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第六十七話「飛崎村」

第六十七話「飛崎村」


 さあ行こうかと、一行を率いて乗り込んだが、俺も飛崎に行くのは初めてである。


 近づけば、黒瀬と似たような小さな城と集落を囲う城壁が見えた。二重の作りであるが、城の建物はうちよりも若干小さい。


 旧飛崎国は表高四十石、実石高は不明だが、往事には二百人が暮らしていたという。


 現在は領民も半減、先日米や麦を贈った時の話では、黒瀬と大差ない苦しい暮らしぶりながら、維持できているだけでも大したものですと、水主達から聞かされていた。


「亡くなった家老の息子が仕切っていると聞いたが、道安は面識があるか?」

「いえ、家老の小西殿なら、幾度かお会いしたこともありましたが……」

「そうか。ではとにかく、会ってからだな」

「ははっ」


 それほど大きくない城門は、開け放たれている。黒瀬と違い、東西の道なりにそれぞれ城門があった。


 民家の作りも並びも黒瀬と似たり寄ったりだが、元の人口差もあって、数はこちらの方が明らかに多い。


「某が参ります」

「うん、頼む」

 軒先に座って網の手入れをしていた老人に、軽く会釈をして近づく。


「御免。某、黒瀬の者で太平丸船頭、瀬口道安と申すが、御家老小西殿のご子息……いや、小西殿はどちらにおいでかな?」

「ほわあ、黒瀬の! こちらですわい!」


 老人は仕事を放りだして、城下の比較的大きな一軒家に案内してくれた。


 港に船はなく、今は漁に出ているらしい。


幸丸(ゆきまる)様、失礼いたします! 幸丸様!」

「万太郎爺か? 構わぬ、入ってくれ!」


 ぞろぞろと老人について戸をくぐれば、中では元服も済んでいないだろう歳の頃十二、三の少年が、何やら書き物をしていた。


「お客人ですぞ! 黒瀬のお侍様です!」

「黒瀬の!? ……失礼。ぼく……そ、某、(さき)の飛崎国家老小西聡成(さとなり)が一子、幸丸でございます! 先日は米麦の差し入れ、ありがとうございました!」


 残った者達をまとめている、と聞いていたが、俺は元服前の少年だとは考えていなかった。


 父親の戦病死などを理由として、若年で立つ国主もいるから、確かに不思議ではないのが……。


「あー……お初にお目に掛かる。松浦黒瀬守だ」

「え、お殿様!?」


 追認する形式で、城代に取り立ててそのまま飛崎の差配を任せようと考えていたのだが、一体これは、どうしたものだろうか?




 悩むより先に、これも国主の仕事と頭を切り換えて飛崎の併合話を切り出せば、幸丸少年も万太郎老人も驚いてはいたが、寂しげな中にも、どこか安心と納得の表情で受け入れた。


 他に選択肢もあるまいが、これなら比較的穏やかに話が進められそうである。


「黒瀬のお殿様のお話は、先日米と麦を下さった時、御家中の方より聞いていたのです。とても民思いのお方であると、申されていました」

「荷車を引いていた内の一人は元飛崎の領民で、彼も向こうでは忙しいながらも普通に暮らせていると、話しておりました」


 もっと早く助けてくれればよかったのに、などとは言われなかった。


 俺がこちらに来た当初はそれどころではなかったし、内政干渉……とでも言えばいいのだろうか、大名不在の隣国に入れ込むなど、実効支配の先鞭かと疑われかねない。


 先日のように、土産物のお裾分けという名目でも立てたならば別だが、無論、代官殿にも事後ながら話を通している。


 さて、少年が一国をまとめていた理由を聞けば、亡くなった彼の父の手配であった。


「出ていくことで食い扶持を減らせば、当面は狭い畑でもなんとかなるであろうと、策を遺されていたのです」

「次の国主様がどのような方か分からぬ、いつ来られるかわからぬでは、逃げ先を用意しておかねば詰むぞ、と」


 家老聡成と舵田黒瀬守が飛崎守を討つと決意した前後、幾人かの侍が数家族づつ領民を引き連れて飛崎を出奔、甲泊、浜通、そして黒瀬に身を寄せていた。


 例えばうちの蔵方、旧飛崎家臣塩野景孝(かげたか)がそれである。

 彼らは移住先で生活を建て直し、万が一の場合には国許に残った者を呼べるよう頑張っていたそうだ。


 だが……討伐の直前、最後の説得を試みて飛崎守と相対した聡成らが全員斬られたのは、大きな誤算だった。


 飛崎に残る士分の者は幸丸少年と、勘定方の妻と娘だけになってしまったが、そこは勝手知ったる(おの)が地元、大きな事は無理でも漁と畑があればなんとでもなるさと、幸丸をお神輿にして居残った百人の領民が支え合い、一年近く集落を保たせてきたという。


 ……これも東下の人々に通じる、か細いのに不思議と折れぬ(したた)かさの現れか。


「そうか、ご苦労だった」


 その苦労に応えてやれるかどうかはともかく、流石にこちらの都合もあった。


 だが、押しつけるにも余裕はないだろう。飛崎も黒瀬と同じく、暮らしぶりの再建と向上が先か。


「可能な限り、手当はするつもりだが……残った領民はともかく、移り住んだ者達は帰ってくるかな?」

「今のままでは、難しいように思います」

「幸丸、それはどうしてだ?」

「仕事がないから、です」


 意外にもしっかりとした答えに驚きつつ、以前は四艘あった船の二艘は壊れて使い物にならないこと、黒瀬と同じくこちらも水に限りがあり、今ある四十石の畑の維持が限界であることを聞かされる。


 また、飛崎守が『健在』の頃でも、黒瀬ほどに戦力がなく、魔妖狩りはほどほどしか行っていなかったそうだ。

 代わりに畑はうちの数倍を維持していたからこその、大きな細国でもあった。




 取り敢えず、文机を借りて道安に右筆を頼み、幾つかのお触れ書や覚え書き、認め状などを作成していく。


 まずは、飛崎国の廃国と黒瀬への併合の発表である。


「飛崎村、ですか……」

「そこは申し訳ないが、諦めてくれ」


 領国に対する思い入れというものは、現代日本の比ではない。

 だがそれは、食いつないで生き延びるという差し迫った問題の前では、霞んでしまっていた。


 次に領民の扱いだが、これは黒瀬と同じでよさそうだった。


 ……逆に言えば、税など取れず、当面は皆で稼いで皆で食う状態が続く。

 その現状がそもそもおかしいのだが、皆もその点は俺以上に理解しているのか、聞かれもしなかった。


「そう言えば、飛崎の城はどうなってるんだ?」

「たまに掃除はしますが、特に用もないので締め切っています」

「魔妖が出た時には、女子供を逃げ込ませますが……」

「……うん、わかった」


 なるほど、避難所だ。


 蔵には金品こそないが、武具や道具類は結構な量があり、村落で共用しているという。


 だが城代――城を任せると同時に、一般的な領地の差配が出来る人物は置いておきたい。


 何か問題が起きて判断を黒瀬に仰ぐとしても、飛崎からは片道五里、一泊二日が基本になってしまう。


 この戦役を通じて、魔妖に攻められても城に籠もってやり過ごせばいい、などとは考えられなくなった。


「よし、幸丸」

「はい、お殿様?」

「明日、一緒に黒瀬まで来てくれ」

「え?」

「うちの家臣達と顔合わせをして貰いたいのもあるが、家老や塩野景孝らと相談して、飛崎の今後を決めたい」


 元服もまだ迎えていない少年に、一国を預けるのは躊躇われた。

 だが、血筋から言っても彼でなければ、また余計な混乱が起きてしまうだろう。


「あの、お家は……」

「ん?」

「小西家は……残していただけるのでしょうか?」


 不安そうな幸丸に、うんと頷く。


 ……そうだった。

 国への思い入れもそうだが、家名家系への思い入れも相当強い。


「落ち度もないのに取り潰す気はないが、元服前の子供に家を継がせて、何も分からないまま上手くやれというのも無責任過ぎると思う。それも相談事にしよう。武家のしきたりなんて、俺の方が知らないぐらいだからな」


 今からやれと言われても困るが、もちろん俺は、元服式なんてやってない。

 

 妻と娘しか遺されていないという勘定方の家についても、同じく相談してから決めることにした。




 城で一泊した翌日、俺達は新しく黒瀬の民となった飛崎衆に見送られて、村を後にした。


「黒瀬まではおよそ五里と聞いておりますが、お訪ねするのは初めてです」

「わしは幾度か、船で向こうたことがりますのう」


 幸丸に加え、領民代表の万太郎老人を連れての出発である。


「この辺りは起伏も少ないし、水さえ確保できればいい畑になりそうなんだがなあ……」

「その水こそが、本当に問題でありますな」


 天気は快晴、魔妖に襲われるようなこともなく、開拓できそうな場所はないかと話をしながらのんびりと進んでいたのだが……。


「殿」

「ん?」

「後ろに不審な者がおります」


 黒瀬まであと一里、戌蒔に注意を促されて振り向けば、てってってと、巫女装束の娘が大荷物を背に道を駆けてくる。


 東下では巫女さんなど一度も見たことはなかったが……つい最近、夢で見たか。


「怪しい奴! 殿をお守りせよ!」

「承知!」

「待て、戌蒔! 刀は抜くな!」


 軽やかな様子で近づいてきた巫女は一行まで数十間、というところで足を止めた。

 じっとこちら……いや、俺を見ている。


「ちょっとご挨拶に行ってくる。普通にしていればいい」

「殿!?」

「大丈夫だ。たぶん、神様のお使いだから、くれぐれも失礼のないようにな」

「……は?」


 思い当たる節があった俺は戌蒔らを抑え、巫女に近づいていった。


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