」
坂井殿が積み上げた護摩木に火を着けると、妙に青白い炎が上がった。
そこに角を切り取った小鬼を、言われるままに放り込んでいく。
先日の作楽様の術と同じように、小鬼は一瞬で炎に包まれた。
呪文の書かれた護摩木には、あれと同じ様な効果があるらしい。邪鬼もやはり、一瞬で燃え切った。
「にしても、一郎はすげえなあ」
「そうかな?
俺はお殿様の方が凄いと思うけど……」
「そらあ、お侍さまは鍛え方が違う。
魔妖狩りに慣れてなさるし、得物の扱いも鍛錬してなさるからなあ」
……もっとも、働き者のお殿様は人使いも荒かった。
この日は転戦すること合計三ヶ所、四人で倒した小鬼は二百余を数えたが、翌日も同じく護摩木を背負って三ヶ所の小鬼を征伐、増える勢いや狩り場と集落の距離から見て当面は大丈夫と判断され、二日に渡る山狩りは終わった。
邪鬼[ジャキ]
身長6尺(180cm)程度、小鬼の上位種。
角は大きく力も強い。青色など、バリエーション豊か。血はどす黒い。
亜種多数あり。角は上質な霊薬の基材になる。