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第七十話「駆け抜ける皐月」

第七十話「駆け抜ける皐月」


 評定のその日にはもう、黒瀬が八公二民の酷い国であるという話は、何故か……笑い話として領民の間に広まってしまった。


「わはは、そりゃあ、とんでもないのう」

「おうともよ」

「なんせ、お殿様がわしらと一緒に矢狭間で寝なさる国じゃからな!」


 そのようなつもりで発言したわけではないし、危機感を持って貰いたい気持ちが先にあったのだが、これも東下の強かさか。


 いや、好意的に受け止められただけ、ましなのだろう。


 六公四民の重税に耐えかねて逃げ出した遠山衆でさえ、笑顔でその話を聞いて相づちを打っていた。


「お主の人柄もなくはないのだろうが、民も本質に気付いておるのだろうよ」

「はあ、まあ……ありがたいことだと、思います」


 また遊びに来るぞと、フローラ様は本物の榊殿と入れ替わられ、城の二の丸には一部屋を使った仮社(かりやしろ)が置かれた。


 毎朝ご挨拶に行くが、葉舟様のお姿は見えないし夢にも呼ばれない。


「葉舟様はまだ、殆どのお力を封じられておいでですが、それでもせめてと、城内の方々を歩かれ、小さな穢れを祓ってらっしゃいます」


 仮の社ではお力も半減どころじゃないそうで、榊殿も神刀『五支(いつさやの)火火(ほほの)(つるぎ)』を手に、城下のあちこちでお清めの儀式をされていた。


 ついでに、眷属の狐達を呼びたいので領国内での狐狩り禁止をお願いしたいと頼られたが、もちろん、一も二もなく頷いてお触れを出している。


 小物の魔妖だけでなく田畑の鼠も狩ってくれるそうだが、表向きは他の神社で飼われていた『神様の狐』を分けて貰う約束で、後から運ばれて来るという話にしていた。




 それらはともかくだ。


「源伍郎、頼むぞ」

「ははっ。……者ども、出船じゃあ!」

「おう!」


 黒瀬には、余剰金がない。

 ゼロではないが、前に進むその一歩が踏み出せないのである。


 俺は何でも手広く商うという海道屋宛てに一筆書いて――正しくは静子に書いて貰い、廻船瑞祥丸を東津に送り出した。


 フローラ様より、これも何かの足しにせいと譲られた居食い猿虎の毛皮を売り、神社建立や遠山開村の資金を捻り出そうというのであるが……毛皮は仕上げが肝心だ。


 猪や夜魔猿ぐらいなら、こちらの素人仕事でも大して売値は変わらないが、高級品だとそうも行かないらしい。


 腐らないよう、遠山衆の大工が作った大桶(おおおけ)に、大量の塩にて漬け込んでの航行である。行きには七日ほどかかるが、そのぐらいなら生皮も十分保つという話だ。


 特殊な一点物とあって相場などわからないが、もしも売値が百両を超えるようなら、海道屋に幾らか渡して宮大工にも繋ぎをつけて貰えと笑って送り出していた。


「では、某らも」

「うん、気を付けてな」

「ははっ」


 瑞祥丸を見送ると、道安は遠山村開村予定地――取水口へ、御庭番衆組頭の申樫は大物魔妖のいない今、他に開村できそうな場所の目星をつけるべく探索と、それぞれ数名を連れて出発した。


 特に遠山村の件は、なるべくなら早く片付けておきたい。

 楔山城東側の原野と同じく、夏雨の前に縄張りを確定させ、水害の有無で微調整という予定であった。




 ▽▽▽




 しかしだ、八公二民の税だが、方針だけは示したものの、今すぐ改めるわけにも行かず、さりとて放置も出来ず、実際は絵に描いた餅同然である。


 俺の国主就任以前、黒瀬では雑穀十五石と漁労の小物成百両と魔妖退治などの雑収入で、百人の領民が食っていた。

 この小物成百両で麦ならおよそ八百俵、三百二十石を購入出来るわけだが、麦だけ食えばいいわけでなし、副菜の魚介は自前で何とかなるにしても、野菜や塩なども外から買わねばならない。


 侍には最低限ながら俸禄も出ていたが合算して凡そ三十両、これも武具の手入れをして、配下の水主らの面倒を見れば――食費の補填に宛えば、すぐに消えていたという。


 翻って現状はと言えば、黒瀬衆、遠山衆、飛崎衆に忍党を加えて約三百五十人の領民を支える収入は、黒瀬、飛崎の二ヶ村合わせて実石高五十五石の雑穀と、小物成の百五十両が基本となる。


 このうち五十両ほどは侍の俸禄に消えてしまうが、それでも破綻していない現状は、都からの支援によるところが大きい。


 支度金として与えられた金三百両はもう百両を切る手前になっていたが、代わりに城の蔵には雑穀の俵が積み上がり、加えて備党より贈られた中米が少々目減りして七十石ほど、増えた飛崎の消費を考えてさえ半年は余裕がある。


 段坂帯山の戦いの軍費にも十両少々かかっていたが、こちらは春の魔妖狩りの利益四十両が補いをつけていた。




 さて、畑すらない遠山衆、これまで通りの黒瀬衆はともかく、家老信且や、元服を済ませた城代小西公成――男子の元服に貸し出す烏帽子(えぼし)、女子の裳着(もぎ)に貸し出す裳などは、いかに黒瀬と言えども用意されている――と相談の上、飛崎については村単位での課税を行うこととなった。


 個人の田畑を誰一人持っていないので、こういった形式になると同時に、管理も基本的には村に丸投げである。

 城代は置いているが、直接支配ではなく、村組織の上に城があるという構図だ。


「殿の御采配、ありがたくお受けいたします」


 もちろん今の段階では、たとえ公平性を保ち、領民の生活に十分に配慮したとしても、四角四面に税を取るような『無茶振り』は、とても出来なかった。


 今年については併合の慶祝を理由に免除、課税初年度となる来年は、石高四十石より二割の八石、野菜も収穫の二割を物納、漁労の小物成が小型の漁船二艘に対して各十両の計二十両、翌年度以降は要相談としてある。


「公成、これで無理そうならまた考えるから、当面は些細なことでも報告を頼む。……日照りや長雨で、想定が崩れることもあるからな」

「はいっ!」


 表書きだけは立派な税だが、雑穀と野菜は城代の管理下で救民や籠城の為の備蓄になり冬に放出の『予定』、小物成の二十両も城代と番頭の俸禄に村の運営費用を加えれば、ほぼ消えてしまうことだろう。


 野菜の保存は漬け物が基本、こちらでは減塩などという選択肢はなく、ひたすら塩辛い代わりに数ヶ月は保った。


 あるいは、大根の葉などは刻んでザルに広げてちりちりになるまで乾かすが、こちらも湿気さえ気を付ければ優に年は越せる。


 切り干し大根も作られているが、漬け物の方が好まれた。


 それらはともかく……賦役も課していたが、家屋の修繕や船の手入れ、つまりは生活の維持に費やされるので、これもあってないようなものと言えた。


 飛崎村には、往事には小物成として上納していたはずの三十両が残されるものの、麦と野菜の不足を買えば半分残せるかどうかと言うところだった。人も船も減っているので、収入も圧縮されているのである。


 もちろん、これ以上取ると村が破綻する……というよりも、せめてこちらの庇護下であれ自活出来るよう、余力を付けさせるのが目的なので、正直言えば今の段階では無税でもよかった。


 だが無税となると、今度は他の衆とバランスが取れず、やっかみも出てしまうので、これが難しい。


 そこで表向きは税、実質は備蓄という苦肉の策を投じたわけだが、効果が出るのは、相当先になりそうだった。




 ▽▽▽




 皐月五月も末に近づき、軍役に始まった一連の騒動もようやく収まってきた。

 俺も平穏な日常のありがたみを感じつつ、昨日は遠山、今日は飛崎と様子を見に行き、あるいは兎党に付き合って森深くへと入り地図作成のついでに魔妖を狩ったりと、殿様らしい仕事とやらに精を出している。


 ほんの数日で何が変わるというわけではないが、百二十人で頑張っていた去年の暮れと、三百五十人が動き回る今とでは、感覚からして違う。


 人数は、それだけで力となった。




「なるほどなあ、長雨の前に、予め一枚二枚、田を作っておくわけか」

「はい、大洪水となれば流されてしまいましょうが、水の様子を見るのにも良いと思います。掘ってみなければ土の善し悪しも分からんですし、今年は植えてもまともな収量にはならんと思いますが……」

「よし、許す。……まあ、無理だけはさせないようにな」

「はい、ありがとうございます!」


 瀬口道安と遠山四郎が春狩りの時と同じく砦に陣を張りたいというので、許可を出す。


 念のため護衛に御庭番衆から一組五人をつけたが、黒瀬衆は漁に出ているのでバックアップはなく、食糧を積んで城と往復する荷車も遠山衆に任せた。


「殿、瑞祥丸が戻ったようです」

「ありがとう、朝霧」


 出航して今日で十二日、往復に十日ほど、交渉に数日掛かると聞いていたが、風が良ければこのぐらいか。


 さて、高値で売れてくれていればいいがと、俺は天守の仕事場を後にした。


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